~第6幕~
私と朔はそれからもデートを重ねた。私を彼の部屋へ何が何でも誘おうとすることもあれば、場所を選ばず強引に私へアクションをかける事が続いた。
「やめてってば!」
私はまた彼を突きとばした。彼はそのたびに酷く落ち込んでいた。そして私もつられて落ち込んでしまった。
正しく導く? 欲望に抗えないこんなコを?
私は可愛いと感じてやまない彼がだんだん怖くなってきた。それでも私の事を求めて寄り縋る彼がどこか愛おしくて胸がだんだんと苦しくなっていた。
そして12月になる。世間はクリスマスに年末年始と騒がしくなる。ここ仙台では「光のページェント」が街を彩る。私と朔は2人で楽しもうと、そしてその時に私も頑張って彼の願望を受け入れると約束していた。
そんな約束を交わして1週間、急に彼と音信不通になった。心配になった私は彼の周囲に探りを入れたが学校にも来ていないらしいと知る。彼のお家に寄ってチャイムを押しても反応がない。嫌な予感が脳内を駆け巡っていた。
そして私の携帯電話に未登録のアドレスから1通のメールがとどく。
『お久しぶりです。新滝です』
綾世!? と驚くままにベッドから起き上がった私はメールの内容を確認した。イオン仙台店のフードコートで私と会いたいというものだ。詳細はそれだけだ。いかにも怪しい案件だ。それでも私はそれが綾世以外の者が送った物に感じられなかった。即座に返信した。
その日曜日、私はハンバーガーショップで久しぶりに綾世と対面した。
そしてそこに何故か朔もいた。私は正直凄く混乱していたが、冷静になろうと並んで座る2人と視線を合わせる。
綾世は何も変わってはいない。学校に来なくなったものだから髪を派手な色に染めているかと思っていたが、そんな事はない。顔色も悪くなくて、むしろ健康的だ。今学校に来ても何の違和感もないだろう。
朔は年齢不相応に無精髭を生やしている。何かあったのはこっちの方だろう。そう思えるのだが、まずは現実に何が起きているのか知る事こそ先決に感じる。
「……驚いたよ。まさかこんな形で天文部が集結するなんてねぇ」
「そうね、私もまさかこんな事になるなんて思ってもみなかった」
「何か頼もうか? 今日は私が持ってもいいよ?」
綾世が首を横に振り、3人それぞれがドリンクを1つずつ頼む。それを買いに行ったのは朔だ。まるで部活のパシリだが、彼がそんな動きをとったのはこれが初めてだ。この光景をみてすぐにわかった。朔は綾世に何か弱みを握られている。しかしまだ何も見えない。そうこう考えているうちに綾世の口が開いた。
「実はね、今日アナタに打ち明けようと思うのよ」
「打ち明ける? 何それ、私に対しての仕返し?」
「そうね、皮肉だけど結果的にそうなっちゃうね」
綾世はニンマリしてみせた。私は何かその時に寒気を感じた。そして……
「天文部だけど廃部にはしないつもりだったのよ。あんな立派な望遠鏡を貰えたものね。でも私が学校に戻らない以上は誰も存続させる生徒なんていやしない。アナタが私の代わりとなって存続させようとするなら、黙らなかったけど……」
私はただ静かに聞いた。悲しくはあったが、これぐらいなら気になるほどの事ではない。しかしこの話はここからが本題だった。
「高丸先生から私が学校を辞めようとしているって聞いたでしょ? どんな事を答えたのだろうね。考えれば考えるほどアナタが憎くてたまらないけどさ、相談していた私もこの頃は相談を受けるようになったのよ?」
そこで朔がドリンクを持ってきた。彼は私達をチラチラと見ながら、ゆっくりと座る。私はそれを呆れながら見とどけて答えた。
「そうなの、じゃあその人の力になれたのなら何よりじゃない」
「ふふふ、やっぱり森久保さんって可哀想なぐらいウブなのね」
「は?」
私は悪態をついてドリンクを飲んでみせた。しかし彼女の表情は揺るがない。
「私さ、朔君とはあれからもメル友ではあったの。望遠鏡の使い方を相談したくもあったし。だけど最近になって私は彼から相談を受けるようになったの。ねぇ、それって何だと思う?」
ここで私の寒気は一気に増した。そしてそれは最高潮に達した。
「アナタさ、甘えてくる朔君の事をずっと拒絶していたのでしょ? 獣を飼っているかのように躾なんか施してさ。彼が何も悩んでなかったようにみえたの? おまけに名前とは言え、呼び捨てなんかするようになって」
「何よ……何が言いたいのよ!」
「私、アナタと違って処女じゃないのよ。彼の欲求を満たしてあげることなんて余裕でしてあげられた。アナタは自分のわがままを押しつけてばかりで彼を我慢させてばかりだったのでしょ? そして彼の気持ちはもう変わったのよ。ねぇ、話してあげたら? 今じゃ私たちが相思相愛で恋人になったのだって!」
朔は目を閉じて俯いたまま体を震わせていた。
「ごめん……でも綾世さんのことを好きになって……」
私は怒りを通り越して言葉を失った。
「学校を辞めなきゃいけないのは私の話、だけど私が辞めるなら彼も辞めるって言いだしちゃっているの。本当に困った話でしょ? でも悪いのはアナタよ?」
綾世は私を指さす。
私が悪い? 綾世が悪い? 朔が愚か者?
私は心のままにドリンクの蓋を取って。彼の顔面にコカ・コーラをぶちまけてやった。
「最低! アンタらなんか死ね! 死んでしまえ!」
私は涙を零して駆け足で去ってやった。綾世と朔がどんな顔をしていたのかは見えもしなかった。
この翌日、真部朔は自室で自殺した。
後々になって分かったことだが、この2学期開始の全校朝礼で倒れたのは実は彼だったらしい。そしてそんな彼に一目惚れを受けたのが私だったと知った時、私は止まない懺悔にひたすら濡れるばかりだった――