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古代王国物語  作者: 竜人
5/14

第五節 勅令状

アレハンドラは、俯せで眠っていた

朝起きた頃には、首筋が痛い事に気が付く

間抜けな格好で眠っていたので、首筋を痛めたのだろう

痛む首を捻りながら、彼はシャワーを浴びに風呂場に向かった

風呂場で熱いシャワーを浴びると、眠気が吹き飛んでスッキリした

そのまま無精ひげを剃り、首筋に神聖魔法を掛ける

アレハンドラも簡単な、治癒魔法を使う事が出来る

それで首筋の痛みも、幾分かマシになっていた


「てて…」

ゴキゴリ!


魔法が効いたので、痛みは随分とマシになっている。

しかし簡単な魔法なので、その効果は大きくは無かった。

精々痛みを抑える程度でしか無いのだ。

午前中は首を捻ると、この痛みが続きそうだった。


軍学校で兵士達は、基礎的な訓練を受ける。

その中に簡単な、魔法の素養を調べる検査もある。

そこで適性のある者は、魔法兵として特別な訓練を受ける。

アレハンドラも素質があったが、彼は奴隷の子というレッテルを貼られていた。

それで魔法兵に選ばれる事も無く、魔法の訓練も受けていなかった。


彼が神聖魔法を使えるのは、テキストに簡単な癒しの魔法が紹介されていたからだ。

彼は独学で学んだので、軽い傷を癒す程度しか出来なかった。

もし、本格的に学んでいれば、違う道が開けたかも知れない。

しかし彼は、これで良かったとも思っていた。

魔法兵に選ばれれば、貴族の下で働く事になるからだ。

そんな面倒な事は、関わりたく無いと思っていた。


しかし、もう少し効率の良い魔法は学びたかったな

これじゃあ精々、ポーションの代わりにしかならない


安物のポーションでも、筋肉痛や切り傷ぐらいなら治せる。

つまり彼の魔法は、ポーション以下という事になる。


シャワーを浴び終えて、着替えを済ます。

それから彼は、隣の部屋のドアをノックする。


コンコン!

「ミーア

 ミリアーナ」

「ひゃい…」


眠そうな声が、微かにドア越しに聞こえる。

しかしミーアは、なかなか起きて来なかった。

耳を澄ましていると、眠そうに何か呟いているのが聞こえる。


「…うさん

 …いよう

 …あさん、もうちょっと…

 はひゅう…」

「…」


ミーアの寝惚けた声が聞こえて、アレハンドラはどうしたものかと思案する。

このまま大声で呼べば、ミーアは起きて来るだろう。

しかしあの寝言から察するに、家族との幸せな夢を見ている様子だ。

このまま起こして良いのか、アレハンドラは思案していた。


しかし時刻も時刻だからな…

このままでは朝食が抜きになってしまう


アレハンドラは、止む無くもう一度ドアを叩いてみる。


コンコン!

「ミーア?

 起きているか?」

「…にゃむにゃ…

 お父さん?

 …ふみゅう…」


少し待って、アレハンドラは仕方が無いので一人で食堂に向かおうとする。

そこでドタドタと、中で走り回る足音がする。


「…っああ!

 ああ…」


それから恥ずかしそうに、悶えるミーアの声がした。


「…んで何で?

 ここは?

 あ…」


ようやく意識がハッキリとしてきたのか、ミーアがこっそりとドアを開けた。


「おはよう」

「っ!」


ミーアは顔を真っ赤にして、慌ててドアを閉める。

それから洗面台で、顔を洗う音が聞こえて来た。

ミーアの前髪は、見事に上向きに立ち上がっていた。

俯せで眠っていたので、そのまま前髪が立ってしまったのだ。

アレハンドラはそれを、一瞬だがドアの隙間から目にしていた。

しかし笑ってしまっては、彼女が可哀想だと思っていた。

だから今も、吹き出しそうになるのを懸命に堪えていた。


「はにゃああああ」

「ぶふっ」


ドア越しにも、ミーアの上げた悲鳴は聞こえていた。

どうやら顔を洗ったところで、自分の前髪の異変に気付いたのだろう。

それから暫く、水の流れる音が聞こえていた。

そして数分後…。


「はうううう…」

「しょうがないさ

 なんならお風呂に入って来るか」

「でも…

 そしたら朝食が…」

「ふむ…」


確かに、今から風呂に入れば髪型は直せるだろう。

しかし朝食の時間にギリギリになってしまう。

場合によっては、朝食を食べ損なう事になる。

ミーアは前髪と、空腹で鳴るお腹を交互に触っていた。


仕方が無いな…


アレハンドラは、熱いお湯に浸けたタオルと櫛を用意する。

それでミーアの頭の、寝癖を直そうと考えたのだ。

しかし間の悪い事に、そこに様子を見に来たランドロフ達が姿を見せた。


「ん?

 なんじゃ?

 最近の流行なのか?」

「ぶふっ

 ランドロフ様

 あひゃひゃひゃ」

「ああ!」


「ランドロフ様

 ミーアは子供とはいえ女の子です

 そのぐらいに…」

「ふむ

 温めたタオルで包めたら良いじゃろう」

「はい」


アレハンドラは火傷しない様に注意して、タオルをミーアの頭に巻いてやる。


「そのまま暫く置いておけば、髪も収まる」

「あうう…」

「ひゃははは」

「これ

 あまり笑うでない」

「でも…

 ランドロフ様が…はははは」

「うう…」


ミーアは顔を真っ赤にして、俯きながら着いて来る。


「その感じ、南の部族みたいだな」

「南の?」

「うむ

 あちらは年中暑いのでな、頭に布を巻く習慣があるのじゃ」

「へえ…」


アレハンドラは頷きながら、ミーアの頭を見る。

確かに傍から見れば、その様に見えるかも知れない。

しかし女慣れした者が見れば、違う感想を抱いただろう。

朝からタオルを頭に巻く事は、それだけ朝早くから風呂に入る必要があるという事だ。

護衛の兵士は、その事には触れない様にしていた。

そんな事を言って揶揄えば、この少女に嫌われそうだったからだ。

ミーアは可愛かったので、兵士は嫌われたくは無かったのだ。

その割には先ほどの言葉は、些か軽率ではあったが…。


そのままラウンドに入り、アレハンドラはミーアを席に座らせる。

給仕は頭のタオルを見て、何か言いたそうだった。

しかしそのまま黙って、二人に朝食を運んだ。

今日の朝食はサンドイッチと、ミーアの前にはパンケーキが置かれている。

その傍らには、こど向けの甘いコーンスープが用意されていた。


「これは?」

「ええ

 最近では子供連れの旅行者も少なく、シェフも溢していたんですよ

 久しぶりにこど向けの朝食を作れて、彼も喜んでいます」

「おい!

 余計な事は言うな」


シェフはそう言って、給仕係を睨んでいた。

しかしミーアの方を見ると、表情を緩めて微笑んでいる。

ミーアは不思議な子で、取り分けて美人という訳でも無い。

しかし微笑むと、何故か世話をしてあげたくなる魅力を備えていた。


こんな可愛らしい少女を、奴隷同然に扱っていたなんて

その農場の親子は、よほど性根が腐っているんだな


アレハンドラはそう思いながら、パンケーキを頬張るミーアを見ていた。


ミーアの食事が一息着き、アレハンドラもサンドイッチを口にする。

そうして紅茶を飲みながら、今朝の朝刊に目を通していた。

その様子をミーアは、目を細めて見ていた。

時々思い出した様に、甘いミルクティーを口に運ぶ。


「ん?

 どうした?」

「え?

 ううん…」


ミーアが見詰めているのに気付いて、アレハンドラは質問する。

しかしミーアは、慌てて首を振っていた。

心なしか表情も、曇っている様な気がした。


「そろそろ髪の方も…」

「あ!」


アレハンドラはタオルを取ると、少女の髪を櫛解いてやる。

ミーアはうっとりしながら、アレハンドラが櫛で解くのに身を任せる。

アレハンドラは暫く、ミーアの髪を整えてやった。

それでミーアの肩まで伸びた髪は、ようやく元の様に戻った。


「お?

 新しい髪形は止めたのか?」

「うう…」

「揶揄うなよ

 気にしてたんだから」

「そうだな

 そっちの方が可愛いぞ」

「そうだな」

「あう…」


大人の男二人に褒められて、ミーアは顔を赤くしていた。

それからアレハンドラは、ラウンドから客車に向かった。

ランドロフと兵士も、その後ろに着いて来る。


「この先の駅で、新たに警備の兵士が加わる予定じゃ」

「え?」

「あの貴族が、何か仕出かすかも知れねえ

 用心しておけよ」

「ああ」

「アラン…」


ミーアは不安になったのか、アレハンドラの裾を掴んでいた。


「大丈夫だよ

 私も近くに居る」

「うん…」


「しかしあの男も…」

「そうですね

 まさかいきなり襲って来る事も無いでしょうが…」

「しかし油断は禁物じゃ

 仮にも貴族じゃ

 何か難癖を付けて来る可能性もある

 十分に注意しろ」

「はい」


客車に入ったところで、昨晩の兵士がこちらを見て頷く。


「どうやら問題は無さそうじゃな」

「オレと相棒も、なるべく周囲を見ておく

 しかしオレ達は…」

「すまない」

「良いって事よ

 こんな可愛いお嬢ちゃんに、手出しはさせれんわな」


兵士の言葉に、もう一人の護衛の兵士も頷く。

彼は寡黙だが、気持ちは同じだったのだろう。

優しく微笑むと、ミーアの頭を軽く撫でてやる。

それから頷くと、自分の持ち場であるランドロフの寝台車に向かって戻って行った。


暫く談笑していると、やがて大きな街が見えて来る。

そこで列車は速度を落として、駅の中で一時停車をした。

数人の貴族が乗り込み、アレハンドラとミーアをじろりと見る。

しかしランドロフの気が付くと、頭を下げて寝台車の方へ向かって行った。


「ふん

 ワシが居るからな

 変な事も言えんのじゃろう」

「あの…

 やっぱり?」

「うむ

 一兵卒や少女が、この列車に乗っておるのは珍しいんじゃろう」

「お嬢ちゃんが貴族の恰好をしてればな…」

「え?」

「そうだな

 私が護衛に見えるか…」

「ははは

 それも良いが…

 貴族に絡まれるぞ

 見た目も可愛いからのう」

「え?」


ランドロフにまで言われて、ミーアはもじもじとしていた。

それを見てランドロフは、ミーアに優しく声を掛ける。


「トイレか?

 それならそこの…」

「もう」

ポカポカ!


ミーアは顔を赤くして、アレハンドラの足を叩いた。


「え?」

「これはまた…

 ふおっふおっふおっ」

「デリカシー無いな…」

「ええ?」

「知らない」

「はははは」


ミーアが頬を膨らませて、アレハンドラは困った顔をしていた。


「しかしな、席を立つ時は声を掛けてくれ

 心配だからな」

「はい…」


護衛の兵士に言われて、ミーアは頷く。


暫くすると、入り口から兵士が数人入って来た。


「ランドロフ様」

「おお

 こっちじゃ」

「はい」


兵士達は敬礼をし、それからアレハンドラとミーアを見る。


「この若者と少女は、勅令で帝都に向かっておる」

「勅令ですか?」

「分かりました」

「その為の警護ですね」

「そうじゃ」

「ランドロフ様」


アレハンドラは本格的な警備兵が来て、すっかり恐縮していた。

まさかここまで、事が大事になるとは思っていなかったのだ。


「気にするな」

「しかし…」

「元はと言えば、ワシの事から狙わておる」

「ランドロフ様

 狙われていると言うのは?」

「具体的に何かあったのですか?」

「うむ

 実はな…」


ランドロフは兵士達に、一旦席に座る様に促す。

そろそろ列車が出発するので、立っていては危険だから。

兵士達が座ったのを見計らい、ランドロフは話を始めた。


「実はのう…」


ランドロフは兵士達に、昨日の貴族の事を話した。


「辺境伯ですか…」

「しかしランドロフ様に何て事を…」

「許せませんな」

「まあ、今のところは何もしておらん

 しかしあ奴は、彼等をワシの連れと勘違いしておる」

「なるほど

 面子を潰されたと感じて、逆恨みで何か仕掛けてくると?」

「そういう事じゃ」


ランドロフの説明を聞いて、兵士達は頷いていた。


「確かに辺境伯ほどの者ならば、何かしてきそうですね」

「しかし勅令があるんですよ?」

「いや、そんな事を気にしないのが貴族だ」

「だが、勅令を無視すればどうなるか…

 分らん訳でもあるまい?」

「それでも最近の貴族なら、やり兼ねないからな」

「ああ…」


昨今の不景気で、貴族も色々と不満を抱えている。

それで憂さ晴らしに、色々やらかしている貴族も多いのだ。

彼等護衛の兵士からすれば、それは頭の痛い事だった。

場合によっては、その理不尽を彼等に要求して来る事もあるからだ。

貴族に命じられれば、彼等では逆らえる立場には無いのだ。


「最悪な場合は、勅令を出す事をお勧めする」

「そうだな

 それでも聞かなかった時には、我々が全力で阻止する」

「分かりました

 その時はお願いします」


護衛の兵士が立つだけで、向こうも迂闊な事は出来なくなるだろう。

それでもランドロフが言った様に、難癖を付けて来る可能性は十分にある。

そんな時に勅令を出せば、あるいは引き下がるかも知れない。

それでも向かって来た時にこそ、兵士達が役に立つだろう。

勅令は皇帝からの命令と同義である。

それを破るとなれば、それ相応の刑罰が降るからだ。


「ランドロフ様

 ありがとうございます」

「気にするな

 ワシが原因でもある」

「しかし…」

「それにな

 近頃の貴族には目に余る物がある

 勅令を破るとなれば、ワシも黙っておけん」


ランドロフはそう言って、優しい笑みをミーアに見せる。


「少々窮屈になるが、勘弁してくれな」

「そんな

 ありがとうごじゃります」


ミーアは首を振ってから、ランドロフに頭を下げた。

その様子を見て、兵士達はニッコリと微笑みながら頷く。


「しかし、こんな可愛いお嬢ちゃんの護衛なら…」

「うん

 役得だな」

「それにランドロフ様が…

 孫に甘い顔をするおじいちゃんみたいで…くくっ…」

「む?」

「こら

 不敬だぞ」

「ワシも人の子じゃ

 こんな可愛い子を守る為なら…」

「はいはい」

「ランドロフ様にこんな一面があるなんて…」

「お前は叱られてばかりだったからな」


兵士達の軽口に、ランドロフは顔を顰める。

どうやらこの兵士達は、以前にランドロフに指導を受けていた様だ。


「全くお前達は

 図体ばっかり成長しおって…」

「そう指導したのは先生ですよ」

「そうそう

 地獄の走り込みは、今でもトラウマものなんですから」

「なんならこれから…」

「勘弁してください

 列車の中で走り込みなんて」

「それに護衛に差し障りが出ますよ」

「ふおっふおっふおっ」


兵士達の様子を見て、ミーアはアレハンドラに質問する。


「ねえ

 あの人達…」

「ああ

 どうやらランドロフ様の教え子らしい」

「おしえご?」

「ああ

 兵士の学校で、厳しく指導されたんだろう」

「アレンも?」

「ん?

 私は師が違うからな

 もっと厳しい師匠だった」

「きびしかったの?」

「ああ」


アレハンドラは、そう言いながらミーアの頭を撫でていた。


その後も暫く、アレハンドラはランドロフと話を続けた。

話の内容は最近の世情や軍部の動きなどで、ミーアには退屈な話だった。

その為兵士に付き添われてトイレに行った後は、アレハンドラの横で眠ってしまっていた。


「では、魔物の正体は未知の獣だと?」

「ううむ

 それだけでは片付けられんな

 その他にも人間の様な生き物も…

 おや?」

「はははは

 退屈だった様ですね」

「席を移すか?」

「そうですね」


護衛の兵士を一人残して、アレハンドラ達はラウンジに向かった。

そこで紅茶を飲みながら、話の続きをする。


「未知の生物ですか…

 それも人型の物まで」

「うむ

 聞いた話では、北部では巨人の話も出ておる」

「巨人ですか?」

「オレの聞いた話じゃあ、3ⅿを超える大きさだったらしい

 尤も軍部では、その話を否定しているがな」

「それはそうじゃろう

 肯定なんぞしてみろ、民衆がパニックを起こすぞ」

「そうですね

 ただでさえ政情が不安定なんです」

「一部の都市では、少年兵を使っているそうですよ」

「少年兵といえば、この列車にも乗り込んでいたな」

「ああ

 昨日の兵士だな」

「あんな少年達まで駆り出すとは…」


ランドロフは喉元にまで、この帝国も終わりじゃという言葉が出掛かっていた。

しかし何とか、その言葉を出さない様にしていた。

みな不安を抱えていて、同じ様に考えているからだ。


「アレハンドラよ

 お前が呼ばれた事も、その辺が関係しておるかも知れん」

「私がですか?

 しかし私は…」

「うむ

 じゃがのう、何か嫌な予感がする

 お前の様な一兵士が、帝都に呼ばれたという事がな」


護衛の兵士達は、アレハンドラの方を見る。


「失礼だが…

 彼は帝国の出では無いんですよね?」

「帝国人らしさが見られません」

「うむ

 ヤマトの出じゃ」

「はい

 母がヤマトの…

 奴隷として貴族に連れ去られて…」


アレハンドラは、言い難そうに小さく呟く。

それだけで兵士達は、事情を察して口を噤んだ。


「しかしそれなら、なおさら解せません」

「そうですよ

 何で召喚されたのか…」

「うむ

 何かありそうじゃ

 ワシも帝都で調べてみる」

「何から何まで、すいません」

「気にするな

 ワシには責任があるでな」

「そうですね…」


護衛の兵士達は、ランドロフの過去をある程度知っている。

それは傍目には、栄光に彩られた活躍に見えるだろう。

しかし本人は、今でもあの戦争を悔やんでいる。

多くの無辜の民が、帝国の兵士達に蹂躙されたのだ。

そしてその後には、草木も生えなくなったと言われている。

ヤマトの地は帝国に荒らされて、誰一人住めなくなっているのだ。


「思えば先生が、女神教に入られたのはその頃ですよね?」

「ああ

 ワシは己の行いを悔いて、女神様に許しを乞うたのじゃ

 今考えれば、随分と利己的な祈りじゃった」

「そんな事はありません」

「先生は立派です

 あの戦争の悲劇を、誰よりも重く受け止めてらっしゃるのですから」


しかしランドロフは、悲しそうに首を振る。


「ワシはまだ許されておらん

 今も時々な、夢の中で聞こえるのじゃ

 何もしておらん者達が、ヤマトの殺された者達の怨嗟の声がのう…」

「先生…」

「ランドロフ様…」


それは分かる者が診れば、PTSDだと判断しただろう。

PTSDとは、戦士が戦場で罹る病である。

しかしこの世界では、未だその様な病は確立していなかった。

戦いを悔いて苦しむ者は、戦士としては脆弱だと謗られるのだ。

だからランドロフは、それを直隠しているのだ。

それが軍部に知られれば、彼の発言力は失われるだろう。

そうすれば、彼が構想する軍部の改革が頓挫する事になる。

だからこそランドロフは、歴戦の英雄という称号を甘んじて受けていいた。

それに不満があってもだ。


「ワシは変えなければならん

 これまでの様な、帝国の非道な侵略戦争を…」

「先生」

「ランドロフ様…」


彼が慕われているのは、その公平性からだ。

帝国至上主義や、貴族社会に疑問を呈しているからだ。

その為に一部貴族からは、煙たがられている。

しかし戦争の英雄でもあるので、その発言力は強かったのだ。

それで平民や、貴族派閥に属さない者達から支持されていた。

だから今回の様な、急な護衛にも従う者が居たのだ。


「帝都で何が待ち受けておるか

 心して向かうんじゃぞ」

「はい」


ランドロフの言葉を、アレハンドラは重く受け止めていた。

この様な英雄に目を止められ、ここまで心配してもらったのだ。

その気持ちに応えたいと思っていた。

彼の過去の所行に関しては、アレハンドラは産まれる前で知らない。

だから素直に、ランドロフには感謝と尊敬の念を抱いていた。


「そろそろ昼じゃのう」

「そうですね

 ミーアを見て来ます」

「うむ

 奴には気を付けろよ」

「はい

 ありがとうございます」


アレハンドラは礼を述べて、客車に向かった。

そこではまだ、ミーアは気持ち良さそうに眠っていた。

そのままそっと抱き上げると、アレハンドラはラウンジに向かった。


その後の数日は、特に何の問題も無く過ごせていた。

時々ミーアが、少女らしい失敗をする事もあった。

しかしアレハンドラは、笑ってそれを許してやった。

そのコロコロと変わる笑顔を見ていると、自然と心が穏やかになるからだ。

そうして列車は進み、何度目かの停車をしていた。


「大きな街だね」

「ああ」


ミーアは大分打ち解けて、アレハンドラの手を握っていた。

今日停まった駅で、ランドロフの知り合いの貴族が乗り込んでいた。

彼は先の貴族と違って、差別的な言葉は使っていなかった。

ランドロフの顔を見ても、一瞬だけ表情を曇らすだけだった。

おそらくそれは、ランドロフの過去を知っていたからだろう。

ランドロフを気遣って、色々と話をしていた。


「帝都も大きいの?」

「ああ

 ここよりも大きいらしいぞ」

「アレンは行ったことあるの?」

「私は残念ながら無いな」

「大きな建物が建っていて、広い公園や花畑もありますよ」

「お花畑?」

「ええ

 年中花が枯れない様に、毎日花が咲いていますよ」

「うわあ…

 行ってみたい」

「そうだな」


ミーアはうっとりとしながら、お花畑を想像していた。


「早く着かないかな?」

「そうだな

 もう2日で着く筈なんだが…」

「ここがエカテリンブルグという街です

 第三都市ですから、ここから帝都までがおおよそ36時間ぐらいの予定ですね」

「そんなに掛かるのか」

「ええ

 魔導列車をしても、やはり時間は掛かりますね」


護衛の兵士は知っているらしく、ミーアの疑問に答えてやっていた。

ここ数日で彼等にも慣れ、ミーアは緊張せずに話せる様になっていた。


「あの列車もまどう列車なの?」

「そうですね

 あれは帝都とこの辺りの都市を結ぶ、細かい運行ダイヤルの列車で…」


しかし兵士の言葉難しいのか、ミーアはキョトンとした表情をしていた。


「ええっと…

 そうですね…」

「この街みたいな大きな街を結ぶ列車だよ」

「へえ…」


アレハンドラの言葉で、ようやくミーアは理解した様だった。

まだまだ子供の相手は苦手ですと、兵士は肩を竦めていた。

そんな話をしていると、不意に背後から怒声が響いた。

その怒鳴り声を聞いて、ミーアは農場での事を思い出したのだろう。

恐がってアレハンドラの手をきつく握って、身体を震わせていた。


「大丈夫だよ」

「ひうう…」

「何でしょうか?」


護衛の兵士も、怒鳴り声を警戒して腰に手を伸ばす。

いつでも抜刀出来る様に準備して、その声のほうに振り向いた。


「この列車には、いつから平民や土族を乗せる様になったんだ

 今すぐ責任者を呼んで来い!」


怒鳴り声を上げていたのは、あの時の貴族だった。

アレハンドラとミーアを指差しながら、何事か喚き散らしていた。

周囲には何人か貴族が集まり、ヒソヒソた小声で話している。

その様子を見て、兵士は舌打ちをしていた。


「ちっ!

 あれが例の貴族ですか?」

「ああ

 しかし…」

「痺れを切らして、実力行使に出るつもりなんでしょうか?

 仲の良い貴族も増えたみたいですし…」


兵士は不快そうに、集まっている貴族を睨んでいた。

どれもいかにも貴族らしく、周りを見下した態度をしている。

振り向けばランドロフが、頭を抱えてその様子を見ていた。

しかし、ここでランドロフが出ては話がややこしくなる。

ランドロフはどうしたものかと、思案していた。


「どうした!

 責任者を呼んで来い!」

「お客様、もうすぐ発車いたします

 お静かにしてください」

「何じゃと!

 貴様はこの辺境伯に命令する気か!」

「いえ、そういう訳では…」


「良いからあの臭い土族共を、さっさと叩き出せ」

「叩き出せと申されましても

 あの方も立派な乗客でして…」

「何が立派だと?

 この列車は、あの屑の土族を乗せると言うのか?」

「ですから…」

「煩い!

 ワシに逆らう気か

 殺してくれるわ」


貴族はそう言うが早く、その乗務員を蹴り飛ばした。


ドガッ!

「ごはっ」

「そいつを取り押さえておけ

 後であの土族と共に、ワシが処刑してやる」


貴族は兵士に命じて、乗務員を取り押さえさせる。

そして貴族は、ニヤニヤと笑いながらランドロフの方を見る。


「貴様には関係無いんだよな」


貴族はそう言って、勝ち誇った様に高笑いを上げる。

そのままアレハンドラに視線を移すと、狂気を帯びた目で睨んで来た。


「さて、そこの土族

 覚悟するが良い

 分不相応なこの場に、どうやって潜り込んだ」

「どうせどこかから、盗んだ切符でも持っていたんでしょう」

「何て汚らわしい」

「横の娘も怪しいわね」

「警備に引き渡す必要も無いわ

 この場で処刑すべきよ」


貴族も処刑という言葉に興奮して、目の色を変えていた。

この機に乗じて、日頃の憂さを晴らそうとしているのだろう。

視線は既に、狂気の様な熱を帯びている。

その異様な光景に、ミーアはアレハンドラの服の裾を握っていた。


「さあ!

 こいつを引き摺り降ろせ!」

「待て!

 この者は勅令状を持っている!」


アレハンドラの横の護衛の兵士が、彼を庇う様に前に出る。

しかしランドロフが予測した様に、貴族はさらに狂気を帯びた目を見開く。


「勅令状だとよ!

 この土族がか?

 そんな偽者で騙そうって腹か?」

「偽物では無い!

 アレハンドラ」

「ああ」

「これを見ろ!」


兵士がアレハンドラから受け取り、勅令状を貴族の前に掲げる。

しかし貴族は、それを碌に見ずに掴んで破り捨てる。

勅令状は簡単に破損しない様に、多少の防汚と破れ難い様に魔法が施されている。

しかし貴族は、それを力任せに破り捨てた。

彼の持つ狂気が、魔法に打ち克ったのだ。


ビリビリッ!

「な…??」

「ほれ見ろ

 偽物だから簡単に破れたぞ」

「馬鹿な事を…」


ランドロフも、彼の行動には驚いていた。

彼の様な短慮なものなら、勅令状を無視する事も考えられた。

しかしまさか、いきなり破り捨てるとは思わなかった。

この勅令状には、帝国軍の魔法が施されているのだ。

だからそれを破り棄てれば、当然の様に…。


「だ、大丈夫なんです?」

「さすがにこれは…

 マズいのでは?」

「何を言う!

 これは偽物だ!

 こんな物を用意した、この薄汚い土族こそ罰せられるべきじゃ」


貴族の演説に呼応する様に、駅の警備兵が列車に集まって来る。

それは騒ぎを鎮める為に、この場に集まって来たのだ。

その先頭には、この駅のセキュリティーの隊長が立っていた。

彼等は列車の入り口から入ると、アレハンドラと貴族の間に陣取る。


「これは何事だ!」

「良いところに来た

 さあ!

 この土族を捕らえて処刑しろ」

「処刑?

 彼が何かしたのか?」

「そこの小娘と共に、勅令状を偽装したのだ

 それをワシが…

 辺境伯ヘンドリックスが裁いてやるのだ」

「辺境伯?」

「隊長

 どうやら自領から移動中の様です」


隊長の隣に立つ警備員が、乗客リストを差し出していた。

その中に乗客と、注意すべき点が資料として添付されている。

隊長はそれを流し読みして、目の前の状況を確認しようとする。

しかし貴族は、そんな状況に苛立っていた。

自分の思い通りに行かない事が、我慢出来ないのだろう。


「何をしておる?

 さっさとこの土族を…」

「勅令状と…言ったな?」

「何?

 このワシの命令が聞けぬのか!」

「その男を取り押さえろ」

「はい」


駅のセキュリティーと言っても、選ばれた退役軍人が鍛え上げている。

そんな彼等の実力は、ロイヤルガードに匹敵するとも言われている。

それだけ魔導列車には、帝国の威信が懸かっているのが。

それをこの貴族の男が、私情で妨害しているのだ。

隊長は捕らえられた男を、蹴り飛ばしていた。


「よくも運行ダイヤルを乱してくれたな」

「き、貴様…

 ワシは辺境伯じゃぞ!

 そんなワシに…」

「これは帝国が運営する、皇帝直属の運営会社だぞ!

 貴様はそれに、泥を塗ったのだ」

「な…」


「マズいですぞ…」

「辺境伯に乗ったばかりに…」

「折角あの似非貴族に鉄槌を下せると思ったのに」

「しかしあの者は、ランドロフとは関係無いのだろ?

 ワシ等はまんまと、辺境伯の口車に乗せられたのじゃ」


後ろに固まっていた貴族達も、扇動した罪で拘束されていた。

彼等は纏めて、専用の護送車に連れて行かれる。

帝都で裁判する為に、犯罪者を護送する特別な車両だ。

この中に入れらては、魔法を使う事も出来ない。


「しっかりと拘束しておけ」

「はい」


「くそ!

 覚えておけ!

 帝都に着いたら、貴様もその土族と共に…」

「黙って歩け!」

「むう!

 むうむうう…」


警備員に猿ぐつわをされても、貴族は何か喚いていた。

そのまま連れられて、彼等は後部の護送車に入れられた。

まだまだ続きます。

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