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クスノキの龍  作者: 泰晴まさ
1/1

事実は小説よりも奇なり

初投稿改訂版です。

今回も大目に見てください…。


前作への感想等ありがとうございました!

  『楠木あるふぁ』


  なんということは無い、小説家のペンネームだ。


 僕の嫌いな文体で、僕よりも若い。

  そして、僕よりも才能のある、小説家の名前だ。


  楠木あるふぁの文章は人を惹きつける。読むものを否応なしに作品に引き込む文章はまさに先時代を生きた文豪たちの再来と持て囃されたし、軽く、テンポ良く進む話は読んでいて苦にならない。彼の人は幅広いジャンルを手がけるが、青春ものをとってもファンタジーをとっても、まとまり良く、読後感も爽やかだった。

  純粋に、読んでいて面白い。

 けれども、けれども僕は、彼の人の作品が嫌いだった。


  ……と、こんなことの要約を質問箱の返信にしたら、炎上した。


  いや、言い訳でしかないけれど、言わせて欲しい。


 その日の僕は修羅場を迎える寸前で、1ミリメートルたりとも脳を働かせていなかった。

 そんな時に、ふとSNSのアカウントにリンクを置いていた質問箱を覗いてしまったのだ。

 ぽつぽつ、感想の中に質問が混ざっている。もちろんアンチからの熱烈なラブレターも入っていた。


 さて、突然だけれど僕には、僕という人間は面倒だという自覚がある。それはもう大いに。

 だから、とりあえず修羅場を乗り越えてからにすればいいものの、1度見た質問を返さないのもなんだかなぁとか思ってしまって、ボソボソと答えていたのだ。

 いくつか返信をこなして、最後の質問になった。


  内容は、『楠木あるふぁの作品についてどう思いますか?』。


 これだけ。


 まぁ、本当に繰り返しになるんだけれど、この時の僕は本気で頭を働かせていなかった。


  『僕は楠木あるふぁさんの作品みたいなのは嫌いかな。』

  これだ。これが僕の解答だった。

  普段ならばここにしっかりと嫌いな理由までつけておくのだが、修羅場前、意識のほとんどを目の前の原稿用紙に向けていた僕は馬鹿正直に吐露してしまったわけだ。そして、案の定炎上。

  炎上を知ったのは修羅場を乗り越え、原稿を納め、気絶するように15時間寝て起きた今。

  多分、その後すぐに理由を言わなかったからだろうけれど、そりゃあ酷い炎上っぷりだった。

  しかもこれでは向こうにも多大な迷惑がかかっていることだろう。

 謝罪、謝罪をしなければ。大慌てで検索をかける。ずっとペンを握りしめていた手は、そんな些細な動きにも関節を痛め、筋肉が悲鳴をあげていた。

 ユーザーの欄に出てきた楠木あるふぁのアイコンをタップして、DMを送ろうとしたところ、ふと彼の人のつぶやきが目に入った。


 【えっ??!!!待って、俺の作品、夢見先生に読んでもらえてんの?????】

 【え、しかも俺の作品への所感もある……え、待って嬉しすぎるしそれで先生の方が炎上してんの気に食わない】


  僕はそこで違和感を覚えた。


  (僕の炎上で要らぬ迷惑がかかっているのだから怒るべきでは?)


 とりあえず、必死にでっち上げた謝罪文を彼の人…もとい彼のDMに放り込んで、質問箱を漁る。

  予想通り、楠木あるふぁのファンだと思われる人々からの多種多様な罵詈雑言で溢れていた。ただの暴言から全くの正論まで、一つ一つ読み漁っていくと、シンプルな質問が目に付いた。

  その質問には僕への擁護も非難も無くて、ただただ僕が彼を嫌う理由への興味だけが載っていた。


 『どうして先生は楠木あるふぁの文章が嫌いなのですか?』


  いつかのように、それだけが載っていた。

 なんだか急に肩の力が抜けてしまって、どう説明したものかと思考をさ迷わせる。

 こんな事をしている間にも延焼は続いて、ぴこぴこと軽い音をたてながら受信箱の通知の数字が増えていく。

 自分の中でも上手く言語化が出来ないモヤモヤが気持ち悪くて、質問箱のページをブラウザバックして、DMの確認をした。

 さっき、質問箱の通知に混ざって届いたのだ。


 楠木あるふぁから届いたDMは、予想より少し、いや大分長文だった。


 まず、僕の謝罪への言及。

 これはいい。何も言われないのも不自然だろうと思ったし。

 でも、それすらも僕が思い描いていたものとは違った。詳しくは割愛するけれど、とにかく気にしないで欲しい、むしろ話題にしてもらえて嬉しかった。と。そんなような記述があるだけだった。

 あとの残りは、ただひたすらに僕の今までの作品を褒めちぎる文章が連なっている。

 どれどれのキスシーンの表現が繊細に描かれていて良かった、あの作品の情景が好きだ、挟まれるオノマトペが不思議で面白い、etc……。

 あまりに褒めちぎられ続けるものだから、読み進めると共に顔に熱が集まるのを感じて、とうとう進めなくなってしまった。

 熱い頬に、ひんやりと冷たいテーブルの温度が心地いい。

 思えば、作家になる前にも、なった後にもこんなに褒められたことは無かった。他人に褒められることは、こんなにも幸福なことだったか。もう思い出せないけれど、今確かに抱いているこの温かな気持ちを、かつての己も感じていたんだろうか。

 わからない、分からないけれど、きっとそうだ。楠木あるふぁは、こうやって人を褒められる人間なのだ。そんなところも、彼が人を惹きつける所以なんだろう。きっと、多分。


 さて、四苦八苦しながら要約全文を読み切った。

 もはやその辺のラブレターを超えるほどの熱意の塊を噛み砕いて飲み込みきった後にはすっかり疲れてしまった。照れ疲れるなんて、初めての事だ。


 そして僕は、また早々に楠木あるふぁのDMに向き合うことになった。


 最後の最後に添えられた、お茶の誘いの返事をするために、だ。

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