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古代王国物語  作者: 竜人
9/14

第九節 任務

アレハンドラは、特務部隊の本部で所長と面会する

そこで彼は、自身の出生の秘密を聞かされる

それは嘗て、ヤマトを襲った悲劇が端を発していた

そしてその事から、彼に流れる血の秘密が聞かされた

男はアレハンドラに、一枚の書状を差し出す

そこには護衛の任務と、魔物の調査をすべしと書かれている

これが今回の、アレハンドラが召喚された理由なのだ

しかし護衛と書かれているが、一体誰を護衛するのか?


「これが君の任務なのだが…」

「ここには護衛と魔物の調査と書かれていますね」

「ああ

 それが大まかな内容だ」

「何で私なんかが?」

「それなんだよね」


男は茶に口を付けると、すっかりぬるくなっている事に気が付く。

それで中身を捨てて、新しく淹れ直す。


「陛下のお言葉は…

 ある牛飼いを守れと言う事なんだ」

「牛飼い?」

「ああ

 それは牛飼いの少女でね…」

「まさか?」

「その子供は牛と話せるそうなんだ

 何でも牛が逃げ出さずに、その少女に従って着いて行くそうなんだ」

「それがミーアだと?」

「ああ

 ミリアーナが、その牛飼いの少女なんだ」


アレハンドラはそれを聞いて、何故か激しい憎悪を男に向けていた。

それは今まで感じなかった、人を殺したいという衝動だった。

男がミーアの境遇を知っていながら、それを放置していたと思ったからだ。

そう思うと、男に激しい嫌悪感を感じた。


「止せ

 私は死にたく無いし、君のその考えは間違っている」

「何が間違っていると?

 あなたはミーアの事を知りながら…」

「何か勘違いをしているな

 陛下や私達が彼女の事を知ったのは、極最近なんだ」

「それを信じろと?」

「ああ

 噂は魔物騒動が始まる前から伝わっていた

 しかし最初は、くだらない噂だと不問にされていた」

「調べなかったのか?」

「それだけではね

 しかし噂の出処を調べる内に、妙な事になっていると気が付いた」

「つまりその時点で、奴等の不正は知っていたんだな」

「証拠が無かったんだよ

 だから陛下に報告して、処罰の許可を頂こうとした

 そこに魔物騒動だ

 陛下は他に理由が無いので、保護を名目に兵を派遣する事にされた」

「それなのに放置してたのか?」

「待て

 あれは手違いなんだ

 すぐに兵士を送って、農場主は捕らえる事になっていた

 まさか兵士共まで、袖の下を握っているとは…思わなかったんだ」


男はそう言って、顔を険しくしていた。

それは嘘や演技では無く、先ほどの様に本気で怒っている表情だった。


「私だってその男達に、天誅を下したいさ

 しかしまさか、兵士が裏切るとは思わなかった

 内偵を行ってはいたが、ここまで露骨なのは初めてだったよ」

「それじゃあミーアを?

 何で彼女を、あのまま列車に乗せた?」

「だから言ってるだろ?

 袖の下を握った兵士共は、彼女に渡す金にも手を付けていた

 しかも護衛の任務も放り出して…」

「それじゃあ?

 それじゃあその後は?」

「追って他の街からも、護衛を送る手配はしたさ

 そしたらその街では、魔物騒動で兵士が多く亡くなって…」

「あ…」

「新聞を読んでいたんだろう?

 記事は見た筈だ」


確かに行く先で、魔物騒動が起きた記事を見ていた。

そしてその記事には、兵士に被害が出たとも書かれていた。

具体的な事が書かれていなかったのも、民衆がパニックに陥らない為の配慮だろう。

そう考えてみれば、護衛が来なかった事にも納得が行く。


「しかし

 しかしその後は?

 何で迎えが来なかった?」

「君が側に居ただろう?

 その報告が入ったから、私は安心して任せる事にしたんだ」

「しかしそれなら、その事を話すべきでは?」

「少女に君は牛と話せるから、魔物と話す仕事をしてくれって…

 そんな事を話せるか?」

「あ…」

「それにそんな指示を誰に任せる?

 兵士達に話したらどうなると思う?」

「それは…」


「君だってこの話を聞いても、納得はしていないだろう?

 私もだ

 しかし陛下からの勅令だし、人民の命も懸かっている」

「だからと言って、あの子の命を差し出せと?」

「だから私も、納得していない!」

「…」


男の言葉を聞いて、アレハンドラは何とか落ち着きを取り戻す。

考えてみれば、彼を殺しても何も変わらないだろう。

勅令は皇帝から下されていて…。


彼を殺す?

私は何を考えている?


そこでアレハンドラは、自身の異変に気が付いた。

いつの間にか、彼はそんな事を考えていたのだ。

今までは自分に不利益な事を被る時も、決してその様な考えはしなかった。

しかし今は、怒りに我を忘れて殺そうと考えていた。


一体私は…

何をこんなに怒っているんだ?


「アレハンドラ?」

「…」

「アレハンドラ?

 大丈夫か?」

「あ、ああ…」

「顔色が悪いぞ?

 少し休め」

「いや

 大丈夫…だ…」

「そうか?

 とても大丈夫そうには見えないが?」

「気分が少し悪いだけだ」

「全然大丈夫じゃ無いじゃ無いか

 話が長過ぎたか?」

「あんたが怒らせる様な事を…

 ぐうっ」

「それはすまなかった」


男は鐘を鳴らして、女性の士官を呼んだ。

そしてリラックス出来る様に、ハーブティーを用意する様に頼む。


「所長

 一体何をされたんですか?」

「いや…」

「どうせまた、相手の方を怒らせる話でもしたんでしょう?」

「私はそんな…」

「それではまた、人体実験などと悪戯を?」

「そんな事は…

 今日はしていない」

「所長の性格は最悪ですからね

 何で気分を害されたのやら

 すぐに用意します」

「はは…

 頼むよ」


男はそう言いながら、苦笑いを浮かべる。


「私はそんなに…性格が悪いかな?」


男の独り言に、アレハンドラは痛む頭を抱える。


そんなんだから私も怒りで…

いや、落ち着け…


アレハンドラは深呼吸をして、何とか怒りを収めようとする。


「大丈夫ですか?」

「あ、ああ…

 すまない」


アレハンドラはハーブティーを飲んで、少しだけ気分が落ち着いて来た。

しかしすぐに、男の一言でイラッとする。


「良かった

 顔色も良くなったみたいだね」

「ああ」

「しかし君も意外と短気なんだね

 何をそんなに怒っているのか…」

「頼む

 少しだけその口を閉じててくれないか?」

「あ、ああ…」


アレハンドラは苛ついて、再び視線が鋭くなる。

その鋭い視線を見て、男は思わず口を閉じる。

そのままアレハンドラが落ち着くまで、暫く時間が掛かった。


「…あなたはミーアの事を知りながら…」


アレハンドラは所長に、鋭い殺意を向けていた。

彼がミーアの境遇を知りながら、それを放置していた事に激しい怒りを覚えたのだ。

そしてその殺意に、アレハンドラは飲まれ掛けていた。

こんな気持ちになる事は初めてだった。


彼を殺す?

私は何を考えている?


始めて抱いた殺意に、アレハンドラは戸惑っていた。

そして何とか怒りを抑えると、アレハンドラは話の続きを聞こうとしていた。


「ふう…」

「気分は落ち着いたかい?」

「ああ

 あんたが居なければ…

 最高だろうな」

「それは失礼した」


男は肩を竦めてから、再び話し始める。


「私もミリアーナが、魔物を操れるとは思っていない」

「それじゃあ何故なんだ!」

「言っただろう?

 陛下の勅令なんだ

 逆らったら君達がどうなると思う?」

「それは…」

「そんな寝覚めの悪い事は、したくないさ

 それにそんな理由でも付けないと、迂闊に軍は動かせないんだ」

「それで少女を魔物の餌にするのは、良心が痛まないと?」

「そうじゃあ無い

 良いから落ち着いて話を聞けよ」


男も不満そうにして、アレハンドラを見ていた。


「そもそも、今は勅令でも何でも使って、魔物の生態を調べる必要があるんだ

 あれが何だか分からない以上、対策の立てようが無いんだ

 それで優秀な護衛に守らせて、魔物を操れるか検証してみる

 見事操れれば問題解決という筋書きさ」

「そんな簡単に…

 行くと思うのか?」

「それで操れなかったらか?

 そりゃあ操れた方が良いが…

 操れなければ操れないで、ミーアの噂話はデマって事になる

 晴れてお役御免さ」

「そんなに簡単に行くのか?」

「勿論簡単じゃ無いさ

 しかし少なくとも、噂が噂だったって証明にはなるだろう?」

「しかし詐称に問われないか?」

「それは無い

 実はミーアが選ばれた際に、私は再三に渡って反対している

 そんな便利な能力なんぞある筈無い…とか

 少女を戦場に出すな…とかね」

「それでこの状況か?」

「仕方無いだろう?

 魔物の正体は未だ不明

 そしてその対処で帝国軍はてんやわんやさ

 だから陛下としても、何としても魔物を排除したいのさ」

「しかしだからと言って…」


「それでな

 もし万が一失敗したのなら、二度とこんな世迷い事を信じない様にと…

 陛下と約束していただいたのさ」

「そんな事を?」

「ああ

 その代わりに、護衛の兵などは私が用意する事になった

 それで納得していただいた」

「はあ…」

「どうだ?

 私は優秀だろう?」

「そこで言わなければな」


アレハンドラはその男の、用意周到さに呆れていた。

その皇帝との約束もだが、今回の話も裏の準備がしっかりとしてあった。

ミーアの件に関しても、実は裏の思惑があると踏んでいる。

だからこそこの男には、無性に腹が立っていた。

それだけ頭が回るのなら、もっとマシな方法があった筈だ。


「しかし、それなら他にやり様が…」

「そうだね

 これが勅令で無ければね…

 私も兵士を使う方を選んだよ」

「それなら…」

「しかし陛下は…

 皇帝陛下は、ミリアーナを指名したんだ

 それがどういう意味を持つか、帝国の兵士である君なら…

 よく分かるのでは?」

「それは分かります

 しかし、何もあんな少女を!」

「事態はそれほど…逼迫しているのだよ?」

「っ!

 それは?

 …どういう事ですか?」


アレハンドラは、思わず聞き返していた。


「その訳を話す前に…

 私はもう一つ謝らないといけないな」

「え?」

「私の…

 本当の名を教えよう」

「その前に名を聞いていないんだが?」

「え?

 あれ?」

「私はあなたの事を、ここの所長としか知らないんだが?」

「え?

 はははは…」


男は咳払いをすると、頭を掻きながら言い訳をする。


「てっきり部下から、私の事を聞いていると思ってたから…」

「聞いていないが?」

「ラスターめ…」

「で?

 あなたのお名前は?」

「ああ

 私の名はフレスカ

 ここの所長をしている」

「フレスカといえば勅令状の…」

「ええ

 あれは私が書いたんだ」

「しかしあれは勅令状ですよ?

 何故あなたが書けるんですか?」

「それは私にそれだけの権限があるからだよ

 私のフレスカと言うのは、所謂表向きの通り名だ」

「ん?」

「フレデリック・スベロフス

 これが本当の私の名前になる」


フレスカはそう言って、頭を下げる。


「フレデリック殿?

 いえ、貴族様ですからフレデリック様ですか?」

「おや?」

「先ほどの謝るというのは…

 その名を伏せておられた事ですか?」

「いえ、この名を聞いても分かりませんか?」

「え?

 はあ…」


アレハンドラの返答に、フレスカは頭を掻き始める。


「失礼ですが…

 君はマーカスに会いましたよね?」

「え?

 マーカス?」

「エカテリンブルグのセキュリティー隊長です」

「ああ

 あの隊長さんですか?」

「ふむ

 マーカスめ、きちんと名を明かしていなかったか」

「え?」

「失礼」


フレスカはそう言って、掛けていた眼鏡を外す。

その顔は神経質そうで、どこか痩せてはいるが見覚えがあった。

しかしどこで見たのか、アレハンドラは思い出せなかった。


「あれ?」

「この顔に…

 見覚えは?」

「あ?

 まさか!」

「ええ

 ここだけの話にしてくださいよ

 実はマーカスから、あなたの事を聞きました

 苦情も込みでね」

「え?」

「それで君が側に居ると知ったのですが…」


「はあ…

 てっきりマーカスから、私の事も聞いているかと

 それで黙っていて申し訳ないと…」

「どういう事ですか?」

「私は…

 一応ここでは、平民の少佐に当たる階級です」

「これは失礼致しました」

「いや、畏まらなくても良いですよ

 ここには私とあなたしか居ません

 それに…」


「これは機密に関わります

 他言無用ですよ?

 良いですね?」

「は、はい」


そこまで念を押されれば、アレハンドラには拒否権は無い。

フレスカはアレハンドラに、国の内情を話し始める。


「そもそも私は、不正をする軍人を取り締まる為に内偵に出ていました」

「内偵ですか?」

「ええ

 それで愛称を弄って、フレスカと名乗っています

 しかし従兄弟である、マーカスにはバレてしまいました」

「従兄弟ですか?」

「ええ

 彼はエカテリンブルグのスベロフス子爵の3男

 マーカス・スベロフス

 そして私は、帝都在住のスベロフス男爵の次男

 所謂分家の嫡出外子というヤツです」

「それは…」

「気楽な物ですよ

 家を継ぐ必要も無いし、帝都で好きな職に就ける

 おまけに貴族姓が…まあ制限がありますが、名乗れますしね」

「はあ…」

「君も本来ならば、貴族姓を名乗れたんです

 あの男が認知していれば…」

「良いんです

 そんな男の名なんぞ…」

「でしょうね

 その辺は同情しますよ」


アレハンドラの父は、結局彼を認知していなかった。

母が亡くなった事で、振り込まれていた生活費も振り込まれなくなった。

そして彼の知らない所で、彼を排除しようとまでしていた。

そんな男の姓なんぞ、継ぎたいとは思わなかった。

例え貴族の権限や、大金を積まれたとしてもだ。


「尤も、陛下からはこれを機会に、貴族姓を名乗っても良いとの許可が出ております」

「はあ?

 要りませんよ」

「いえ、あの貴族のではありません

 彼の家は廃嫡になりました

 あなたの元々の名前ですよ」

「え?」

「アラハラ

 その姓を名乗って良いそうです」

「アラハラ…」


アレハンドラという名は、母の元の姓から取って付けられた。

だから今さら名乗っても、アレハンドラ・アラハラと変わった名前になるだろう。

それに今さら、貴族の真似事なんかしたくは無かった。


「やっぱり要りませんよ…」

「え?」

「私は貴族になりたいとは思いません」

「そうか?

 便利なんだけどな」

「そうは仰らても…」

「まあ、陛下から許可は出ている

 いざとなれば、貴族姓や身分を使っても構わないよ

 因みに今の君の身分は、準騎士の爵位を認められている」

「そんな物…」

「ははは

 必要にならない様に祈っているよ」


フレスカはそう言って、アレハンドラに1枚の書類を差し出す。

そこにはアレハンドラ・アラハラと書かれた、準騎士という爵位が記されてある。

一番下級な爵位で、あっても何の効力も無いだろう。

精々平民に絡まれた時に、貴族だと名乗れる程度だ。

領地や俸禄ももらえない、名前だけの褒賞の爵位だ。


「話が逸れたね」

「それで?

 この事が謝りたかった事ですか?」

「いいや

 これからが本題だ」


「先に話した通り

 私は君の母が亡くなられた時に…

 君の事を知った」

「はい

 そういうお話でしたね」

「そこですぐに、陛下に処罰を与える様に嘆願したんだ

 ランドロフ様も師匠も、あの事では随分と心を痛めておられた

 それに亡くなられた者達の事を思うと、とても許される事では無い」

「でしょうね」

「しかしその者を処罰した事で、別な問題が生じた

 それが君の処遇だ」

「え?」


「母に続いて、父である貴族も処刑された

 そして君は天涯孤独となり、おまけに悪評は残ったままだった」

「はあ…」

「そのせいで俸禄はおろか、給金も碌にもらえなかったそうだね?」

「え?

 俸禄は元々…」

「いや

 本来なら君を、貴族として遇するべきなんだ

 それを昔の話をほじくるなだとか、君を処罰すべきだとか…

 あの腐れ貴族共め!」

「え?

 いや…」


「私は師匠に聞いて、君が弟弟子と知った

 それで何とか、手助け出来ないものかと思った」

「はあ…」

「しかしここで問題が起こった

 君の身分が平民では無く、非嫡出子の状態だったのだ」

「それは…」

「君の母は名を奪われ、半ば幽閉の状態だった

 君が学校に行けたのは、その貴族の罪悪感だったのか?

 はたまた氏族の力に期待したのか?

 しかし結局は、中途半端な事しかしなかった」

「いえ、学校に行けただけマシです」

「そうじゃ無い

 そうじゃ無いんだ」


フレスカは頭を掻いて、報告書を取り出す。


「師匠も秘密裏に調べていたが、結局揉み消されたままだ」

「これは?」

「君の学校での成績だ

 本当の方のな」


そこには教理や座学、剣術などの評価が記されている。

それはどれも優秀で、特待生への推薦が書かれている。

しかし彼は、落第同然で学校を卒業していた。

これが本当なら、首席で卒業した事になる。


「一部のまともな教師は、君への待遇に不満を持っていた

 そこでこっそりと、この資料を保管されていた

 その後追放処分になり、行方不明らしいが…」

「え?」

「エラン老に渡されていたので、資料は何とか残されている

 しかし君を擁護した者は、悉く行方を眩ませている」

「そんな…」


彼が軍に入ってからも、成績の事で色々嫌がらせを受けていた。

しかしこれが事実なら、それは全くの出鱈目だった事になる。


「給料の未払い

 度重なる嫌がらせ

 濡れ衣や不正な罰金を挙げれば、あそこの軍はほとんどの兵士が処罰されるだろう

 だから罰する事が出来ない」

「いえ

 気にしてませんから」

「それが問題なんだ

 不正に目を瞑ったり、正当化しているんだぞ

 それで軍が腐って、あんな暴動事件が…」

「それはそうなんですが…」


フレスカは喉まで、ある言葉が出掛かっていた。

懸命にそれを押し留めるが、胸の内はムカムカしていた。

アレハンドラの母が亡くなったのも、実は軍の不正が原因だった。

それを突き詰められて、その場に居た者達を暴動を起こしたとして殺したのだ。

その証拠は見付かって、先日になってようやく処刑が決まった。

恐らくアレハンドラは、その事も知らないのだろう。

この心優しい弟弟子が、怒りに苦しむのは忍びない。

フレスカはそう思って、その事件の事後報告は伏せておいた。


すまない…

全てを伝えて、償いをさせたかった

しかしそれでは、君はより苦しむだろう…


「この書類が陛下の目に留まり、君を昇進させる話になった」

「え?

 私がですか?」

「ああ

 そこで少佐に相応しい仕事を、という話になったんだ」

「あ…

 まさかそれで?」

「ああ

 そこで貴族共が…

 君の出自をやっかんで、この仕事に就かせる事になった」

「なるほど

 そういう事ですか」

「ああ

 私は危険だと、最初は反対したんだ」

「魔物ですからね」


魔物は未だに、どういう生き物か分かっていない。

幾つか死体は回収したが、まだ詳細は分かっていないのだ。

それが何処から来て、何を目的にしているのか。

そして生態も分からないので、増える仕組みも分かっていなかった。


「出来れば断れる様にしたかったが…」

「ミーアの事ですか?」

「それもあるが…

 君の身分の問題だ

 さっきも言ったが、これに従事するなら少佐の階級に上がる」

「階級に興味は…」

「そして部下も付き、給与も上がる」

「部下ですか?」

「正直なところ、そこが一番重要なんだ」


フレスカはそう言って、身を乗り出して話し始める。


「君の軍部での評価なんだが…」

「え?

 どうせ碌でも無い…」

「ちゃんと話の出来る者から評価を聞いている

 それでは部下思いで、しっかりと軍曹として指導しているそうじゃないか」

「え?

 そんな評価が?」

「ああ

 君の指導を受けた、元部下からも聞いている

 そして他の部署に引き抜かれて、酷い目に遭っている事も」

「何だって?」

「ああ

 優秀な者として引き抜いておきながら、給金や休暇を与えない

 その上雑用も押し付けられている

 他にも気に食わない事があったら、八つ当たりで暴行とか…」

「そんな…」

「だからそういった者には、相応の厳罰を命じてある」

「それはハバロフスクの…」

「君は関わるな!」

「しかし…」

「君が顔を出せば、彼等への風当たりが悪化する恐れがある」

「それは私が、元上官だからですか?」

「そうだ」


アレハンドラはそれを聞いて、力無く項垂れていた。

部下の内の何人かは、栄転だと憎まれ口を叩いていた。

しかし行った先で、自分に関わりがあるという事で酷い目に遭っているのだ。

しかも助力しようにも、却って酷くなる恐れがある。

それを聞けば、迂闊な行動は取れなかった。


「こっちは私が何とかする

 元々私の仕事だからな

 だから君は、気にするな」

「気にするなって

 それじゃあ教えてくれなかった方が…」

「そうはいかんだろ?

 元君の部下達だ

 安否が気になるだろう?」

「それはそうですが…」

「それに確認が取れたからこそ、こうして報せているんだ

 後は餅は餅屋に任せてくれ」

「は、はい…」


アレハンドラは渡された名簿に、目を走らせる。

そこには嘗て指導していた、新兵達の名が記されている。

横には所属部署と、陳述内容が箇条書きに記されていた。

それを見るだけで、軍の腐敗が伝わって来る。

自分はそんなところに、長く勤めていたのだ。


「話す事は以上だな

 何か質問はあるかな?」

「これで全員ですか?」

「ああ、その筈だが?」

「何人か足りない様な?」

「そうか?

 それなら退役しているんだろう

 それは現役の兵士のリストだから」

「そう…ですか…」


アレハンドラは釈然としなかった。

しかしそう言われれば、退役した者まで追う事は出来ないだろう。

退役したとなれば、よほど辛くて辞めたと思われる。

そんな者達を、追って話をしても苦しめるだけだろう。


「他には無いか?」

「そうですね

 実際にミーアは、牛を操れていたんですか?」

「それが確認出来ていないんだ

 だから先ずは、帝都近郊の農場で訓練を行ってもらう」

「それは家畜を操る訓練って事ですか?」

「ああ

 先ずは家畜で試す事になっている

 いきなり魔物の居る場所に向かえんだろう?」

「ええ…」


これで失敗すれば、ミーアは自由の身になるだろう

しかし成功してしまったら?


「フレスカ…准将?」

「あー…

 フレスカ少佐で良いよ

 それかフレスカで頼む」

「しかしあなたの方が階級は上ですよ?」

「何を言っている

 君は既に少佐なんだ」

「ですが准将でしょう?」

「それは機密だと言っただろう?

 だから私も、普段は少佐の恰好なんだ」

「はあ…」

「明日から同僚なんだぞ

 頼むぞ」

「同僚…ですか?」

「ああ

 後で下で新しい制服と、階級章を受け取ってくれ」

「はい」

「それと給金もな」

「はい」


「それで?

 他には?」

「あ、そうです

 ミーアが魔物を…

 というか家畜を操れた場合はどうするんです?」

「むう?

 それは考えていなかったな」


フレスカでは暫く考えて、アレハンドラに提案する。


「先ずは家畜が操れるかが先ですが…

 操れるなら暫くは訓練ですかね」

「訓練ですか?」

「ええ

 どの道暫くは、部隊として機能しないでしょう」

「部隊と言うのは?」

「君の部下として配属する兵士です

 中にはベテランも居ますが、扱いに困るでしょう?」

「それもそうですね」

「ですから訓練期間として、1月を見込みましょう

 今が7の月ですから…」

「この1月である程度動ける様になれと?」

「ええ

 少なくとも、簡単な戦闘が出来るぐらいに」

「分かりました

 それでは明日にでも?」

「先ずは準備が必要でしょう

 1週間後を目途に、配属先の農場を指定します

 それまでに野営の準備と、ミリアーナの気持ちを確認してください」

「確認って…

 勅令では?」

「ですが少女ですよ?

 無理矢理では聞かないでしょう?」

「それもそうですね…」


ミーアの事はアレハンドラに、全てを任せる事になる。

幸いミーアは、アレハンドラの事を信用している。

フレスカはその方向で行くとして、アレハンドラに指示書を渡した。

そしてアレハンドラが出て行った後に、独り室内で呟く。


「これで第一段階はクリアですね

 後はミリアーナがどうするか…」


それから向き直って、敵意の籠った視線で外の街並みを睨む。


これで腐った連中が、少しでも粛正出来れば

しかし連中め、随分と好き勝手してくれたな

お陰で手駒を失うところだった

その対価は…


フレスカは短刀を投げて、壁に貼られた地図に突き立てる。

そこは帝都の地図の、貴族街の一角を刺し貫いていた。


貴様等の血で贖ってもらう


フレスカは陰鬱な気持ちで、帝都の地図を睨んでいた。


部屋から出たアレハンドラは、そのまま1階に降りて行った。

そこではミーアが、新しい服を着て食事をしている。

周りには兵士が集まって、少女を見守っていた。

たった1日で、彼女はすっかり兵舎の人気者になっていた。

その屈託のない笑顔が、擦れた兵士の心を癒しているのだろう。


「あ!

 アレン!」


アレハンドラに気が付き、ミーアが手を振る。

一瞬にして、部屋の室温が下がった気がした。

嫉妬と不満の視線が、一斉にアレハンドラに向けられる。


何故…


兵士達はミーアに笑顔を向けられる、アレハンドラに嫉妬していた。

そして不満そうに、ミーアの周辺から離れる。


「大変だな」

「ラスター?」

「アイドルを独り占めで、嫉妬で殺されそうだぜ」

「止してくれよ」


ラスターの揶揄いに、アレハンドラは溜息を吐く。

そして仕返しに、視界の隅に入ったエレンを指差す。


「それより良いのか?

 お前の姫君はあちらだぞ」

「お、おま!」

「今日はすまなかったな

 折角のデー…」

「止め!

 言うなよ!

 てか何で?」

「分かり易いな…」

「あ!

 おい!」


顔を赤くしたラスターを放って置いて、アレハンドラはミーアの隣に座る。


「服も買ったんだな」

「うん♪」

「似合っているぞ」

「へへへ…」


ミーアははにかみながら、フリルの付いた子供服の裾を弄る。

こうして見ると、まだ10歳にも満たない様に見える。

そういえばミーアの、年齢や誕生日を知らなかったなと、アレハンドラは今さらながら思い出す。


「そういえばミーアは、今年で幾つになるんだ?」

「えっとねえ…

 ミーアは12歳になるよ」

「え?」

「来月の8日が誕生日なんだ」

「そ、そうか…」


アレハンドラは内心の、動揺を隠していた。

しかしミーアが12歳と聞いて、兵士のほとんどが驚愕した表情に変わっていた。

少なくとも半数以上が、10歳以下だと考えていたからだ。

どう見ても見た目と喋り方で、もっと幼く見えていたからだ。


これは口が裂けても言えないな


アレハンドラはそう考えながら、昼食を注文するのであった。

まだまだ続きます。

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