入部
今朝も5時半に起きてジャージに着替えて家を出た。
ちょうど凪沙も家から出てきて、手を振ってこっちに走ってくる。
入学式から約1週間。
凪沙は休むことなく毎日ランニングにやってくる。
「おはよう、白斗」
「おはよう」
「今日から入部できるんだよな?」
「うん。楽しみ」
「女子バスケ部は練習日も場所も同じだから一緒に帰れるな」
「そうなの?」
「ああ。男子はバスケ部は人数が多いから第二体育館だけど」
うちの高校には女子バレー部がなく、体育館での運動部は男子バレー部と女子バスケ部と男子バスケ部と卓球部がある。
卓球部は第一体育館の2階で練習していて、男子バレー部と女子バスケ部が第一体育館を半々で使っている。
「体育館の場所は覚えたのか?」
「さすがにね」
家に帰って朝食を終えて、制服に着替えた。
今日は朝練がないからいつもよりゆっくりだ。
母さんと父さんが仕事に向かうのを見送ってからニュースを見ていると、インターホンが鳴った。
咲良が出ると、凪沙が迎えに来ていた。
浮かれすぎて、いつもより1本早い電車に乗るつもりらしい。
暇だから、別にいいかと思いながら楓真に戸締まりを任せて咲良と一緒に家を出て凪沙と3人で駅に向かった。
「咲良、高校は部活入るの?」
「入るよ。漫画研究部」
「何するの?」
「イラスト描いたり、お喋りしたりかな」
「咲良っぽい。楽しそうだね」
「でしょ?」
咲良はにんまり笑って凪沙の腕に抱きついた。
相変わらず仲良いな。
ちなみに、咲良が通っている高校は県内の公立高校の中で1番人気がある学校だ。
偏差値が高すぎないが進学率が高く、制服がおしゃれで校則は緩め、何より開校して10年も経っていない新設校のため校舎が綺麗らしい。
咲良ならうちの高校も合格出来ただろうに、アニメにでてくる校舎みたい!とオープンスクールで即決したらしい。
凪沙も咲良に付き合ってオープンスクールには行ったけど、うちの高校の方が女子バスケ部が強いからと考えもしなかったそうだ。
まあ、学校が離れても家が近いから凪沙と咲良は特に寂しいとは感じていないらしい。
駅で咲良と別れて電車に乗った。
いつもより早いからか、空いていて座ることができた。
2人掛けの椅子に座った。
今日は1時間目から英語の小テストがあるため、学校の最寄りまで単語帳を読んだ。
駅に着いて、電車を降りて学校に向かった。
「今日、テスト?」
「そう。英単語テスト。1時間目」
「え〜、朝からテストは最悪」
「凪沙、英語苦手だもんな」
「いや、英語っていうか音楽と体育以外は苦手」
という割には、要領が良かったりする。
勉強が苦手というよりも、勉強が嫌いで勉強しないから苦手なだけだと思う。
高校には合格してるわけだし。
校舎に入って、凪沙と別れて教室に行った。
まだ3人程度しかいなかった。
そりゃそうか。
放課後になって、部室で練習用のスポーツウェアに着替えて体育館に向かった。
女子バスケ部の方を見てみても凪沙の姿がない。
体育館の場所が分からないわけ、ないとは言い切れないか。
「晴人、俺ちょっと人探してくる」
「は?おい、白斗!?」
男子バレー部の部長である晴人は驚いたように声を掛けてきたけど、悪い!と謝って体育館を出て行った。
1年5組の教室に行っても、凪沙の姿はなかった。
途中で会わなかったけどもしかして第二体育館の方に行ったのか?
第二体育館に向かう途中、立ち入り禁止になっている屋上の階段から声が聞こえてきた。
こっそり覗くと、凪沙が女子生徒に囲まれていた。
小学生のときに同じクラスの仲良かった女子が俺のせいで他の女子に悪口を言われていたことがあった。
それ以来こういう現場は少し恐怖を感じる。
だけど、平静を装ってその中に出て行った。
「凪沙、何やってんだ?先生にバレたら怒られるぞ」
「あ、白斗」
「話し中?」
「いや、それがさ。私と白斗が仲良いから付き合ってるんじゃないかって」
「あっそ」
凪沙の手を引いて階段を降りて体育館に向かった。
その途中で凪沙が足を止めた。
かと言って、手を振り払うわけでもなくむしろ今度は俺の手を引いてさっき階段を昇っていった。
そして、1年5組の教室にやって来て鞄を取りに行った。
「ホームルーム終わってすぐに呼び出されたせいで、鞄持っていけなかったんだよね」
「あ、気付かなかった」
「気付いてないなって思ってた」
凪沙は鞄から体操服を取り出して、俺に鞄を渡した。
そのまま体操服を持ってトイレに行って約数十秒で戻ってきた。
制服を畳まず俺に持たせた鞄に突っ込もうとしたから、ブラウスとスカートを奪い取って畳んでから鞄に入れた。
第一体育館に行くと女子バスケ部はそれぞれ自己紹介を始めていて、凪沙は入部届けを顧問の先生に渡して自己紹介の輪に入っていった。
「凪沙、鞄ここに置いておくぞ」
「ありがと!」
俺はネットをめくって、男子バレー部の方に行った。
こっちは俺が来るのを待って、まだ自己紹介はしていなかったようだ。
「晴人、遅くなって悪い」
「いや、まあ、いいけど。それじゃあ、全員揃ったし自己紹介していく。俺は男子バレー部キャプテンの3年1組の三村晴人だ。ポジションはセッター」
「3年4組の仁科白斗です。ポジションはミドルブロッカーです」
それから他の部員とマネージャーと新入部員が自己紹介を終えて練習が始まった。
新入生は練習が5時までのため、ぞろぞろと帰って行く。
俺達も6時に練習を終えて、制服に着替えた。
部室の戸締まりは当番に任せて、体育館を出ると凪沙体育館の前で待っていた。
先に帰っていると思っていたため、驚いて何度も瞬きをしていると晴人や部活の後輩たちがやって来た。
「え、白斗先輩の彼女?」
「幼馴染だよ」
「なんだ、幼馴染か」
「1年5組の五十嵐凪沙です。女子バスケ部です」
凪沙が笑って自己紹介をすると、後輩たちもそれぞれ自己紹介をしていた。
そして、駅まで一緒に帰ることになった。
凪沙は後輩たちに囲まれて質問責めに遭っている。
見慣れた光景だ。
バスケがめちゃくちゃ強くて、明るくて、顔も可愛い。
凪沙自身は、咲良みたいに可愛くないからモテないって言うけど、凪沙は中学時代人気があった。
まあ、咲良の人気がすごすぎて本人は気付いてないみたいだけど。
今のところ困ってないみたいだし、大丈夫かなと思って見ていると晴人が俺の肩に手を置いた。
「白斗、凪沙ちゃんのこと好きだろ?」
「好きだけど」
「おま、よく恥ずかしげもなく言えるな」
「別に恥ずかしくないから」
「え、あ、恋愛感情じゃないってこと?」
「いや、恋愛感情だよ。凪沙と付き合いたいし、手を繋いだりキスしたり、凪沙が他の男に見せない顔を見てみたいって思う」
確かに、俺は凪沙が好きだけど、凪沙はバスケよりも誰かを好きになることがない気がする。
小さい頃から、ずっとバスケばっかしてて、好きなバスケ選手も亮太さんだし、凪沙にとって恋愛は邪魔になるんだと思う。
だから、俺は今後も凪沙が誰かを好きになるまで気持ちを伝えるつもりはない。
幼馴染のこの関係も俺は好きだし、楽だから。
今のままなら、別れがないから。
「まあ、モテる自覚は持ってほしいけど」
「鈍感そうだもんな」
凪沙が鈍感なのは俺が1番よく知ってる。
デートのつもりでプロバスケの試合に誘っても、戦略とかボールの回し方とか、そういうのを研究しながら見てるし、ボーリングに誘ったら誘ったで咲良まで誘うし。
そういうところも可愛くて好きだけど、全く意識されてないことを示されてるようなものだから複雑な気持ちになる。
駅に着いて後輩たちとは別れて、電車に乗った。
「あ、座れる」
「座る?」
「うん」
凪沙は座席に座ると、すぐに寝てしまった。
最寄り駅に着くまで俺の肩に頭を乗せて寝ている。
マジで全く意識されてないんだな。
ため息を吐きながら窓の外を見た。
窓に映った凪沙は子どもみたいな寝顔をしている。
これが他の男には見せない顔であってほしい。
「好きだよ、凪沙」
翌朝、いつも通りランニングをして朝練という名の自主練に行った。
その話を凪沙にすると、凪沙も行きたいと言うから一緒に行くことになった。
体育館の鍵を職員室でもらって、女子バスケ部の顧問の先生に朝練の許可をもらって一緒に体育館に向かった。
「朝練ってこんなに人少ないんだね」
「いや、まだ来てないだけで女バスも男バレも10人くらいは来る」
「え、じゃあ早く着替えないとじゃん」
凪沙は誰も入ってこないか見張ってて!と言って俺に背を向けさせた。
気にするなら更衣室で着替えてこればいいのに。
着替えが終わったのか、バスケットシューズを履いてタオルを濡らしてそのタオルを踏んでストレッチをして早速シュート練習を始めた。
俺も昨日の部活でネットは立てたままにしてあったから、着替えてボールを出して、ストレッチをしてからシリコンのマーカーコーンを置いてサーブ練習を始めた。
元はプラスチックのコーンを立てていたけど、サーブが当たるとすぐに壊れてしまったためシリコンのコーンに変えた。
自主練を始めて20分程すると、他の部員たちがぞろぞろとやって来る。
女バスも何人かやって来て、凪沙はそれぞれ挨拶をしていた。
8時を過ぎて、ネットを片付けて制服に着替えた。
俺の朝ご飯代わりのおにぎりと凪沙用の普通サイズのおにぎりを2つずつ母さんに持たされていたことを思い出した。
「凪沙、腹減ってる?」
「うん。めちゃくちゃ」
「母さんから凪沙用におにぎり持たされてるけど食う?」
「食べる!咲久ちゃんのおにぎり好き!」
凪沙はおにぎりを2つ取って体育館の階段に座っていただきますと言って食べた。
俺も隣に座っておにぎりを食べる。
今日は、チャーハンおにぎりと枝豆と鮭を混ぜたおにぎりだ。
弁当のチャーハンを多めに作っておにぎりにしてくれたらしい。
「美味しい」
「母さんに伝えとく」
「ありがと。てか、朝ご飯のことめちゃくちゃ忘れてた。これからは私もお母さんにおにぎり作ってもらおう」
凪沙はごちそうさまでしたと言って、すぐそこのゴミ箱におにぎりのラップを捨てた。
授業が終わって、今日の放課後は委員会があった。
俺は文化委員会に入っているから、集まらなければならない。
早く部活に行きたいな、と思いながら教室に向かっていると凪沙と会った。
「あ、白斗!ちょうどいいところに。会議室ってどこ?」
「何委員?」
「体育委員」
「じゃあ、会議室2だな。俺、隣の教室だからついてこい」
「ありがとう」
凪沙は安心したようにため息を吐くと、俺の隣に並んだ。
会議室2まで凪沙を送り届けて隣の教室に入った。
委員長と副委員長を決めて、今年の文化委員会の目標を考えたりしてチャイムと同時に終わった。
凪沙たち体育委員会はちょうど終わったのか、号令が聞こえてくる。
ドアから一歩下がった位置で待っていると、会議室2のドアが開いて去年同じクラスだった中島さんが出てきた。
「あ、仁科くんじゃん。誰か待ってるの?」
「ああ。中島さん、体育委員なんだな」
「うん。あ、そういえば体育委員の1年生の女の子にめちゃくちゃ美人な子がいるんだよ。知ってる?」
「知ってる。五十嵐凪沙だろ?」
「意外。仁科くんも美人な子とかに興味あるんだ」
「興味あるっていうか、幼馴染だから」
中島さんと話していると、凪沙がドアから出てきた。
目が合うと、俺と中島さんを見比べてはっ!とわざとらしく声をあげた。
「もしかして白斗、彼女?」
「違う。中島さん、またね。凪沙、早く体育館行くぞ」
「そんな即答しなくてもいいじゃん!」
凪沙はおもしろくないと言ってムスッとしている。
好きな子がいないのか?なんて訊いてくるけど、俺が好きなのは凪沙だよ。
体育館に行って、部室で着替えてネットを立てた。
新入生も含めてストレッチをしてからレシーブ練習を始めた。
水筒の中身が無くなると、マネージャーとマネージャー志望の新入生がスポーツドリンクを水筒に入れて渡してくれた。
「ありがとう」
「い、いえ」
初めての仕事だったらしく緊張しているようだ。
水分補給をしていると、マネージャー志望の後輩の方にボールが飛んできた。
右手で飛んできたボールを払って後輩の方を見た。
「時々ボール飛んでくるから気を付けて。マネージャー、なるべくボールが飛んでこない方にいてあげて」
「そうだね。ごめんね。大丈夫?」
「大丈夫です」
練習に戻って、5時を回ると新入生たちは帰っていく。
凪沙は制服に着替えて、体育館に残っていた。
「待つならこっちで待てば?」
「女バスの練習見学してる」
「そうか」
練習を終えて、片付けをして制服に着替えた。
女バスも練習を終えたらしく、凪沙は片付けを手伝っていた。
女バスが片付けを終えてから、駅に行って電車に乗った。
「明日は朝練ないけど、凪沙は家で練習するんだろ?」
「まあね」
「ランニングは?」
「する」