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月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
決意、信頼。
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決意、信頼。1

 ジュレインの国土に足を踏み入れてから、早半月が経とうとしていた。

 早、といっても同じ道を通りたがらない誰かさんのおかげで、そもそもウルパからこのジュレイン第一の町、バーラウに来るまでに4ヶ月掛かっている。

 道案内までしてくれているので余り大きく出られないが。

 魔属が道案内するなんて、かなりのサービスだと言われなくても判る。

「……あー……バーラウってなんか、閑散としてるな?」

「今まで通ってきた町がそれなりに大きい町だっただけの事、バーラウが特別小さい訳では無いわ」

「そう言うんじゃ無くさ、人通りが無いって言うか淋しい雰囲気」

「仕方も無かろう。何もない町だ、取り立てるべきもない」

「そうか……」

 つまり典型的田舎町だって事か。

 何もないとなれば、長居も無用だ―――いや、田舎をバカにする訳じゃないけど。

 この町に来るまでに追っ手も何もないのを見ると、どうやらマルダラの問題は俺を諦めた様だ。

 それはそうだろう。

 魔属と共に消えた人間を宛もなく探す事など出来はしない。

 勿論、他の理由―――門から出て行った痕跡を辿っているという可能性もあるが。

 だからと言って動かない訳にはいかない。

 俺にはまだまだ知らない事が多いのだ。

 交換したあの少年のフードは、勿論街を出て暫くしてから処分したが、それまでの痕跡を追う術くらい有るかも知れない。

 ヴァーグと共に行動していると色々な事が判る。

 当たり前だが、虹彩はやはり日本とは違う。

 電気が無いかわりの精霊の使役や、見たこともない動物。

 警戒しろ、とヴァーグは言った。

 俺の常識は通用しないのだ。

「どうした」

 黙り込んでいた俺にヴァーグが聞く。

「いや―――ジュレインに来たけど、そう言えば何を見に行こうかな、ってさ」

 一番最初の町で残念な程田舎町だったのだ。何も見るべき所が無かったら虚しいじゃないか。

 そう言うと、ヴァーグは少しだけ考え込んだ。

「鉱山、はあるぞ」

「鉱山って―――何の?」

「紅玉が採れる。ジュレイン以外では、ああも質の高い紅玉は採れまいな」

「へぇ……遠いのか?」

「……遠い」

 深刻そうな声に、本当に遠いらしい、と察する。

 紅玉っていうとルビーかな―――見たい、かも知れない。

「じゃあ、行ってみるかな……?」

「そうか」

 ―――おや?

「止めないのか?」

「止める故も無い。行きたくば行け、我はついて行くだけのこと」

「……そうか」

 逆を言えば、そちらの方角には厄介な気配が無い、と言うことだ。

 ある程度安心していられるのは嬉しい。

「あ……でも流石に鉱山の中には入れないよな……」

「入るのか?」

「……まぁ、今まで鉱山の中なんて見たこと無いしさ。ちょっと興味あっただけ」

「成る程―――」

 不思議そうな声で言葉を返し、ヴァーグは首を傾げた。

「入れぬ……でもない」

「えっ、マジで!?」

「鉱山に入るのは結界やらで危ういが、近場の鍾乳洞になら、まぁ、少々汚いやり方ではあるがな」

「……少しなら、いっか……その時は宜しく」

 鉱山ではなくとも、鍾乳洞の中を見られるなんて貴重な経験に比べたら、少々汚い方法でも構わないだろう。

 実は鉱物や地層の様な、地質学的な標本を見るのが趣味だったりするのだ。

 ―――しかし、それにしても汚いやり方を黙認するのは……かなり魔属に毒されているのではないか?

 気のせいだと、思いたい。

「鉱山のある町までは、どの位掛かる?」

「……具体的な日数は判らぬ。我はそもそも歩いて移動する事が無い故」

「それもそうだな……のんびり行こうか」

「そう言えば―――馬を買うのでは無かったか」

「……ああ……そう言えば」

 すっかり忘れていた。

 子馬を買うつもりだった最初の街では、ヴァーグのゴタゴタでうやむやになっていたのだ。

 野宿にすっかり慣れてしまった上、歩いて移動するのにも慣れ切ってしまっていた為、馬の事なんて忘却の彼方だった。そういえば……物凄い距離を、時間かけて徒歩で移動したものだ……

 そんなに苦ではなかったのは、一人でなかったのと、なんだかんだとヴァーグが歩く距離の調整をしてくれたからだろう。

 所持金にはまだ余裕があり、馬の1頭2頭なら問題無く購入できるだろう。

 ……問題はヴァーグに馬が必要か否か、子馬を買ってゆっくり育てている時間があるか否か、だ。

「……お前、馬要る?」

「厳密には要らぬ」

「だよな」

「子馬を買うのか?」

「のんびり育ててる暇は無いかと思うんだけど、馬なんか乗れもしないしさ」

 はぁ、と溜め息をつく。

 そもそもこんな田舎で、馬屋なんかあるのか?

 馬が基本的な移動手段だから、おそらく全くない、ということは無いだろうが。

「覚えるまでは相乗りにするか」

 くつくつと楽しげにヴァーグが言った。

 相乗りって……!

 男同士でそんな恥ずかしい事出来るか、と言いそうになったが、よく考えれば此処では男同士が普通だ。

 慣れない子供が大人に乗り方を習うのと同じ事だと思えば、その位は諦めるべきだろうなぁ……

「な、慣れるまでだぞ……!?」

「そんな日が来るものか、の」

「来るに決まってるっ」

 にやにやと笑う彼に半ば意地で言い返す。

 久し振りに楽しそうなヴァーグにげっそりしつつも、俺は馬屋を探して当たりを見回したのだった。







「うわっ! ちょっと近くないか!?」

「落ちても構わぬなら、我はそれで良いぞ?」

「落馬は御免だが、この距離はもっと御免だっ!!」

「無理を言うでない。全く……人間は小難しいの……」

 辟易、といった風情でこれみよがしな溜息を零すヴァーグ。

 俺はそんな彼から少しでも距離を取ろうと小さく身じろぎした。

 馬屋を見つけ、馬を選んだのはいいが、想像以上に相乗りは距離が近かったのだ。

 すぐ背後にヴァーグの気配を感じるのは、無駄な緊張を齎す。

 確かに一人では乗れないのが明らかだから、二人で乗っている方が安定している、と言えばそれまでだが。

 馬だって、ヴァーグがどうしてもこれ、と言うものだから、店主との交渉に手間取った。

 流石にヴァーグに物騒な手段を使わせたくはない。

「相乗りにするとは言ったが、普通相乗りってこんなに近いのか!?」

 近いと言うか、寧ろすっぽり抱き込まれている。

 身動きできない位だ。

「下手に離れては馬を操れぬ。それに揺れで落ちるやも知れんぞ」

「……」

 ぐうの音も出ない。

 確かにそう言われてしまえばそれまでだ。

 落馬事故は派手なものしか聞いた事がないのも恐怖を誘う。

「それに、他の人間もさして変わりないぞ」

「……あれは明らかに恋人同士だろう」

 いちゃいちゃと一頭の馬に乗っているカップルを差したヴァーグに、溜息混じりで言い返す。

 少し前は男同士がくっついているのをみただけでも嫌になったが、今ではもう当たり前になってしまった。

 人間は順応性の生き物だと、ひしひしと実感が湧く。

「馬があればもっと早く次の町にいけるかな……?」

「どうであろうな、馴れるまでは倍の時間が掛かるものと思うべきだ」

「あぁ、2人分の重さがかかるからか?」

「いや」

 試し乗りを終えて、馬から降りる。

 そう言えば名前を考えてやらなきゃ、とか、余り関係のない事を考えながら。

 先に降りて手を貸してくれながら、ヴァーグが答えた。

「我は重さを無くして乗る。馬に掛かる負荷は一人乗りと変わらぬが、馬に馴れておらぬお前を乗せてでは、かなり速度が落ちような」

「……成る、程」

 つまり俺は、当たり前だがお荷物って事か。

 宿屋の裏の厩に手馴れた様子で繋げるヴァーグを、見るとも無しに眺める。

 馬は必要なくても、馬の扱いは手慣れたもので、魔属は本当に何もかも出来るんだな、と改めて思った。

 ―――万能の様に何もかも出来る癖に、彼らが望むのは破壊と破滅。

 やはり酷く、違和感が拭えない。

 ヴァーグはこうして共に居ても、特に破壊を望んでいる様には見えない。

 勿論、人間との価値観は違っているが、敵、と見做す事に抵抗がある。

 いつの間にか気を許してしまっているのだろうか?

「どうした」

「……ああ、別に……」

 ぼんやりと考え込んでいた俺を胡乱気に見た彼に、反射的に言葉を返す。

 そういえば、とふと思い返す。

 俺が”別に”だとか、”何でも”だとか、明らかに誤魔化そうとして言葉を返しても、ヴァーグは突っ込んで聞いてきたりしない。

 追求しようとしない、というのか―――彼が自分から問いかけてきたことでもない限り、誤魔化しても何も言わないのだ。

 それはこちらにすれば楽なことなのだが、彼にしてみればあまり気持ちのいい事ではないだろう。

 魔属と人間の感覚の違い、といってしまえばそれまでかも知れないが……

「なぁ、明日には此処を発つつもりなんだけど、いいか?」

「構わぬ。好きにせよ」

「判った」

 俺の提案を蹴る事も、そういえばジュレインに入ってから滅多になくなった。

 それどころか、馬の様に忘れていた事をわざわざ教えてくれたりする。

 厄介ごとの気配がないのだ、と理由付けるのは簡単だけれど、何となくそればかりでもない気がする。

 何は兎も角、彼を信じてはいけないのだ。

 篤亜が言った忠告を頭から抜かす訳には、当然いかない。

 それに、朝になったら血塗れで帰ってきたり、暫く離れていたと思ったら髑髏を山のように持ってきたりするのだ。

 直接的な危険は感じなくても、何か、人間に毒になることを行ってきているのかもしれなかった。

 完全に、信じるわけには、いかないのだ。

 何度も、自分に言い聞かせるように思う。

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