表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月虹群雲、朱き君。  作者: 雨宮ムラサキ
厄介事、気配。
14/33

厄介事、気配。4

 交換したフードは、明らかに豪奢な作りだった。

「―――逃げ切れよ」

「はい」

 真っ直ぐに視線を交わし、俺は背を向けた。

 もと来た街道へと歩き出しながら、背後で彼が歩き出す音がする。

 彼の名前も、何から逃げようとしているかも、全て聞かない。

 聞いても俺にはどうしようもないのだ。彼が逃げきることを祈るだけ。

 街道に戻り、ふぅ、と溜め息を零す。

 後は俺が自分を何とかするだけだ。

 いや、それが一番難しそうだが。

「愚か者め……!」

 苦虫を噛み潰した様な、不満で不機嫌そうな声が聞こえ、次の瞬間ぐらりと足元が傾ぐ。

 その声がヴァーグのそれだと思い至るのと、辺りの景色が宿屋の個室に変わるのがほぼ同時だった。

「己は学習能力が無いのか? それとも我が言うた事は頭の片隅にも残らぬのか」

「いや……そんな事は無い、けど……」

 おー……ぶいふい言わしてるなぁ……

 完全にご機嫌斜めだ。厄介ごとに巻き込まれたには違いないとはいえ、別にヴァーグの忠告を忘れた訳じゃ無い。

 ただ完全に―――目の前にある問題に頭を持っていかれただけだ。

「わざわざ自分から首を突っ込むなと、我は言わなんだか」

「覚えてるさ。でも今回は不可抗力だ」

 いや、不可抗力な筈。

 だってぶつかったのも完全な偶然だし。

 小さくそう呟くが、不機嫌そうな顔は全く変わらない。どうやらヴァーグの怒りを治めるには言葉では足りない様だ。

「……悪かったよ」

「最早一刻の猶予もならぬ。悠長に準備を整えておる暇は無いぞ」

「判った。一つだけ頼んでも良いか?」

「―――何だ?」

 言葉を返すだけで絶対零度の不機嫌はよして欲しいんだが。

「西門から出たい」

「西門? ……それならばまぁ、出来ぬでもない」

「後、街を出る前までは、このフードを使う」

「―――巫戯けるなよ、弥栄」

 ……流石にこのフードの意味くらいは、見ていなくてもお見通しか。

 しかし、此処で折れる訳にもいかない。

「このフードで呼び止められても、俺なら問題は無い。言い逃れる方法は幾らでもあるし」

「……判らぬ」

「何が?」

「何の為に其処までする? した処で得など有るまいに」

「無いけど、これが俺に出来る事だ」

「何処までなら己を危険の淵に晒せる? 過ぎれば愚者の筆頭に名が上がるぞ」

「……」

 判ってる、けどさ……

 それ以上は何も言えない。

 自分でも、少しばかり危険に対する意識が薄れている自覚位はある。

 しかしその原因の一つは、確実にヴァーグのせいでは無いだろうか……?

 危険だ危険だと言われ、実際に町一つを壊して遊んでいる魔属も見たというのに、最も身近にいるヴァーグは逆に忠告もしてくれるし、虹彩の常識を教えてくれさえする。そういうのが毎日続けば、自然と気が緩むものではないだろうか。

 まさかそんなことをヴァーグに直接言うわけにはいかないが。

「仕方ないだろう……俺はこういう性格なんだ。嫌なら着いて来なくていい」

「着いて行かぬとは言うておらぬだろう」

「そりゃどうも……」

 はぁ、と溜め息を吐いた。

 判り難い。

「……俺は確かに危険に鈍いんだろうけどさ……でも」

 でも、で一旦言葉を切る。

 真っ直ぐに真紅の瞳を睨む様に見つめ、ヴァーグに言った。





「危険に近付いても―――お前は居るんだろ?」




 ちっ、と小さな舌打ちをする。

 それは肯定と取っても良い筈だ。

 あれだけ人に着いていく着いていくと言っていたのだ、今更居ないなんて認めない。

 苦虫を噛み潰した様な顔でむくれているヴァーグを苦笑して、俺は纏めた荷物を持ち上げた。

「さ、一刻の猶予も無い。行こうぜ」

 俺の言葉に、漸く視線を上げ、しかし相変わらず不機嫌なまま呟く。

「……言われずとも」

 ……そんな不快そのものの反応を返さなくても。








 こんな、姿を見られれば危険、という状況なら、普通はもっと緊張して歩くに違いない。

 しかし、俺にそんな緊張は無かった。

 寧ろ俺が目立つ方が目的だ。

 俺が目立てば、ある程度彼が安全になる。それが明らかなら迷いはしない。

 第一追われている彼とは桁違いに、既に付きまとわれている訳だしな。

 その状況から逃げ出す方法も無い訳だし。

 俺が目立つという目的が有る為、俺以上に目立つ上に横柄なヴァーグには、先に街の外へと向かって貰った。

 ―――今度は、無言で睨まれたが。

「貴様」

 酷く偉そうな物言いで、背後から声がかかる。

 俺を呼んでるのか?

「……何か?」

 居丈高に話しかけてくるのはヴァーグで十分だというのに。

「フードを取れ」

 どう見ても兵士といった格好の男を振り向くと、そんな事を言ってきた。

 逆らうのは得策じゃないし、後ろ暗い事もないのだ。

 迷わずにフードを取る。

「っ……」

 僅かに息を呑む男。

 当たり前だ―――俺だって人よりは整った顔をしている。

 それを最大限利用する為に、不機嫌に目を細めた。

 俺がすると凄みは半減かも知れないが、ヴァーグを見習おう。

 美形の不機嫌な表情は、周りに威圧感を与える―――実体験済み。

「……べ、別人か……紛らわしい!」

 あくまでも上から目線を崩さない兵士に、流石に苛立ちが募った。

「……呼び止めておいて身勝手な」

 絶対零度の温度で呟くと、兵士はひくりと眉を顰める。

「用が無いなら、もう行かせて貰うが?」

 すぅ、と目を細め、兵士に告げた。

 大分気圧されているのを見れば、俺の要求を断りもしない―――と思ったのだが。

「―――待て」

 兵士の後ろを見れば、豪奢な馬車が一台止まっている。

 声は、その中から聞こえた。

 若い声だ。

 偉そうな声だが、それには絶対的な自信が伴っている。裏付けのある、本当に高い身分の人間だろう。

「そのフードは与えたもの……誰から受け取った」

「古着屋で買ったものだ。この街じゃない。……3ヶ月前、かな?」

 何という口の効き方を、と憤慨する兵士は枠の外へ追いやり、煙に巻くのに集中する。

 おそらく―――そう巧くはいかないだろうが。

「時間軸が合わないな、それは1ヶ月前に仕立てたものだぞ」

「その証明は? 全く同じものだという証明もまだだ」

「それならば、その逆の証明はどうする?」

「……」

 出来ないが……まぁ向こうの方が正しいんだし、長引くのは歓迎しない。

 ―――この手は使いたくなかった。

「証明は彼が出来る」

 ふ、と小さく息を吸い込んだ。

 迷いを殺す。








「―――ヴァーガンディー」








 轟、と風を巻き起こし、黒い長身が現れた。

 色を隠す事もなく、きちんと俺がフルネームで呼んだ意味を理解してくれたらしい。

 無駄な言葉を必要としない関係は、ある意味貴重だと思う。

 ざわり、と辺りが騒がしくなるのが判る。あちこちから悲鳴が上がり、逃げ惑う人で通りがごった返す。

 こんな街中に魔属が現れる事など無かったのだろう。

 おまけに、現れた魔属はヴァーガンディー―――名だたる魔属の中でもかなりの知名度を誇る、災厄の二つ名。

「中々に面白い趣向だな、子供?」

「……それは良かった」

 ざわざわと人が逃げ出す光景を楽しそうに眺めながら、ヴァーグは悠々と馬車へと視線をやる。

 当然、その馬車に乗った貴人も、ヴァーグの事は知っているようだ。

「……朱の、ヴァーガンディー……」

 誰しも同じ反応を返すのか、など吹き出しそうになりつつ―――同じ反応と言うことはイコールそれだけヴァーグが危険だという証明だ、よく考えれば―――、俺は堂々と言った。

「俺は彼に証明を任せるが……そちらはどうだ?」

「……」

 例え明らかな誤魔化しと脅しを含んでいても、魔属を引き合いに出されれば、それ以上の追求は出来ない。

 それ位、魔属に対する恐怖と畏怖は深いのだ。

 僅かに旅する最中にも、魔属への噂はよく聞いた。

 その全ては血の色が滴る様な残虐さで満ちていた。

 ならば、魔属の筆頭とさえ言えるヴァーグを、どうして畏れずに居られる?

 ―――不可能だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ