序章
容姿なら、上の中くらいだろうか。
自画自賛だが、他人に話したら寧ろ謙遜だといわれるかも知れない。
大方の人は俺、祝詞弥栄とすれ違うだけで振り返り、男子生徒から花が渡される、という生活をしていれば、ある程度は自覚する。
文化祭で写真部が俺の写真をコッソリ密売し、校内いちの売上を上げたとか。
マージンと一緒に貰った写真は、確かに俺から見ても美人だった。
しっとりとした黒髪。
黒目がちで勝ち気な瞳と、鏡越しに目があう。
自分で見直す分には目鼻口がある、としか思えないな。人の美醜に興味はないし。
いつもならもっと顔色がいいのに、今朝の顔色も最悪だった。
土気色、とは言わないけど、真っ青。目の下のクマは、一体いつから消えていないだろう。
……そうだよな……
原因は判っている。
両親と弟が、先月飛行機事故で死んだ。
葬式は終えても、心労ばかりが溜まっている。
この位なら我が侭を言わず、両親の転勤に付いていけばよかったと、何度となく思った。
……結局、過去は変えられないけど。
ひと月も経てば、嫌でも冷静になる。
冷静っていうか、マヒっていうか。
自分への言い訳が何となく嘘臭くなる。
悪い夢でも続いてるみたいだ。
「……養子の話って、何時からだっけ」
家族が全て死に、当然、次に来る話は養子だの、今後の生活だの、そういう話だった。
今は保険金で生活できているが、高校卒業までその生活費は持つだろうか。あと数か月の話だし、俺は一応18になったばかりで、無理に養子になる必要はない―――筈。
詳しい法律関係のことなんか聞きたくもなくて、そして、親戚の俺を見る欲の混じった目が嫌で、とにかく何も考えたくなかった。
―――軽く頭を振って、全部を追い出す。
今は学校だ。
学校を休む訳にも行かないし、と、準備しておいた学生鞄を掴む。
「……行ってきます」
1ヶ月前の事故の日の朝には、思いもしなかった孤独。
おかえりを本当に言ってくれる人はもう、何処にも居ない。
―――パタン。
その時オレはもしかしたら、
日常というものの扉を閉めた。
通学路はいつも変わらず、憎たらしいくらい灰色。
ふ、と何かの違和感に気付いた。
いつもと同じ通学路の筈なのに、何かが違う。
当たりを見回してもその違和感の原因は見えない。
すごく、すごく不自然だ。
はた、と唐突に判った。
どうして気付かなかったのだろう。
―――人の気配がない。
普段何気なく生活していても、遠くで車の走る音が聞こえたり、誰かの声がしたりする。
それが今日は、全然ない。
ぞくり、と嫌な汗が伝い、オレは慌てて走り出した。
学校、学校なら、きっと誰か居る。
根拠のない何かに背中を押され、学校までの道をひた走る。
事故以来腫物を触れるような空気の、居心地の悪い教室でも、今は早く誰かの顔が見たかった。他人を感じたかった。
通い慣れた道の角を曲がるともう校門が―――ッ!?
がくんっ!
段差を踏み外した様な。
その感触に驚くのと、もう片足も大地を踏むそれを失ったのが同時だった。
重力に逆らわず落ちていく体と、薄れていく意識。
その片隅で思った。
ああ、死ぬのかな……?
そんなに生きたいと思わない自分が、酷く、悪い人の様で。
酷い罪悪感が、追いかけて落ちて来る様だった。




