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第二話

それは数ヶ月前のお話。


左隣りのデスクから長い溜息が聞こえた。


「どうしたんですか、(あおい)先生。」


「塩 蜜柑。俺の不幸がそんなに面白いのか?」


笑顔で話しかけた事が、(しゃく)に障ったみたいだ。

眉を(しか)めて、睨みつけてくる。


「いえ、心配してるんですよ。」


「馬鹿にしてるようにしか思えない。」


とは言うものの、最終的には話してくれた。


砂糖 馨の事を。


砂糖 馨は一年生の頃、真面目で大人しい生徒だった。

成績も良く、クラスに良く馴染めていたと言う。


けれども、二年生になってから、遅刻や欠席が多くなった。

成績も右肩下がりで落ちている。

親も心配していたが、今はもう諦めているようだ。


彼を叱っても、全く変わる気配はないし、

理由を聞いても、教えてはくれない。


それを貝原 碧は担任として気にしていたのだ。


「碧先生、また強く叱りすぎてるんじゃないですか?」


「いや、そんな事はないと思う。そもそも、お前は叱らなすぎだ。生徒から舐められてるぞ。」


「それで良いんですよ。塩は舐めるとしょっぱいですから。」


「笑えない冗談はやめろ。お前は甘すぎる。もっと生徒の事を考えみたらどうだ。」


私も私なりに生徒の事を考えているつもりだ。



私が砂糖 馨と初めて出会ったのは、遅刻してきた彼と階段ですれ違った時だ。


二時間目の授業終わりに、鞄を持って階段を上る姿はとても不自然だったので、すぐに彼だと分かった。


二年三組の教室に入るのを見て、確信を得た。


長い前髪で顔は良く見えなかったが。



そして、私が彼に興味を持ったのは、仲の良い美術の先生、粥川 麗(かゆかわ れい)のおかげだ。


美術室の机に置いてあった一枚の絵を(おもむ)ろに手に取り


「これ、誰が描いたの?」


と興味本位で聞いてみると「砂糖 馨」とあの名前が返ってきた。

補足して、趣味で絵をよく描いているらしいとも。


それを聞いて、私は何だか安心した。


色彩豊かな脳味噌が溶けている。

とても可愛らしい絵だった。



その日、家に帰ってから、彼が趣味で絵を描いているというのを思い出した。


もしかしたら、インターネットに載せているかもしれない。


ツイッターを開いて、ユーザーを検索してみる。


「砂糖 馨」


見つからない。流石に本名ではやらないか。


その他に「砂糖」と入れて、イラストを検索してみると、一つだけそれっぽいものを見つけた。


「砂糖味。」


という名前。


ユーザー名は


「sugartaste」


砂糖に匂いはないから、食べたのか。


作品にもsugartasteと描かれている。


色鮮やかに描かれたその絵は美術室で見た絵ととても似ている。


プロフィールには


高校生。暇な時に絵を描いてます。


と無愛想に書かれているだけだった。



「今日は朝から学校にいる。多分、雪降る。」


「学校の屋上、青春かな。」


「何もしない日って何かつらい。」


何気ない日常生活の呟きをしている。


そして、今日は


「美しく死にたい。」


と書き込んだ。


「死ねなかったなぁ。」


なんて過去の呟きを見て、そう改めて思った。


「塩に恋をした砂糖味。」


と書き込みを追加してみた。



放課後、叱咤する先生の声に耳を塞ぐ。


「聞いているのか?」


と聞かれたら、


「はい。」


と答える。


もう僕も先生も疲れてる。


諦めた方が楽ですよ。


突然、スマホが鳴った。


電話がかかってきたのだ。


先生の顔色を伺う。


首を使って、「出ていい。」と許可された。


「すいません。」


と言ってから、その場から立ち去る。


急いで電話に出ると、


「なんで来ないんだ?メールしたよな?」


と恋人からも怒られた。


「すいません。担任の先生に捕まってて…。」


「今どこだ?」


「五階の空き教室です。」


「了解。」


と言うとすぐに電話を切られた。


「すいません。」


とまた教室に入っていく。


「誰からだ?」


「えーと、ちょっと()()と会う約束してて。その友達から…。」


ここで間違っても、恋人なんて言ったら、殺されるだろう。


「お前、飴と柿崎の他に友達いたのか?」


と驚きで目を見開いている。


「最近、新しい友達ができたんですよ。」


そのとき、バンッと大きな音を立ててドアが開いた。


「碧先生、校長が呼んでますよ。」


と息切れしながら、僕の恋人が来てくれた。


ドアの縁に寄りかかって、相当疲れているようだ。


「塩 蜜柑。なんでそんなに息切れしてるんだ?」


「碧先生、何処にもいないんで、凄く探したんですから。本当に。」


「急用か?」


「そうですよ。早く行ってください。」


「分かった。すまなかったな。」


先生は僕に「また今度、話そう。」と断ってから、急いで教室を出て行った。


「さてと、これで二人っきりになれたね。」


「さっき、嘘ついたんですか?」


「うん、今度は私が碧先生に怒られちゃうよ。」


能天気に笑っている彼。


何だか申し訳ない。


僕達は教室を離れ、生物準備室に移動した。


生物準備室は元々、六畳くらいの広さなのだが、机や棚に本や紙、飼育ケースなどの物が散乱して置いてあるので、それよりも狭く見える。


彼はオフィスチェアに座り、僕と向き合って、こう言った。


「それにしても、遅れるなら連絡くらいしてくれても良いんじゃない?」


「それとも、しらばっくれて帰るつもりだった?」


授業中、冷静になってずっと考えていた。


その結果、彼と関わりたいという好奇心より、関わる恐怖の方が勝ってしまったのだ。


そもそも、僕は美しく死を飾り付ける方法を知らない。


彼に嘘をついた。


だから、逃げようとした。


「僕は貴方の期待に応えられるような人じゃないです。だから、ごめんなさい。」


一時の感情に身を任せてはいけない。


そんな教訓が脳裏をよぎる。


彼に背を向けて、ドアに手をかける。


「馨ってさぁ、俺の事好きなの?」


心臓がドキッとした。


振り返ってみると、頬杖をついてニヤついている。


「凄い魅力的だとは思いますよ。けど、僕には勿体無いって言うか…。」


「じゃあさ、恋人になって欲しいって告白は嘘だったの?」


「いや、あの時は、本当にそう思ってたんですけど…。」


「けど?」


今でも、恋人でいたい。


その気持ちは変わらない。


彼から目を逸らして、何も言えなくなってしまった。


「はっきり言えよ。嫌いなら嫌いって。」


彼の目が鋭く僕を睨んでくる。


蛇に睨まれた蛙のような気分だ。


「…好きです。けど、こ、怖いんです。」


と震える声で言うと、その場に座り込んで、頭を抱えた。


「ん?私の何が怖いの?」


と近くから声が聞こえた。


顔を上げると目の前に優しそうな顔が見えた。


「みかちゃんは怖くない。けど、好きになるのが怖い。失うのが怖い。」


自然に涙が流れてきた。


「私も死ぬのが怖い。」


と優しく頭を撫でられた。


「…好きです。」


「ふふっ、私を好きになると不幸になるよ?」


「それでも、好きなものは好きです。嫌いにはなれません。」


毒入りのチョコレートケーキみたい。


甘くて美味しそう。


食べちゃいたいな。


「そうだね。私も君の事が好き。」


と私は彼にキスをしてみた。


その後、はにかんで笑うと、彼は顔を真っ赤に染めて、また顔を下げて見せてくれなくなった。


可愛い。


お互いに不幸になる事は分かっている。


不幸になる事を、忘れるぐらい幸せになりたい。

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