新学期
今日から2学期が始まる。
凪沙と朝ランニングをしてから通うのは今まで通りだ。
今日はバスケ部の朝練があるため、早めに学校に向かう。
俺は部活を引退しているため、自習室を開けてもらって勉強する。
制服に着替えて家を出ると、ちょうど凪沙がチャイムを鳴らそうとしたところだった。
「速歩きしたら一本早い電車間に合いそうだな」
「そうだね。じゃあ、急ご!」
なんとか一本早い電車に間に合って学校についた。
今日は始業式があるから、体育館での朝練はいつもより早く切り上げないといけないらしい。
不満そうにする凪沙と分かれて、職員室に行った。
「失礼します。3年2組の仁科です。自習室で勉強したいので鍵をもらってもいいですか?」
「どうぞ」
自習室に行って、鍵を開けて中に入った。
9月になったばかりだけど、うちの高校は少し土地が高いため朝は涼しい。
窓を開ければ、勉強に集中できるくらいの室温にはなる。
スマホを鞄の中に入れて、代わりに参考書とノートと筆記用具を取り出した。
ショートホームルーム開始5分前のチャイムが鳴って参考書を閉じて、自習室の窓と扉の鍵を閉めた。
職員室に鍵を届けようとすると、ちょうど朝職員室にいた先生に会って時間がないからと先生に鍵を届けてもらうことになった。
急いで教室に向かうと、悠吾がいつも以上に高いテンションでこっちにやって来た。
「白斗、今日転校生来るかもしんねえ」
「転校?こんな時期に?ないだろ」
「けど、席1つ増えてるだろ?」
「あ、マジだ」
転校生、ガチで来んのかな?と思いながらも席に着くと本鈴が鳴った。
先生が少し遅れているため、転校生への期待が高まっていく。
すると、ドアが開いて担任の先生に続いて1人の女子生徒が教室に入ってくる。
その女子生徒と目が合った瞬間、見間違いかと思ってつい二度見してしまった。
そういえば昨日、日本の高校に編入するって言ってたな。
まさかうちの高校とは思いもしなかったけど。
「今日からクラスメートになる桜木さんだ。桜木さんは中学から6年間フランスの学校に通っていて分からないこともあると思うから教えてあげてほしい。簡単に自己紹介をしてもらってもいいか?」
「はい。桜木美月です。フランスで既に高校を卒業しましたが、日本の高校生活を送るために帰ってきました。短い期間ですがよろしくお願いします」
桜木が顔をあげると、ちょうど目が合った。
さっきの俺もこんな顔をしてたんだろうなって感じの顔でこっちを見ていた。
小さく会釈をすると、先生が俺と桜木を見比べた。
「仁科と知り合いか?」
「小学校の、同級生で」
「そうか。じゃあ仁科、明日桜木に学校案内してくれるか?」
「はい」
「それじゃあ、始業式があるから体育館シューズを持って廊下に並んでくれ」
始業式が終わって、帰りのホームルームが終わると桜木が俺の席の前にやって来た。
やっぱ、同じ高校の制服着てるのなんか変な感じするな。
「仁科くん、昨日ぶり」
「そうだな」
「そういえば、同じ小学校の人って他は誰もいないの?」
「三村晴人と風間碧って覚えてるか?その2人は5組にいるけど」
「覚えてるよ。修学旅行で同じ班だったし」
「そうだな。会いに行くか?」
「行きたい」
荷物を持って、晴人たちの教室に行った。
ホームルームが長引いていたのか終わったばかりのようで教室から出てきた。
2人とも桜木を見て驚いたように目を見開いていた。
久しぶり、と桜木が声を掛けると2人はああ、とぎこちない返事をしていた。
2人が話しているのを横目に、スマホを見ると凪沙から自主練がなくなったから一緒に帰らない?とメッセージが着ていた。
返事をしようとする前に見つけた!とスタンプが送られてきた。
振り返ると、凪沙がバレー部のマネージャーの亀井さんと手を振りながらこっちに歩いてきた。
亀井さんと凪沙って仲良かったんだな、と思っていると凪沙が桜木に視線を向けた。
凪沙は驚いたように目を丸めて桜木に声をかけた。
「昨日会った桜木さん、ですよね?同じ高校なんですか?」
「今日からこの高校に転入してきたの。凪沙ちゃん、だっけ?」
「はい」
「凪沙ちゃんも同じ高校だったんだね」
「はい。1年5組の五十嵐凪沙です」
「同じく亀井栞里です」
亀井さんと凪沙は楽しそうに笑って桜木に挨拶をした。
この2人、気が付いたらめちゃくちゃ仲良くなってたんだよな。
この前なんか、咲良も交えて3人で遊びに行ったらしいし。
「それにしても、亀井さんも3年の方に用事あったの?」
「え、白斗、聞いてないの?」
「何が?」
分からずにいると、碧が「あ、」と声を漏らした。
俺と晴人が碧の方を見ると少し照れたように笑った。
「俺、昨日から亀井さんと付き合い始めたって言うの忘れてた」
「マジ?」
「いつから好きだったんだ?」
「それがさ、」
碧がバレー部を引退してから亀井さんから毎日のように告白され続けて、少しずつ意識し始めて昨日の花火大会で碧から亀井さんに告白したらしい。
俺も毎日告白したら凪沙に意識してもらえるようになるのかな。
そう思ってニヤッと口角を上げて凪沙の顔を見ると、凪沙は少し焦ったように俺から視線を逸らした。
「そろそろ帰るか」
「だね。あ、そうだ。栞里たちも一緒に帰ろうって話てたんだけどいいよね?」
「まあ、いいけど。碧たちは2人で帰らなくてもいいのか?」
「俺はいいよ」
「私も。凪沙とも一緒に帰りたいので」
晴人と桜木も同じ方向のため、一緒に帰ることになった。
こんなに大勢で帰るのは何気に初めてかもしれない。
駅まで行ってホームで並んで電車を待った。
スマホが振動して画面を見ると、父さんからメッセージが着ていた。
今日は母さんが休みで父さんも午後から休みだから駅まで車で迎えに来てくれるらしい。
電車が来て、ちょうど2人掛けの席が向かい合って空いていたから凪沙と桜木、亀井さんと碧が並んで座った。
俺と晴人はすぐそこのつり革を掴んだ。
「白斗」
凪沙は俺の方に手を向けた。
俺が背負っていた鞄を渡すと凪沙は鞄を膝に置いた。
「ありがとう」
「三村先輩も鞄持ちましょうか?」
「俺は大丈夫。ありがとう」
最寄り駅の2つ手前の駅で、亀井さんが電車を降りていった。
空いた席に晴人が座って最寄り駅まで向かった。
駅に着いて凪沙の膝からリュックを持って、改札を通ると父さんが待っていた。
凪沙にはすでに伝えておいたから特に驚いてはいない。
碧たちは驚いていたけど、俺は晴人たちに手を振って凪沙と父さんのところに行った。
「おかえり。咲良ももう駅に着いたみたいだからそろそろ来ると思うよ」
「真白くん、咲良もう来てるよ」
「あ、ホントだ。おかえり、咲良」
「ただいま〜」
駐車場に行って、車に乗った。
俺は助手席に座って、凪沙と咲良が並んで後ろに座った。
家に着いて凪沙と分かれてリビングに行くと、昼ご飯が準備されていた。
今日の昼飯はサラダうどんと昨日の夕飯の残りの唐揚げだ。
咲良はうどんだけでお腹いっぱいと言っていたため、唐揚げはほとんど俺と楓真で食べた。
「ごちそうさまでした」
翌日の放課後、桜木に校内案内をすることになった。
けど、なんか女子が3人と悠吾がついてきた。
「ここが自習室で、隣が図書室」
「オッケー」
「あとはグラウンドと音楽室と第1、第2体育館だけだな」
「音楽室行きたい。ピアノって弾ける?」
「吹奏楽部いなかったら」
音楽室に行くと、偶然にも吹奏楽部が休みで音楽の先生がいたから許可を取って桜木はピアノの前に座った。
ふぅ、と息を吐くとゆっくりと鍵盤に手を置いた。
そして、ピアノを弾き始めた。
どこか懐かしい聴いたことのある曲を奏でていた。
すると、音楽の先生が心地よさそうに聴きながら桜木の方を見た。
「ドヴォルザークのユーモレスクですね」
「はい。コンクールで初めて優勝したときに弾いた曲なんです」
桜木がピアノを弾き終えると、先生は誰よりも大きな拍手を送った。
「感動しました。ただ綺麗な曲を弾いているだけでなく、その情景が思い浮かぶような演奏でプロのピアニストみたいでした」
「ありがとうございます。実は、中学から6年フランスに音楽留学していたんです」
「じゃあ、将来はプロのピアニストに?」
「はい」
音楽の先生と話が盛り上がっていたけど、一旦落ち着いて今度はグラウンドに向かった。
グラウンドから第2体育館に行った。
卓球部が練習しているのを少し見学して第1体育館に向かった。
バスケ部(女子)とバレー部(男子)がそれぞれ練習している。
2階からバレー部の方を見ると後輩たちが俺に気付いて手を振ってきた。
バスケ部もそれに気付いて2階を見上げた。
凪沙と目が合って、笑って手を振ると凪沙は一瞬手を挙げてまたシュート練習に戻った。
可愛いな。
「学校案内はこれで最後だ。もう帰っていいぞ」
「仁科くんは帰らないの?」
「白斗はいつも凪沙ちゃんが部活終わるの待ってんだよ」
「そうなの?」
「これで付き合ってないとか信じられないよな」
悠吾は笑って俺の肩を叩いた。
俺は白斗の手を振り払って、教室に鞄を取りに行って自習室に向かった。
窓の外が暗くなってきた頃、最終下校のチャイムが鳴った。
先生が鍵を閉めるぞ、と声を掛けて自習室にいた生徒は荷物をまとめて部屋を出ていく。
俺はそのまま体育館に向かった。
既に凪沙は着替え終わっていて、バスケノートを書いていた。
隣に座ってバスケノートの内容を読んでいると、書き終わったのかノートを閉じて俺を軽く睨んだ。
「字汚いから見ないで」
「悪い悪い」
綺麗だと思うけどな、と思いながらノートから視線を外した。
スマホの画面を見ると電車をちょうど逃していた。
次の電車まで時間があるから、少しゆっくり駅まで帰ることにした。
駅に着くと、ホームに凪沙と同じバスケ部の女子が集まっていた。
向こうがチラチラと見てくるから、凪沙が女子たちの方に歩いていった。
俺も凪沙の後に続いて行った。
「わざわざ来てくれなくても良かったのに」
「先輩がチラチラこっちを見てるから気になって来たんですよ」
「ごめんごめん。いや、凪沙と白斗先輩が付き合ってないってやっぱり信じられないなって思って」
「先輩、白斗の前でその話は」
「あ、ごめん。うちら、こっちの電車だから。バイバイ」
「はい。また明日」
凪沙の先輩たちは反対側の電車に乗って帰っていった。
俺に気を遣ってくれたのは嬉しいけど、凪沙が部活の先輩と気まずくなったりしたら申し訳ないな。
凪沙の方に視線を向けると、凪沙は一瞬こっちを見てすぐに目を逸らした。
そのうち電車が来て、空いていた二人掛けの座席に座った。
駅に着いても、少し気まずい雰囲気が流れている。
「手繋ぐ?」
「え、なんで?」
「手繋ぎたいなって」
「汗かいてるから、無理」
凪沙はすぐに顔を背けてスタスタと歩いていった。
俺は凪沙の後を追いかけて隣に並んだ。
「そういえば、凪沙って体育祭でリレー出るんだよな?」
「うん。白斗は借り人でしょ?」
「ああ。お題が幼馴染とかだったら一緒に走ってくれるか?」
「いいよ」
「良かった」
体育祭は今月末にある。
最後の体育祭だから、正直めちゃくちゃ楽しみだ。
凪沙の勇姿も見れるだろうしな。