1.・・・召喚?
目を開けたら、そこは見知らぬ世界だった…って、なんのラノベ?
冗談はやめてと言いたいけれど、私が聖女として召喚されたのは事実のようです。
私は、三年前に高校を卒業して首都圏の小さい会社で仕事をしている、普通の事務員です。都会のキラキラに当てられながら、それ以上に都会の物価の高さに泣きモードになりながら、ひたすらお仕事に励んでいます。因みに今日は残業で10時過ぎまで会社におりまして、年末の締め処理に追われていました。
どこにでもいる普通の人間です。顔立ちも地味ですし、趣味は読書で、大人しいを絵に描いたような人間なんで、人様に文句を言うのは苦手です。人様に文句を言われるのはもっと苦手ですが。そして殴る人間は何よりも苦手です、って余計な事でしたね。
で、ですよ?
お金がないので電車には乗らず、会社から家までの六駅分を自転車で疾走中、人気のない暗い歩道がいきなり光って私を飲み込みました。因みに、ここに自転車がないってことは、自転車だけあっちに転がっているってことですよね。荷物はカゴに積んだままだし、向こうじゃ事件って騒がれてる気がしますよ。だから今、私は手ぶらなんですね。スマホが近くにないなんて、すごく不安。それに、この状態だと明日仕事いけませんよね? 休むって連絡しないと…。って、スマホがあっても圏外ですよね、多分。
と、そんな現実逃避している場合ではなくて。
「聖女様! この世界を救っていただきたいのです」
えーっと。声は聞こえます。声は。
召喚の際に翻訳機能が付いていたことは喜びましょう、素直に。でもですね。人の姿が全く見えないって何なんです?!
お部屋は見えます。とても煌びやかな広いお部屋。凝った作りの調度品。台の足が猫足になっているなんて、かわいーって叫び出したいくらい。
でもですね、人の姿が一切ないんです。いや、ざわついているので、そこかしこに人がいるだろうことは分かります。でも、それだけなんです。少なくとも目の前には誰もいないんです。がらんとした広い部屋が見えるだけ。
なのに、何人もの声が聞こえるなんて恐ろしすぎる。これ何のホラー映画??
「すみません。あの、お声は聞こえるのですが、お姿が見えないのですけれど」
もしかして、異世界あるあるで、変な魔法で隠れてるだけだったりするのかな、なんて甘い期待をしてみたのですが。
…結果、違ったらしいです。皆さん、普通にそこにいらっしゃるようで。そして、皆さんからは私は問題なく見えるのだとか。
いや、こっちからはなにも見えませんよ?!
あの、あなた方紫外線とか赤外線で出来てます?!
少なくとも地球人の可視光線の範囲、超えてらっしゃいません? 確か、蛇とかならそういうの見れるんでしたっけ。とはいえ、蛇になんてなりたくないですが。
困りました。この状態で、世界を救ってくださいって言われても、どこの何に向かって私は何をすればいいのやら。
因みに人間以外はきちんと見えていますよ。無機物は勿論OKです。このお部屋がしっかり見えてますから。そして何故か生きているけれど、植物も大丈夫ですね。このお部屋に置かれている花瓶に、綺麗な生花が飾ってあるのもちゃんと見えてます。
なのに無機物であっても、生きている人が着ている服などは見えません。人の手から離れると、それが途端に見えるものに変わるこの不思議。何故人間及び人間が触れているものだけが見えない?
あれ、そういえば動物って見えるのかしら。動物も生きているものだから見えない気がするけれど、さすがにこの部屋にペットとかは連れれいないでしょうから、動物については不明です。
しかし、この世界の人間や生物って変な方向に進化していらっしゃる?
声だけ聞いていると、普通な感じなんです。向こうの方々も、姿かたちに違いはないとおっしゃる。
ただ、見えないんだけなんです!
今までの召喚でこんなことありました? って聞いたら、実は初召喚だとか。適当な召喚なんてしないでくださいよ、と叫びたいのを必死で堪えました。
とりあえず、この世界の危機! ということで、各国の選りすぐりのエリート魔導士たちが集まって行ったのが今回の召喚だそうで、初の試みだし失敗しちゃったかぁ、なんて軽く言う声が聞こえてきましたが。そんな軽いノリでどうするんですか。
どこか魔法陣に誤りがあったのか、誰だよ失敗した奴、なんてわやわや言っている声は聞こえてますが、そんなのは後でいいので、とりあえず不便なので皆さんを見えるように何とかしてください、とお願いしてみます。
でも、しばらくごちゃごちゃ話し合っていたらしい声の後、既に召喚済だからどうしようもない、とにべもなく聞こえてきた声に私は脱力です。そこ、諦めるんかーい。
まずはお部屋に案内しますね、といきなり手首を掴まれました。
見えないだろうから、と手を引いてくれたんでしょうけど、本当にリアルホラー映画でも体験しているかの気分です。思わず叫びそうになったじゃないですか。
ありがちな召喚もののお話とかだったら、美しい王子様と聖女のラブストーリーが起きたりするのかもしれませんが、まずは顔が見えないし、声も掛けられてないし、あり得ませんよね、ホント。
いや、実際に集まっていた中に王子様がいたみたいですけどね。『〇〇殿下』って呼ぶ声が聞こえていたので。
でも、呼ばれたその名前がとっても長くて、私にはびっくりでした。この世界の王族の名前って、もしかしてすごく長いんですかね。そういえば地球にも、歴代の王族の名前を取り込んで、すごく長い名前になっている国もありましたよね。それに、ピカソの正式名称だってとんでもなく長かった気が…。そんな長い名前を間違わずに呼べるって、ある意味才能だと思いますよ。
なんて詮無いことを歩きながら考えてしまいましたが。
だって、手を引っ張るわりに、話しかけてくるわけでもないんですよ。予想外の出来事が起こったので、まずは私をどこかに隔離しちゃえ、っていう感じがありありとしていて、私もどうしたらいいのやらといった感じです。
とりあえず、お部屋でごゆっくりなさってください、と早足で長い廊下を引っ張られて、どこかに連れてこられました。一応ここはお城か何かなのでしょうか。で、客間にご案内ということなのでしょうね。リビングと寝室の二部屋があるようです。一晩過ごすには十分だとは思います。そして、おそらく彼らはこれから急遽作戦会議なんでしょうね。私を部屋まで案内すると、バタバタと急いで戻っていく足音が聞こえました。
あれ、世界の危機って言ってましたけど、その詳細、私聞いてないんですが。ゆっくり作戦会議なんかしている暇ってあるものなんでしょうか?
そんなに私が彼らを見ることができないのは問題だったのでしょうかね。その世界の危機のためには、私が必ず何かを見れないといけない、とか決まりがあるのでしょうか。無機物なら見れるので祭壇とかで祈る分には、不便ではありますができないことはないと思うんですけどね。
なのに、彼らが困って作戦会議までしようとしているのは、それこそ私のことを見目麗しい王子様が篭絡しようとか考えてました? なぁんて、まさかですけれど。
とりあえず、すごく疲れました。ふかふかなお布団があるので、寝てもいいですか。
実際のところ、私は残業で疲れて、更に自転車を30分も漕いでいたんですよ。結構バテバテのところを召喚されてるんで、そろそろ寝たいんです。
本当は、こんな人の姿も見えないような危険な場所、怖くて仕方ないですけど、一応鍵も付いてますから信頼しましょ。それに、たとえ外側から鍵が開けられたとしても、少なくともドアが開く音は分かります。無機物は見えますからね。
このまま徹夜して頭が働かなくなるよりも、とりあえず一旦は少しでも体を休めた方がいいような気がするので、寝ます。
ドアが開く音がしたら、その時飛び起きることにしましょう。ってことでお休みなさい。
誤字報告いただきました。ありがとうございます。修正いたしました。