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月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
決意、信頼。
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決意、信頼。3

 自分自身でも、どうしてこんなに焦っているのか判らない。

 けれど、一刻も早く、早くと気分だけが先走るのだ。

 この先の町に何が待つにせよ、大きな分岐点になる予感、とでも言えばいいのか。

 ―――そしてそれがあれば、ヴァーグとの微妙な、利用し合う様な観察し合う様な、こんな関係も変わりそうな。

「お前は別に、何も厄介ごとの気配なんて感じてないんだろう?」

「―――特に、感じては居らぬな。感じておればとっくに引き返すなり行き先を変えるなりする」

「……じゃあ、本当にただの杞憂、何だとは思うけど」

「弥栄」

 いつの間にかすぐ目の前まで来ていたヴァーグが、さら、と俺の髪の一房を梳く。

 冷たい手の感触が心地いい、といったら、彼はどんな顔をするだろう?

「先ずは気を鎮めよ。己の直感を疑い出せば、何一つ信じられぬ」

「……うん」

「お前は異界流れだ。故に我とは違う気配を感じて居るのやも知れぬだろう」

「そう、なのかな」

「気を鎮め、兎も角己の直感を信じよ。焦るのは何時でも出来る故」

「……判った」

 魔属に気の持ち様を習うとはおかしな話だが、不思議と波立つ感覚は収まってきた。

 伏せていた瞳を、傍らのヴァーグへ向ける。

「有難う」

「―――別に礼を言われる様な真似をした覚えは無い」

「いいんだよ、俺が言いたいんだから」

 小さく笑う。

 ああ、不思議だ。

 警戒も何もなくなってしまいそうな、そんな不思議な静けさが、ヴァーグにはある。

 いつかの村で会った、嫌悪感しか覚えていない魔属とは、明らかに一線を画しているとでも言うのか。

 ヴァーグの目的は今でも判らない。

 助けてくれたり守ってくれたり、敵対していないからかもしれないが、その目的の不明瞭さも慣れてしまった。

 今はただ、髪に触れる彼の指が心地良い。

 暫く何を言うでもなく髪を撫でていたヴァーグが、気を取り直す様に言う。

「今日はもう寝よ」

「……?」

 いきなりの言葉に俺は首を傾げた。

 確かに暮れてきているとはいえ、まだ夜中には遠い。いつもであればまだ起きている時間だ。

「先を急ぐのであろう。ならば少しでも早く休んで、早く進む事だ」

「ああ、判った」

 結局俺の意思を尊重してくれる訳だ。

 急ぐな、落ち着けと言ったくせに、急ぐ事をやめたりはしない。

 なんだか無性に面白くなって、くつくつと笑いを零す。

「……何ぞ」

「いや、別にね」

「薄気味の悪い。我は常識の範囲内を口にしただけだというに」

「うんうん、確かにそれはそうだ」

 でも魔属が常識とか言うと、これまでの街で聞いてきた噂話と相まって酷く胡散臭いんだよ。

 ますます笑いの止まらなくなった俺に、ヴァーグは憮然とした表情を返したのだった。






 そんなやり取りがあって4日目、洵の馬上でヴァーグが首を傾げる。

 訝しむ、というべきか。

「……どうした?」

「……杞憂であれば良いが……街が無い」

「……はい?」

 凄く、自分でも自覚できる位、間抜けな声が出た。

 街が無い、とは何事だろう?

 まさか街の様な巨大なものが消えている、とでも言うのかと、俺は思わず背後を仰ぐ。

 冗談だろう、と言いたげな俺の目線に気付いたのか、ヴァーグが軽く肩を竦めた。

「であるから、杞憂であれば良い、と言うたに」

「じゃ逆に、杞憂じゃない、っていう可能性もあるんだろ?」

「……無い、とは言い切れぬな」

「おいおい……」

 第一、この方角に何も厄介ごとがないのは、ヴァーグの勘に寄って証明されている筈だ。

 勿論その事を全面的に信用する訳ではないが、かなりの確立であてになるだろう事は認めている。

「本当なら、もうこの辺りには町がある筈なのか?」

「この辺り、というか―――距離的には既に着いていても可笑しくは無い。最悪でも、街が見えておらねばならぬ」

「……でも、まだ全然森の中、って感じだぜ?」

「何か妙だな……一度調べる。今日は此処で野宿するが、構わぬだろう」

「ああ、頼んだ」

 そんな不可思議現象が起こったのなら、俺に出番は無い。

 ヴァーグに任せるのが賢いやり方だと思う。

 というか、ヴァーグが何かを決めたのなら、それに反発するだけ時間の無駄。最終的に彼の言い分を認める結論に落ち着くのだから、下手な抵抗などしない方が身の為だろう。

 もし何らかの異常が見つかったなら、その時対処法を考えればいいだけのこと、と俺は自分を納得させた。

 見よう見まねで何とか洵の手綱を木に括りつけ、野宿の準備を始める。

 それを見守った後、ヴァーグは夕方に向かいだした斜光の中、ゆるり、と闇に溶けた。









 ――――――ざらり。








 一瞬、何が起こったのか判らなかった。

 目の前が暗くなる様な感覚。

 今まで鳴いていた鳥の声も消えて、しん、と冷たいまでの静けさが迫った。

 この、感覚には覚えがある。

 虹彩に流れる前、あの日の様な、静けさ。

 生命の気配の死滅した、絶対零度。

 辺り一面の木々さえも無機質に変化してしまったかの様な錯覚を与える。

「……っ、ヴァーグっ……!!」

 情けないが、こんな瞬間に頼れる相手といえば彼しか思いつかなかった。

 小さく名前を呼ぶ声も辺りの空気に溶け、残る気配がまるで無い。

 ―――これ以上、訳の判らない異世界に飛ばされるのは嫌だ!!

 下手に動けばあの穴が出現しそうで、迂闊にも動けなくなる。

 名前を呼べば流石に戻るだろうと思った頼みのヴァーグも、一向に戻る気配はなかった。

 近くに止めていた洵はいつの間にか居ない。

 本当に、生きているのは俺だけ、のような、静寂。





『子供』





 声が、した。

 唐突に。

 けれど、確かに。

 居丈高で此方を見下す声だ。

 ヴァーグも偶にそんな調子で話すが、声の主が魔属だ、という感覚は無い。

『何故何時までも魔属を連れている、莫迦が』

 かちん、ときた。

 名乗りもせず一方的に言われるのは流石に我慢ならならない。

「姿も見せない様な奴に説明する事なんて何も無い。後、人を莫迦呼ばわりする奴にもな」

 暫く沈黙が落ちる。

『……中々肝が据わってんじゃねぇか』

「……はぁ?」

 先程までの居丈高振りは何処へやら、フランクな話し方になる声。

 それでも姿を現すことはない。

『まぁ姿を見せないのは許してくれや。見せようにも形が無いもんでね』

「……はぁ……そうか……?」

『兎も角何で何時までも物騒な魔属連れ歩いてるんだよ、お前』

 困惑した此方など気にも留めず、声は先へと話を持っていった。

 その声に、余りにも遠慮も何もないからか、素直に答えるのがいい気がする。

「連れ歩いてるって言うか、つけまわされてるんだけど」

『魔属も其処まで遠慮無しじゃねぇさ。お前が同行を許してるから、遠慮なく付いて回ってんだ』

「……はぁ……」

『とっとと追っ払っちまえ、じゃないと何時まで経っても虹彩を変えられないぜ』

「……お前、何者だ?」

 何もかもを見抜いているといった風情の言葉に、思わず問いかける。

 姿も無い、いきなりの乱入者は俺に聞かれて大笑いした。

『そうか、気になるか! 俺の事が!』

 まるで、気になられた事など一度も無かった、といわんばかりの言い様だ。

「なるさ。ならない方が可笑しいだろ」

『ところが、大概は俺が誰かなんて興味が無いんだよ。あー、面白かった』

 ひとしきり笑い終えて、声は答えた。

 むぅ、と眉根を寄せる。

 辺りをもう一度見渡すが、姿が無いというのは本当らしく、相変わらず生き物気配は無い。

 そのくせ声だけが聞こえるのは、少々不気味だ。

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