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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヴェールの向こうの宝石

作者: 夢猫

「マヌカ・スペルディング!」


 急に名を呼ばれたマヌカは味わっていたケーキを飲み込み、名残惜しく思いながらも手に持っていた取り分け用の皿を置いた。まだ取り分けたケーキの半分も食べていないのに、もったいない。


「ねぇ、キリハ」


 呼びかければ音もなく背後に人が立つ気配がする。


「あの方は私の婚約者であるジョアン王子だと思うのだけど、間違いないわよね?」

「はい、この国の王太子でありマヌカ様の婚約者であるジョアン・ハルフェで間違いございません」

「……他国ではあるけれど、一応王子様なのだから敬称はつけて差し上げてね」

「それが必要な人物ならばそうしますが、婚約者であるお嬢様の事も分からない様なヤツにつける敬称はあいにく持ち合わせておりませんので」


 その声音に嫌悪をありありと浮かべて忌々しそうに舌打ちまでしながら言う自身の従者兼護衛に苦笑を溢しながら、未だに何やら大声で言っているジョアンの方へ視線を向けるが、彼は対峙する相手がマヌカだと信じて疑っていない様だ。


「まぁどうせ、髪の色だけで判断したのでしょう」


 仕方ない、と溜め息を吐き出して歩き出す。

 黒いヴェールで覆われている視界は、それでも鮮明に周りの景色を映し出す。

 この国からの要望でつけているというのに、それで婚約者が分からないなど笑い話にもならないではないか。


「よって私、ジョアン・ハルフェはマヌカ・スペルディングとの婚約を破棄し、新たにここに居るリリカ・ヒュエル嬢との婚約を結ぶ!!」


 腕に華奢な少女を抱いて声高に宣言したジョアンに周囲の者達がざわめき立った。

 王国主催の夜会でとんだ催し物があったものだ。

 マヌカの両親と共に会場の上座に座っていたこの国の王が慌てて席を立ったのを横目に見ながらマヌカは進む。

 カツカツ、と鳴るヒールの音にマヌカに気付いた者達が道を開けた。

 ジョアン達がいる騒ぎの中心へ辿り着けば、マヌカと間違われてジョアンから婚約破棄を宣言された令嬢が困惑と恐怖で震えているのがよく分かり申し訳ない気持ちになる。


「婚約破棄とは穏やかではありませんね」

「……は?」


 自分達の背後から聞こえた声に振り返ったジョアンの顔は、何とも間抜けなモノだった。


「誰だ?」

「あら、いやですわジョアン様。あなたが今し方婚約破棄を告げた、マヌカ・スペルディングです。大声で私の名前を呼びましたでしょう?なので馳せ参じた次第ですわ」

「え、は?じゃあ、こい……この令嬢は?」

「ヴェールに描かれている家紋を見るに、クロアラ侯爵家のご令嬢ですね?ご息女は確か二人居られたはずですが、長女のビオラ様は既にご結婚されているので、あなたは次女のメイリール様ですね?」

「は、はい、そうです!マヌカ第一王女殿下にご挨拶申し上げます」

「あぁ、そんな畏まらないで。私と間違えられてとんだ災難に見舞われてしまいましたね。申し訳ありません。怖かったでしょう?」

「そんな!マヌカ様が謝る事など何もありません!!」


 手を取り合う令嬢達に放置されたジョアンが眦を吊り上げる。


「身代わりを用意して私を謀ったのか!?その様に似た目隠しをして、私を欺こうというのか!?」

「はぁ?っと失礼を」


 危ない。思わず素で応えるところだった、とマヌカは一つ咳払いする。

 それにしてもこの王子、いったい何を言っているのだと呆れてしまう。

 確かにマヌカもメイリールも顔の半分が隠れる黒いヴェールをつけている。だがしかし、これは別にこの二人に限った事ではないのだ。

 マヌカの従者兼護衛であるキリハも、マヌカの両親や兄達も、その他のマヌカと国を同じくする者達は皆、黒いヴェールをつけているのだ。

 なので誰一人素顔が分からない状態である。それでも、先程メイリールのヴェールを指してマヌカが言った様に、それぞれのヴェールの目立つところにそれぞれの家紋が描かれているため、分かる人には対峙する人物が誰であるか分かるのだ。

 まぁ、マヌカ達にとってはヴェールなど視界を遮る意味すらも成さないのであろうが無かろうが変わらないのだが、それはそれである。


「素顔も晒さず、リリカに対して陰湿なイジメを行う醜い性根はそもそも人として最低だ!ましてや"魔族"であるお前など、将来この国の王となる私には相応しくない!!」

「はぁ、そうですか」


 居丈高にそう言ったジョアンへマヌカは溜め息混じりの返事を返した。

 "魔族"という言葉に周囲から嘲笑が起こる。それまでジョアンに懐疑的な視線を向けていた者達が今度はマヌカ達へ嘲りの視線を向ける。


「確かに、結婚した後もあのヴェールをつけられるって考えると気が滅入るよな」

「王太子妃が魔族ってちょっとなぁ……」


 "魔族"。それはマヌカやメイリールを始めとした、黒いヴェールを身に着けている者達を指す言葉だった。

 ここハルフェナ王国の隣。聳え立つピスカ山脈を挟んで存在しているのがマヌカ達の国、スペル魔法王国である。

 魔法の始祖とされるエルフがその祖先と言われている魔法王国の者達は皆が膨大な魔力を有し、普通の人間からすると長い寿命を持っており、それ故に他国の者達からは"魔族"と呼ばれていた。

 それは畏怖と侮蔑を込めた蔑称であったが、呼ばれる本人達は全く気にしていなかった。


「えっと、このヴェールはそちらの国からの要望でつけているのですが……」

「ならばこの国の王太子である私が許可する!今すぐその陰気臭い物を取れ!!」

「私達は別に構いませんが……」


 ちらり、とマヌカが視線を向けた先。

 直ぐ近くまで駆けつけていたこの国の王が諦めた様に溜め息を吐き出して一つ頷いた。


「構わない、マヌカ嬢……いや、スペル魔法王国の皆様。これまでこちらの我が儘で不便を強いて申し訳無かった」


 国王の言葉にそれならばまぁ、とマヌカはヴェールへと手を伸ばす。


「先に言っておきますが、ご存知の通り私達は膨大な魔力を有しており、その魔力は瞳に宿ると考えられております。故に、私達の殆どが"宝石眼"と呼ばれる特殊な瞳を持っており、魔力耐性の弱い者が見た場合稀に魅了魔法がかかってしまう事があるのです。なのでこのヴェールには私達の魔力を遮断する術が込められているのですが……本当に取ってしまってよろしいのですか?」

「くどいぞ!父もいいと言ったのだ、早く取らぬか!!」


 がなり立てるジョアンに溜め息を一つ吐き出して、マヌカはヴェールを外した。

 漆黒の艷やかな髪が僅かに揺れ、それまで隠れていた真紅の瞳を顕にする。

 シャンデリアの光を反射してキラキラと輝く美しい瞳。

 瞳だけではなくその容姿もこの世のものとは思えない程に美しく整っている。


「な、なっ……」


 顕になったマヌカの素顔にジョアンの目が驚きに見開かれ、その顔は徐々に赤く染まっていった。


「皆も取っていいわよ」


 マヌカの言葉に他の魔法王国の者達もヴェールを取れば、会場は静寂に包まれた。

 それぞれに異なる色を持つ瞳は、けれどそのどれもが美しく輝いている。容貌も皆、マヌカ同様に美しくその場に居る者達の視線を釘付けにした。

 

「さて、ジョアン様。先程あなたがおっしゃった婚約破棄は我が両親も聞いておりました。最終的な決定は両家の話し合いで決まるでしょうが、私からは了承の旨だけ伝えておきましょう」

「ま、まて……待ってくれ」

「そちらの……リリカ様でしたか?彼女とお幸せに」


 それだけ言い残して踵を返したマヌカに他の魔法王国の者達も続く。後はマヌカの父と兄達が上手くやってくれるだろう。


「よろしかったのですか?」

「大丈夫よ。まぁ、一応国同士の同盟の為に結ばれた婚約だったけど、別に無理に同盟なんて結ぶ必要もないし、こんな扱いを受けるなんて思ってもみなかったからお父様達もきっと今頃喜び勇んで婚約破棄に向けて話を進めてると思うわよ」


 膨大な魔力、美しい瞳と容貌、長い寿命。

 先祖であるエルフから脈々と引き継がれているそれらが、他国の者達から見たら異質なモノであると魔法王国の者達はよく理解していた。

 だからこそ長い間、他国との関わり合いは最低限に留めていたのだ。

 だが、閉鎖的すぎれば滅び行くだけだと思ったマヌカの父が、取り敢えず隣国と同盟でも結んでみるかなぁ、と思い立ったのが事の発端だった。

 しかし、他国の者達から見れば自分達は思っていたよりも異質なモノであったらしい。

 向けられるのは嘲笑や蔑みの視線や言葉ばかり。

 同盟の証として結ばれたマヌカとジョアンの婚約だったが、ジョアンはマヌカにプレゼントの一つも贈った事はないし、定期的に開かれていた交流の為のお茶会にすら最初の一回以降参加した事はなかった。

 挙げ句に婚約者以外の女性を伴っての夜会参加に加え、婚約者と他の令嬢を間違えての婚約破棄宣言である。


「お父様の人……この場合は国かしら?を見る目がなかったのが原因なんだし、私の一年半を無駄にした罰として暫くの間はのんびりさせて貰おうかしらね」


 上機嫌で笑いながら馬車に乗り込み、そこでマヌカは声を上げた。


「ケーキ食べそこねちゃった!!」


 そんな主にキリハは苦笑する。


「帰ったら俺がいくらでも作りますよ」

「あら、そう?キリハが作るケーキは格別に美味しから楽しみね!」


 嬉しそうに笑うマヌカにキリハも破顔した。

 

 そこからの展開は早かった。

 その日の夜、婚約破棄をもぎ取って来たぞ!同盟もなしだ!とマヌカの父と兄達が喜び勇んで帰って来た次の日には、スペルディング家の者達はその使用人に至るまで一人残らずハルフェナ王国の屋敷を後にし、更に3日後にはハルフェナ王国に居たスペル魔法王国の者達が姿を消した。

 その後いくらハルフェナ王国の者達がスペル魔法王国を訪ねようとも、両国の間にあるピスカ山脈を越えた途端に何故かハルフェナ王国側の麓に戻って来てしまうという事を繰り返し、彼等はその後二度とスペル魔法王国へ行く事は叶わなかった。

 王太子であったジョアンは今回の件の責任を問われ廃嫡された後、生涯幽閉の身となり、男爵令嬢であったリリカ・ヒュエルは王太子を誑かし婚約破棄を企て国家転覆を謀ったとして身分剥奪のうえで娼館へと送られた。ヒュエル男爵家は国に対して多額の賠償金を支払う事となり、没落の末一家離散となった。


 自国に戻ったマヌカはその後、瞳と容姿を平凡に見せる認識阻害の魔法をあみ出しキリハを連れて世界中を旅した。

 数年後、玉のような赤子をその腕に抱き親子3人で帰国した彼女達にスペル魔法王国は歓喜に沸いたのだった。

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