第六十話
馨とお粥の漫才を見終わったあと、隣りに座っているクマくんとお互いに目が合ってしまって、また笑ってしまった。
「あの二人って、やっぱ芸術家ですよね!」
「ふふっ、自己中心的なだけじゃない??漫才中もお客さんを笑わせるよりも自分達が笑ってた」
あの二人らしい漫才で、この客の中で一番俺が笑わされた。エンターテイナーだね、馨は。
「でも何か、こんな俺達を許してくれってゆーか、笑いの裏に隠された願望ってのがあるように見えて……」
「そうだね」
笑いとは既存の枠組みを壊すもの。拘束好きメンヘラ彼氏を歪みとして笑いにしているけど、本当の自分はこうなんだと汲み取って欲しい願望なんだろうね。
「塩先生、見てくれましたか?」
って優等生っぽく笑う君は、本当の君じゃないってことは、もう俺は知ってるよ。
「ふふっ、私に媚びを売るなんて、本当に君は馬鹿げたことをしますね」
って教師らしく笑った俺は、本当の俺じゃないってことは、もう君は知ってるよね?
「これからも馬鹿をやるつもりなので、塩先生は格安で媚びを売られ続けてください」
「あはっ、熱心な押し売りセールスマンだこと」
と言うと馨はニコッと笑った。
「なので先生、今日は僕とデートしませんか?」
耳元でそう囁く馨の声にとても弱くて、教師の仮面を保てなくなるくらいに俺は照れてしまった。恋人を前にした時の俺の顔はきっと、不格好にも赤くなった頬を見せて、情けない表情をしているだろう。
「……うん」
と弱々しく顔を手で隠しながら小さく頷くと、その手首を掴まれて、馨の方へと引っ張られた。勢い余ってその胸に飛び込むと、馨の香りや身体を感じられて、それでさらに俺は恋人モードになってしまう。
「麗さん、何ですかアレ。シットコムですか?」
「あはっ、完璧にそれ!」
あっちはあっちで楽しそうで何よりだ。
「塩先生、この中で僕の作品はどれでしょうか?」
空いているホールで美術品展示をしている美術部に混ざって、お粥さんの勧めで僕の作品を置かせてもらった。
「名前書いてあるよ?」
「そこは見ちゃダメですぅ」
作品の下に作品名と名前を書いた紙を貼られていた。けれども、みかちゃんなら僕の作品だって見ただけでわかってくれると思った。
「美術部の子達もかなり上手だね。指導者が良いのかな?」
「そうゆうのは直接本人に言うべきですよ」
でも本当に、美術部の展示は毎年よく人を集めている。僕も受験前にこの学校のこの展示を見て、絶対に合格したいと胸を躍らせたほどだ。けれど部活には入るなと母親から言われたので、せめてもの救いで美術選択をしたのであった。
「でも馨っぽいのはコレだと思う」
「何処ら辺が僕っぽいですか?」
「題材と、質感?」
飛び降り自殺をしようとしている僕に、天使が自分の羽をもぎ取って、赤い糸で僕の背中に縫い付けてくれている。僕の好きが詰まった絵。
「……天使」
僕の絵を凝視してくれている男子高校生がそのように呟いた。人様に見せられるかどうか際どいラインの絵だが、その子はとても気に入ってくれたみたいだ。
「ふふっ、正解です。これが僕の『祝福』です」
というとその男の子がバッと僕の方へと振り返って、目を丸くしながら僕の手を掴んできた。
「砂糖先輩、大好きです!!」
「え、」
と僕が戸惑った反応を見せ、周囲の人たちから視線を集めると、その子は徐々に顔を赤らめて、
「先輩の絵が、僕はとっても好きです……」
と弱々しく呟かれた。「ありがとう」と微笑むと「ああああ、まじ天使ぃ」と小さく悶えられた。
「君は、美術部の子?」
「はい、先輩の絵はいつも隠されているので、こうやってみんなの目に触れるところに先輩の絵が飾られているのに、つい感動してしまって……、何でいつもは隠しているんですか?」
「んー、恥ずかしいから、かな?」
「何も恥ずかしがることないですよ!こんなにも素敵で……」
と言われても、理想と乖離した未完成品はどう考えても恥ずかしかった。今回のこの絵だって、お粥さんの熱狂的な勧めがなかったら置いてないし、褒めたてられて図に乗って置いてしまっただけで、何だか冷静になると恥ずかしくなってきた。みかちゃんには見せてもいいけど、その他大勢の人達からは非難されそうで、怖い。
「君の砂糖くんの絵がすごく好きで、たくさん見たい気持ちは私もよく分かるけれど、絵を見せるか否かは砂糖くんの自由意思じゃないかな?」
「塩先生、」
みかちゃんそんなこと思ってくれて、今まで僕が絵を隠していることを割り切ってくれてたんだ。自分の好奇心を満たすために、描いてる途中に覗き込むようなことは絶対にしないみかちゃんのこと、尊敬する。
「ごめんなさい、でも、僕達に見せてくれるのを楽しみにしています」
「謝らないでいいよ、期待に応えられるように頑張るね」
ってその場しのぎで言った後に、それはいつになるんだろうと果たせない約束をしたと、ふと不安になった。「写真撮ってもいいですか?」って許可を求められたけど、ここは全て撮影OKで、出展した以上僕に拒否権はなかった。
「ふふっ、奇遇だね。私も砂糖味。の大ファンなんだよ」
写真を撮ろうとその子が取り出したスマホの待ち受けが僕の絵で、さらにそれに同調したみかちゃんがその名前を口にした。
「砂糖味。さん、塩先生も知ってるんですか!?」
この人達は僕のフォロワー少ない絵垢をよくもまあ見つけるものだ。最近は絵だけの投稿にして、日常ツイは全て消した。高校生というのも隠した。コメントも付けられないようにしたから、ただいいねとリツイートだけをされている僕の絵。
「イラストレーターさんに詳しいんですね〜」ってみかちゃんとその子が話しているけど、みかちゃんの知識ソースは専ら僕とお粥さんによるものだ。
「塩先生のアカウント、砂糖味。のフォロワー欄からバレちゃうんじゃないですか?」
「大丈夫、俺の鍵垢だから」
ってドヤってるの可愛い。てか、知ってた!!!それでモネちゃんとか、好きなファッションブランドとかフォローしてるの可愛いって思いながら見てた。僕はもっと現代っ子だから垢使い分けてて現在、何か知らないけど五つある。
「砂糖先輩は?砂糖味。さん、知っていますか?」
彼は純粋無垢そうに聞いてきた。
「ふふっ、初めて聞いた。また後で調べてみるよ」
みかちゃんには何で教えなかったの?って後で言われたけど、ロマンがなくなるじゃん、って抽象的に答えた。
リアル脱出ゲームを行っている二年生の教室の前に並ぶ。廊下側の壁にも色々と飾り付けられていて、みかちゃんと一緒に写真を撮った。みかちゃん、スーツ姿で目立つから僕の夏用カーディガンを肩にかけると、暑いって微笑まれた。
「塩ちゃんじゃーん!写真撮っていい?」
って生徒から主に女子生徒からマスコット的な扱いをされる僕の彼氏。「何してんのー?」「一人?」って質問攻めにあって、少々困っている。ああああ、僕が彼氏で今はデート中だから、ってハッキリと言いたい。
「塩先生、何かお腹空きません?」
肩をぽんぽんして、そんなどうでもいいことを言って、でも一緒に回っていることをアピールした。パンフレットを広げて、何処へ食べに行こうかと考えるふりをして、その子達から視線をこちらへと奪った。
「妬いたの?」
「別に、列から離れられないようにしたまでです」
「ちょっぴり妬いてんじゃん」
「……うるさい」
図星すぎて、この会話を続けたくなくて、赤面したままそう言ってしまった。みかちゃんはその反応に嬉しそうに微笑んで、天使だけど悪魔みたいだと思った。
「あっ、砂糖先輩!」
「桃ちゃん、遊びに来たよ」
教室に入る直前でルール説明をしてくれるのは、桃ちゃんだった。僕達を見た瞬間、気付いてくれた。
「桃原さん酷いなぁ、元担任のことは忘れたの?」
って自分のことに触れられなくて、少し拗ねてた様子で意地悪く言うみかちゃん、可愛いかよ。
「いやいやいや、塩先生のこともちゃんと覚えてますよ!」
と桃ちゃんが必死に否定すると「良かった」って素敵に微笑むんだから、隣りにいる僕は狡いと思った。
「今日は一緒に回ってるんですか?」
「砂糖が半ば強引に誘ってきたから……」
「いや、塩先生が『文化祭で一人は寂しい』って顔してたから……」
「ふふっ、俺と回りたがってたくせに」
「先生だって、僕とじゃなきゃ嫌でしょ?」
強がって僕と顔合わせてたみかちゃんが、今そっぽ向いて耳赤くしてるから、僕の勝ち。お互いに、何を今さら恥ずかしがってんだって思ってるよね?笑えてくるね。
「相変わらず仲良いんですね」
と桃ちゃんに言われて、僕は何て返答しようか迷っていると、
「うん、仲良いね」
って、みかちゃん!!?、あのみかちゃんが生徒の前で僕と仲良しアピールしたんだけど!?
「ふふっ、桃ちゃんが思ってるよりもたぶんずっと仲良いよ」
僕が調子に乗って口を滑らせ、そんなことを言ってしまうと
「馨、しーっ」
って横から人差し指を口元に添えながら注意された。「桃原さんも秘密にしてくれる?」って、その言動全てが可愛くて悶えた。
「それじゃあ、説明しますよ?」
ここは二年C組、ある生徒により呪われた教室です。そのため入ったら最後、謎を解いて犯人を見つけ脱出するまでは、死ぬまで外には出られません。警察官になった皆さんには残された生徒の救出のため、このトランシーバーを持って教室に入っていただきます。ただし、このトランシーバーを使える機会は三回まで。タイムリミットは三十分です。それでは諸君、健闘を祈る!!
「うわ、体感五度ぐらい下がった」
教室の空調によるのかホラーの影響かは分からないけれど、みかちゃんが僕のカーディガンの袖口部分ぎゅっと掴んだ。だから丸め込んだその猫背に僕は両腕をのせて抱きしめない程度に戯れた。
「こちらには壊れた時計が二つあります」
と時刻が異なる同じデジタル時計を二つ見せられた。一つには、15:34。もう一つには、45:76。ぶっ壊れてる。
「あはっ、面白いね!」
手元には紙とペン。教室にあるものは全て使っていいようだ。とりあえず足したら、61:10。引いたら、30:42。んー、わかんない。名簿や資料を確認してみても、誕生日とかでもなさそうだし。
「これ、逆さにして見てもいいですか?」
とみかちゃんが言うと、その子は「どうぞ」って微笑んだ。逆さにしてみると、hE iS 1、gLiSh。と読めなくもない。
「ということは、体育祭や学年考査で一位を取った人が犯人??」
「それでさ、このglishはEn-glish、英語のことじゃないかな?」
「わっ、みかちゃん頭良い〜♡」
って引っ付いて、英語の学年考査の一位の資料を一緒に見た。
「答えは、赤丸さん?」
みかちゃんも疑問に思っている様子だ。学生情報には女と明記されていて、後は出身中学とかコンクールや大会での受賞履歴だけだ。
「あれ?男じゃないんだ」
「ふふっ、まだまだ終わらないみたいだね」
楽しそうでなにより。僕達はその後、英語の教科書をパラパラとめくって、ヒントを探してみたが何も見つからなかった。
「いんぐりっしゅ、えんぐりっしゅ、えん、ぐりっしゅ、えん……あっ!!」
「どうしたの?」
僕は教室の床に描かれたそれを指さしながら
「魔法陣、円だ!」
って子供っぽくテンション上がりながらそういった。そして赤い魔法陣の中に入って、そこに書いてある問題文を読んだ。
Usotsuki wo Sagase
A-san B-san C-san D-san E-san no Dareka Hitori ga Uso wo tsuiteiru. Migoto, Usotsuki wo Mitsukeru to "Secret book" wo Akeru Password wo Moraeruyo.
Aさん 僕は嘘つきじゃない。
Bさん Cさん、Dさん、Eさんの誰かは嘘つきだ。
Cさん AさんとEさんは嘘つきじゃない。
Dさん Cさんは嘘つきだ。
Eさん Bさんか、Dさんのどちらかは嘘つきじゃない。
「こうゆうのは馨のが得意そうだね」
とみかちゃんに太鼓判を押されてしまったので、紙に以下のように書き出した。
Aさんが嘘つきの場合、みんな嘘つきになるから✕
Bさんが嘘つきの場合、CさんもDさんも嘘つきになるから✕
Cさんが嘘つきの場合、AさんとEさんが嘘つきならないとだから✕
Dさんが嘘つきの場合、Cさんは嘘つきじゃない。になり、全ての証言の辻褄が合うので○
Eさんが嘘つきの場合、Dさんの証言が本当にならないといけないから✕
以上のことから、嘘つきはDさん。
「これは誰に言えばいいんですか?」
教室にいる子に聞くと、¿と赤く書かれたボックスを指さされた。答えはDさんとその箱に向かって言う。
「うとめでお」
「ん?」
「はどーわすぱ」
「待って、聞き取れないんだけど」
「……ちいんよちいーに」
「やばい、何もわかんなかった。みかちゃん、聞いてみてよ」
とみかちゃんに僕と同じようにやらせると、みかちゃんも聞き終わったあと、僕と同じように笑っていた。
「これはトランシーバー使っちゃおうか」
幼稚な僕が新しいおもちゃに目を輝かせるようにトランシーバーを見つめていたから、みかちゃんはトランシーバーを受け取った瞬間、すぐさま僕に手渡してくれた。それを僕は得意げにズボンにひっかけて遊んでいて、やっと使う機会ができてとてもワクワクしていた。
「HQ HQ, This is SSI. Do you copy? Over」
「え、ちょっ……」
「あははっ、馨がふざけるから戸惑ってるじゃん」
「ふふっ、ごめんなさい。今の状況としては魔法陣を解き終わって、パスワードを頂きたいのですが、パスワードが難解な暗号文で聞き取れなくて、どうすれば良いのでしょうか?Over」
「そこに何か不思議な記号はありませんか?どうぞ」
「逆さまのはてなマークがあります。Over」
「おそらく暗号文と何かしらの関係があると思います。暗号文をメモしてみてください。どうぞ」
「ありがとうございます。Roger out」
言われた通りに暗号文のメモをして、みかちゃんにそれを渡すと「ああ、まさか逆さま」と一人でに納得していた。
「パスワードは、2141。どう?合ってる?」
このパスワードは教室に一つだけあるロッカーを開けるための百均にある赤いダイアル式南京錠のパスワードで、シークレットブックは中に五冊も入っていた。右から赤、青、黄、緑、紫。どの中にも謎が入っていて、もうタイムリミット的に全部を解いている暇はなかった。
「みかちゃんどうしよう、僕達死んじゃうね」
「それなのに何でそんな楽しそうなの?」
と僕の笑顔を指摘した彼の顔も笑顔だった。二人で一緒に死ねるのならそれが良いじゃん。僕が虱潰しに謎を解いていこうとする横でみかちゃんは教室内をうろちょろとしていた。
「みかちゃーん、助けてよ」
僕が謎に行き詰まっているとみかちゃんが何かを発見したように、僕に問いかけてきた。
「英語で一位だった子、赤丸さんだったよね??」
「はい、そうですけど……それがどうかしましたか?」
「魔法陣も¿マークもロッカーの鍵も、みんな"赤"なんだよね」
「あっ!じゃあ、この赤い本だけ解けば……」
「ううん、待って、あともう二つ見つけたの。まずはこの時間割表、おかしいと思わない?」
「んー、あっ!国数英理社しかない!!」
「うん、俺が教えている教科がないね。ということは?」
「ということは、ここは中学校??」
「正解」
「でも、この資料に中学生なんかいないけど」
「出身中学校は?」
「えっとね、北中と西中がいるよ」
「西中の子だけ出して」
「あっ!!やっと違和感解けた〜♡」
何故、この教室が二年C組なのかが。だって、この高校はクラス数字じゃん。
「それでいて西中の校色が紫だから、たぶんこの謎だね」
⇗ ①ま③り②⑤
君達
⇘ ④い②つか⑤
犯人は、①ね②③ ④⑤ だ。
「僕達は……恋人同士だよね?」
ってふざけて惚気けると
「うん。だけど、当てはまらないね」
と大人っぽく窘められた。
砂糖と塩、馨 蜜柑、砂糖 蜜柑……
脳内で好きな子に自分の苗字をくっつける小学生のようなことをしてしまって、なんだか照れてしまった。
「けいさつかん……あっ!おまわりさんじゃない?」
蜜柑のカンの音がちょうど当てはまって、警察官を導き出した後に、もう一つの言い方でお巡りさんを思い出した。
「おっ!本当だ。ふふっ、さすがだね!」
みかちゃんが褒めてくれた。嬉しい。答えを書き出して当てはめると
尾根沢 健
という名前が出てきた。彼は西中出身だがコンクールでも試験でも何も一位を取っていない。ということは、
「ああ、ワンってことか」
「犬?」
「違いますよぉ、とっくに首輪は外しましたぁ。尾根沢の尾根をローマ字で書くと?」
「ああ、ワンね」
「ふふっ、犬ですか?」
「あははっ、笑わせないで!」
と二人で笑いながら、答えを言うと「わあ、おめでとうございます!」ってお菓子を一人三つずつ貰った。
僕は種類の違うチョコレートを三つ取って、みかちゃんはクッキーとカルパス、チョコレートを取っていた。
「桃ちゃん、生還してきたよ!」
「本当ですか!?おめでとうございます!!」
「うん、すっごい楽しかった〜!」
「難易度もクオリティも高かったよね」
「そうそう!塩先生ね、めっちゃ頭良かった♡」
って生還できた喜びとみかちゃんの知的な部分が見られた嬉しさで桃ちゃんにハイテンションで僕は絡んでいた。
「まあ、教師なんだからそれなりには……」
ってみかちゃんは照れてて、すごい可愛いと思った。
「ふふっ、楽しんでくれたみたいで良かったです!」
「本当に楽しませてもらったよ、ありがとね!」
「ありがとう。桃原さんも文化祭楽しんでね!」
「わあ、先生まで!こちらこそ、ありがとうございます!!」
とお辞儀されて本当に礼儀正しく優しい良い子だと思った。その後もこの脱出ゲームの余韻に浸りながら話して、みかちゃんが頭良かったと散々惚気けた。