第8話 国王とはどんな人?
「というか、私に会いたかったら向こうから出向いてくるのが普通じゃない? なんか偉そうで腹が立つわ、今まで私を放っておいて」
「国王なんだ、普通の父親のような期待はしないほうがいいのではないか?」
「分かっているけれど。それに、急に私を呼び出すなんてなにかあったのかしらね? なんだかろくでもない企みがあるような気がするわ」
どんどんどんどん暗い気持ちになってくる。
これならば自分の出自など知らずにずっと宿屋の使用人として働いていた方がよかったのではないかという気にすらなってくる。というか、そっちの方がよかった。命を狙われる不安はない。
「あー……、そこまで落ち込むなよ。少なくとも国王は、なんの企みもなくただお前に会いたくてお前を呼んでいるだけだから」
「そうなの?」
「今までお前のことを放置せざるを得なかったのは、国王の叔父である宰相がお前の母親との仲を認めておらず、お前の存在を抹消したがっていたからだ。その叔父が去年亡くなり、やっとお前を迎える障害がなくなったということだ」
「そ、う、なのね」
「だから少なくともお前の父親はお前に猛烈に会いたがっている。それに応じてお前は行くのだから、そんな暗い顔をする必要はない。俺が言うのもなんだが、国王の後ろ盾があるのだからお前が命を狙われたところでその計画は失敗に終わるだろう。だからこそ俺の依頼主は、お前がまだ自分が王女だと知る前、迎えが来る前に始末しろ、との命令を寄越したわけだ」
依頼主のことは話せないと言いながら、そこまで言ってくれた言葉は嘘ではないだろう。少しだけ心が軽くなった。
「そういえば、殺し屋さんの名前ってなんていうの? なんて呼んでいいのか分からないと不便よ」
「適当に呼べばいい」
「ええ? じゃあ、ヘタレビッチ・レムチャムーコって呼んでいいの?」
「は?」
「略してヘタレ」
「お前、俺を馬鹿にしているだろう?」
「そんな名前で呼ばれたくなければ名を名乗れ。さあ!」
挑戦的な口調で言ってなんとか名前を引き出したいと思うが、彼にはそんなことお見通しのようだ。腕を組み、じっとりとした視線を送ってきた。
しばしのにらみ合いが続き、そしてヴィクトリアは負けた。
「じゃあ、ロジェって呼ぶことにするわ。前の町に住んでいたときに仲がよかった友達の名前」
「ヘタレよりはましだな」
「……本当の名前は教えてもらえないのね?」
「必要ないだろう」
必要ないだろうか。
それに、自分とは違う名前で呼ばれるのは嫌ではないのだろうか。だんだん、彼のことが気になってきた。
「殺し屋さんはどうして殺し屋をやっているの? ああ、お金が目当てだっていうのは分かるけれど、他に稼ぐ方法はなかったの? 見たところ健康そうだし、賢そうに見えるし、他に仕事なんていくらでもありそうなのに」
「お前にそんなことを言う必要はない」
「まあ、そりゃそうだけど。気になるじゃない? 人はどうして殺し屋になるのか」
「そんなことより、お前は王城に着いてからの方を心配した方がいいんじゃないか?」
「ああっ、それもそうね」
とはいえ、王城とはどんなものか全く想像がつかないのである。急に現れて王女を名乗るなんて、受け入れてもらえないだろうなあということは分かるのだが。
「そうだわ、国王とその弟って仲がいいのかしら?」
「いいか悪いかと聞かれたら、普通だな」
「いいか悪いかと聞かれているのに別の回答をするなんて、聞かれている者の根性が曲がっているということは分かったわ」
「聞かれたことに答えたのにその言い草とは、お前に感謝の気持ちがないことが分かった」
「国王の弟は確かなにかの大臣かなにかをしていたような……。国政にがっちり関わっているってことよね? そして、確か子供が三人いたはず」
長男、長女、次男の順番だったような気がする。
長男は二十一、二で、長女は十九、次男は十三かそこらだった。宿屋のお客にやけに王族に詳しい人がいて、その人に聞いたのだ。
「私の従兄弟にあたる人たちだと思うんだけど、ねぇ、どんな人たちなの?」
「詳しくは知らない」
「詳しくなくてもいいのよ。城下町に住んでいる人なら常識、的なことで」
「そう言われてもな。長男は二十一で長女は十九、次男は十三」
「それは知っているわ」
「国王に子供がいない、ということもあり、舞踏会での話題はこの三人に集中しているようだな」
「うわー……もしかしてそこに私が入っていくの? 地獄じゃない? というか、よくよく考えたら私もその舞踏会とやらに出なければならないのかしら?」
「楽しみだな」
「毎回お腹が痛くなりそうだわ……」
従兄弟たちがどんな人なのか分からないが、特に長男は、次期国王は自分に間違いないと思っていたのにヴィクトリアが現れるわけだ。国王になるなんて、そんな気さらさらないと言っても通じないだろう。
周りの目もあるし、表向きは歓迎するようなことを言うかもしれないが、腹の底ではなにを思っているか分からない。ヴィクトリアはそういうのがとても苦手だ。思っていることは口に出して言って欲しい。
「私は幼い頃から実の父親が迎えに来るって望んでいたはずだったのにちっとも嬉しくないわ。仕事が辛くてやめたくなって、楽な生活をしたいなあと思ったとき、お金持ちの父親が迎えに来ないかなあ、なんて思ったこともあったけれど」
それは『そんな夢みたいなこと』であって、現実にそうなったときに思い描いたように多幸感に包まれるものではないのだ。
(まあ、とにかく会うしかないかあ)
そうして、憂鬱な気持ちを抱えながら王都へと向かったのだった。