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古代王国物語  作者: 竜人
4/14

第四節 貴族

魔導列車は、山岳地帯を抜けて走っていた

午前中の雪原とは違って、こちらは両脇を険しい山岳に囲まれている

そのまま暫く進むと、やがて山岳の麓に灯りが見え始める

列車は速度を落とすと、その街の駅に停車した

列車の停まる衝撃で、ミーアは目を覚ました

横にアレハンドラが座っていて、優しくミーアの肩に触れていた

眠る前は両親の話をして、不安で泣きじゃくってしまっていた

その事を思い出すと、ミーアは堪らなく恥ずかしくなって真っ赤になっていた

しかし今は、アレハンドラの手が優しく置かれている

その手をぎゅっと握ると、暖かくて穏やかな気持ちになれた


「む?

 起こしてしまったか?」

「ううん

 列車が停まったの?」

「ああ

 次の駅に着いたのだろう」


ミーアは周囲を見回して、列車が停まっている事を確認する。

個の駅では数名の、貴族と兵士が乗り込んで来た。

貴族はランドロフと知り合いなのか、席に着いて楽し気に談笑している。

兵士達は護衛以外に、若い少年兵が数名乗り込んでいた。


彼等はミーアよりも、何歳か年上に見える。

十四、五ぐらいのとしだろうか、サイズの合っていない革鎧を着込んでいた。

腰に提げた剣も、お古なのか古びた小剣だった。

そんな少年兵達が、騒ぎながら車内に入って来る。


「お?」


少年の一人が、ミーアを見付けて嬉しそうに手を振る。

そんな少年を、仲間の兵士達が揶揄う様に小突いていた。


「知り合い…

 じゃ無さそうだな」

「うん…」

「怖いか?」

「怖くは…無いけど」


ミーアは少年達が、自分とあまり変わらない事に驚いていた。

そんな少年達が、鎧を着て戦いに赴こうとしているのだ。

ミーアは恥ずかしそうにはにかみながら、手を振る少年に応える。

小さな手を振ってから、恥ずかしそうにアレハンドラの方を見た。


「お?

 お父さんかな?」

「いや

 お兄さんじゃ無いか?」

「それにしても、歳が離れていないか?」

「いいからお前達、これから職務だという事を忘れるな」

「はーい」

「固い事言うなよ

 あ痛っ」

ゴチン!


生意気な口を叩く少年に、年長の兵士が拳骨を振舞う。

少年は頭を抱えて、痛そうに蹲る。

それを見て、ミーアはくすりと笑っていた。


「あ!

 おい

 オレを見て笑ってくれたぞ」

「はいはい」

「どうせみっともない姿を見て、可笑しくて笑われたんだろう」

「おい

 ひでえな…


少年達はそんな事を話しながら、わいわいと車内に入って行った。

それを見ながら、ランドロフの護衛の兵士が呟く。


「全く…

 あんな子供まで徴用するとは…」

「ランドロフ様の近くに居なくて平気なのか?」

「ああ

 ランドロフ様なら、あれぐらいの兵士なら何とでもなる

 それに今は…」


護衛の兵士はそう言いながら、貴族の方をチラリと見ていた。


「邪魔になるからな」

「それも護衛の仕事だろ?」

「そうは言うがな…

 追い払われたんだ」

「そうか…

 大変だな」

「ああ」


護衛の兵士はそう言いながら、離れ過ぎない様にランドロフを見守る。

貴族は熱心に話し掛けているが、ランドロフの方は何処か迷惑そうだった。

しかし彼も爵位があるので、こういった付き合いも重要なのだ。

不満に思いながらも、ランドロフは適当に貴族の相手をしていた。


ランドロフが貴族と談笑しているのには、実は訳があった。

彼が話している貴族も、帝都に召喚された軍の関係者だった。

貴族は軍と深い関係がある。

だから軍部の不審な動きがあれば、貴族と話した方が早いのだ。

例えば彼も、こんな噂話を耳にしていた。


「そういえば最近、魔物という物が現れたみたいですね?」

「ああ

 帝都ではまだ聞かぬが…」

「ええ

 隣の男爵領で、鉱山に現れたと騒ぎになっております」

「む?

 それは本当か?」


ランドロフは思わず、貴族の話に食い付いてしまう。

先程まで退屈そうだったランドロフの眼が、真剣味を帯びて見開かれる。

貴族はしめしめと、ランドロフに話し始める。

ランドロフは軍の中でも、穏健派の重鎮の一人と言われている。

本人にその気は無いのだが、下の者に慕われていつしかそう言われる様になっていた。

それも偏に、彼が兵士達に平等に接しているからだろう。

彼は出自に関係無く、有能な部下を育てていたからだ。


「ランドロフ様のお耳には、まだ詳しい情報は?」

「ええい

 まだるっこしい

 お前の隣の領地となれば、ワシの知らん場所じゃろうが?」

「ええ

 まあ、そうですが…」

「それで?

 魔物というのはどういう生き物なんじゃ?」


貴族は情報を小出しにして、ランドロフの興味を引こうとする。

ランドロフもそれが分かっているので、面倒臭いと顔を顰める。

貴族としては、何とかこの際に彼との関係を構築したい。

しかしランドロフは、さっさと聞きたい事を聞き出したいだけだった。


「何でも既存の生き物とは違う様ですな」

「それぐらいは知っておる

 じゃから新種とは言わずに、魔物と定義したんじゃろうが」

「ええ、まあ…」

「そもそも魔石が付いた獣は、数年前から発見されておる

 それを何で今、魔物なんぞと定義したのじゃ?」

「それが…

 ここだけの話ですぞ」


貴族は不意に声を落として、内緒話の体を装う。

しかしこの列車は、今や軍関係か貴族しか使っていない。

それに内緒にするには、今さらという感じであった。

ランドロフは溜息を吐きながら、辺境伯である男の話を聞く。


「その魔物は、身の丈数ⅿあったそうです」

「数ⅿ?

 随分と曖昧な表現じゃな」

「ええ

 正確な発表がありませんので、私も正確な値は知りません

 しかし漏れ聞こえた話では、2ⅿから3ⅿの狼が出たとか」

「む?

 それはまことか?」

「ええ

 正確な大きさは伏せられていますが、大人の倍ほどの大きさだったと…

 ですのであながち間違いでは無いかと…」

「ううむ…」


たかだか狼といえど、2ⅿ以上となれば問題だろう。

以前に現れた変異体の狼でも、2ⅿを超えた物は無かった。

そうなってくると、単に魔石を取り込み肥大化した訳では無さそうだ。

それだけでも、軍部のアカデミーの発表を覆す事になる。

今頃帝都では、その事で騒ぎになっている筈だ。


「つきましては、私の息子をランドロフ様の従者に加えて頂きたく…」

「ん?

 何でそういう話になる」

「いえ、私の家系が優秀なのは承知でしょう?

 ランドロフ様もこれからお忙しいでしょう

 それをあの様な…」


貴族はそう言って、ランドロフの護衛の兵士を指差す。


「平民の屑ではつとまりますまい」

「貴様!」


貴族の態度は、ランドロフの前でするには最悪だった。

他人を指差す事も、ましては嘲笑する事も貴族の品位からすれば最低だろう。

それなのに自分の方が、優秀だと思い込んでいる。

これは帝国が長年抱えた、貴族性の弊害が生んだ病だ。

勘違いした一部の者が、この様な行動を正当な物として行っているのだ。

それが行き付く果てが、先に行われた浄化運動だろう。


「ワシがそういう事を、一番嫌っていると知っての行動か?」

「はて?

 ゴミ屑をゴミ屑と言って、何の支障がございましょう?

 いい加減ランドロフ様も、こちらの生き方に慣れていただかないと」

「ふざけるな!

 誰がその様な考えを受け入れるか」

「良いのですか?

 そちらの若者

 あなたの親族でしょう?」

「ん?」


貴族は嫌らしい笑みを浮かべて、アレハンドラの事を指差す。

その厭らしい笑みを見て、アレハンドラはゾッとしていた。

単に嫌悪感を抱くだけでは無く、底知れぬ不気味さを感じる。

まるで兎の巣穴を覗き込む、狼の様な視線だった。

先程までの貴族とは、別の生き物に見える。

これが貴族の持つ、血の力なのだと実感する。


「あなたがその様な態度では、彼のこれからが…」

「ぷっ」

「へ?」

「くくく…

 失敬」

「はあ?

 何が可笑しい」


貴族は不意に吹き出した、ランドロフの態度に腹を立てる。

彼はランドロフが肩を震わせていた事に、震えていると勘違いしていた。

ここで少し脅して、自分の息子を昇進させる。

そうすれば、彼の一族はさらなる力を手に出来ると過信していた。

しかしランドロフは、何故か可笑しそうに笑っていた。

その事がプライドを傷つけられた様な気がして、頭に来たのだ。


「くくくく…」

「何が可笑しい!」

「確かにな

 ワシの様な老いぼれでも、名誉顧問という肩書がある

 要らぬと言ったが、無理矢理任命されたからのう」

「だから、何が可笑しい」

「しかしのう、目が曇っているのか?」

「あん?」

「あの青年は…

 ワシと似ても似つかんぞ」

「はあ?

 貴様の護衛が…」

「話の邪魔になりそうでな、少し離れておれと言ったじゃろう」

「ああ」

「それであいつも、この列車で知り合った同世代の若者の近くに行っただけの事」

「な!」

「そもそもあの青年とは、偶々列車で知り合っただけじゃぞ?」

「う、嘘を言うな!」

「嘘かどうか…

 貴殿ではすぐに調べが着くと思うが?」

「ぐっ…」


ランドロフの言う事は尤もだった。

アレハンドラの顔立ちは、東部の島国のそれだった。

それに対してランドロフは、生粋の帝国民の顔立ちをしている。

何処をどう見ても、ランドロフには似ていなかった。

それにランドロフとアレハンドラの、立ち位置にも問題がある。


普通は近しい者の場合、貴族といえど後ろに立って控えるべきだろう。

しかしアレハンドラは、ランドロフが貴族と席に座る前に、既に少女の隣に腰掛けていた。

この事からも、彼がランドロフと知古であるとは思えないのだ。

本当に関係者ならば、席を移動するか後ろに控えるべきなのだ。

あくまでも彼は、関係の無い一般の兵士だったのだ。


これはランドロフも、意図してそうした訳では無い。

少女が眠っている事を知っていたから、わざわざ席を離して座ったのだ。

この煩い貴族が居ては、彼女が目を覚ましてしまうだろう。

いや、それ以前に貴族の態度に、恐れて怖がるだろうと思った。

事実今も、思い通りにならない事で癇癪を起している。

つくづく、近くに座らなくて良かったとさえ思っていた。


「いや、そこまで視野が狭いとはのう」

「くっ!

 不愉快だ!」

「そうか?

 ワシは今、とっても楽しいがのう」


貴族は立ち上がって、アレハンドラを鋭く睨む。

それは彼のせいで、自分が恥を掻いたと思っているからだ。


絶対に後悔させてやる

たかが平民風情が、この私に恥を掻かせやがって

その娘共々、苦しめてから殺してやる


貴族はそう思いながら、寝台車に向かおうとする。


「そういえば…

 貴殿の息子も軍に入るのかね?」

「何だ!」

「いやなに

 ワシの機嫌を損ねん方が良いぞ

 何せ名誉顧問じゃからのう」

「くそっ!」


貴族は座席を蹴り上げる。

しかし魔導列車の座席は、衝撃に耐えれる様に頑丈な造りである。

当然思いっ切り蹴った貴族は、痛みで蹲っていた。


「うわっはははは」

「くそ!

 くそくそくそ!」


貴族は痛む足を引き摺りながら、寝台車に向かおうとする。

そこに荷物を置き終わった、護衛の兵士達が入って来た。

彼等は貴族に、役立たずと蹴り飛ばされる。

彼等は主人である貴族が、ランドロフと談笑しているものだと思っていた。

それで指示通りに、先に荷物を寝台車に運んでいたのだ。

しかし戻ってみれば、主人がキレて蹴り飛ばされた。

意味も理解出来ずに、彼等は主人である貴族の後を追った。


「はははははは」

「ランドロフ様

 笑い過ぎですよ」

「いや、ははは

 これが笑わずにおれるか

 はははは」


ランドロフは彼の事を、以前からいけ好かない貴族だと思っていた。

その事が先ほどの一幕で、明確になっていた。

彼も帝国の貴族に漏れず、ゴリゴリの選民思想者だったのだ。

だから自分の事しか考えられず、その他の者を見下して踏み台としか考えていない。

結果として目が曇っていて、簡単な事も見落とすのだ。

そう、簡単な事を見落として…。


「しかしあの貴族…」

「ん?」

「危険ですね」

「そうじゃな

 アレハンドラ」

「はい」


アレハンドラは呼ばれて、少女の手を握ってランドロフの前に来る。

ランドロフは改めて、起きている少女を目の当たりにした。

腰を屈めて視線の高さを合わせると、ランドロフは申し訳無そうにした。


「すまないのう

 怖い思いをさせて」

「い、いえ…」


少女はもじもじしながら、ランドロフの顔をチラチラと見る。

聞こえて来た会話から、このお爺さんは貴族様なのだろうか?

少女はそう考えていた。

もし貴族様なら、行儀よくしておかなければならない。

そうしなければ、恐ろしい折檻を受けると聞いていたからだ。


「ん?」

「あの…」

「どうしたんじゃ?」

「お貴族様ですか?」

「ん?」

「ぷっ」


少女の反応に、護衛の兵士は思わず吹き出す。


「ランドロフ様

 怖がられてますよ」

「う、うむ…」

「ミーア

 ランドロフ様は貴族だが、怖い人じゃあ無いぞ」

「本当?」

「ああ」

「おぎょうぎよくしてないと、こわいせっかんなんでしょ?」

「ん?」

「ああ

 そういう事か」


「お父さんとお母さんに言われたのかい?」

「うん…

 はい」

「そんなに畏まらなくても良いんじゃぞ

 怖い貴族は逃げて行ったから」

「本当?」

「ああ

 本当じゃとも」

「くく…

 ランドロフ様が追っ払ったもんな」

「これ

 茶化すな」


笑いを堪えている兵士に、ランドロフは眉を少し動かす。

しかし少女を怖がられたく無いので、すぐに表情を崩す。


「起きている時に会うのは、はじめましてじゃな」

「え?」

「ランドロフ様はな、ミーアが寝ている時にいらっしゃっていたんだ」

「色々と辛かったね」

「え?」

「ランドロフ様にはお話ししてある

 ミーアを守ってもらう為にね」

「わたしを?」

「ああ」


「貴族という者は、本来は弱き民を守る者

 そう女神様が定めたのじゃ」

「女神教ですか」

「ああ」

「あまり良い噂は聞きませんが…」

「それは教会の奴等も、今では性根が腐っておるからじゃ

 そもそも女神様は…」

「ああ

 ランドロフ様

 今はそれよりも…」

「む?

 そうじゃな」


一瞬だがランドロフは、不満そうな顔をする。

しかし顔を顰めていては、少女を怖がらせてしまう。

再び表情を和らげながら、ランドロフは優しく語りかける。


「今は悪い貴族も居らん

 安心しなさい」

「うん」

「はははは

 良い子じゃ」


ランドロフは笑いながら、懐を探る。

そこから小さな包みを取り出し、ミーアの掌に載せる。


「これ…なあに?」

「飴玉じゃよ」

「また子供向けのお菓子を…

 何処に隠していたんです?」

「お前に見付かると、糖分がどうとか煩いからのう」

「あめだま?」

「ああ

 こうして包を開けて」


ランドロフは自分の包みを開き、その小さな玉を口に含む。


「ああ

 甘い」

「また!

 お加減が悪くなっても、知りませんよ」

「ランドロフ様

 お身体が悪いんですか?」

「いや

 ただ年じゃからのう

 医者には食べ過ぎを注意されておる」

「食べ過ぎなんですよ

 そもそも…」

「ああ!

 ワシは頭を使う仕事は苦手なんじゃ

 糖分でも補給せねば…」

「だからって限度というものが…」

「あまい…」


二人が言い争っている間に、ミーアは包を開く。

そこには橙色の不思議な玉が包まれていた。

それを口に含むと、甘さと不思議な香りがする。

ミーアがニッコリと笑うのを見て、ランドロフは嬉しそうにする。


「じゃろう?

 それは柑橘という木の実の汁を煎じてな…」

「いや、子供に言っても分かりませんでしょう」

「お前なあ…」

「ははは

 ミーア

 良かったな」

「うん

 ありがとうごじゃります

 ランドロフ様」


ミーアははにかみながら、嬉しそうに飴を口の中で転がす。

アレハンドラはミーアを席に座らせると、ランドロフ達と向かい合っていた。


「あの子の訛り…」

「ええ

 話せない年では無いんですよね

 考えられるのは…」

「両親かどちらかが、亜人の可能性があるか」

「亜人か…

 そうなると益々…」


護衛の兵士は、ミーアに聞こえない様に声を潜める。


「今の帝国は、以前にも増して亜人には厳しい」

「ああ

 そう考えれば、捜索がされないのも納得だ」

「そうするとあの子も…」


見た目は東部でよく見られる、帝国人の子供にしか見えない。

しかし言われてみれば、少し雰囲気が他の子供とは違っていた。

それがどういった亜人の血の影響か、彼女の親が分からないと調べ様が無い。

見た目に影響が少ないのは、混血でも血が薄まっている可能性もある。


「しかしそうなると…」

「そうじゃな

 如何なる理由であの子を呼んだのか?」

「まさか混血だからと言って、生贄とか…」

「物騒な事を言うな」

「いや、しかし…」

「そうじゃな

 ほんの5年前の事なんじゃ

 まだその考えが根付いているとすれば…」


今から5年前に、帝都南東部で凶作が起こった。

それは大規模農園を、少数の妖精族で管理していた為だ。

碌に食事も与えずに、使い捨て同然の労働を強制していた。

結果として、妖精族の者達が病に倒れてしまった。


病に倒れた妖精族を、農場主達は無理矢理働かせようとした。

しかし結果は、急激な不作による凶作となる。

妖精族の現状を見て、精霊が加護を与えなかったからだ。

それが判明したのは、凶作で食料が尽きてからだった。


「あの馬鹿子爵は、凶作は妖精族の仕業とした

 そんなもの、調べればすぐに分かるものを…」

「確か8年前の凶作で、必要以上の締め付けは禁止になっていたんですよね?」

「ああ

 しかし今も、馬鹿共は守らんでそのまま働かせておる

 このところの不景気も…」

「そうですね」


帝国が繁栄して来れたのは、偏に奴隷にされた亜人の労働力だった。

土妖精は鉱山で働かされ、妖精族は農場の管理を行っていた。

他にも地方では、獣人族が肉体労働を行使させられていた。

そうした労働力があったからこそ、人間同士が争う事が出来た。

それで帝国は、この80年で急速に版図を広げていた。


それが陰り出したのが、おおよそ10年前だった。

一部の領地で、急速に土や水が枯れ始めたのだ。

最初は反抗的な、奴隷共の仕業だとされた。

それで多くの奴隷が、見せしめとして処刑された。

そんな事をしても収まらないし、却って働き手が減るのに、目先の事しか考えなかったのだ。

結果として、翌年はさらに凶作が起こる土地が増えた。

そんな時に、妖精族が倒れて不作となったのだ。


「あれは酷かったと聞いています」

「うむ

 多くの痩せ細った妖精族を、杭を持たせて行進させたんじゃ

 そしてその杭に縛り付けて…」

「ランドロフ様

 その話は…」

「あ!

 うむ…」


ミーアは話が理解出来ていないのか、不思議そうに大人達を見ていた。


「そ、そうじゃな」

「この話は善くない」

「どうしたの?」

「いや、何でも無いぞ」


三人は示し合い、後でもう一度集まる事にする。

アレハンドラはミーアの手を引いて、ラウンジに向かった。

今日はシェフの話では、ミーアにケーキを作ってくれるそうだ。

ミーアは嬉しそうに、ニコニコしながらアレハンドラの手を握っていた。


夕食のメニューは、基本的には肉か魚をメインしたディナーだ。

今日は雄牛のステーキがメインで、ミーアは肉を切るのに苦戦していた。

アレハンドラも慣れてはいなかったが、席を立って切り分けてあげる。

それをミーアは、美味しそうに頬張っていた。

その様子を見て、給仕も嬉しそうに微笑んでいた。


「ほら

 口元にソースが」

「うみゃっ

 むう…」


アレハンドラが、ミーアの口元に着いたソースを拭いてやる。

しかしミーアは、自分でやるとナプキンを手にする。

一生懸命に拭いたのだろうが、鼻の先にソースが移動していた。

それを見て、アレハンドラも給仕も吹き出す。

それからアレハンドラは、もう一度ソースを拭き取ってやった。


「さあ

 お待ちかねのケーキですよ」

「うわあ…

 白くてまあるい」

「ああ」

「すいませんね

 さすがに大きなラウンドには出来なくて…」

「良いんですよ

 食べるのはこの子ですから」

「はあ…

 でも、足りますかね?」

「ん?」

「小さい子って、意外と甘い物は沢山食べますよ」

「そうなのか?」


給仕の不安を他所に、ミーアはケーキにフォークを突き刺す。

本当はナイフで、切り分けて食べるものだ。

しかしマナーが分からなかったので、ミーアは思いっきり突き刺していた。

当然ケーキの重みで、持ち上がらなくて崩れる。

それでミーアの表情も、ケーキと一緒に崩れた。


「あ…」

「ぷっ」

「あう…」

「はははは

 貸してごらん」


アレハンドラはナイフを借りると、器用にケーキを切り分ける。

そして四等分にされたケーキを、ミーアは口元に運んだ。


「うわっ

 あまい~♪」


嬉しそうにケーキを頬張るミーアを見て、アレハンドラも笑顔になる。

しかしミーアは、そのまま一気に食べ進んだ。

最後の一切れになったところで、アレハンドラも表情が固くなっていた。


やばい

確かに食べきりそうだ

子供ってこんなに食べるのか?


アレハンドラはてっきり、ケーキを食べ残すんじゃないかと思っていた。

しかしステーキやサラダを食べた上に、バケットとスープも取っていた。

それなのにミーアは、一気に三切れを食べていた。

足りなくて悲しんだらどうしようと、アレハンドラと給仕はハラハラしながら見守っていた。


「けふっ

 おなかいっぱい」

「ああ

 さすがにケーキ丸々一個だもんな」

「?」


給仕もミーアの様子を見て、満足気に頷く。

どうやらちょうど良い大きさだった様だ。

アレハンドラは席を立つと、ミーアを椅子から降ろしてやる。

それから手を繋いで、顔を出したシェフと給仕に一礼をする。

シェフもミーアが満足したのを見て、嬉しそうに笑顔になっていた。


「さあ

 歯を磨いてお休みの時間だ」

「ええ」

「良い子は寝る時間だぞ」

「まだ眠くない」

「そうか?」


それから寝台車に移動すると、アレハンドラは隣の部屋にミーアを連れて行く。


「ここで眠りなさい」

「まだ眠くない…」

「明日起きれないぞ?」

「むう…」


ミーアは少し膨れた表情をするが、大人しく部屋に入った。

ドアを閉めながら、アレハンドラはミーアに注意をする。


「中でちゃんと鍵を閉めるんだぞ」

「これ?」

「ああ、そうだ

 それから誰か来ても、ドアを開けない事」

「どうして?」

「怖あい貴族が来るかも知れないぞ」

「え?」

「早く寝ない悪い子を…」

「ねます、ねます」

「そうだ

 明日の朝に起こしに来るから

 それまで良い子に寝ておくんだよ」

「は~い」


アレハンドラはドアを閉めながら、ニッコリと微笑んだ。

それを見てミーアは、もじもじしていた。


「ん?

 どうした?」

「あのねえ…」

「おしっこか?」

「ちがう!」


ミーアは頬を膨らませて、怒った表情になる。


「トイレはこの中にもあるから…」

「ち・が・う」

「はははは」

「おじさん…」

「おじさんは止めてくれ…」


「アレン…」

「ん?」

「ありがとう」


ミーアはそう言うと、恥ずかしそうにドアを閉める。

そうしてドアの鍵を掛けて、そのままベットに飛び込む。

上気した顔は、真っ赤になっている。

アレハンドラは肩を竦めると、近くで見張っていた兵士に敬礼をする。

彼は夕刻の貴族の様子を見て、こうして見張りに立ってくれていた。

ランドロフに感謝しながら、アレハンドラは再びラウンジに向かった。


どうしてわたし…

アレンにあんな事したんだろう


ミーアはそう思いながら、ベットに俯きになっていた。

優しいおじさん、いや、優しいお兄さんだとは思う。

不安で一杯だった、ミーアをここまで面倒を見てくれている。

それも知り合ったばかりの、こんな自分をと思っていた。

少女がその感情の意味を知るには、まだ少し早かった。

そのままベットに突っ伏していると、次第に睡魔に襲われる。

そのまま彼女は、朝まで起きる事は無かった。

水をあまり飲まなかった事は、彼女には幸運だっただろう。


ラウンジに向かったアレハンドラは、ランドロフと護衛の兵士と共に席に着く。

二人は既に、グラスにウィスキーを注いでいた。


「眠ったのか?」

「ああ

 戸締りもする様に言って来た」

「その方が良いじゃろう

 すぐに何かするとは思えんが、油断せん方が良い」

「ええ」


それから三人は、グラスを傾けながら話をする。

夜だとはいえ、これからあの貴族がどう動くか分からない。

酔い潰れない様に、酒はグラス一杯だけにする事にした。

それであの貴族に、どう対処するか話が進む。


「ミーアも私も、勅令で動いています

 いくら辺境伯といえど…」

「そうじゃな

 まともな考えなら、勅令の意味は分かるじゃろう

 しかしあれは…」

「そうだぞ

 警戒はしておいた方が良い」

「そう…ですね」


勅令を無視してでも、何か事を起こす馬鹿者なら、何をしても無駄だろう。

しかし帝都に入れば、勅令は大きな意味を持って来る。

それを妨害するとなれば、皇帝に叛意を持つと取られるからだ。

彼が貴族である以上、それは死よりも重い物なのだ。

しかし中には、それを理解しない馬鹿な貴族も居る。

彼がその様な貴族で、考えも無い行動をしなければ良いのだが…。


三人はそう考えながら、グラスを傾けて苦い液体を口にする。


「それにお嬢ちゃんの事も…」

「ミーア

 ミリアーナと書かれていた」

「勅令か…」

「しかしあの子が、混血なら大きな意味がありそうじゃ」

「そうですね…」


5年前の悲劇では、多くの妖精族が磔にして殺された。

それに怒った女神が、珍しく神託を下したほどだ。

神託では今後、亜人種を不当に扱わない様に告げられていた。

教会はそれを重く受け止め、皇帝に訴状を送ったほどだ。

それが原因で、今では教会の権威が上がっている。

しかし肝心の教会も、帝国至上主義を認めていた。

結果として、依然亜人達の境遇は改善されていない。

一部で解放運動が行われているが、それも軍部に握り潰されていた。


「このままじゃと…」

「今の凶作が、女神のご意思だと?」

「うむ」

「しかし鉱山や湖は…」

「それも関係しておると…すれば?」

「まさか?」


しかし三人には、明確な答えは見出せなかった。

所詮は神たる創造神の御業だ。

人間である彼等に、その真意は推し量れる事は無いだろう。

分かっている事は、このままでは帝国は危険だという事だ。

度重なる飢饉や不作に、人心も離れ始めている。

内乱が起こるのも、時間の問題だろう。


「無事に…

 帝都に着けるだろうか」

「そこまでは逼迫しておらん

 しかしそう長くは無いじゃろう」

「はあ…

 何とかなりませんかね?」

「そうじゃな

 ワシも出来る事を探しに向かっておった

 なあに、帝都には教え子達もおる」

「何かありましたらお伝えください」

「お前はその前に、自分の仕事があるんじゃぞ」

「仕事…ねえ

 一体何が待ち受けているんでしょうか…」


三人はそのまま、答えの出ない議論を暫く続ける。

しかし何も進展の無いまま、時間だけが過ぎて行った。

それで明日も、また話し合おうと言って部屋に戻る事にする。

どうせ帝都までは、まだ1週間近くかかるのだ。

話し合う時間は十分にあるだろう。

だから今夜は、一旦お開きにする事にした。


アレハンドラはそのまま、自分の寝台車に入った。

少し酒臭いが、今からシャワーを浴びる事は出来ない。

夜も更けた時間だからだ。

そのままベットに倒れ込み、急速に眠気が襲って来る。

奇しくも隣の部屋の、ミーアと同じ様な格好で眠りに着いた。

まだまだ続きます。

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