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古代王国物語  作者: 竜人
8/14

第八節 出自

アレハンドラは、寝室で寛ぎながら筆を走らせていた

それは彼がここ数日、私的な日記として記録しているノートだ

そこに彼は、今日起こった出来事も記していた

そこにはこれからの任務に対する不安と、ミーアを心配する気持ちが書かれていた

いつしか彼は、知らぬ間にミーアを意識していたのだ

それは妹か娘の様に、大切な存在として感じていた

日記を認めると、アレハンドラ寝台に向かった

兵士用のベットという事で、固い寝藁と毛布しか無い

魔導列車の寝台に比べると、随分と粗末な物に感じていた

しかしハバロフスクの宿舎に比べると、随分と上等な寝台なのだ

数日上等な寝台を使っていたので、感覚が狂っていたのだろう


「ミーアは眠れているかな?」


固いベットに寝転び、ふとそんな言葉を口にする。

こんな固いベットでは、眠り難くないだろうか?

しかしミーアは、既に夢の世界で遊んでいた。

実際はミーアは、今までは裕福な暮らしをしていなかった。

特に数日前までは、農場の物置小屋の藁に包まっていたのだ。

それに比べれば、寝台があるだけ贅沢なのだ。

そんな事は知らずに、アレハンドラは心配をしていた。


翌日になり、アレハンドラはミーアを起こしに向かう。

部屋は同じ3階で、少し離れた場所にあった。

その扉をノックすると、中からミーアの声がした。


「ふみゃあ?」

「ミーア

 起きたかい?」

「あ、はい」


パタパタと足音がして、扉から小さな顔が出て来る。


「アレン

 おはよう?」

「ああ

 おはよう」


ミーアはまだ寝惚けているのか、両眼を擦りながら伸びをする。


「さあ

 食事の前に風呂に入ろう」

「お風呂あるの?」

「ああ

 あるよ」


風呂があると聞いて、ミーアの表情は明るくなる。

アレハンドラは昨晩、エレンから聞いた言葉を思い出す。


子供と言っても女の子だ、清潔にしておきたいのだろう

それに…


アレハンドラは、ミーアの頭を見る。

今回は後ろ髪が、盛大に立ち上がっている。

これを兵士達に見られては、暫く口を利いてもらえそうにないだろう。


「ぷっ…

 くく…」

「アレン?」

「いや、何でも無い

 ふ、風呂へ行こう」

「うん♪」


ミーアは何も気付かずに、アレハンドラの手を握っていた。

そのまま1階に降りて、二人は風呂場に向かった。

途中ですれ違う兵士達が、ミーアの髪形を見てギョッとする。

しかしミーアは、それに気付かずに鼻歌を歌っていた。

女性用の風呂場は無いので、先にアレハンドラが中を覗いて、誰も居ないのを確認する。


「良いぞ

 誰も入っていない」

「だいじょうぶ?」

「ああ

 私が外で見張っている」

「うん」


ミーアは頷いて、中に入っていった。

しかしすぐに引き返して、何故かドアから顔を覗かした。


「ん?

 どうした?

 石鹸も洗髪油もあっただろ?」

「うん」

「なら、どうしたんだ?」

「覗かないでね」

「おい!」

「きゃあ♪」


ミーアは引っ込むと、嬉しそうに中で鼻歌を歌っていた。


全く…

どこでそんな事を覚えたのやら…


よく考えると、初日にアレハンドラはうっかり見てしまっていた。

しかしその事を忘れて、彼は頭を掻いていた。

アレハンドラは気にしていなかったが、ミーアは意識していたのだ。


ミーアは服を脱ぐと、ふと洗面台の鏡を覗き込んだ。

そこで自分の髪が、盛大な事になっているのに気が付く。


「ああっ!」

「どうした!

 何があった?」


しかしアレハンドラは、覗くなという言葉を思い出していた。

どうしたものかと悩んでいると、中から不満げなミーアの声がした。


「アレン…

 わたしの髪…」

「ん?

 ああ、その事か?」

「知ってた?」

「ああ

 しかし風呂に入ったら直るだろ?」

「っ!

 何で言ってくれなかったの?」

「え?

 いやあ…」

「アレンの馬鹿!」

「ちょ…」


それからミーアの声は聞こえなくなり、風呂場から音が聞こえる。


しまったな…

言うべきだったか?

しかし…言ったら気にするだろうし…


アレハンドラは、複雑な乙女心に頭を悩ませる。

世の男性が異性に対して、あるいは父親が娘に対して抱く悩みだ。

しかしアレハンドラは、そんな経験は無かった。

少年時代に軍学校に入り、そのまま軍へと入隊した。

周りは男ばかりで、おまけに奴隷の子というレッテルを貼られていた。

だからそんな甘酸っぱい経験も、異性と触れ合う機会も無かったのだ。

それがここに来て、いきなり少女の面倒を見ていた。

だからこうして、異性に対する機微には疎かったのだ。


暫くすると、風呂場から鼻歌が聞こえて来た。

それで機嫌も直った思ったが、風呂場から出たミーアはまだ膨れていた。

その辺が鈍いのだが、アレハンドラは気付いていない。


「ミーア?」

「知らない」

「そんなに怒るなよ」

「良いから風呂に入る!

 アレンってくさいから」

「くさい?

 私が?」

「うう!

 汗くさいの」

「あ、ああ…」


ミーアに押されて、アレハンドラは仕方なく風呂に入る。

しかし脱ぎ始めたところで、ミーアが覗いている事に気が付いた。


「あの…

 ミーア?」

「はっ」


ミーアは覗いている事がバレたと悟ると、慌ててドアを閉じた。


「やれやれ…」


アレハンドラは頭を掻きながら、制服を脱いで裸になる。

それから服を手にして、少し嗅いでみた。


「確かに…

 汗臭いか…」


魔導列車に乗っている間に、洗濯する機会は無かった。

下着は毎日替えていたが、さすがに服はそのままだった。

しかも新しい任務では、制服か私服かも分からない。

私服もあるにはあるのだが、元々持ち物は少なかった。

だから私服に関しても、2着までしか用意していなかったのだ。


列車では制服だったし、洗濯の必要はあるな

しかし私服の替えも必要だ

これは私も、後で買い物が必要だな


貯金は幾らかあるが、元々給金は少なかった。

それに加えて、嫌がらせで給金を支払われない事も多々あった。

だから残りの資金も、情けない事ながら乏しい。

これは早急に、正式な給金が入る事を願うしか無かった。


アレハンドラが風呂に入っている間、ミーアは近くで椅子に座って待っていた。

いつもはアレハンドラが近くに居るので、そんなに心細くは無かった。

しかしここで一人で待っていると、堪らなく心細かった。

いつの間にかミーアは、すかりとアレハンドラに依存していた。

いつしかブラブラさせていた足も、元気を失っていた。


「ふう…」

「アレン…」

「どうした?」


アレハンドラが風呂から出て来ると、ミーアが抱き着いて来た。

どうやら独りで待っていて、寂しくなった様子だった。

アレハンドラは苦笑いを浮かべながら、ミーアを抱き上げて移動する。

そのまま本部に入ると、昨晩とは違った兵士達が集まっていた。

彼等もこの本部に、小さな女の子が来るのは珍しくて集まって来る。


「おや?」

「お姫様の登場か?」

「え?

 お姫様って…」

「ははは

 可愛いお嬢ちゃんだ」

「若いの

 どうしたんだ?」

「いえ、ここで街合わせがありまして…」

「あ!

 アレハンドラさん

 ミーアちゃん」


エレンに名前を呼ばれて、ミーアは嬉しそうに手を振る。

それからアレハンドラに降ろしてもらうと、彼女の元に駆けだした。

どうやらここに居ると、可愛いと言われて恥ずかしかった様だ。

そのままエレンと席に着いて、朝食を出してもらっていた。


「お?

 待ち合わせってエレノーラとか?」

「エレノーラ?

 それでエレンか」

「何だ?

 知らなかったのか?」

「ええ

 昨日この子の面倒を見る様に頼みまして」

「なるほどねえ…」

「それでラスターが…」


ラスターの名前が出て、アレハンドラは首を傾げる。


「ラスターがどうかしたのかい?」

「あ…」

「いや

 あれを見てみな」

「ああ…

 なるほど…」


エレンとミーアが仲良く食事をしている後ろで、ラスターが恨めしそうに見ていた。

話し掛ければ良いのに、それも出来ないで泣きそうな表情をしている。

その内に食事も終わって、二人は仲良く出掛けようとする。

その後ろでラスターは、腕を挙げたまま蹲っていた。


「な

 どうしょうも無いだろう」

「声でも掛ければ良いのに」

「いや

 昨晩も撃沈だったらしいぜ」

「それはご愁傷様で…」


どうやらラスターの好意は、兵士達には駄々洩れだったらしい。

それを知らぬは本人と、求愛されているエレンだけの様だ。

そして毎回空ぶ振っては、撃沈する光景が日常なのだ。

部下達は慰める様に、ラスターを席に誘って酒を勧める。


「折角休みが重なったのにな」

「可哀想に…」

「はは…

 悪い事をしたな」


「それで?

 あんたは何しにここに?」

「これで呼ばれてね」

「あん?

 これは!」

「ううむ…

 所長の客かな?」

「所長?」

「ああ

 お出でなすったぜ」


兵士達の視線の先に、白衣の様な服を着た男が階段を降りて来る。

そしてアレハンドラに気が付いて、ニコニコしながら手を振っていた。


「気を付けなよ」

「へ?」

「人体実験が大好きだからよ」

「切り刻まれない様にな」

「ええ?」

「聞こえてますよ

 誰が変態ですって?」

「いえ、そんな事はいってませんよ

 ははは…」


兵士達は慌てて、巻き添えを食わない様にアレハンドラ達から離れる。


「君がアレハンドラ君?」

「ええ」

「よく来てくれた」

「はあ…」

「それでは話をしよう

 こっちに来てくれ

 ああ、お茶の用意を頼む」

「はい」


男はカウンターに向けて、お茶の催促をすると階段を登り始める。

そのまま登って行くので、アレハンドラは慌てて後を追った。

彼は士官にしては痩せていたが、階段を平気な顔で登って行く。

どうやら見た目通りのひ弱さでは無い様だ。


3階に上がると、男は正面の扉を開ける。

兵士が言っていた様に、ここは所長の執務室の様だった。


「よく来てくれたね

 さあ、席に掛けてくれ」

「あの…」

「ああ

 話はお茶が入ってからだ

 君も話し難い事があるだろうからね

 アラハラ君」

「っ!」

「何で?

 はお茶を淹れ終わってからだ

 聞かれたくないだろう?」

「あなたは何を知って…」

「しっ」

「失礼します」

「ああ

 そこに置いてくれ

 お茶菓子もあるかな?」

「ええ

 所長の希望された…

 しかし良いのですか?」

「ああ

 君達には珍しいだろうが…

 これが一番なんだ」

「はあ…」


女性の士官はお茶と茶菓子を置いて、部屋をそのまま出る。


「さて

 気に入ってくれれば良いのだが」

「これは?」

「君の方がよく知っているだろ?

 おかき?だっけ?

 穀物を揚げて塩を振った物だ」

「え?

 知りませんが?」

「ん?

 お母様は作らなかったのかい?」

「母の事を?」

「詳しくは知らないが、どの様な方かは存じている」

「ん?」


この男の話は、どこかアレハンドラの認識とズレている様子だった。

そこでアレハンドラは、思い切って尋ねてみる。


「母の事を何か勘違いされていませんか?

 母は確かにヤマトの出身ですが…」

「シズル・アラハラ」

「っ!」

「その名であっているかな?」

「確かに母の名ですが…

 どういう事ですか?」

「おや?

 何も知らないのか

 弱ったな…」


男は困った様子で、頭を掻いたり神経質そうに眼鏡の位置を直す。


「私が君の事を知ったのは、実は君の母が亡くなられたからなんだ」

「っ!

 どうしてそれを?

 それに母は巻き込まれただけで…」

「ストップ!

 勘違いしないでくれ

 君の母君は、そんな事をする様な方では無い」

「では、どうして?

 そもそもさっきは、母の事は詳しくは知らないと…」

「ああ、知らないよ

 亡くなられるまで、その存在は直隠しに隠されていたからね」

「ん?

 では何故…」


その言葉に、男は困った様に肩を竦める。


「その前に

 先ずは腰を落ち着かせようか?

 折角のお茶菓子が台無しになるよ」

「それは…」

「毒とか入って無いから、安心して」

「そんな事言われると…」

「だったらどうしろと?

 言わなければ信用してないみたいだし?」

「言うと余計に怪しくなりますよ」

「うむ

 エレンフリート様の言う通り、君は頭の固い子だね」

「エラン老を?」

「ああ

 私の師匠さ

 だから私は、君の兄弟子に当たる」

「兄弟子…ですか?」

「そう

 だからそんなに警戒しないでくれ」


男はそう言って、席に座る様に促した。

それでアレハンドラも根負けして、男の向かい側に座る。

ただし怪しい動きをすれば、すぐに部屋を飛び出せる様に身構えていた。


「冷たいなあ…

 私は弟弟子と仲良くしたいだけなのに」

「それで勅令の事ですか?」

「それは違う!」


男は急に鋭い眼光をアレハンドラに向ける。


「っ!」

「私としてはだね

 出来れば君を選びたくは無かった」

「何を…」

「確かに書面は作ったし、君を推薦したのは事実だ

 師匠も勧めてくれたしね」

「しかしエラン老は…」

「詳しくは知らないだろうね

 真面目で面倒見が良くて…

 平民の士官になっていない兵士

 それで君の名が挙がった

 そして師匠も、君なら適任だと…」

「私が?」

「ああ

 実際君は、よく動いてくれたよ

 ミリアーナ嬢を保護してくれたし」

「ミーアを?

 ではミーアをここに呼んだのは…」

「その前に!

 先ずは君の事から話そう」


男はそう言って、ミーアの事から話を逸らした。


「私の事?」

「ああ

 さっき言ったよね?

 君の母の事を知ったと」

「ええ」

「出来れば君の母には…

 あんな事に巻き込まれて欲しく無かった」

「それは…」

「勘違いするな、批判している訳では無い

 あれは不幸な事故だったし、全くの偶然だった

 そう…偶然だったんだ」

「くっ…」


「私としてはね、君の母には平穏に暮らして、無事に天寿を全うして欲しかった」

「何を勝手な…」

「そうだよね

 当事者としてはあまりにも勝手な事さ

 それでもね、こんな事になって名前が出て欲しく無かった」

「へ?」

「そのまま何事も無ければ…

 行方不明のまま、死亡者として扱えたんだ」

「何だって?」

「君の母の名は…と

 その前に、オキの上陸作戦は知っているかい?」

「はあ?」


男は唐突に、話題を変えて来た。

アレハンドラはそれに着いて行けず、思わず間の抜けた声を出す。


「オキの上陸作戦だ

 有名なヤマトとの激戦の…」

「軍学校の歴史の授業では…」

「その程度かい?」

「え?」

「母は何も話さなかったのかい?」

「それは…

 母と何の関係が?」

「そうか、何も話していないのか

 その方が良かったのか?」


男は顎に手を当てながら、静かに語り始める。


「オキの上陸作戦は、ある一人の貴族のやらかしから始まっている」

「貴族の?

 そんな事は歴史では…」

「そう

 公表出来ない事情があってね

 それで表向きは、反抗勢力の壊滅の為の作戦だったって事になっている」

「それは…」

「それで帝国にも多くの血が流れ、多くのヤマトの民が殺される事となったんだ

 それが実は、ある貴族のくだらない行動が原因だった…としたら?

 どうなると思う?」

「それが本当なら犠牲者は浮かばれないし…

 その貴族だって…」

「そう

 だから彼はじっと黙っていて、その事実を公表しようとしなかった」

「まさかそれに?

 私の母が?」

「そう

 君の母が絡んでいる…

 というか当事者だね」

「そんな!」


「ある貴族がね、勝手に上陸してヤマトに潜入したんだ

 それも退屈だったって理由でね」

「退屈?」

「当時は和平交渉の途中でね

 帝国の船はヤマトの近くに停泊していた」

「和平交渉ですか?」

「ああ

 前線の兵士も疲弊していてね

 ランドロフ様が停戦を申し込んでいたんだ

 和平交渉を行うという名目で」

「しかしそんな事は…

 そもそも海戦自体がヤマトが攻め込んだからと…」

「ああ

 歴史にはその様に書かれている

 それは恥ずべき行為を隠す為に改竄されたんだ」

「恥ずべき行為?」

「ああ

 停泊中の貴族の船から、勝手に敵国に侵入したんだ

 それで問題を起こしてね」

「問題って一体何を?」

「地元の氏族の娘を、無理矢理連れ去ったんだ

 その娘を手籠めにすれば、その士族の長になれると思ったらしいんだ

 浅はかだよね」

「その娘というのが…まさか?」

「当然ヤマト側も、黙ってそれを見過ごせなかった

 それで舟を出し、帝国軍と正面からぶつかる事になった」

「何でそんな事になったんです?

 悪いのはその、人攫いをした貴族でしょう?」

「ああ

 彼がそのまま死んでいたら、あるいは内々で処理も出来ただろう

 しかし彼はまんまと逃げ帰ったんだ、それも少女を連れたまま」


その当時、貴族達はヤマトと平和条約を結ぶ為に、船上で会談の準備を進めていた。

これはランドロフが根気よく進めて、ようやく実現しようとしていた和平交渉だった。

これでヤマトとの戦争は収まり、これ以上の犠牲者は出なくなる。

ランドロフは皇帝に何度も書状を送り、ようやくこれを承認させたのだ。

しかしその貴族の子息が、全てを台無しにしたのだ。


「これがバレていれば、もしかしたら開戦は回避出来たかも知れない

 たらればだがね

 しかし彼は運悪く…

 そう、悪運が強かったのか無事に自分の船に辿り着いた」

「バレなかったのですか?

「ああ

 言っただろう?

 当時は停戦を申し入れて、海上には帝国の船団が駐留していた

 彼はその中の、東部の貴族の船から出ていた

 そして無事に、娘を攫って戻って来た」

「しかしそんな事をすれば…

 誰か気付くのでは?」

「彼の父親は大いに喜んだ

 これで娘を自分の息子の妾に出来れば、ヤマトの氏族の長に出来る」

「そんな馬鹿な!

 そもそもそんな攫っておいて、妾にするだなんて」

「そう、馬鹿げた妄想さ!

 上手く行きっこない!

 しかもそれを実現するには、追って来た男達を排除する必要がある」


そこで彼等が事実を話して、その馬鹿な貴族の息子が処罰されていれば…。

あるいは違った結末を迎えたかも知れなかった

しかしその貴族達は、選択を誤った。

男達の舟を攻撃して、彼等を皆殺しにした。

こうなってしまっては、停戦も何も無いだろう。

ヤマトはこの行いを、激しく抗議した。

そうして再び、帝国との戦端が開かれた。


「彼等はね、ヤマトを自領に組み込みたかったんだ

 だから嘘を吐いてでも、その娘をなんとか手にしようとしていた」

「馬鹿な!

 それで納得するとでも?」

「そう思っていたのさ

 子供でも出来れば、何とかなるだろうと思っていたのさ

 それに帝国軍は、それまでに散々ヤマトの舟を沈めていた

 軽く交戦して退ければ、何とかなると思っていたのさ」

「そんな簡単な事では…」

「そう、簡単な事では無いさ

 何せ停戦を申し入れておきながら、人攫いをしたんだ

 それも氏族の娘をだ

 納得出来ないだろう」


「ヤマトからの抗議の文は、その日の内に届けられた

 しかしその文は、ランドロフ様の元へは届いていなかった」

「何故なんだ!」

「それは貴族達が、その不祥事を揉み消そうとしたからさ

 そんな事がバレれば、他の貴族も連帯責任を取らされる

 監督不行き届きとしてね」

「あ…」

「それでこっそりと揉み消し

 事が判明したのは後日の事だ」


男はそう言って、首を振った。

分かってしまえば、一貴族の私利私欲が招いたくだらない戦争だった

しかし事実を知らないからこそ、多くの帝国軍は彼等の不意討ちに大いに怒っていた。

そして腹いせとして、上陸して多くの民を切り伏せる事となる。

これがオキの上陸作戦の裏側だった。


「上陸作戦は、ランドロフ様の指揮で行われた

 和平交渉を不意にして、再び交戦をするヤマトにランドロフ様は大いに怒ったそうだ」

「しかしそれは、こちらが…」

「知らなかったんだよ

 だから国民を無駄に犠牲にする、ヤマトの為政者に怒りを覚えたんだろう」

「そんな…」

「そしてそれは、ランドロフ様の学友である師匠も同じだった」

「エラン老が?」

「ああ

 無駄な死兵を送って兵士を殺す、ヤマトの軍に敵意を剥き出しにしたそうだ

 師匠はそれを、後に大いに後悔されていた」

「エラン様…」


ランドロフはこの戦いで、大きな功績を残す。

多くの兵を失ったが、ヤマトの部隊を壊滅させたのだ。

しかし同時に、大きな悔いを残す事となった。

この戦いが実は、帝国軍の裏切り行為だったと後に判明する。

そしてその事がきっかけで、ランドロフとエレンフリートは仲違いをする事になる。


「それで母は帝国に連れて来られた?」

「ああ

 そしてその貴族が、恐らく君の父親だ」

「そんな…」


アレハンドラの母は、アレハンドラには父親の事を話さなかった。

それはその男が、決して彼女を愛したから子を成した訳では無かったからだ。

無理矢理連れて来たものの、男は彼女の処遇に困っていた。

オキの上陸作戦で、ヤマトの氏族はほとんど殺されていた。

生き残った僅かな民も、帝国軍の貴族によって拉致されていた。

そしてヤマトの地は、その後人の住めない地へと変わっていた。

これは殺されたヤマトの民が、せめて故国の地を奪われない様にと呪いを掛けたという話だ。


真偽のほどは分からなかったが、その島国は呪われた土地と変わってしまった。

それでは氏族の長となっても、ヤマトの領主になる意味は無い。

そして開戦の裏の意味を知られない為にも、その娘は貴族にとっては邪魔な存在だった。


「私はそんな男の…」

「君の出自は…

 正直どうでも良かったんだ

 君は君だからね」

「しかし…

 私はそんな奴の子だったんですね」

「いいや、それは違うぞ」

「え?」

「君は君だ

 その男と…

 本当に血が繋がっていたとしても、それは問題無い」

「しかし!」

「君は彼と違う!

 それが重要だろう?」

「それは…」


「それに君は…

 ハバロフスクでは随分な目に遭わされていただろう?

 貴族を誑かし、戦争を悪化させた魔性の女の息子

 そう陰で呼ばれていたんだ」

「な…」

「奴は君の母を嬲って…

 それで子供が出来たと吹聴していた

 だから君と君の母が、彼にとっては邪魔だったんだ」

「そんな

 では私は…

 生まれてはならなかったと?

 邪魔な存在だったと?」

「そうじゃあ無い

 そうじゃあ無いんだが…

 私達があの馬鹿者から聞いた証言はそうだった

 つくづく屑な男だ」

「ぐうっ…」

「しかしな、そんな男の子供でも…

 君は違うだろ?

 君がそう育ったのは、君の母のお陰だろう」

「うっぐ…」


アレハンドラは嗚咽を堪えて、暫く泣いていた。

男はそんなアレハンドラを見て、胸を痛めていた。


全く

あんな屑の見本の様な男から、こんな青年が生まれるなんてな


男は首を振りながら、紅茶に口を付けようとした。

長々と話して、喉が渇いていたのだ。

しかし既に、紅茶は飲み切っていた。

もう一度部下を呼ぼうとして、彼はアレハンドラを見る。

そして自分で立つと、別の茶を用意し始めた。

それは紅茶では無く、別の緑色の茶だった。


「飲んでくれ

 君の故郷の茶だ」

「変わった色ですね

 それに香りも…」

「はは…

 もう…

 ヤマトでは取れなくなった

 ここでは育ち難くてね、収穫量も少ない」


男はそう言いながら、茶菓子を口に放り込む。

それは少ししょっぱくて、独特の食感をしている。

カリコリと音を立て、男はそれを軽く口にした。


「長々と話をしてすまなかった

 しかしこれで、君の出自の一端は話し終えた」

「一端ですか?」

「ああ

 もう一つは、君の母の事だ」

「しかし母は…

 先ほど氏族の娘と…」

「ああ

 そこで確認なんだが…」


男は一旦言葉を切って、アレハンドラを見詰める。


「君の名前のアレハンドラ

 これは母の姓から取っているので間違い無いね?」

「ええ

 母がそれだけは忘れて欲しくないと…

 そう願って付けたそうです」

「うむ

 君はその…

 アラハラの意味は知っているかい?」

「え?」


「嘗てヤマトの民には、卓越した力を持つ者が居た

 その氏族の名はアラハラ」

「私の…」

「そしてその名の由来は、彼の国の神の中から取っているそうだ」

「神の名ですか?」

「そう

 それがアラハバキ」

「アラハバキ…」


男は頷くと、一つの物語を語る。

これはもう、滅びてしまったヤマトに伝わる伝説だった。


「嘗てヤマトには、幾柱もの神が住まわっていたそうだ

 その中の一柱が、戦の神のアラハバキ」

「戦の神ですか」

「ああ

 彼等は猛き強く、それでアラハバキの名を名乗っていた」

「そんな強い者が居れば…」

「ああ

 オキの上陸作戦で、帝国軍も甚大な被害を受けた

 これが上陸後の激戦を制した、アラハバキの恐ろしさだ」

「え?」


「帝国軍兵士一万に対して、彼等はたった300名だったそうだ

 それが猛攻を凌ぎ、ほぼ全滅させられた」

「へ?

 全滅って帝国軍がですか?

「ああ

 彼等もほとんど生き残らなかったが、最初の上陸作戦は失敗に終わった

 功を焦った東国の兵士が、アラハバキによって殲滅されたんだ

 これは脅威だっただろうね」


男は事も無げに言うが、それは恐ろしい事だ。

およそ30倍の兵士を、殲滅するほどの力を持っていたのだ。


「それでエラン師匠は大いに怒られてね

 無能とはいえ多大な戦死者が出たんだ

 第二陣が師匠の軍だったんだが…

 それが虐殺の原因でもあるんだ」

「そう…ですか」

「ああ

 君にとっては辛い話だけどね

 君の母を奪い返す為に、彼等は果敢に戦ったんだ

 結果は虐殺になったけどね」

「ああ…

 それがあの戦いの真実ですか?」

「そうだ

 奪われた者を取り返そうと、彼等は必死に戦った

 それはアラハバキの民の娘だからだ

 しかし結果は…」

「ですが帝国軍も…」

「ああ

 約3万あった兵士が、この数日の戦いで1万を切ったんだ

 それがどれほどの戦いだったのか…」

「それもこれも!

 私の母の為に…」

「ああ

 だから陛下も、この事実は重く受け止めておられる」

「くっ…」


「そして、そんな君だからこそ、陛下は指名された」

「え?」

「最初は私も反対だったんだ

 ここで君の名が広まれば、帝国の威信に傷が付く

 それに君自身の身にも…危険が及ぶ」

「どういう事ですか?」


男は溜息を吐きながら、真剣な表情をする。


「君がアラハバキの末裔だからさ

 君ならば、魔物と戦えるんじゃないかってね」

「魔物?

 あの魔物ですか?

 最近噂になっている…」

「ああ

 あのアラハバキの末裔なら、何とかなるんじゃないかって」

「無理ですよ

 私は別段強くも無いですし…」

「エラン老は

 師匠は認めていたよ」

「しかし、そんな大それた力なんて…」

「だから私は反対したんだ!

 それでこの任務だ」

「え?」


男はそう言って、アレハンドラに一枚の書類を差し出す。

そこには護衛と、魔物について調査すべしと書かれていた。

まだまだ続きます。

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