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古代王国物語  作者: 竜人
1/14

第一節 異変の始まり

この物語は、ある兵士が綴った手記から始まる

彼はその帝国に於いて、一兵卒でしか無かった

地方の兵長として、荒果てる国土をなんとか立て直そうとしていた

そんなある日に、彼は突然帝都へと召喚される

それは重要な任務を、何の責任も権限も無い兵卒に押し付ける為だった

私の名はアレハンドラ

本来の名前は別にあるのだが、故郷が帝国に降った際に改名されていた

正確にはアレハンドラは、この国に於ける苗字に当たる

しかしこの帝国内では、苗字は貴族しか許されていない

だから私も、それに倣ってアレハンドラと名乗る事にしていた


それは古ぼけた紙のノートに、走り書きで書かれていた。

彼が死の間際に、この世に自分の存在を残そうとしたのだろう。

ノートの最後の方は、文字が掠れて血が染みついていた。

最期に書かれた思われるページには、吐血した跡も見られた。

この物語は、そんな彼の半生を辿った物語である。


私は今日、私の所属する帝国軍の曹長に呼び出されていた

昨日も夕刻まで、新兵の訓練に付き合っていた

だから今朝も、喉が少し掠れている

出来ればこんな時に、気軽に呼び出して欲しく無かった

どうせいつもの様に、難癖をつけてぶん殴るつもりなのだろう


彼の故郷である国は、小さな島国であった。

そこは帝国が樹立した後に、再三に渡って攻撃される事になる。

何も無い小さな島国を、大陸にある帝国が何故攻め込んだのか?

それは単に、近くに在ったからだ。


大国として成り上がった帝国にとっては、それは小さな石ころでしか無い。

しかし海を渡ったすぐの場所に、その国は存在していた。

大陸を掌握した帝国にとっては、それは目障りな小石だったのだろう。

大軍を船で渡らせては、次々と町を攻撃して行った。

そうして捕らえられた者達は、奴隷として連れて行かれた。

その後に戦う意思が無い事を示したが、何度も国土は荒らされた。

伝え聞く話によれば、今ではその島国は存在しないらしい。

彼の母親も、その国から連れ去られた者の一人であった。


どうせまた、故国の事を引き合いにだして、ネチネチといびるつもりなのだろう

面倒臭い奴等だ…


彼の身の上は、連れ去られた者の中ではマシな方だった。

父である男は、奴隷として働く母を気に入った。

それで引き取って、愛妾として家を与えられていた。

しかし生まれて来た彼は、およそ可愛がられる事は無かった。

あくまでも妾の子供で、その男の持つ権限は一切与えられなかった。

与えられるのは、本妻やその子供達からの、侮蔑と暴力だけだった。

その事が彼を、芯の強い青年へと育て上げていた。


コンコン!

「アレハンドラ

 入ります」

「誰が入って良いと許可した!

 この盗っ人が!」


部屋に入ってすぐに、入り口で待ち構えて居た男に殴られる。

この男こそが曹長で、彼を今日呼んだ張本人だ。


「ぐがっ」

ドサッ!


右の頬を殴られて、アレハンドラは部屋の隅に倒れる。

そこに容赦なく、追撃の蹴りが入った。


ドガッ!

「ぐうっ」


「はっ

 薄汚い小国の鼠が

 まだ生きておったのか?」

「まあそう言うな

 こいつ等でも命がある

 皇帝陛下の慈悲が、こいつ等をこうして付け上らせるんだ」

ペッ!


唾を吐きかけられながらも、アレハンドラは何とか立ち上がろうとする。

ここですぐに立ち上がらなければ、さらに追撃が入る事になる。

それこそ逆らったとして、反逆の汚名を掛けられる可能性もあるのだ。


「誰が…立って良いと…

 言った!」

ドガッ!


しかし立ち上がろうとするアレハンドラに、さらに追撃の拳が振るわれる。


「ぐはっ」

「まあ止めてやれ

 それにこんな汚らわしい物を殴れば、お前等の品位も下がるというもの」

「そうですね」

「はははは」


男達はそう言って、下品な笑い声を上げる。


何が品位だ

元々そんな物を持ち合わせもせぬ者共が…


アレハンドラは内心で、彼等を侮蔑していた。


アレハンドラが軍曹になれたのも、彼の母親のお陰だった。

彼の母親は、彼を育てる為に色々と便宜を図ってくれた。

本来なら愛妾など、何も与えられる事は無い。

しかし彼が運が良かったのは、彼の父に当たる男が貴族であった事だ。

愛妾なので、大した金品は与えられない。

しかし彼の母親は、その金を惜しみなく彼に注ぎこんでくれた。


帝国語の本や教育に必要な本。

時には訓練用の、木剣までどこかから取り寄せてくれていた。

その甲斐あって、彼は帝国の学校では優秀な成績を残していた。

そう、彼が貴族の子であったら…。


「大体何で!

 こんな薄汚い野鼠が…」

「止さんか

 これでも勅令が入っておる

 これ以上やれば…」

「そ、そうでしたね」


てっきり追撃が来るかと思ったが、彼等は忌々しそうな表情でアレハンドラを睨んでいた。


勅令?

てっきりまた、いびりに呼び出されたかと思ったが…


彼が呼び出される用途は、大体気晴らしか憂さ晴らしの暴行であった。

彼が真面目に鍛えているので、少々の暴行では屈しない。

それが尚更、彼等の暴行を日常化させていた。

しかし今日は、どうやらその事で呼び出された様子では無かった。


「大体、何でオレ達では無いんですか?」

「うむ

 それはワシも何度も確認した

 しかしあちらさんは、この屑を所望しておいでだ」

「何故です!

 成績ならオレの方が優秀でしょうが!」

「それに階級だって…」

「言うな!

 上からの勅令だ」

「くそっ!」

ドガッ!


男は不満が収まらないのか、アレハンドラを蹴り飛ばす。


ガシャン!

「ぐはっ」

「大袈裟に転びやがって…

 おい!

 そこを片付けて行けよ」

「ガラスの弁済は、貴様の俸禄から引いておくからな」


「行くって?

 何処にですか?」

「口答えするな!」

ドス!


曹長はそう言うと、アレハンドラの腹を蹴る。

いくら鍛えているとはいえ、上等なブーツでの蹴りだ。

先が尖っているので、鈍い痛みが腹に響く。


「ぐうっ」

「ここで吐くなよ」

「チッ!

 何でこんな奴が、帝都へ召喚されるんだ」

「呼ぶなら優秀なオレの方だろうが」


帝都へ?

なんだって私が?


アレハンドラには理解が出来なかった。

しかし先ほどから、勅令や召喚という単語が出ている。

そう考えれば、彼等よりも上の者からの命令だろう。

これは逆らう事の出来ない、絶対的な命令なのだ。

だからこそ彼等も、動けなくなるまでは痛め付けられないのだ。

これで召喚の要請に遅れたら、彼等も連帯責任を問われるからだ。


「さっさと行け、野鼠が」

「臭くてかなわん」

「見るに堪えないな」


向こうが行けと言ったんだ

ここはこのまま退出しよう


アレハンドラは、そのまま腹を抱えながら退出した。

実際には痛みは、それほどでも無かった。

確かに蹴られた事は痛かったが、こんな事は日常茶飯事だった。

だから部屋を出る頃には、痛みはすっかり治まっていた。

これは丈夫な身体に産んでくれた、亡き母に感謝すべきだろう。


彼はそのまま、軍の広報課に向かった。

隣接する人事課から、何某かの指令所が届いている筈だ。

広報課ならば、彼に理不尽な暴力を振るう事も無い。

彼等は占領した国の者を、理不尽に扱えば厄介だと承知していた。


「すまない」

「あ、アレハンドラさん

 大変ですよ」


広報課に顔を出すと、受付の女性が応えてくれた。

彼女も占領された国の出で、その為に広報課に回されていた。

アレハンドラの様に、兵士として採用された者の相手をする為だ。

所謂不満を聞く、ガス抜きの様な存在だった。


「帝都から召喚の書類が届いています」

「ああ

 聞いたよ」

「聞いたって…

 またあの人達ですか?」


女性はアレハンドラの、日頃受けている暴力は知っていた。

アレハンドラ自身が、それを誰かに言った訳では無い。

彼等自身が、嬉しそうに周りに吹聴していたのだ。

証拠が無い以上、彼等が罰せられる事は無い。

それに下手に騒げば、その事で一層アレハンドラの立場が悪くなる。

だから知っていても、誰もその事に触れようとはしない。

彼女の様に、親身になって聞く者以外では…。


「まったくあの人達は…」

「止すんだ

 今度は君が狙われる」

「ですが…」

「問題は私が、ここから居なくなった後の事だろう」

「そうですね…」


今現在でも、数名の兵士がこの様な不当な扱いを受けている。

中には事故死に見せかけて、亡くなった兵士も少なく無い。

それでも彼等が好き勝手やれるのは、偏に貴族社会が根幹に根付いているからだ。

貴族やその従者の一族は、地方では裁かれる事は無い。

だからこそこうして、好き勝手やれるのだ。

アレハンドラが殺されないのは、愛妾とはいえ貴族の血が流れている可能性があるからだ。

その事も、母親が亡くなった今では、微妙な状況だった。


「もしかしてあの人達が、また嘘の報告を上げて…」

「しっ

 迂闊な事は言うな」

「でも…」

「それよりも…

 他の者の身が危ないな」

「ええ

 今まではアレハンドラさんが庇っておいででしたから…」


アレハンドラ以外にも、曹長に目を付けられた者は居る。

その者達が、今後は集中して狙われる可能性が高い。


「また…

 前みたいな事にならなければ良いが…」

「そう…ですね」

「広報課の方でも、迂闊に蜂起しない様に心掛けてやってくれ」

「はい」


大きな争いは起こっていないが、ここ最近はこの街も荒れていた。

他国から連行された、奴隷兵が反乱を起こす事もあった。

それで死傷者が出るのは、いつも民間人達だ。

貴族達はぬくぬくと、後方で命令しているだけだ。

それを考えると、アレハンドラは武装蜂起など起こって欲しく無かった。


「母の様な犠牲者が出ない様に、しっかりと見ていてくれ」

「はい」


アレハンドラは書類を受け取ると、それに軽く目を通す。


帝都に赴く様にとしか書かれていないか…


その命令書には、具体的な指示は書かれていない。

アレハンドラは書類に署名すると、それを人事課に提出する。


「はっ

 臭い野鼠が、やっとこの街から出て行くか」

「何をしたのか知らんが、せいぜい処刑でもされるがいい」


書類には軍部の、上層部からの召喚と書かれている。

どこにも犯罪や、処分に関しては書かれていなかった。

しかし彼等は、下卑た笑みを浮かべてアレハンドラを見ていた。

彼の事を侮蔑して、処刑されて当然と考えているのだろう。


何も書かれていないのに、愚かな…

これではあの頭の悪い、曹長達の方がマシだな


それは皮肉であるが、面白い事でもあった。

アレハンドラは思わず、口元がニヤついていた。


「あん!

 何を笑っていやがる!」

「オレ達を馬鹿にしているのか!」

「逃げられると思うな

 この犯罪者が!」

「それは構わないが…

 この書類には今日の日付が書かれている

 急がなければ、連帯責任になるが?」

「くそっ!」

「そうやって逃げる気か?」


逃げるも何も…

そもそも犯罪者では無いんだがな…


アレハンドラは溜息を吐き、彼等が立ち上がるのを見ていた。

中には剣を引き抜き、この場で切り掛かろうとしている者も居る。

こんな場所でそんな事をすれば、彼も処罰の対象になるのに。


「ぶっ殺してやる」

「ああ

 どうせ帝都で処刑だ

 遅いか早いかの違いだ」

「こいつは人間じゃねえんだ

 ここで殺しても問題無いだろう」


おいおい…


アレハンドラは呆れて、彼等の様子を窺う。

下手に動けば、彼等は本気で切り掛かって来るだろう。

帝国の元々の人間以外は、人間とみなしていない。

この国が抱える、闇がここに顕現していた。


「あ、あの…」

「あん?」

「こちらが帝都行きの切符です」

「ありがとう」

「何勝手な事を!」

「きゃあ!」


先程の広報課の女性士官が、おずおずと切符を差し出す。

それは帝都に向かう、魔導列車の乗車切符だった。

これが無いと、今では魔導列車に乗る事は出来ない。

しかしそれを手渡した士官を、彼等は乱暴に引き倒した。

悲鳴が上がったので、他の部署の者達も慌てて出て来る。


「こいつはここで殺してやる

 その方が上官も喜ばれるだろう」

「そうだ

 何もわざわざ、帝都で裁判に掛ける必要も無い

 人間じゃ無い者に、裁判を受ける権利なんぞ無い」

「止さんか!」


男の士官達が、アレハンドラを切ろうと剣を振り翳す。

しかしアレハンドラは、そこまで慌てていなかった。

ちょうど視界の隅で、見知った老人の姿を見ていたからだ。

老人の制止の声に、彼等の剣は寸でで停まった。


おいおい

本気で切り殺そうとしてたのか?

こいつ等…本当に馬鹿だな


こんな人目の付く場所で、武器を持たない者を切れば軍法裁判ものだ。

例えそれが、アレハンドラの様な者でもだ。

それを見兼ねて、老人は士官に制止を呼び掛けたのだ。


「何をしている」

「誰だ!」

「誰だとは失礼じゃな」

「あ…」

「エラン様?」


「何をしていると聞いておる」

「あ…」

「ええっと…」

「女性士官への暴行と、武器を持たぬ者への攻撃

 そんな事をすれば、どうなるか分かっておろうな」

「しかしこれは…」

「そうです

 この野鼠が悪いんです」

「野鼠?

 いつからその様な差別的発言が行われておる?」

「あ、え?」

「おい

 マズいぞ」


エランは軍の中でも、穏健派に属している。

他国への侵略の際にも、奴隷の接収には不満を示していた。

この街が存続出来ているのも、彼が不満分子を押さえているからだ。

そんな彼の前で、その発言はマズかった。


「そもそも

 貴様等もワシの部下じゃった者じゃな」

「え?」

「いえ…」


仕官の内の何人かは、エランの指導を受けていた者だ。

エランに鋭く睨まれて、視線を逸らしていた。


「ワシはその様な事を教えたか?」

「い、いえ…」

「ですがこいつが…」

「アレハンドラが何かしたのか?」

「こいつは反乱分子です」

「そうですよ

 帝都に送られて、処刑されるんです」

「その手間を省こうと…」

「本当なのか?」


エランはそう言って、アレハンドラをじっと見詰める。

アレハンドラがどう答えたものかと思案していると、倒れていた女性士官が声を上げる。


「嘘です!

 この人達はアレハンドラさんを、勝手に私刑にしようとしていました」

「女!

 貴様…」

「貴様から…」

「止さんか!」


エラン老の叱責が飛び、士官達は震え上がる。

老いたとはいえ、未だにその眼光は鋭かった。

エランに睨まれた士官達は、そのまま動けなくなっていた。


「大丈夫かね?」

「は、はい」


女性士官はエラン老に手を引かれて、立ち上がって切符を差し出す。


「アレハンドラさん

 夕刻の列車の切符です

 それまでに支度をして、乗車してください」

「承知しました

 遅れない様に向かいます」


女性士官が敬礼をしたので、アレハンドラも敬礼を返した。

周りに士官が集まっているので、彼女も仕方なくそうしていた。

これがこの様な状況で無ければ、彼女は泣いてアレハンドラに抱き着いていただろう。

しかし涙を堪えて、彼女はアレハンドラを見詰めていた。


「うむ

 帝都からの召喚か?」

「はい

 こちらが書類になります」

「うむ」


エラン老は書類を受け取ると、それに静かに目を走らせる。

一頻り読み終えた後に、士官達に振り返った。


「どこにも裁判とも、反乱とも書いておらんが?」

「そんな筈はありません!」

「こいつは違法者です」

「そうですよ

 帝国の人間ではありません」

「何が違法者じゃ」


「帝国の人間で無いのだから、こいつは人間ではありません」

「そうですよ

 何で庇うんですか?」

「どうせ反乱を企んでるに違いありません」


士官達が喚くと、周りに集まっていた兵士や士官達も頷く。

彼等からすれば、奴隷やその子供達は人間では無いのだ。

物の様に扱って、死ぬまで使う道具と思っているのだ。

だからこそ反乱を、何よりも恐れているのだ。


「こいつは奴隷の子です」

「そうだそうだ!」

「人間でない者には死を」

「浄化すべきだ」


士官達の言葉に、周りの者達も同調する。

士官達は自分達が、正当性を勝ち得たとニヤニヤ笑っていた。

しかしエランは、それを見て一喝した。


「馬鹿もん!

 何が人間じゃ無いじゃ?

 そもそも彼等を、襲って無理矢理奪ったのはお前達じゃろうが!」

「な、何を仰いますか

 オレ達は帝国の臣民として、正しき行いをしたまでです」

「そうですよ

 人間でない者を、正しく道具として利用してやって…」

「まだ分からぬか!

 そうした考えが、反乱を招いておる

 ワシ等がその責を担って…ごほごほっ」


エラン老は興奮して、血圧が上がったのだろう。

顔を真っ赤にして大声を上げ、しまいには咳き込んでいた。


「しかしこれらは…」

「まだ言うか!

 その様な考え方じゃから、反乱が起こっておると言うのに」

「反乱はこいつ等が人間じゃ無いからだ」

「そうだ

 帝国に選ばれなかったからと、人間であるオレ達を妬んでいるんだ」

「そうだそうだ!」」

「愚かな…」


士官達は再び、剣を手にする。

周りを囲む者達も、何かの熱に憑かれたかの様に不気味な笑みを浮かべていた。

このままでは、エラン老を巻き込んでしまう。

アレハンドラは自分の身を、差し出そうと前に出る。

しかしそんなアレハンドラを、エラン老は片手で制した。


カンカン!

「これは勅令の命令書じゃ

 これの意味は…分かっておろうな」


エラン老は地面に杖を突き、みなの視線を向けさせる。

本当ならば、この様な愚かな行動を諌めたかった。

しかし彼等は、エランの言葉を持っても従おうとしなかった。

そこで仕方なく、こうして書状の勅令の印を示していた。

その表情は、この様な事態を憂いて暗かった。


「そんな?」

「馬鹿な!

 なんでこれが…」

「勅令じゃ!

 その意味が分かるな?」

「ふざけるな」

「ふざけておらん

 勅令に逆らうと言うのなら…

 皇帝に弓引く行為とみなすが?

 どうじゃ?」

「ぐうっ…」


士官達はぐうの音も出せずに、書類を睨んでいた。


「さあ

 行くがよい」

「しかし…」

「後はワシが収める

 それにはお主が居ってはな…」

「分かりました」


アレハンドラは書類を受け取ると、そのままその場を後にする。


「あ!」

「くそっ」

「まだ何かあるか?」

「くっ…」


士官たちはなおも、何か言いたげにアレハンドラを睨んでいた。

しかし周りの野次馬は、すごすごと引き返し始める。

これ以上ここに居れば、自分達も巻き添えを食らうからだ。

士官達も逃げ出そうと、彼等の中に入ろうとする。


「何処に行く気じゃ?」

「え…」

「いや、仕事が…」

「その割には、随分と時間を無駄にしておったな」

「ですから急ぐ仕事が…」

「貴様等はこっちじゃ!

 衛兵!」

「は、はい」


遠巻きに事を見ていた、衛兵達が呼ばれる。

彼はアレハンドラが殺されそうな時にも、見てみぬふりを決め込んでいた。

エラン老はそんな彼等も、巻き込んで処罰しようとしていた。

ここで手を打たなければ、本当に反乱が起きるだろう。

ここ数日の土地の枯渇で、飢饉が起きると囁かれている。

そんな中でこの様な、差別行為を大々的に行っていたのだ。

反乱分子を抑える為には、彼等を処罰するしか無いだろう。


「はあ…

 頭が痛い問題じゃ」


エラン老は溜息を溢しながら、衛兵に士官を連れて行かせる。


アレハンドラは部屋に着くと、さっそく旅の支度を始めた。

とはいえ、彼の私室にはほとんど物が無かった。

元々が平民の出で、決して裕福では無かった。

部屋にあるのは軍服と、着替えが数着だけだった。

他には数冊の本と、メモを取る為の筆記具ぐらいしか無い。


「これで全部か…」


アレハンドラは大事そうに、その本を鞄に詰め込む。

母が生前に、彼の勉学の為に買ってくれた教導書。

それからエラン老が、彼の為に用意してくれた教練や軍事指導書だ。

その他には、この部屋には何も無かった。

何かを買おうにも、彼にはその俸禄もまともに与えられていなかった。

だからここで出される食事以外には、何も食べる事も出来なかった。

彼がここまで育ったのも、母がお金を用意してくれたからだった。

その母も、既にこの世には居なかった。

だからこうして、安心して旅立つ事が出来た。


アレハンドラは出口に向かい、そのドアのノブを回した。

外に出たところで、一旦振り返って部屋の中を見回す。

数年間ここで過ごしたが、碌な思い出が無かった。

しかしいざ旅立つとなると、何か物寂しい気持ちになる。

不思議なものだと思いつつ、彼は部屋を後にした。


今日は昼食を取っていないので、少しお腹が空いていた。

しかしここで食堂に向かえば、また何かトラブルが起きそうだ。

そのまま外に出ると、兵舎の入り口を出る。

門番に誰何されたが、指示書を見せればそのまま出る事が出来た。

門番の彼も、どうやら帝国民では無いのだろう。

アレハンドラに対して、殊更蔑む様な事はしなかった。


「駅に向かってくれ」

「畏まりました

 銀貨1枚になります」


銀貨を手渡し、アレハンドラは馬車に飛び乗る。

ここは街の外れになるので、列車の駅からは遠いのだ。

歩いて向かっていては、発車の時刻には間に合わないだろう。


アレハンドラが馬車に乗ると、売り子の女性が近付いて来た。

時刻が時刻なので、軽い軽食と新聞を持って来ている。

夕刊では無いが、列車の中で読むのにちょうど良いだろう。

アレハンドラは銀貨を用意して、売り子からサンドイッチと新聞を買った。

サンドイッチにはサービスで、熱い紅茶も着いていた。

それは魔道具のポットで、淹れ立ての熱さを保っていた。


「ふう…」


軽食という事もあって、サンドイッチには野菜と生ハムが挟まれていた。

少し前なら、これは銅貨2枚で売られていた。

しかしながらこのところの不景気と、食材の不足が響いている。

今ではたった二切れのサンドイッチで、銅貨5枚にまで吊り上っていたいた。


サンドイッチを食べ終わると、新聞を広げる。

新聞も銅貨3枚から、銅貨5枚に値上がりしている。

それなのに紙の質は、以前に比べると格段に落ちている。

たった数枚の紙切れに、ここ最近の街での出来事が記されている。

どこも景気が悪いとか、情勢が不安定で助成金が下りないという事が記されている。


この街も…いよいよ危ないな


他の町では、飢饉の為に飢えている者まで出ていた。

この街は内陸部なので、まだ広大な畑が広がっている。

しかしそこでも、少しずつ土地が痩せ細って、作物は枯渇し始めていた。

新聞にもその事が書かれていて、中には奴隷落ちや飢えて身体を売る者が増えていると書かれていた。


このまま長引けば、いずれこの街でも暴動や反乱が起きるだろう。

その時に子爵は、どの様にして収めるのだろう?

しかし考えてみても、それは自分には関係が無いのだろう。

このまま帝都に向かい、何某かの任務に就く事になる。

帝国の民でない以上、碌な仕事では無いだろう。

その事を考えて、アレハンドラは憂鬱な気分になる。


気晴らしに外を眺めていると、やがて線路が見えて来た。


ゴウッ!

ガタンガタン!


轟音を立てて、魔導列車がその線路の上を走る。

魔力を込めた魔石を使って、長距離を移動する機械だ。

こんな便利な物を、発明した者は偉大だ。


「あれが夕刻に出る分ですね

 間に合いそうですよ」

「そうだな…」

「切符は既に、お買い求めで?」

「ああ」

「それは良かったですね

 最近では違法な切符を、高額で売る詐欺が横行しております

 お客様は軍の方ですよね?」


馬車の御者は、そう言ってアレハンドラの方に視線を向ける。


「そうだが?

 それがどうした?」

「いえね

 軍か貴族でも無ければ、切符なんぞ買えませんから」

「そうでも無いだろう」

「いえ

 無理なんです

 高すぎますから」

「ん?」


「おや?

 知りませんでしたか?

 今では隣の町の駅ですら、金貨数枚もするんですよ」

「何だと?

 数十倍の値上がりじゃないか」

「そうなんですよね

 利用者が減った事で、益々値上がっているみたいですよ」

「ううむ…」

「隠しておいた方がよろしいかと」

「すまない

 ありがたく忠告に従うよ」


御者の言葉を聞いて、アレハンドラは手元の切符を見る。


これは迂闊に見られては、厄介な事になりそうだ…


アレハンドラは切符を、腰のポーチに仕舞い込んだ。

彼の着ている制服は、一般兵の物と変わらない。

そんな者が帝都行きの、高価な切符を持っていれば狙われるだろう。

御者の言う様に、隠しておいた方が安全だろう。

高官を迎えに来たと、思わせた方が無難な筈だ。


「しかしお客様も運が良いですね」

「何でだ?」

「こんな時期に列車に乗れるんです」

「そうでも無いさ

 これは勅令の切符だ」

「あ…」

「これを狙った者は、例え手にしても使える事は無いだろう

 バレた時点で縛り首だろう」

「そ、それは…」


アレハンドラの何気無い一言に、御者は明らかに動揺していた。

アレハンドラは気付かないふりをして、外の様子を見ていた。

馬車は一旦、駅に向かう街道から外れ掛けていた。

しかし御者は、再び馬車の道を変えて駅に向かい始める。


危ないところだったな

こんな事になるとはな…


アレハンドラは、気付かないふりをする事にした。

このまま騒がなければ、馬車は定刻通りに駅に着くだろう。

下手に騒いで、囲まれる事は避けたかった。


そのまま数分も掛からず、馬車は駅の前に到着した。

アレハンドラは鞄を持つと、そのまま馬車から降りる。

数人の男が、黙ってアレハンドラに近付こうとしていた。

それを見て、御者の男は慌てて上擦った声を上げた。


「お、お客様

 勅令の旅とは大変ですね」

「ああ

 出来れば逃げ出したいぐらいだ」


アレハンドラは、御者の男に合わせて答える。

それを聞いた男達は、そのまま黙って踵を返した。

アレハンドラはそれに気付かないふりをしながら、そのまま改札口に向かった。


危なかったな…

こいつ等もグルか…


彼等はここで、アレハンドラを待ち構えて居たのだろう。

考えてみれば、売り子の女性も不自然だった。

出発前の馬車に、わざわざ乗り込んで来たのだから。

アレハンドラは切符を見せると、そのまま列車に乗り込む。

列車の中は、御者が話した通りに人が乗っていない。

そのまま窓を開けると、アレハンドラは御者に手を振ってみせた。

御者はそれを見ると、慌てて自分の馬車の中に入った。


「間もなく帝都行きが発車します」

カランカランカラン!


鐘の音が鳴り響き、列車のドアが閉まった。


プシューッ!

ガタン!


アレハンドラはそのまま、列車の席に身を預ける。

帝都へ向けた、長い旅が始まろうとしていた。


彼は列車の乗席に身を預けると、鞄から一冊のノートを取り出す。

それはまだ何も書かれていない、真新しいノートだった。

彼はそのノートに、これから起こる事を書き綴ろうと思った。


先ずは出だしはどうしよう?


そう思いながら、彼は筆を走らせる。


私の名はアレハンドラ

本来の名前は別にあるのだが、故郷が帝国に降った際に改名されていた

正確にはアレハンドラは、この国に於ける苗字に当たる

しかしこの帝国内では、苗字は貴族しか許されていない

だから私も、それに倣ってアレハンドラと名乗る事にしていた


私はこれから、帝国の首都である帝都に赴く事になる

勅令で下された命令だ

そこで一体、どんな事が待ち構えて居るのか

少し愉しんでいる自分に驚いている


彼はそう記すと、一旦筆を止める。

そうして夕焼けに染まる、線路の先に視線を移した。

本編を書いている間に、思い付いた短編です。


まだまだ続きます。

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