最後の、さよならを。1
壊すのも魔属なら、作るのも魔属なのだと、俺は初めて知った。
当たり前に使っていた精霊を用いる技術も、元はと言えば魔属の作り出した技術らしい。
言うなれば、人間はその恩恵にあやかっていただけなのだ。
目の前に出来上がっていく巨大な都市を見上げながら、俺は感嘆の吐息を漏らした。
「どうした、弥栄?」
「……いや、魔属という存在の万能性について思い知ってた」
「今更であろうに」
俺の半ば呆然とした呟きを笑い飛ばし、彼は椅子に腰掛ける。
それは先ほど、彼自身が指一つ鳴らして作り上げたものだ。
どうも無から作り出して居るわけではなく、空気中に漂っている塵や細かな粒子を集めて固めたモノらしいが……それを一瞬で可能にするだけの技術が恐ろしい。
……だからなのだろうか。
だから、人間は魔属と言うものを本能的に畏れたのだろうか。
本当に、できないことが無いのだ。
魔属の国が出来る、と決まってから、俺の衣食住はほぼ魔属頼りだった。食事の準備や何やまで好んでしたがる魔属が居るのである。個人の自由なので別に構わないだろうが……
俺が魔属の国の代価だと魔属中が知って居る為、其処に居るのは当然と見逃されている。
下手に手出しをすれば即、ヴァーグが攻撃態勢に入るのだから、初日のハラハラは大分軽減されていた。
余り考えたくはなかったが、初日から見なくなった魔属はもしかしたら、粛清にでも……いや、考えたくないことなのだから、これ以上は考えないでおこう。胃に来る。
国が出来ると決まって、まだ3日。
その1日目で山岳地帯―――声の言ったとおり、確かにマルダラ近辺の山岳地帯だった―――が平地になり、2日目に集まった魔属たちが方々で街の外郭を作り、今日にはもうほぼ国と、最低でも街と呼べるだけの形を整えていた。
速いとか、速くないとかそんな話ではない。
万能すぎる。
他者から見れば力の優劣はある? 確かにそんな事をヴァーグが言っても居たが、そんな事は判らない。
此処3日、完全に魔属は魔属で一つの意思を持って居るような、それ位の団結力を見せられている。
今まで群れで行動していなかったのは、本当に誰にも言われなかったからで、纏める誰かが居れば―――勿論それに相応しければ―――おとなしく従うのだろう。
この場合、群れを率いて居るのはそれぞれが従っても良いと思って居る色付き魔属。
色付き魔属はヴァーグの呼びかけに面白そうだと話に乗り、こんな短時間で国を作り上げた。
従わない魔属は、それこそ弱者淘汰、力の強いものに倒されてしまったのかもしれない。
純粋に国を望んでいた魔属も居るのかもしれないし……其処までは判らなかったけれど。
「不満か」
ぼんやりと考えを巡らせていた俺に、ヴァーグが声をかけてくる。
もしかしたら、ぼんやりしているうちに彼を見ていたのかもしれない。
「いや……お前は何をしてるんだろうと思っただけだ」
「我か? 我は見ている」
「……」
それは判っている。
そうではなく、今現在何もしていないのは、視界に入る限りでは彼だけなのだ。
普通……こういうときには何かするものだし、大体纏めだしたのは彼なのだから何かするだろう。
しかし、見ていて判るとおり、ヴァーグはのんびりと椅子に座って居るだけで何かをする気配も無い。
「……お前も何か、手伝って来いよ」
「我が? 何故?」
あー言われるとは思ってたけど実際言われると腹が立つなぁ……!!
特に今行われていることに興味が無いのだろう。
興味が無いことには魔属は一切タッチしない。判っている。だからヴァーグは見て居るだけなのだ。
しかし……何と言うか……酷く申し訳なくはないだろうか。
と、目の前が白く歪んだ―――いや、銀か?
「随分と悠長だな、朱の」
「……喧しいわ、銀」
現れたのは、銀髪を緩く結わえた美しい男だ。黒い瞳であるのに、何故か違和感のない、不思議な調和を持っている。
銀、と言えば……マルダラの王とかち合った時にヴァーグが呼んだ魔属じゃないか?
「マルダラがこちらに兵を向けている事位、判って居るだろう?」
「人如きに魔属たるモノが欠けるとでも、エクリュ?」
「いや、欠片も。お前がそちらに気を向けている様だったから、声をかけたまでだ、ヴァーガンディー」
「気を向けてはおらぬ。気付いただけだ」
エクリュ、と呼ばれた魔属は、楽しそうに笑う。
「変わらんな。無駄に意地を張る」
「そう見えるならばそろそろ年ではないか。銀の名を捨て隠居でもして居れ」
「ふむ……出来ないことではないが。お前の恋愛の行く先が気になる」
「貴様が気に掛けることは何も無いわ。失せよ」
「連れないことだ」
中々に挑発的なことを言ってもヴァーグが戦闘態勢に入らない所を見ると……どうやら腐れ縁の魔属と言うのは本当らしい。
いや、ヴァーグがそれを面倒だ、と思う程度には、彼の力を認めている、と言うべきか。
「マルダラの兵は適当にあしらって置けば良かろう。一度叩かれれば流石に覚える」
「どうだろう、あの王の事だ……何を考えて居るのか良く判らん」
「……端から負け戦に兵を出す意味は確かに判らぬが、薙ぎ伏せて更地にでも放って仕舞えば終わりだ」
「……お前は昔から雑だな」
「喧しい。それこそ関係有るまい。銀」
王のことを知って居るらしい二人の話によく付いていけず、俺はうろうろと視線を彷徨わせた。
政治? 的なことを話し合っては居るらしいが、その結末が結局「来た兵は潰す」であることは変わりないようだ。
確かに―――判らなくもないが。
「弥栄」
いきなり名前を呼ばれ、俺は驚いてエクリュの方に向き直った……が、その瞬間にヴァーグが嫌そうな顔をしたのも見えた。
……何故。
「王の目的はお前の可能性もある。充分に覚悟しておけ」
「……俺?」
告げられた意外な目的に、俺は一つ瞬きする。
苦虫を噛み潰したようなヴァーグの表情を見ると、どうやらそれも的外れではないらしい。
いや、寧ろ正鵠を得ている、というべきか?
そして、それを俺に知られたくはなかった、らしい。
「ウルパで厄介ごとに首を突っ込んだだろう」
「……否定は出来ない」
「否定したら我が否定するわ」
「……そうか」
ヴァーグ……
「その厄介ごとに関わってくるかもしれない、という事は判って居る。勿論そればかりが目的ではないだろうが、一応気に留めておけ」
「判った」
「……とっとと失せよ、銀」
ひらひら、と手を振って、ヴァーグはエクリュを追い払う動作をした。
知られたくなかったということと同じくらい、俺にエクリュと話をさせたくなかったようだ。
魔属の考えて居ることなんて今も昔も判らない。
しかし、少し位教えてくれてもいいんじゃないか?
よほど不満そうな顔をしていたのだろう、ヴァーグがゆるりとこちらを見る。
少しだけ、ぎくりとした。その視線が、完全に俺を責めるものだったからだ。
「我は厄介ごとには首を突っ込むなと言うたぞ」
「……聞いたさ」
聞いたけれど、ウルパでのあれは、向こうからぶつかってきただけで。
あれを受け流すには、一体どうすれば良かったと言うのだろう?
「あの時には、出兵だのなんだの……大きなことになるとは思ってなかったし……」
「我も思わぬ。結果的には厄介になるだけの話。何処まで騒動が広がるかは……我にも判らぬ。ただ、このまま終わりはせぬだろうな」
「……そんなにか」
「そんなに、だ。人間の考えることは我らには判らぬ。勝てぬと判っていながらわざわざ手を出してくる気分も判らねば、人一人を捜す為に数千を犠牲にする気分も判らぬ」
「……待て、そんなに殺す気か!」
「結果的にはそうなろうな。何処まで犠牲が広がるかは、それこそ向こう次第だ。我らはいつでも火の粉を振り払うだけ……火を着けて回るのはいつでも人間故に」
言外に、今まで起こってきた全ての災害の根本は人間にあるのだと告げてくるヴァーグ。
何処まで本当か判らないが……けれどそれは確かに本当の側面を併せ持って居るのかもしれなかった。
魔属の本質が子供なのだとしたら、少し機嫌を損ねれば、八つ当たりで暴れることは予想できた。そして、力だけは持て余すほど有している彼らの八つ当たりは、簡単に街でも国でも消し飛ばす。
傍で見てきた分には、魔属に―――少なくともヴァーガンディーに危険性は見えなかった。
生命の敵と教えられたけれど、彼は全くそんな素振りすら見せないのだ。
魔属の危険を見たのは二度だけ、ヴァーグの初対面と、村の死体で遊んでいた……あのヴァーグに消された魔属だけ。
滅亡のきっかけは……どんな小さなことでもいい―――本当は、きっかけは人間が作っているんじゃないか?
それを思わなかったといえば、嘘になるけれど。
けれど。
けれどそれでも。
「……殺すな」
「無茶を言うな、弥栄?」
楽しそうに、ヴァーグが嗤う。
紅い瞳を緩く細め、久し振りに、俺に”魔属”を見せる。
「火の粉を着けるのは向こう。払うのは此方。当然の図式を何故崩す必要がある?」
「解決策は、ある筈だ」
「無い」
はっきりと、言い切った。
「そんなこと」
否定したい―――否定したいのに。




