勉強合宿とインターハイ
部活を引退して夏休みに入った。
凪沙とお試しで付き合い始めて2週間。
特に変わったと感じることはない。
強いて言えば、帰りに最寄り駅から家の近くまで手を繋いで帰るようになったぐらいだ。
2週間後の8月の始めに初戦があるため、練習で忙しそうだ。
俺も来週から1週間の勉強合宿に行くため、凪沙のインターハイは観に行けるか分からない。
「白斗、軽井沢行くんでしょ?いいな」
「ほとんど受験勉強だけどな」
「うわ、それは嫌だ。楽しくなさそう」
「バーベキューが予定に入ってたけど」
「え!そうなの!?いいな〜、楽しそう」
ちなみに、晴人と悠吾もこの勉強合宿に参加する。
そもそも、2人に誘われて参加することになったし。
今は凪沙の部屋で一緒に夏休みの宿題をしている。
凪沙は部活帰りでシャワーを浴びたらしく、まだ少しシャンプーの香りがする。
「終わった〜!」
「お疲れ」
「白斗も練習付き合って」
「いいよ」
凪沙の家の隣には別の建物があって、その中はバスケのハーフコートになっている。
凪沙はバッシュに履き替えて、俺は数日前に置いておいた体育館シューズを履いた。
夏休みは時々、凪沙の練習に付き合うため、体育館シューズを持ってきておいた。
「白斗、ディフェンスして」
「ああ」
俺は、バスケを習ったことがないけど凪沙が自分の練習相手になるように、ディフェンスの基礎を叩き込んだ。
お陰、とは言いたくないけど割とディフェンスは上手くなった。
時々休憩をはさみながら練習していると、気づかないうちに2時間も経っていた。
凪沙はまだ飽きずに、シュート練習をしている。
「無理するなよ」
「うん」
それから1週間、俺は勉強合宿のために軽井沢に出発した。
バスで合宿所となるホテルに着くと、早速部屋に荷物を置いて広間に向かった。
広間に着くとそれぞれグループに分かれて、自己紹介をした。
先生は1日ごとに変わっていくけど、グループは変わらないらしい。
自己紹介を終えると、一つのテーブルをグループで囲んで早速渡された課題に取り掛かった。
分からないところは講師の先生に聞いたり、グループ内で教え合ったりする。
1時間おきに10分の休憩時間がある。
夜はホテルのビュッフェだ。
これもグループに分かれるため、悠吾と晴人とは別だ。
1週間は案外あっという間に過ぎ去ってしまうらしい。
もう、最終日だ。
最終日は11時まで勉強をして昼にバーベキューをしてから帰る予定だ。
広間で課題をしているとテーブルの真ん中に置いてあったスマホのアラームが鳴った。
勉強終了、そして、バーベキュー開始の合図だ。
講師に案内されてホテルのテラスに向かうとバーベキューの準備がされていた。
先生たちが早速焼き始めてくれた。
「白斗、全部課題終わった?」
「ああ」
「俺も〜。晴人はまだ5ページ残ってるけどな」
「悠吾って意外と勉強できるよな」
「意外は余計だバカ」
「バカじゃねえよ。俺、学年25位だし」
「学年1の白斗と2位の俺の前でよくそんな自慢気に言えるな」
悠吾が笑うと、晴人は悠吾の紙皿から肉を取って食べた。
そのうち喧嘩を始めた。
こいつら、うるせぇ。
悠吾の口に肉を突っ込んで黙らせた。
また焼けた肉を食べていると、同じグループだった橋村さんがやって来た。
「白斗くんって彼女いたりする?」
「いないけど」
「じゃあ、連絡先交換しない?」
「好きな子はいるから無理」
「そっか。ごめんね」
橋村さんは笑って行ってしまった。
悠吾も晴人も冷たいな、なんて笑ってる。
「気を持たせて連絡先交換するよりいいだろ」
「けど、あの子結構可愛かったのに勿体ねえな」
「凪沙より可愛い子はいない」
「はいはい」
「また始まった」
悠吾も晴人も笑った。
バーベキューも終わって荷物を持ってバスに乗った。
家に着くのは9時を回るだろう。
そして、凪沙の初戦は明日の1番にある。
家から会場まで車で9時間半。
さすがに車で送ってもらうわけにはいかないから、バスで向かう予定だ。
家について荷物を置いて着替えた。
それからすぐに夜行バスの来る駅まで電車で向かった。
駅に着いて、夜行バスに乗って試合会場の近くの駅まで向かう。
試合開始ギリギリには到着する筈だ。
バスに乗って、疲れていたためすぐに寝た。
それから目が覚めてスマホを見たときには朝の8時だった。
凪沙たちの試合が始まるのは、9時15分からだ。
もうそろそろ着いてもいい筈なのにバスが一向に動かない。
カーテンを開けて窓からバスの外を見ると渋滞が起きていた。
急いでスマホで渋滞について調べると、人身事故が起きたことが分かった。
このままいけば、絶対に試合には間に合わない。
頼むから、せめて試合が終わる前に着いてほしい。
そのうち、試合開始の時刻になった。
イヤホンをつけてスマホで中継映像を見て、早くバスが動くことを願っていると少しずつだがバスが動き出した。
このままだったら、第4クォーターには間に合うかもしれない。
中継映像の解説をイヤホンで聞いていると、やっぱり亮太さんの娘という部分を強調しているように聞こえる。
俺まで悔しい気持ちになりながら、凪沙の綺麗なフォームのシュートを見る。
相手は去年のウインターカップのベスト4らしく、なんとか食らいついてはいるもののなかなか差が開かない。
向こうは、凪沙に2人ディフェンスを付けている。
それでも、凪沙のチームメイトは凪沙ならシュートを決めると信頼しているのか、任せきりにしているのか凪沙に何度もボールを回す。
その度に、ディフェンスを交わしてシュートを打っていく。
凪沙のシュートは決まっているけど、明らかに体力と精神力は削られていっている筈だ。
第1クォーターは、風花北高校(うちの高校)がリードで終わり、第2クォーターが始まった。
第2クォーターの中盤、凪沙がファールを取られ完全に向こうに流れがいった。
今のファール、狙って取られたな。
凪沙のチームメイトたちが凪沙を励ましているけど、1回ファールを取られたくらいで凪沙は折れたりしない。
向こうにいった流れを取り戻すように、相手チームのスローインをカットしてドリブルでゴール下まで走ってシュートを決めた。
流れが戻った。
凪沙がチームメイトにパスを回してチームメイトのディフェンスをおさえた。
チームメイトがそのままシュートを打つ。
そのとき、別のディフェンスが凪沙のチームメイトに対してファールをしてチームメイトはフリースローを打つことになった。
フリースローは2本とも決まり、やっとリードした。
そこからリードが続いて、ハーフタイムに入った。
バスはというと、渋滞が解消されたようで試合が終わる前にはなんとか会場につきそうだ。
そのうち、第3クォーターが始まった。
相手ボールからのスタートで、風花北はそれぞれディフェンスの配置につく。
第3クォーターも風花北がリードしたままで第4クォーターに入った。
第4クォーターに入る頃、もう駅に着いた。
駅からタクシーで試合会場まで向かった。
開始4分、凪沙が相手チームのシュートのリバウンドに跳ぶよりも先に、相手チームがリバウンドに跳んでボールを取って左に抱えた。
その瞬間、リバウンドを取った選手の肘が凪沙の顔に当たって凪沙はそのまま勢いに負けて尻もちをついた。
鼻血が出たようで凪沙に代わって3年生の選手が出てきて凪沙は救護室に連れて行かれたのだろう。
「お兄ちゃん、ここでいいのかい?」
「はい。ありがとうございます」
電子マネーで運賃を支払って、試合会場に入った。
階段をダッシュして2階席に行くと、ちょうどブザーが鳴った。
69対78で風花北は負けた。
1回戦敗退。
風花北のバスケ部員はみんな悔しそうに涙を流していた。
けど、その中に凪沙の姿はなかった。
まだ救護室にいるのかと思って急いで向かった。
救護室に行くと、ちょうど凪沙と2年生のバスケ部員が出てきた。
凪沙は驚いたように俺の顔を見上げた。
「来てたの?」
「間に合わなかったけど」
「来てくれたのにごめんね。負けちゃった。しかも、鼻血出して途中退場とか、ダサすぎる」
凪沙の声は少し震えていた。
俺は凪沙の頭に手を置いて2年生の部員の方に視線を向けた。
「ホテルって何時に戻るんだ?」
「お弁当を食べてからです」
「凪沙の弁当だけもらってもいいか?」
「あ、はい」
凪沙をベンチに座らせて、弁当をもらいに行った。
バスケ部の顧問の先生にも驚かれて弁当を受け取って凪沙の座っているベンチに戻った。
隣に弁当を置いて、自販機でスポーツドリンクを買って凪沙に渡した。
「鼻血止まったのか?」
「うん」
「良かった。弁当は?食べねえの?」
「食べる」
凪沙は弁当を食べてスポーツドリンクを飲むと、天井を見上げた。
お疲れ、と声を掛けると、凪沙は肩を震わせて俺の胸に顔を埋めた。
凪沙は声を殺して泣いていた。
俺は凪沙を抱きしめるようにして、背中を軽く擦った。
「悔しい」
「そうだな」
「また、練習付き合って」
「ああ」
少し落ち着いてから凪沙は他の部員たちのところに戻って、俺は帰りは新幹線で帰るため早めに新幹線の駅に行った。
駅で時間を潰していると、凪沙から電話が掛かってきた。
『来てくれてありがと』
「どういたしまして」
『何かお礼させて』
「お礼か。あ、今度の休み、凪沙ん家とうちで泊まりで一緒に海行くだろ?そのときに少しでいいから凪沙と2人になりたい」
『い、いいけど。そんなことでいいの?』
「俺からしたらそれが嬉しいんだよ。じゃあ、約束だからな」
通話を終えて、新幹線のホームに向かった。
凪沙と海デート。
まあ、凪沙がどう思ってるか分かんねえけど楽しみだな。
新幹線が来て、指定席に座ってそのまま寝た。
降りる予定の駅の前で目が覚めて、窓から景色を眺めた。
ちょっとした旅行気分で楽しかった。
新幹線の駅から別の電車に乗り換えて家に帰ると、咲良と楓真が待ち構えていた。
試合結果は知っているだろうけど、2人とも凪沙の様子が気になったのだろう。
「鼻血はすぐ止まったみたいだし、大丈夫そうだった。そんなに心配すんな」
そう言うと2人とも安心したように息を吐いた。
翌日、凪沙が帰ってきてお疲れ様パーティーとして餃子パーティーをすることになった。
ひたすら餃子を包んで、焼く作業は母さんたちが交代でしてくれる。
秋人と咲良がロシアン餃子を作ったと言って同時に食べていた。
徐々に秋人の表情が曇っていく。
咲良は笑って秋人に水の入ったコップを渡した。
「アキ〜、大丈夫?」
「唐辛子入れすぎ。咲良ってマジで加減知らねえよな」
「アキがロシアン餃子しようって言ったんじゃん」
秋人、可哀想に。
楓真と凪沙は自分たちで作った変り種の餃子を食べている。
ちなみに、楓真はトマトソースとチーズを包んでいて凪沙はキムチと豚肉を包んだ餃子を作っていた。
杏奈の判定で、勝ったのは楓真の餃子だった。
まあ、杏奈はキムチが辛いから辛くないほうがいいよな。
凪沙の皿から餃子を1個取って口に運んだ。
「俺はこの餃子好きだわ」
「ホント?じゃあ、仕方ないからもう1個食べてもいいよ」
「ありがとう」
笑って餃子をもらった。
分かりやすすぎて可愛い。
楽しく餃子パーティーを終えて、片付けをした。
「凪沙、明日でいい?」
「うん」
「咲良、凪沙とどっか行くのか?」
「買い物」
「俺も行っていいか?」
「お兄ちゃんはダメ」
「女子だけで行くの」
2人はね〜、と顔を見合わせて笑った。
ナンパとかされたら、咲良がなんとかするか。
でも、凪沙と咲良だけとか心配すぎる。
秋人に視線を向けるとすぐに逸らされた。
まあ、2人が女子だけって言うなら秋人が一緒に行くってのもできねえか。
「気をつけろよ」
「買い物行くだけなのに?」
「白斗って心配性だよね」
2人は顔を見合わせて笑った。
俺が一緒にいても、いなくなった瞬間にナンパされるような奴らが2人で買い物とか心配になっても仕方ないだろ。
ムッと2人の顔を見ると、楓真に肩を叩かれた。
「安心しろよ。姉ちゃんと凪沙2人だと逆に声掛けられないだろうし」
「そうか?」
「凪沙1人ならコロッと騙されそうだけど、姉ちゃんいれば心配ねえって」
「それもそうだな」
「楓真も白斗もひどっ!」
俺と楓真が笑うと、凪沙も可笑しそうに笑った。
そういえば、そろそろ凪沙の誕生日だな。
俺も誕プレ買いに行こう。
ついでに海パンも買いに行こう。
多分無かったし。
明日の予定、これで決まりだな。