信頼
駅を出て、話は帰ってからと言われてそのまま家に帰った。
とりあえず、夕食を終えて風呂に入ってから凪沙がやって来た。外で話すのは蚊が多いため辞めて、咲良の部屋で話すことになった。
咲良は麦茶をコップに入れてトレイに乗せて部屋まで運んできた。
「で?さっき駅にいた女の人は?」
「………京ちゃんの幼馴染。今、高校1年生なんだって」
「なんで口喧嘩なんてしてたんだ?」
「あの子、京ちゃんのこと取られるのが嫌みたいで別れろって何度も言ってくるの」
✽✽✽
京ちゃんの幼馴染、神崎未瑠ちゃんと初めて会ったのは夏休みに入る少し前のことだった。
私よりも1つ年下の高校1年生で、初対面のときの印象は可愛いな、モテそうだなだった。
けど、京ちゃんがいないところだと全然違った。
ずっと私に敵対心を向けてきていた。
「咲良さん、今すぐ京平くんと別れて」
「なんで?嫌だよ」
「京平くんは、私の幼馴染なの。なのに、あんたと付き合い始めてから2人で出かけようって誘っても彼女がいるから3人以上じゃないと無理って言うし、ツーショットのアップもさせてくれないし」
「未瑠ちゃんは、京ちゃんのこと好きなの?」
「んなわけないじゃん。幼馴染を取るなって話!」
とりあえず、その日は断った。
けど、未瑠ちゃんが京ちゃんに私と仲良くなりたいから会う機会をつくってと何度も言って3日に1回以上は会うようになった。
それならまだ全然良かったけど、私が未瑠ちゃんに意地悪してるって言い始めて、京ちゃんがその言葉を信じ始めた。
最初こそ疑ってはいたけど、未瑠ちゃんが自分でつけたであろう傷を京ちゃんに見せたり、未瑠ちゃんの財布やスマホを私の鞄に入れて私が盗んだように見せかけたり、とにかく京ちゃんに自分が意地悪されていることを信じ込ませようとしていて、未瑠ちゃんの努力の甲斐あって京ちゃんも信じ始めた。
「咲良、未瑠のこと気に入らないなら無理に会わなくてもいいから」
「………京ちゃんは未瑠ちゃんの味方なんだね」
「そういうわけじゃない。俺は咲良の味方だよ。咲良が俺と未瑠が仲良くするのが嫌なら俺は未瑠と関わらないし」
「そんなこと一言も言ってないよ。決めつけないで」
そんな感じで、未瑠ちゃんのことについての喧嘩が増えてきた。
京ちゃん、受験勉強あるからこんなこと巻き込みたくないしイライラしたまま勉強してほしくないのに、自分を信じてくれない苛立ちが勝ってすぐに喧嘩になってしまう。
そんな雰囲気のまま夏休みが終わって新学期が始まった。
いつもは京ちゃんと一緒に登校してたけど、私は電車の時間をズラして会わないようにしていた。
学校でも付き合ってることを公表してたから、別れたんじゃないかって噂がたってた。
今日は、隣のクラスの顔見知りの男子と偶然電車で会って一緒に登校してたら私がその男子と京ちゃんで二股かけてるって噂が流れて、うちの高校にいる未瑠ちゃんの友達が未瑠ちゃんにその噂を伝えたらしい。
それで、わざわざ私の最寄り駅まで来て文句を言いに来た。
「あんた、浮気してるとか何様?」
「してないよ」
「しらばっくれても無駄だから。うちの友達、そっちの高校行ってるし」
「なんで、京ちゃんのこと好きでもないのにそんなに必死なの?優しくて年上のイケメン幼馴染がいる自分に酔いたいの?」
単純に疑問だった。
でも、昔から私は空気が読めないって言われてた理由が分かった。
言っちゃ駄目なことだったらしい。
未瑠ちゃんは手を振り上げた。
叩かれたら痛いだろうな。やり返しても正当防衛かな?なんて考えていたらお兄ちゃんと凪沙が助けに来てくれた。
「咲良は、それでもまだ京ちゃんさんのこと好きなの?」
「………分からない。最近、話してないし、顔を合わせたら喧嘩しかしないし。京ちゃんといても楽しいって思わないから」
凪沙とお兄ちゃんは心配そうな顔を私に向けた。
私は口角を上げて2人の顔を見た。
「大丈夫だよ。ちゃんと自分で解決するから」
翌朝、少し早い電車に乗って学校に向かった。
やっぱり早い時間だと眠いなぁ。
駅に着くまで時間があるためベンチシートに座って少し目を閉じた。
「次は〜、八味〜、八味〜」
アナウンスが聞こえてきて、だんだんと目が覚めてきた。
てか、私、誰かの肩に寄りかかってる?
慌てて頭を起こして誰かから離れた。
「すみません!」
謝っても返事がない。
不安になって顔を上げると、隣に座っていた人と目が合った。
「京ちゃん!?なんで、いつもはもう少し遅い電車なのに」
「咲良とちゃんと話したい」
「………」
話したところで信じてくれないくせに。
京ちゃんの顔を見ることができず、返事もせずに電車を降りた。
とりあえず、人目がないところで話そうということになって駅前のカラオケに行くことになった。
フリータイムでドリンクバーもつけてくれたから、まあ、いいかな。
「単刀直入に訊くけど、咲良は未瑠のことが嫌いか?」
「別に、嫌いじゃないよ。好きじゃないけど」
「じゃあ、未瑠が咲良と話したいって言ってんだけど呼んでもいいか?」
「………それ、本気で言ってるの?」
「本気だけど。嫌なら呼ばない」
嫌に決まってんじゃん。
京ちゃんって本当に鈍感すぎる。
バレないように小さくため息をついて顔を上げて笑った。
「嫌じゃないよ。呼んで」
京ちゃんはカウンターに電話して、未瑠ちゃんにも連絡を取った。
幼馴染が意地悪されてるかもってなったら心配になるのは分かる。
でも、幼馴染の方を優先するっていうか、そっちの肩を持つのは彼氏としてどうなのって思っちゃうよ。
約20分後、未瑠ちゃんがやって来た。
あ〜あ。もうホームルーム始まるじゃん。
「さ、咲良さん」
未瑠ちゃんは京ちゃんの背中に隠れた。
京ちゃんは未瑠ちゃんから少し距離を取って私と未瑠ちゃんの間に座った。
「京平くん、咲良さん二股してたから別れた方がいいって言ったじゃん。」
「咲良が二股なんてするわけないだろ。一緒に登校してたのは同じ委員会の同級生だ」
「でも」
「もういいから、未瑠は黙れ。咲良、思ってること全部言ってくれ」
京ちゃんは私の顔を見てそう告げた。
私は未瑠ちゃんの顔を見て、少しため息をついた。
「もう、被害妄想はやめて。私に意地悪されたとか言われるの、普通に嫌だから。それと、未瑠ちゃん。すぐに手を挙げる癖、直さないとみんな離れて行くよ」
「なっ、」
「咲良、未瑠に手をあげられたのか?」
「首のところネイルで引っかかれたり躓かされたりはしたけど、叩かれそうになったときはお兄ちゃんが助けてくれたから大丈夫だったよ」
そう言って笑うと、京ちゃんは私の髪を持ち上げてシャツの襟を少しめくって傷を見た。
未瑠ちゃんは私じゃない!と京ちゃんに訴えているけど、京ちゃんはその言葉を無視して私を抱きしめた。
ごめん、と何度も謝られた。
結構しっかり引っかかれたせいで血は止まったものの、生々しい傷は残っている。
京ちゃん、やっと信じてくれたね。
でも、もう遅いよ。
「未瑠、もう俺と咲良に近付くな。連絡先も消すし、これから一切関わらない」
「京平くん、なんでその人のことは信じて私のことを信じてくれないの?私の方が付き合い長いのに」
「関係ない。もう、出ていけ」
「〜っ、分かったよ!」
未瑠ちゃんは鞄を持って走って、部屋を出ていった。
京ちゃんは未瑠ちゃんが出ていったあとも何度も謝ってきた。
謝るってことは、私を疑ってた自覚があるってことだよね?
私の味方だ、なんて言いながら、結局信じてたのは未瑠ちゃんの言葉だった。
「京ちゃん、暑いからそろそろ離れて」
「ごめん」
「別れよ、京ちゃん」
そう言った瞬間、京ちゃんは困惑と驚きが混ざったような顔をした。
少しの間フリーズして、そしてゆっくりと私の顔を見た。
「怒るよな。彼女のこと信じないとか」
「怒ってたけど、別れるのはそうじゃないよ。私が、京ちゃんの信じてるよを信頼できなくなったから」
「信頼してもらえるように頑張るから」
「京ちゃん、信頼を築くのはすごい大変なんだよ。壊れた信頼なら尚更。多分、無理だと思う。私は無理」
気付いたら、京ちゃんの目から涙がこぼれ落ちていた。
泣かないでほしい。
私は別に嫌いになったわけじゃないし、むしろまだ好きだから、泣かれるとこっちまで泣きそうになる。
私なんかのために傷付かないでって気持ちと、私と同じくらい傷付いてっていう気持ちが混じっている。
後者は最低すぎる。
京ちゃんに言ったら私のこと嫌いになるかな?
言えないけど。
「私ね、自分から告白したの京ちゃんが初めてなんだよ」
〜〜〜〜〜
入学した次の日の放課後、部活勧誘がすごくて早く帰ってアニメを見たいのになかなか帰れなかった。
中でも、野球部のマネージャーにひたすら勧誘され続けて何度断ってもやってみたら面白いよ、君が来てくれたら全国行けるかもってよく分からない勧誘のされ方をしてて、しかも体格のいい先輩たちに全方位から囲まれて普通に怖かった。
そしたら、京ちゃんが野球部の何人かと友達だったらしくて割って入ってきた。
「そんなに先輩が寄ってたかってたら、怖い思いするだろ」
呆れたようにため息をついて、私の手を引いて野球部の部員たちの輪から出してくれた。
「大丈夫ですか?急ぎの用があったりしませんか?」
「だ、いじょうぶ、です」
「良かった。これ以上絡まれないように校門まで送っていきましょうか?」
「はい。お願いします」
そうやって、京ちゃんは校門まで送ってくれた。
私は緊張して名前も訊けず、そのまま帰ってしまった。
そして、翌日2年生のフロアに行った。
ネクタイの色で2年生だということは分かってたけど、クラスが分からないから全クラスを覗きながら京ちゃんのことを探した。
そしたら、廊下にいた先輩に声を掛けられて京ちゃんの特徴を言うと呼びに行ってくれた。
「あ、昨日の。何か用ですか?」
「私、1年3組の仁科咲良です!」
「は、はぁ」
「昨日はありがとうございました!助かりました!」
「それは良かった」
「先輩、名前訊いてもいいですか?」
「2年1組の堀本京平です」
「堀本先輩!もしよければ今日、一緒に帰りませんか?」
「いいよ」
それから段々仲良くなって、京ちゃんの友達が京ちゃんって呼んでるのが羨ましくてそう呼び始めて、そのうち京ちゃんも私のことを名前で呼んでくれるようになって、夏休みが始まる少し前に私から告白して付き合うことになった。
〜〜〜〜〜
「京ちゃんと付き合ってた1年間、本当に楽しかったよ。真面目だけど、意外と冗談言ったり面白くて、ワガママも文句言いながらきいてくれて。だから、次は私みたいにめんどくさくない優しくていい子と付き合ってね」
「咲良のめんどくさいところも含めて好きだったんだよ。咲良より優しくて一緒にいて楽しい子なんていない」
京ちゃんは私の手を握った。
私は笑って、京ちゃんの手を握り返した。
やっと、言ってくれた。
京ちゃんっていつも咲良といると楽しい、面白いって言ってくれてたけど、好きって言ってもらったのは何気に初めてかもしれない。
「京ちゃん、好きって言ってくれてありがとう。もっとたくさん聞きたかったな。次に付き合う人には言葉でもたくさん伝えてあげてね」
「咲良」
「堀本先輩、遅刻しちゃいましたね。私、先に学校行ってますね」
笑ってカラオケを出た。
あ〜あ。今日、学校サボっちゃおうかな。
や、でも、行かないとパパとママに心配かけちゃうから行こう。
これまで付き合ったことがある人は堀本先輩を除いて2人だけど、別れたときは両方とも向こうから振られたから知らなかった。
振る方も、結構辛いんだなぁ。
目に溢れてきた涙を拭って、学校へ向かった。
皆勤賞目指してたのになぁ。




