表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
決意、信頼。
18/33

決意、信頼。2

 夜になって、少しだけ外が騒がしくなった。

 少しだけ、というのか、段々騒ぎが大きくなる、というのか。

「……?」

 その騒ぎが若干物騒な気配を孕んでいて、俺は外の様子を伺おうと窓へ向かった。

「関わり合いにはなるなよ」

「……善処する」

 とめようとしても無駄だ、と学んだらしいヴァーグは、そうとだけ言う。

 しかし、その言葉を聞く限り、完全に俺が首を突っ込みやすい類の厄介ごと、と予想はついた。

 勿論、善処だけして関わる。

「……あれ?」

 窓の外には、何も変わったことが無かった。

 たとえば夜盗とか、魔物の襲来とか、そういったことも何もなく、ただ普通の田舎町の風景が広がっているのである。

 ざわめきが見えないのか、と方々見渡すが、特に変わった様子も無い。

 それなのに、胸の奥には何とも言えない、澱のようなものがこびりついて離れない。

 ……なんだろう。

 すごく、嫌な感じだ。

 それから暫く耳を澄ませて辺りを警戒したが、何かが起こる気配も、怪しい物音もしない。

「……何だったん、だ?」

「特に気にする必要もあるまい。此処に居っては意味の無い事だ」

「……って、いうと?」

 要領を得ないヴァーグの言葉に首を傾げる。

「お前は我と共に長く居すぎたらしい」

「え?」

 何処か苛立ちを含んだ呟き。

 長く、というが、そんなに長く居たのだろうか―――ああ、そういえばこれでかれこれ7、8ヶ月一緒に居ることになる。

 それは長い、のだろうか?

 人間同士の付き合いなら、仲のいい友人、に加えてもいい位の時間だろうが、魔属に関してなら、彼らは俺達以上に長く長く生きるのだから、本の瞬き程度の時間だろうに。

「加えてお前が異界流れであるというのも、原因の一つであるやも知れぬな」

「……どういう意味だ?」

「今のそれは、魔属が感じる厄介ごとの気配。特に強いもの、ではあったが」

「……今のが」

「ただ、今の気配はこの辺りのものではない故、我も止めはせぬ」

「そうか。……お前はいつもあんなのを感じてるのか?」

「全く同じ感覚ではあるまいが、な。我の感覚が僅かばかりお前に移ったのだ、本来我が感じる気配とはまた違う」

 つまり、俺は今ヴァーグがいつも俺を止める理由を体感した、という訳か。

 俺は勿論魔属ではないから、気配を感じてもそれを細かく分析することはできない。

 ヴァーグは今の感覚から、場所や、その確率、具体的な内容まで感じ取れるのかもしれなかった。特に強い、とは、そういう意味だろう。

 確かにあんなにはっきりと判るのなら、俺を度々止めるのも頷ける。

「参考までに教えてくれ」

「何ぞ?」

「今のは何処で、どんなのが起きる気配なんだ?」

「……行かぬぞ」

「判ってるよ。参考にって言っただろ」

「……」

 重ねて問いかけた俺を不審な目で見るヴァーグ。

 遠くで起こる、というのなら、俺にはどうすることもできない。

 手の届く範囲ではないのだ。

 ただ、何なのか知りたいだけ。下世話な興味と言われてしまえば、それを否定できない類のもの。

「―――マルダラの方だ。おそらくは都市単位の暴動か、戦争の起きる前兆に違いあるまいな」

「……戦争」

「止めておけ、人の身には到底避けられぬ厄災故」

 ひらひらと手を振って俺の困惑やら何やらをいなす。

 ―――戦争。

 戦争が、起きるのか?

 どうして?

 マルダラは豊かな国だと聞いた。

 豊かな国でも、幾らでも戦争する理由はあるだろうが、それ以上に勘繰ってしまう事がある。

 その原因は、異界流れなのか?

 同じ世界からこの虹彩に流れた、誰かが原因で戦争が起きるのか?

 異界流れが戦争の原因になった歴史もある、と十重に聞いた。

 それが、起きたのか?

 ああ、そうだ。

 マルダラなら4ヶ月も前にヴァーグが危険だと言っている。

 彼はそんなに前から戦争の予兆を感じていたのだろうか?

 ぐるぐると頭の中を疑問が回る。

 はっきりと行かない、といわれた以上、マルダラに行くことはできない。

 それに、もし行った所で何もできないと言う事位判っている。

 異界流れとはいえ、ただの人間なのだ。

 人間が一人でできることなんて、本当に限られている。

「……ヴァーグ」

「我は行かぬと言うたぞ、弥栄」

「判ったってば。行かないよ。でも、もし判ったら答えてくれ」

「……何を」

「今から起きるかも知れない戦争が止まる原因って言ったら、何だ?」

「……面白い事を聞くな、弥栄」

「……」

 戦争は、止められない。

 国が動く、というのは一人が努力したら止まる、とかいうのではない筈だ。

 それなら、それが止まる様な事態とは何だろう。

 気になった。

「例えば、マルダラ王が崩御するとか、例えばでいい」

「マルダラの王が倒れても、他の者が起こす。止まる原因には成り得ぬ。成り得るなら……」

「なるなら?」

「それ以上の脅威の出現、であろうよ。人はいつでも脅威以上の脅威に平伏す」

「戦争を起こしていられない様な、脅威、か」

 ―――魔属、みたいな?

 口に仕掛けて、慌てて飲み干した。

 それを言った後の反応が怖い。

 頷かれるのが怖いのか、それともその程度で戦争は止まらないといわれるのが怖いのか、それはよく判らなかった。

 兎も角、本当に俺に出来る事は無いのだ。

 諦めて、戦争とは無縁の土地に隠れているしかない。

 それによくよく考えれば、ここで戦争を止める為に行動するって言うのは、虹彩を変える事になるんじゃないのか?

 約束を破る訳には行かないだろう。

 ……でも。

 必死に自分を納得させようとするが、うまくいかない。

 もしかしたら、納得させようと浮かべる理由が、言い訳だからかもしれなかった。






 まんじりともしないまま夜は明けて、俺はその村を後にした。

 本当に平和な農村だったのだ。

 別に何かの諍いがあって大変だとか、魔属に脅かされているとか、そんなのはない。

 とても静かに毎日が過ぎていく様な、そんな村だ。

 平穏な村に長く魔属連れで滞在するのも申し訳なく、俺は普段なら後2、3日居るのを切り上げたのである。

「……その鉱山に行くには、どっちへ向かえばいいんだ?」

 また逆の方向に戻らなくちゃいけないから遠回りになる、なんていわれた日には泣くに泣けない。

 洵―――あの後決めた馬の名前―――の背に揺られながら、俺は内心かなりビビりつつ背後のヴァーグに聞いた。

 まだ羞恥心は抜けないが、後ろに人が居るというのはそれなりに安定感がある。

「このまま道なりに東に向かう。飛ばせばそれなりに早くも着こうが……あまり得策ではなかろうな」

「東かぁ……」

 道案内は全てヴァーグ任せになるのが実は少し不安なのだが、その不安はあえて気にしないことにした。

 恐らく勝手に道を選んで進んでくれることだろう。

「その町もやっぱりさっきの村みたいに平和なのかな?」

「どうであろうな。我も全ての町を記憶している訳では無い故、どうとも言えぬ」

「そっか」

 野暮な事を聞いた、と反省。

 自分でも気付かないうちに、もしかしたらヴァーグに頼りきりなのかも知れない。

「……妙な」

「どうかしたか?」

 ぽつりと、零された言葉に背後を振り向く。

 僅かに考え込むような彼の表情に嫌な予感がよぎった。

 まさか次の町から不味い気配でも感じたのだろうか―――彼の言う厄介ごとの気配を実体験してしまった以上、下手に抵抗もできない。

「……いや、特に問題はあるまい。少々面倒な呼び掛けが合っただけのこと、お前には関わり無いだろう」

「呼びかけなら……行かなきゃいけないんじゃないか?」

「声をかけるのは向こうの勝手、行くも行かぬも我が決める事だ」

「……ふぅん」

 魔属は 複雑だ。

 逆か?

 何もかもの基準が自分の気分なのだ、物凄く単純明快な行動原理なのかもしれない。好き勝手個人で動いている、といえばそれまでなのかもしれないが。

「なぁ、次の町が鉱山って訳じゃないんだろ」

「当然だ。鉱山―――レガーラに行くまでには3つ程町を通る」

「じゃあ、レガーラに急いでくれとは言わないから、なるべく早く、次の町にいけないかな?」

「努力は出来ようが……何故だ」

「何となく……急いだ方がいい気がするんだ」

「……まぁ、頭に止めては置く」

 自分でも妙な話だとは思うが、頭の片隅で警鐘が鳴り響いている気がするのだ。

 それは昨晩感じた気配とは全く違う、茫洋な、けれど無視する事も出来ない、人間の嫌な予感。










 そんなやり取りがあって1週間。

 未だに町らしき影はなく、鬱蒼とした森の景色が続く。

「―――まだつかないのか?」

 少々イラつきながら、俺は馬を休ませているヴァーグに問いかけた。

 まだ慣れていない事もあり、早めに野宿の準備をしなければならないのだが、それが何故か無性にもどかしい。

「まだ後5日は掛かろうな。……何を急く?」

「……判らない、けど……凄く焦ってはいる」

 人間以上に人間に疎く、けれど同時に聡い魔属に隠し事をしても無駄だ。

 そう思い、俺は大人しく告げる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ