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多田野浩の考察

作者: 凪沢渋次

多田野浩は考えた。


この緊急事態宣言下の東京で、如何にしてカノちゃんを誘うのか?


「告白」することを決意して、デートの誘いをしてから、早、1年半が経つ。


会う約束をしていた日の前日から、世の中は外出禁止になった。


それでも、この段階では、すぐに宣言は解除されるだろうと思っていたので、デートの延期を割と気軽に提案した。


この判断は、多田野浩にとって、とても前向きで、かつ、世の中のこともちゃんと考えた上でのものだったので、カノちゃんの反応も悪くはなかった。


何かがおかしくなったのは、その次に、会う約束をしようとした際だった。


5月下旬、もういい加減、ステイホームが退屈になり、仕事も休業で、誰にも会わなくなると、いよいよカノちゃんが恋しくなり、思い切ってデートの誘いをしてみた。


「緊急事態宣言だけど、こっそり会っちゃわない?」


多田野浩のこのメールに対するカノちゃんのリアクションは、「NO」だった。


おばあちゃんと住んでいるカノちゃんは、自分が感染することよりも、それをおばあちゃんに伝染してしまうのが怖いと言った。


なんていい子なのだろう、と感動したのと同時に、多田野浩は、自分の軽薄さに嫌気がさしたものだった。


「告白」は不要不急なのだ。いつでも出来ることで、今じゃなくいいことなのだ。

そう自分に言い聞かせ、多田野浩は、またしばらく隠者生活を送った。


次にカノちゃんに連絡をしたのは、宣言がどうやら解除されると、見えてきた頃だった。


「宣言解除されたらすぐに会おう!」


このメッセージは、よく我慢した上に、とても前向きな提案だったと、多田野浩は自分ながらに高評価をしていて、当然ながらいい返事を期待していた。


ところがカノちゃんからの返信は多田野浩が期待していた内容とは違っていた。


「家にずっといて、外出るの億劫になっちゃった。」


明確に断られたわけではなかったが、「YES」でも「NO」でもないこの返答は、むしろ一番多田野浩を困惑させていた。


確かにカノちゃんは、在宅の仕事をしていた。緊急事態宣言以降は、完全にリモートになり、一歩も外に出ないので化粧もしない、と言っていた。


女性が外へ出る際に、男性以上に時間がかかり、それが億劫だという話は以前にも聞いたことがある。それは確かなのだろう。しかし、本当に会いたい相手がいるときは、それでもがんばってその準備をするものなのではないか?


まだ結論は出したくなかった。


緊急事態宣言が明けて、すぐに、多田野浩は再度、カノちゃんにデートの誘いをした。

その返信がさらに多田野浩を困惑させた。


「みんなで会いたいね」


かつて、こんな残酷な返信があったのだろうか?

多田野浩には、その文面はこう読めた。


「もう、二度と誘わないで。どうしてもって言うなら、屈強なイケメン男子を複数名用意した上で、私をその中心に置き、あなたは私からなるべく離れたところに座る、という条件でなら会いましょう。」


多田野浩は、記憶をたどるべく、以前のメッセージのやり取りを読み返す。

冷静に読み返して、いったいどの時期から、カノちゃんが自分を避けるようになったのかを突き止めようしたのだ。

そしてもし、その分岐点がわかったならば、何かリカバリーの方策があるかも知れない。


まだコロナがやってくる前の、やり取りを読み返してみる。


「みんなはクリスマスは忙しいんでしょー。私はヒマヒマだよー。」

「多田野さんのオススメのお店はいつも美味しいんでまた誘ってください!」

「温泉大好き!行きたい!」


読み返しているだけでも、高揚するような、幸せに満ちたやり取りが並んでいた。


そして、カノちゃんの方から誘ってくれていることもあった。


「今月のどこかで空いてる日ありますか?私はだいたいいつでも大丈夫です!」


このやり取りの末に決めた日が、緊急事態宣言でキャンセルになったあの日だった。


以前のやり取りから、決して自分だけが、勝手に舞い上がっていたわけではないと、多田野浩は分析していた。だとすれば、やはり、緊急事態宣言以降のやり取りに、何か問題があったのだと考えられる。


今度は自分の送付したメッセージの文面を検証してみる。


一つ一つを丁寧に、カノちゃんの立場になって読み返してみると、

緊急事態宣言下のある日のやり取りの中に気になる一文を見つけた。


「退屈で仕方ないよ・・・、早くカノちゃんに会いたいです!」


この文なのかも知れない、と多田野浩は感じた。

「退屈」だから「会いたい」と読める。


本当は違うのだ。カノちゃんに会いたい気持ちがまずあって、何故ならば「告白」する用事があったからなのだ。

これに対するカノちゃんの返信が、例の「おばあちゃん」の件だった。


多田野浩はさらに自分の文の検証を続けた。


「正直、だんだん元気なくなってきてる」

「仕事しなくても世界は普通に動いてる」

「今日も結局何もしなかった」


そこには、休業で、毎日家にいた多田野浩の、ウソのない素直な言葉が並んでいた。

素直な言葉を吐露することで、カノちゃんに、全てをさらけ出している、つまり、完全にリラックスして、全幅の信頼を置いていることを表わしていたつもりだった。


しかし、今、改めて読み返すと、それはなんと身勝手で弱気な発言の数々だろう。


さらに言えば、カノちゃんは在宅で働いていた。

こちらは休業でただ、家にいた。そのことを嘆いて、カノちゃんにぶつけていたわけだ。

女性から見れば、如何にも弱く、暗い男だと感じたことだろう。


「愛」と「誠」を伝えたい一心で送り続けていた多田野浩の文は、

病が知らず知らずのうちに体を蝕んでいくように、温かかった二人の関係に、大きな風穴を開けていたのだ。


さらに多田野浩の考察は続く。今度はいくつかの仮説を立ててみた。


この期間中に、カノちゃん側にも心変わりがあったのではないか?

例えば、リモートとは言え職場の人とのやり取りは少なくないだろう、そんな中で、心を許し、親しくなった人物が現れている可能性はゼロじゃない。


そもそも、カノちゃんは魅力的な女性なのだから、他の男性が放っておくわけがないのだ。あまた来るデートの誘いの中から、もっとも好条件の男性を選ぶのは当然、カノちゃんの権利だ。もしも、そうだとしたら、自分からのメッセージのなんとおぞましいことだろう。


「もう、あなたとは会わないって言ってるでしょ!察しなさいよ!」


と言うカノちゃんの声が、素っ気ない文面から読み取れる気がしてきた。


また、多田野浩はこうも考えてみた。

自分側も、本当にカノちゃんに「愛」と「誠」を持っていたのだろうか?

同じ緊急事態宣言の中、サキちゃんやユヅキちゃんにもたくさんメッセージを送っていた。もちろんこの二人には「告白」するつもりなどない。しかし、確かに、次にまたいつ会えるかの相談をしている。


そしてもう一つの疑問。

果たして自分は、次にカノちゃんに会えたとき、本当に「告白」をしたのだろうか?

実は、文にもあったように「退屈」だから、会いたかっただけなのではないか?

「退屈」だから、誰でもいいから、会いたかったのではないか?


多田野浩の結論はこのように進んでいる。

カノちゃんは別の相手を見つけ、自分に興味を失っている。しかし、多田野浩も実はカノちゃん自体に興味があったわけではない。その結果、二人はもう会う必要がない。


本当にこの結論でいいのか?

まだまだ考察するべき問題点があるのではないか?


もう一度。もう一度だけ、カノちゃんにメッセージを送ってみる。

その返信を見てから、再度、対応を検討したい。

それが多田野浩の出した結論だった。

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