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第五話

土曜日。


学校は休みだが、僕は制服を着ている。

いつもと同じ電車だが、土曜日だからか空いていた。


まただ。

目の前のサラリーマンとまた目が合った。


ドア付近でお互いに向かい合って、座席の側面の板に寄りかかっている。


若いサラリーマンはスマホを操作しているようで、こちらを気にして見ている様だ。

こちらも視線が気になり、単語帳に集中できない。


サラリーマンはスマホをポケットにしまうと、僕に近づいてきて、こう聞いてきた。


「あの、君って昨日もこの電車乗ってなかった?」


「乗ってましたけど、何か用ですか?」


「昨日、見ちゃったんだよ。あの後、大丈夫だったか?」


嫌な事を思い出させてくれた。


「大丈夫なわけないじゃないですか。」


「そうだよな。ごめんごめん。」


「いいですよ。思い出させないでください。」


「やっぱり、君は反抗的で生意気だな。」


とサラリーマンの声が低く変わった。


「え?」


「躾がいがありそうだ。」


とタイミング良く、電車のドアが開き、僕の腕を強く掴んで、停車駅へ引きずり下ろす。


「やめてください。警察呼びますよ。」


「ん?どうやって?携帯、鞄の中でしょ?」


床に置いてあった僕の鞄はそのサラリーマンが肩にかけて持っている。


僕の手元には単語帳一つ。


「とにかく離せよ。」


と男の手を引き離そうとするが、力が強く離れない。

その上、余計に強く掴まれて、凄く痛い。


「騒ぐな。もっと痛くして欲しいのか?」


反撃しようにも、これじゃあできる気がしない。

ここは大人しくしているしかないか。


「良い子だね。」


とその男は少し掴んでいる手を緩めた。


トイレの個室に入ると、男はネクタイを解き、僕の手を後ろで縛り始めた。

縛っている途中、腕を掴む力が弱くなるので、後ろに立っている男に蹴りをいれ、痛がっている間に逃げる。

その作戦だった。


理想と現実は違い。

後ろで蹴りをいれようとしても、慣れていないせいか、力が強く入らなかった。


男は痛がるどころか、僕の顔を便器の蓋の上に押し付け、肩甲骨の上に右膝を置き、体重をかけてきた。


「残念だな。良い子にしてれば、痛くはしなかったのに。」


「この五月蝿い脚は静かにさせないとね。」


というと男は僕の頭に手を置き、右膝を肩甲骨から退かすと、右足でふくらはぎを踏み潰す勢いで、何回も強く踏んできた。

アキレス腱が切れて、骨が折れそう。


僕は声にならない声で泣き叫んだ。


「あぁ、最高。興奮する。」


という声が聞こえてきた。

激しい痛さで麻痺してしまった両足は動きそうにない。


もういい、何もかも捨てればいい。


髪の毛を引っ張られ、男と目が合う。


「何、笑ってんだよ。」


男は不機嫌そうに僕の脇腹を強く蹴った。

床に横になって倒れ込む。


「あははははっ、死ねるって思ったら、つい嬉しくなっちゃって。」


「いかれてんな。気持ち悪っ。」


と今度は太ももにグリグリと足の裏を擦り付けて、体重をかけて踏んできた。


「あははっ、痛い痛い痛い痛い。」


そして、髪の毛を引っ張っられて、上体が起き上がり、男と目が合うと、


「お前、五月蝿いんだよ。静かにしろ。」


と小声で言われ、口元を手で覆われた。

その後、コツンコツンという足音が聞こえてくる。


ドンドンドンと強くドアが叩かれる音。


「大丈夫ですかー?」


という男性の声。


「すいません、大丈夫です。」


とその男が言っている間、僕は肘を壁に強く打ち付けて、音を出した。


その音を不審に思ったのか、男性がもう一度、質問してきた。


「本当に大丈夫ですか?」


男は僕を押さえつけるのに必死で、その答えをしなかった。

そして、僕を壁に押さえつける際、頭が壁に当たり、またドンッと大きな音がなった。


「ちょっと警察呼びますね。」


とドアの向こうから男性が言うと、男は鞄を持って、ドアを開け、男性を突き飛ばすと、足早と逃げていった。


「痛たぁ。何なんだよ、あいつ。」


という声が聞こえ、ドアが開くと美しい男性と目が合った。

男性は僕を見て、少し目を丸くした。


「酷くやられたみたいだね。立てる?」


手を差し伸べられたが、後ろで縛られてて、手が動かせない。

男性は「おっと。これはうっかりした。」と僕の手に縛られたネクタイを解いてくれた。


「ありがとうございます。」


というと少し微笑まれた。


立ち上がろうとすると、両足に電気が流れたみたいに激しい痛みが通る。


「しょうがないなぁ。」


とその男性が僕の手を握ると、一瞬で周りの風景が変わった。


僕はいつの間にか、知らないベッドで寝ていた。

何が起こったのか、全く分からなかった。

あの男性も居ない。


ドアが開くと、僕の好きな人が来てくれた。


「…みかちゃん、会いたかったです。」


涙が溢れて流れ出る。


「俺も会いたかった。」


と優しく僕を抱きしめてくれた。


きっとこれは全部、夢だ。

夢から覚めれば、この痛さも無くなる。

みかちゃんの優しさも。


「馨、起きろ。」


「んー?」


目の前には問題集とノート、横にはみかちゃん。


「ほら、寝てないで続きやらないと。」


「あれ、どうして?」


「ん?」


「何処も痛くない。」


「何?怪我したの?」


「みかちゃんは何でここに?」


「何でって、俺の家じゃん。」


「じゃあ、どうして僕はここにいるんですか?」


「え、一緒に期末テスト対策しよって言っただろ?」


「確かに。」


「寝惚けてんの?」


「みかちゃん、僕、悪夢を見ました。」


「そうなんだ。ほら、やるぞ。」


「冷たいですね。凄い怖かったんですよ。」


「へー。」


と僕の悪夢の話には興味が無い様子で本を読み始めた。

僕も勉強途中だったらしいので、続きをやり始めた。


一時間経つと、集中力も底をついた。


「みかちゃん、休憩してもいいですか?」


「いいよ。」


「じゃあ、遠慮なく。」


と隣りに座っているみかちゃんを後ろから抱きしめた。


「馨。」


「何ですか?」


「今日は、そういうのは無しだ。デートじゃないんだからな。あくまで、先生と生徒だ。」


「学校でもやらせてくれるじゃないですか。」


「とにかく、今日は先生だから。馨は私を先生として扱うように。」


「はいはい、分かりましたよ。塩先生。」


と頬にキスをして離れる。


「…はぁ。馨は他の先生にもそんな事をするのか?」


「しませんよ。塩先生だけです。」


「だから、私を先生として扱えって。そう言う奴だと見なすぞ?」


「あぁ、今日は一段と厳しいですね。」


「馨には良い点数を取って欲しいからね。」


昼ご飯を作っているみかちゃんを見ながら、勉強をする。

包丁さばきが何だか危なっかしい。

勉強に集中できない。


「痛っ。」


という声が聞こえてきくやいなや、立ち上がって駆け寄った。


「あーあ、やっちゃいましたね。」


左手の薬指の先から血が出ている。


「大丈夫だから、勉強してろよ。」


「ちょっとした休憩です。」


「調子の良い奴。」


救急箱から絆創膏を取り出して、左手の薬指に貼る。


「どうです?絆創膏貼るの上手いでしょ?」


「んー、上手い上手い。」


「まあ、本当は指輪をはめたいところですけどね。」


と照れながら言ってみると、


「あーもう、君って奴は、救いようのない馬鹿で困るな。」


と笑われてしまった。


「先生は僕みたいな馬鹿は嫌い?」


「嫌いだよ。」


昨日からそうだ。

みかちゃんには何だか棘がある。


僕の事が嫌いになったのか、そもそも好きじゃないとか。


昼ご飯には野菜炒めが出てきた。

みかちゃんはいつも料理しないからか、野菜の大きさが全部違う。


「先生、恋人っぽい会話していいですか?」


「今だけな。」


「みかちゃんは僕の何処が好きですか?」


「大型犬みたいなところ。」


「僕、犬じゃないですよ。」


「もしかして、俺に嫌われてるって思ってる?」


「だって、昨日もさっきも嫌いって。」


「馨の事は好きだよ。馨を疑う自分が嫌いなだけ。」


「…僕はみかちゃんの事が本当に好きですよ。」


「ごめんね。今は何を言われても、考えを払拭できない。」


「そうですか。じゃあ、信じられるようになるまで待ちますよ。」


「俺の事が嫌になったら、別れていいから。」


「そんな事しませんよ。」

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