乾杯
「つーくーよーみー」
「なんだよ」
間延びした声に振り向くと咄嗟にぷにっと頬に指が突き刺さる。そういう子供じみたイタズラが好きなこの馬鹿、歌徒 晴行を相手するのもいつもの事と、特に吃驚する訳でもなく読んでいた書物に視線を戻す。
月詠 与壱は本の虫、所謂オタクというやつだ。晴行はというと、単なる社会人、サラリーマンで退屈な日々をまあまあ平和に過ごしている非オタだった。
そんな2人が出会い意気投合するまでの話は長いので割愛するが、今俺たちは腹の探り合いをしている。
なぜって、それは……。
好きな子が同じだった話
バーチャルアイドル「ミラ」
年齢 16歳
身長156cm
オレンジのポニーテールヘアーで描かれている、言わば2次元の嫁。
非オタの俺を魅了したのはとあるライブとの出会いだが、それは今は置いとくとして、俺が推しているのは
「よろよろー!今日も上げてこー!」
この悩みを吹き飛ばすような明るさ!上司からのお小言なんか忘れるくらい元気が出るそれを、晴行のやつは
「CV iroちゃん、サイコー」
中の人?とかで推してやがる……。
てかもうちょいテンション上がんない?普通。
文句を言いつつ、こいつの部屋でライブ鑑賞しているのは、悔しいことに揃えてる機材がいいからだ。
ペンライトを置くとスマホからアーカイブを確認する。あー、今日も至福の時間が…終わった。
コツン
「つ、めた…なんだよ」
頬にあてられた缶を受け取ると、爽快☆ビールと書かれた晴行の飲まないビールだった。
「……なに、くれんの?」
「……ん」
無言でバタピーの袋も放り投げられた。俺柿ピー派なんだけど……。
「お前ビール飲まないんじゃなかった?」
確か前に誘った時は酒飲まないって言ってた気が……。仕事帰りの生配信に押しかけた時の記憶を探る。うん、確かあの時は飲まないとか言ってた気がする。
「気が向いた時しか飲まね」
「気が向いたの?なんで?」
素朴な疑問だった。いつも酔っ払った俺を介抱してる姿しかなかったからだ。下戸とかかと思ってた。
「iroちゃんは、魂を吹き込めるんだ」
「何言ってんだこいつ」
プシュッとビールを開けるとエア乾杯をして飲み始める。それにつられて晴行も続いてビールを開けた。
「魔法少女の時も戦国少女の時も、彼女は控えめに言って最高な演技をしてた」
淡々とした喋りとは裏腹にこもる熱量がすごい。流石オタク。
「だーかーらー、俺は声優とか興味ねぇって」
「違うんだよ」
グイグイと飲み進めたビールをダンと机に置くと、晴行はゆらりと立ち上がった。
「演技じゃない、ミラとしての彼女は
輝いてる…!!」
「わかるーーー!」
意気投合した2人は日付が変わるまで飲み続けた。