留学
大学生になって3ヶ月半が経って、大学生活最初の夏休みが始まった。
そして、明日から俺はオーストラリアにある叔父の家に行く。
荷物の準備を既に終えているため、今日は凪沙の宿題を見ることになった。
凪沙の部屋は今片付いていないらしく、俺の部屋で宿題をしている。
「もう疲れた」
「休憩するか?」
「うん!」
凪沙はグッと伸びをして、横に寝転がった。
咲良が家にいるから、全く意識してないのか俺の顔を見上げながら笑ってる。
仮にも彼氏と部屋に2人きりなんだから、少しくらいは意識してくれてもいいと思うんだけどな。
「麦茶飲むか?」
「飲む」
凪沙は起き上がった。
部屋のドアを開けると、咲良が目の前にいた。
「おお、どうした?」
「咲良、どっか行くの?」
「京ちゃんと会ってくる」
「遅くなるなよ」
「心配性」
咲良は笑って階段を降りていった。
俺と凪沙もリビングに行って咲良を見送ってから麦茶を飲んだ。
「咲良、なんかあったのかな?」
「やっぱり凪沙もそう思ったか?」
京ちゃん(咲良の彼氏)となんかあったのか?
心配だけど、訊いたところで大丈夫しか言わないだろうからな。
部屋に戻って、凪沙は残りの宿題を文句を言いながら問題を解いている。
「明日から1ヶ月半会えないっていうのに、普通彼女の宿題見るかな。そこはさ、デートじゃないの?普通さ、」
普通って言われても、凪沙以外と付き合ったことねえんだよ。
少し考えて、凪沙の持っていた文房具をペンケースに入れて隣に座った。
「しばらく無理だから、なんかしてほしいことあったらするけど」
「………なんでも?」
「なんでも」
凪沙は俺の顔を見上げた。
なんか、顔が赤いなと思っていると凪沙は俺の手を握った。
「………たい、」
「ん?」
「白斗とキスしたい」
「………へ、」
「白斗は嫌ですか!?」
「い、嫌じゃないです」
凪沙が敬語で訊いてきたから、つられて俺も敬語で返してしまった。
俺は凪沙の方を向いて、凪沙の顔にかかった髪を耳にかけた。
キスってどうやってしたらいいか分かんねえんだよな。
ゆっくり凪沙に顔を近づけると、凪沙は目を細めた。
そのまま鼻が当たらないように近付くと、唇に柔らかい感覚が伝わった。
心臓がうるさすぎておかしくなりそうだ。
ゆっくり離れて凪沙の顔を見た。
ダメだ。1回したら歯止めが効かなくなるからずっと我慢してたのに。
凪沙はこれまでに見たことがない顔で俺の顔を見ている。
俺はもう一度だけ、と思って凪沙にキスをした。
「白斗さ、慣れてる?」
「慣れてねえよ」
「だって、すんなりもう1回してるし」
凪沙は真っ赤な顔をしながらも少しむくれたように頬を膨らませている。
俺は凪沙を抱きしめた。
「慣れてるやつがこんなにドキドキするわけないだろ」
「確かに。てか、私よりもドキドキしてる」
「うるせぇ」
翌日、凪沙は部活があるから見送りに来てくれたのは元気のない咲良と暇そうにしてた楓真と、父さんと母さんだ。
俺の乗る飛行機は結構朝早い便のため見送りの時間はほぼなかったけど、みんな総出で来てくれたのは結構嬉しい。
言わないけど。
「楽しんでおいで」
「ありがとう。行ってきます」
「「行ってらっしゃい」」
手を振ってオーストラリア行きの便に乗った。
シドニー空港に着いて、手続きを終えて荷物を持って出るとサングラスをかけてコートを着た高身長の男性がこっちに歩いてくる。
俺が声を掛けようとすると、男性は走ってきて俺を抱きしめた。
「久しぶり!白斗!元気にしてたか!?」
「久しぶり、紫輝」
「ちゃんと上着持ってきたの偉いね。こっちは今冬だからね」
「父さんと母さんに何回も言われたからな」
南半球にあるから、こっちと季節は真逆なんだよ。忘れないでねって。
言いそう!と紫輝は笑って俺のスーツケースを引っ張っていった。
仁科紫輝、彼は俺の父さんの弟で元競泳日本代表の選手だ。
紫輝は来年から日本に住むらしいから、海外に住んでみたいと言う俺のワガママを今年のうちならと叶えてくれた。
マジで頭が上がらない。
荷物を車に詰め込むと、紫輝の家まで車で向かうことになった。
紫輝の家に着くと、紫輝の奥さんであるソフィアと従兄弟のマナとルカが迎えてくれた。
マナは12歳の女の子で、ルカは10歳の男の子だ。
2人とも、会うのは1年半ぶりくらいなのに俺のことを覚えてくれているみたいでハクト!と俺の手を引いて家を案内してくれた。
「マナもルカも来年から日本来るらしいけど、日本語は話せるのか?」
「読むと書くの練習しながら覚えた」
「ママとパパと話すときに時々使うから、イントネーションは難しいけど話せるよ」
マナはサラリと話すけど、ルカはたどたどしい。
紫輝が言うには勤勉なマナと、勉強嫌いなルカの性格が分かりやすいのが日本語らしい。
まあ、そんなこともあろうかと楓真と咲良おすすめの日本語のアニメのDVDを持ってきた。
「なに?」
「ルカ、日本のアニメ好きなんだろ?これで勉強しろよ」
「ハクト!ありがとう!僕頑張れ」
「ルカ、自分に使うときは頑張るだよ」
マナが指摘すると、ルカはどっちでもいいだろ!と英語で言った。
その瞬間、あ~!と叫んでお菓子をマナに渡していた。
英語で話したら負けというゲームをしていたらしく、その罰ゲームが自分のお菓子をあげることらしい。
「そういえば、ハクトってガールフレンドいるの?」
「いるぞ。めちゃくちゃ可愛い子」
「どんな子?写真見たい?」
「僕も!」
写真を見せると2人とも食い入るように見ていた。
あ、そうだ。
俺は紫輝とソフィアにお土産のお菓子を渡して、マナとルカのところに戻った。
紫輝たちの家にお邪魔して2週間が経った。
その間、連絡が着たのは家族と秋人と友達だけだ。
凪沙とは一切連絡を取っていない。
俺としては電話をしたいぐらいなんだけど。
〜〜〜〜〜
『白斗、留学中は連絡してこないでね。私もしないから』
『………は?なんで?』
『連絡取ったら会いたくなるじゃん。すぐに会える距離じゃないのに』
『それはそうだけど』
『それでモヤモヤしてたら部活に集中できなくなるから』
『………分かった』
『あ、白斗のお気に入りのパーカーは借りるね。寂しいから』
〜〜〜〜〜
凪沙のバスケの邪魔はしたくないから承諾したものの、こんなに長い期間凪沙と会わないこと自体初めてだからなんか寂しいよりも、うまく表せない気持ちが強い。
普段凪沙といると落ち着くけど、逆にこんなに離れてたら落ち着かないものなんだな。
「紫輝、アスリートってそういうもん?」
「どうかな。僕とソフィアってなんだかんだ遠距離になったことがないから。何かあったらどっちかが会いに行くって感じだったし。けど、その子の気持ちが分からなくはないよ。寂しいときって今何してるんだろうとか、好きな人のことしか考えられなくなるから。1回、それで溺れかけたし」
「マジか」
俺はモヤモヤしたらブロックで誰かを止めたいって感じで、ある意味部活に熱が入ってたしな。
ただ、人それぞれなんだな。
咲良たちから凪沙の様子は聞いてるし、特に心配することはなさそうだ。
さらに3週間が経った。
あと1週間で日本に帰ることになる。
ずっと憧れてた海外生活は、憧れそのままというわけにはいかなかったけど、なかなか楽しい。
将来、オーストラリアに住むのも悪くないかもなと思うくらいにはいい。
特に、日本ほど冬が寒すぎないのがいい。
「ハクト!散歩に行こ!」
「ああ」
見慣れてきた道を歩いていると、顔見知りのご近所さんが犬の散歩をしていた。
「おはよう、ハクト」
「よう、アラン。ケビン!今日も元気そうだな」
「ケビンはすっかりハクトに懐いたな」
ブルドックのケビンに挨拶をして海を見に行った。
昼間は暖かくなってきて少し過ごしやすい。
「ハクト、来週には帰っちゃうんだね」
「大学があるからな」
「日本に行ったら、色んなところ案内してね」
「ああ」
それから、とうとう日本に帰る日がやって来た。
空港まで紫輝たちが見送りに来てくれた。
「紫輝、ソフィア。本当にありがとう。この1ヶ月半すごく楽しかった」
「それは良かった」
「マナ、ルカ。またな」
「またね!ハクト!」
「元気だね」
「ルカ、元気でね、だよ」
また喧嘩してる。
笑ってみんなに手を振って飛行機に乗り込んだ。
空港に着くまで疲れのせいかずっと眠っていて、起きたときにはもう日本に帰ってきていた。
飛行機を降りて荷物を受け取ってゲートに向かうと、父さんと母さんが待ってくれていた。
「ただいま」
「「おかえり!」」
もう9月に入ったため、咲良と楓真は今頃学校に行っているだろう。
まだ10時半だから、授業中だろうな。
「オーストラリアはどうだった?」
「めちゃくちゃいい。楽しかった」
「それは良かった」
一度、家に帰ってから風花北高校に向かった。
高校1年のときの担任で、俺が海外に行ってみたいと思うきっかけになった先生に会いに行った。
ちょうど、6限目が終わったところらしく廊下は人で溢れていた。
職員室に向かうと、中村先生がすぐにやって来て職員室の自分の席の前に椅子を置いた。
「どうだった?オーストラリアは」
「冬だったので、こっちに戻って来て急に夏になった感じで変な気分です」
「確かにな。向こうは南半球だし」
「でも、すごくいい経験だったなって思います」
「そうか。それは良かった」
7限目の終わりのチャイムが鳴るまで話して、先生は担任を持っているためホームルームのために教室に行った。
俺はそのまま練習を見るつもりだったため、人が来るまで体育館のネットを張ろうとすると、俺の2個下の後輩がやって来た。
「白斗先輩!本当に来てくれたんですね!栞里が嘘言ってるのかと」
「亀井さんの言葉信じてなかったのかよ」
俺は、事前に顧問である水野先生と亀井さんに今日練習を見に来ることは伝えてあった。
まあ、こうやって信じてないやつもいるみたいだけど。
「3年はもう引退したのか?」
「いえ。壮亮先輩と正隆先輩は残ってます」
「じゃあ、キャプテンはまだ壮亮か」
「はい」
「今日もサーブレシーブはするんだよな?」
「はい」
「俺、サーブ打つわ」
オーストラリアで久しぶりにバレーをしたけど、案外跳べるし打てた。
しかも、ルカがバレークラブに行ってるから週3くらいでバレーしてたし。
ネットを立て終えると、他の部員たちも続々とやって来た。
それにしても、バスケ部は一向に来る気配がないな。
「バスケ部は外周してから体育館に来るそうです」
訊いてもないのに答えたのは亀井さんだ。
「お久しぶりです。仁科先輩」
「久しぶり、亀井さん」
全員揃ったのを確認すると亀井さんは部員たちを集めた。
なんか、部長よりも部長してるな。
「2、3年生は知っていると思いますが、去年卒業した仁科白斗先輩です。今日はお忙しい中練習を見に来てくださいました。仁科先輩、軽くでいいので挨拶をお願いします。」
「ああ。仁科白斗です。バレーは一応13年目です。何か質問があれば気軽に訊いてください。今日はよろしくお願いします」
軽く頭を下げた。
すると、1年生のうち1人が大きく手を挙げた。
周りはうわ、と少しためらうような顔をしていたけど、俺はその1年生を当てた。
「1年2組の風間英介です。質問してもいいですか?」
「ああ」
「白斗先輩ってすげえカッコいいすけど、彼女とかいるんですか?」
こういう質問するやつ、クラスに1人はいるよな。
それがこいつか。
「いるけど。英介はいるのか?」
「いいえ!気になってた先輩には振られました」
「そうか。ドンマイ」
そう声を掛けると笑いが起こった。
それから練習が始まって一緒にアップをとって、早速サーブレシーブの練習を始めた。
一発目はやっぱりジャンプサーブだよな。
勢いも乗っていいところに飛んで、レシーバーの1年生たちは驚いたような顔をしていた。
「これで全国行ってないってマジすか?」
「去年の決勝戦は、相手校にめちゃくちゃすごいリベロがいたからな」
「なんで壮亮が自慢気に言ってんだよ」
「すんません」
サーブレシーブは1年生2年生、最後に3年2人が練習をしてとりあえず終わり。
にしても、1年生はレシーブ苦手な選手が多いな。
それは亀井さんが気付いてメモってるみたいだし言わなくてもいいか。
スパイク練習が始まると、1、2年生は生き生きしだした。
レシーブ練よりこっちのが楽しいのだろう。
チラッと時計を確認すると亀井さんが耳打ちしてきた。
「仁科先輩、そろそろバスケ部帰ってきますよ」
「………どうも」
凪沙のことを気にしているのがバレて少し恥ずかしくなった。
そういえば碧が言ってたな。
サプライズしようとしてもすぐにバレるって。
まあ、こういう観察眼がマネージャーに向いてるんだろうけど。
本当に亀井さんが言った通り、バスケ部がぞろぞろと体育館に入ってきた。
俺は亀井さんに声を掛けて、体育館の入り口に向かった。
バスケ部員が俺を見て驚きつつも凪沙を呼びに行ってくれた。
さっきの部員が凪沙の背中を押してこっちにやって来る。
「………白斗、いつ帰ってきたの?」
「今日。凪沙、部活は集中できた?」
「………全然」
「寂しかった?」
首を振るだろうなと思っていたけど、凪沙はうん、と小さく頷いた。
珍しく素直だ。
ガチで寂しかったのか。
笑って、凪沙を抱きしめた。
「ただいま」
「おかえり。てか、さっきまで走ってたから汗臭いよ」
「大丈夫。俺もさっきまでサーブ打ちまくってたから汗臭い」
「2人して臭いのは大丈夫じゃないよ」
凪沙は笑って俺の胸に顔を埋めた。
バスケ部の部員もバレー部の後輩たちもはやし立ててくるからすぐに離れた。
すると、バレー部の1年の英介がこっちに走ってきた。
「白斗先輩の彼女って、凪沙先輩だったんすか?」
「ああ」
「けど、凪沙先輩の彼氏さんって亡くなってるんじゃ」
「は?」
凪沙の顔を見ると凪沙は心当たりがありそうな顔をしてすぐに俺と英介から顔を背けた。
凪沙の顔を覗き込んで事情を訊くと、凪沙はごめんごめんと笑った。
「彼氏いるからって風間くんの告白断ったんだけど、同じ学校の人が聞かれて、そのとき寂しさピークだったから、つい『今はもう遠くに行って会えない』って言っちゃったんだよね」
「勝手に殺すな」
「言ったあとに気付いたの。ごめんね、風間くん」
「いえ。生きてて良かったです」
仮にも恋敵にそこまで安堵されると、どう反応すればいいか分からなくなるな。
今は好きじゃないっぽい感じだし、もう吹っ切れたのか?
そんなこと、聞けるはずもなく体育館の真ん中に引かれたネットの向こう側に行った。
「白斗先輩」
「ん?」
「安心してください。俺、好きですって言い終わる前に彼氏いるから無理って即答されてるので。さすがに諦めつきました」
「なあ、英介」
「はい」
「俺ってそんなに顔に出てるか?」
「割りと」
凪沙と付き合い始めてから、よく考えていることを読まれるようになってきた。
凪沙への気持ちを隠さなくてよくなった分、他の気持ちも一緒に出てきているのかもしれない。
放課後、久しぶりに凪沙と一緒に帰った。
「あ、そういえばさ、咲良から誕プレもらったか?」
「うん。パーカー、おそろいで着たいって言ってたの覚えてたんだね。恥ずかしいから忘れてくれてても良かったのに」
「嬉しかったから覚えてた」
「そっか。あ、白斗の分は帰ってからでいいって言うからまだ用意してないけど」
「ああ。次、空いてる日デートしよ」
「うん」
これまで通り、最寄りで降りて家に向かおうと改札を抜けると咲良と県内にある私立高校の制服を着た女子生徒が口喧嘩をしていた。
だんだんヒートアップしていって、女子生徒が手を挙げた瞬間、その女子生徒の腕を掴んだ。
「俺の妹に何してんだよ」
「え、お兄ちゃん?」
「あんた、今、咲良のこと叩こうとした?絶対に許さない」
「凪沙!2人とも、いいから早く帰ろう」
「でも、」
「まだ話は終わってねえだろ」
「いいから!」
咲良に手を引かれて駅を後にした。




