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決闘

「おいおい、予定の時間から30分も遅れてるじゃないか。一体どういうつもりなんだ?」

「別にいいだろ、そのぐらい。今一番重要なのは、俺たち二人がこうして同じ場所に立って

るってことだ。違うか?」

「まあそれもそうか。なんせ今日ここで、私たちのどちらかは死ぬことになるんだ。そんな時に、精々30分の遅刻を気にしていてもしょうがない。」

都内某所───2人にとって聖地でもあるその場所で、今夜、確実に何かが起ころうとしていた。

「それにしても、もう君と出会って10年が経つのか。まったく、時間が経つのは早いな。」

「ああ。お互い歳食っちまった。最初に出会ったのはそう、まさにこの場所だったな。俺はあの時、人生で初めて敗北を知ったんだよ。どっかの誰かさんのせいでな。」

「よく言うよ。当時の君は、私に打ちのめされなくても、きっといつかは誰かに倒されていたさ。それくらい酔っていたんだよ、自分の強さにね。」

「…否定できないのが悔しいところだが、まあその通りだ。かつての俺は、自分より強い奴を探しに各地を放浪し、そこで出会った奴を倒しては、ああ、こいつも駄目だったかと落胆し、相手を軽蔑してその場を去るというのを繰り返していた。それだけならまだしも、本当は相手が弱くてぶっちゃけ安心していたんだ。己の能力の高いのを再確認出来たって、見下す相手が増えたって、な。そんな風だから、俺はますます自惚れる一方だった。

そんな時だ。初めてお前と戦った時、俺は自分が負けたのが信じられなかった。何が起きたのか理解できなかった。あれは、まさしく衝撃だった。己の敗北が認められなかった俺は、その後に何度も戦ったが、結局何度挑んでも結果は同じだった。

そしてそのときようやく理解し、歓喜し、そして絶望したんだよ。やっと俺より強い相手が現れたんだってな。」

「今の君の言ったことは、半分は正解で、半分は不正解、といったところだろう。当時の君の戦闘力は、私とほぼ変わらなかった。私と君との間に違いがあるとすれば、さっきも言ったように、君は自分の強さに酔い、驕っていたが、私はそうではなかったことさ。もちろん、私だって自信過剰になってしまう瞬間はある。それがないと言い切ってしまうことの方が、むしろ驕っていると言えるだろうね。だがそうは言っても、当時の君はやはり異常だった。初めて会った時だって、挨拶もなしにいきなりおい、お前強そうだから俺と戦え、ってそれだけ言って、急に私を連れ出して。あの時の君の、まるでそれが当たり前だとでも言わんばかりの口ぶりは、今でも覚えているよ。でも、その時思ったんだよ。こんな態度の人間に、私がまず負けることはないってね。勝負とは、実際に拳や武器を交える前から、既に始まっているものさ。相手に対する最低限の敬意が欠けている人間は、戦闘において不利になる自分の癖を隠すのが苦手な傾向がある。常に己を剥き出しでいるようなタイプの人間が多いからね。

だからこそ、何度君と対戦しようが、君の言った通りの結果になったのさ。強さとは、己の実力を見誤らないこと。そして、常に周囲に対して謙虚であること。あの時私と戦って、君はそれを散々叩き込まれたはずだよ。」

「へッ、もう過去の話だ。お前のその、何を話しても説教臭くなる癖はなんとかならねえのかよ。」

「……すまない、話し始めるとつい教訓めいた言い方になってしまうのは、確かに悪い癖だね。場合によっては相手を不快にしてしまうこともあるから、なるべくなら治したいとは思っているんだが…」

「でもよ、そんなお前だからこそ、俺は気になってるんだ。まるで騎士道精神を体現したかのような人間のお前が、どうしてあんな手を使うようになっちまったのか…」

「………。」

「だって、そんなのお前らしくねえじゃねえか。さっきもお前は自分で言ってたよな。お前は俺に、本当の強さを叩き込んだつもりだって。俺も同意見だ。現にあの日以来、俺は単に勝負の世界における戦闘力以外の強さについて、実生活の面でも考えるようになった。己の精神を清く正しいものにすることは、接する相手を不愉快にしないだけでなく、自分自身の人生をよりよいものにしてくれるものでもあるんだって。それから俺はますます強くなって、お前にも追いつけるようになって…。こんなこと言うのは恥ずかしいけどよ、お前は俺の人生を正しいものにしてくれた、大切な兄貴っつーか、何というかそういう存在なんだよ。そんなお前が、どうしてあんな卑怯な真似───」

「………必要があったんだ。」

「何?」

「私は、勝つ必要があったんだ!私は、これ以上負けるわけにはいかなかったんだ!君も知っているだろう?私の、あの一件が起きるより以前の、あまりに惨めで情けない姿を。私は負け続けた。どれだけ技を尽くしても、どれだけ体に痛みを覚えさせても、どれだけ心を健全に保っても、目の前に現れる敵に勝つことができなかった。私は自分で自分のそんな姿を見てられなかったんだ。だから、あんなことにまで手を出して…。

君の言う通り、私だってよくなかったことだと思っている。だが、私はかつて君が対峙した私ではないんだ。私には、守るべきものが出来てしまった。そしてそれは、私にとって最もかけがえのないものなんだ。

だから私は、どれだけ卑怯だと罵られても、今の戦い方をやめることはない。例えそれが、過去の自分が打ち立てた信条に反する行いだったとしても。例えそれが、過去の自分を裏切る行為だったとしても。そして戦う相手が、君だったとしてもだ!」

「……そうか。 なら、もうお前が心変わりすることはないってことだな。

実を言うとよ、本当は俺はお前と殺り合いたくはなかったんだよ。そりゃあ、どれだけ頭に来ても、相手の命まではとっちゃいけねえっつう暗黙のルールがあるってのもそうだが、それ以上に、やっぱお前は俺にとって大事な存在なんだよ。殺したくなかったんだよ。お前にはもっと、生きててほしかったんだよ。ここに来るのが遅くなっちまったのは、実はギリギリまでドタキャンしてやるか考えたからなんだ。確かに言い出しっぺは俺だが、それでもそうすりゃ、殺し合いなんてしなくて済むんだからよ。

でも、今お前の考えていること、覚悟を聞いて、俺も腹くくったぜ。

もう、やるしかねえんだよな。だって、お前はもうどれだけ説得されたって、あんな姑息な勝ち方をやめねぇってんだろ?だったら俺だって、全力で殺しにいってやるよ。

これ以上、あんなふざけたことはさせねえからな…!」

「…君は、確かにかつてよりも大きく変化し成長したが、まったくその真っすぐさだけは、相変わらずだね。

思えば、私だってそもそも今日こんな勝負を受ける義理はなかった。君から殺されるリスクを背負う必要はなかったんだ。それでも私が君との勝負を受けたのは、こんな私にもまだ、かつての自分にあったものが、残りづけているからなのかもしれない。

だとすれば、その私の中で燻り続けていた残り火を拾い上げてくれたのは、間違いなく君だね。ありがとう。私が勝負を受けることを、信じて招待してくれて。」

「構わねえよ。俺はお前を10年も見てきたんだ。他所から見てる分、案外お前自身よりも、俺の方がお前を分かってたってだけだ。

……っと、そろそろお喋りはこの辺で切り上げて、さっさと終わらせちまうか!今日はえらくたくさん喋ったから、もう喋るのも嫌になってきたしな。」

「そうだね。私ももう喋り疲れてしまって、実のところヘロヘロだよ。これから命を懸けて戦うというのにさ。

だから、君の方から来てくれないかな。私は、君がくるのを構えて待っていよう。」

「はっ、言われなくても、最初からそのつもりだったさ。それが俺の流儀なんでね。

……さあ、行くぞ!」

「ああ、来い!」








───えー続いてのニュースです。

都内にある大型のゲームセンターの前で、30代の男性二人が倒れているのが発見されました。二人は近隣住民の通報から緊急搬送されましたが、たった今、二人とも死亡したのが確認されたとのことです。警察は、ゲームセンターに争った形跡があり、二人の体に無数の傷があったことから、二人の間で何かトラブルが起き、それが発端で殴り合いが発生したのではとしています。

関係者の話によりますと、片方の男性は、人気格闘ゲームである「キルティキア」のランクマッチで、もう片方の男性の使用キャラクターの飛び道具に、遠距離から攻撃され続けるのに耐えられなかったため、二人の間でかねてより共通の遊び場であった都内のゲームセンターに集合するよう呼びかけ、現実で決着をつけるつもりだったのではとのことです。

またこの関係者は、もう片方の男性が、こうした遠距離からの一方的な攻撃という、ゲーマーの間で『卑怯』とされる戦法をするようになった背景として、「今あるランクポイントをこれ以上減らすわけにはいかなかった、現在のランクを守りたかったのでは」と指摘しています。

通常では考えられないこの事件、果たして当事者はあの晩、何を思っていたのでしょうか。

それでは続いて、今日の天気予報のコーナーです───



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