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第70話 気になっていたこと

 ふたりが部屋から辞去した後、ヴィクトリアは疲れ果ててソファに倒れ込み、しかし無理やりながらなんとか誤魔化せたかな、と安堵していた。

 これでユアンも元に戻れるだろうと思っていると、横たわっていたソファから衝撃が伝わってきた。


「……なにが『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』の内部抗争だ」


 見ると、ソファの端にユアンが座っていた。寝ているヴィクトリアは下から見上げる体勢になっているせいか、なんだか不機嫌そうに見えた。


「そんなもので誤魔化されるあの従兄弟たちもどうかと思うがな。王族はみんなバカばかりなのか?」


「遠回しに私もバカだと言っているわね?」


「おお、バカの割になかなか察しがいいじゃないか」


「はいはい、バカで結構ですよ。おかげで、なんとかユアンはこのまま留まることができそうだから」


 それがヴィクトリアにとって一番のことだ。

 やはりどこか得体の知れない王城に、ユアンは必要である。……いや、それではなんだかユアンを利用しているようだが、信頼できる人物が側にいてくれるのはとてもいい。


「……お前は俺を邪魔に思わないのか?」


「え? なんでそんなこと思うのよ?」


 ヴィクトリアは体を起こし、ソファに腰掛けた。


「俺は、元殺し屋なんだぞ?」


「でも、今じゃ殺し屋じゃないし」


「後々、俺の存在がお前の足を引っ張ることになりかねない。俺は、お前の弱みになるかもしれないんだぞ」


「えぇ? そうなの?」


「王城なんて場所は足の引っ張り合いばかりしている場所だ。……あの従兄弟のことで分かっただろう?」


「そりゃ、アーロンのことは残念だったけれど……。でも、私が嫌いで狙ったわけじゃなくて、王女が邪魔だと思って狙ったわけで。それが救いというか……」


「お前はよく分からないな」


 でも、その通りだから仕方がない。

 アーロンは王女という存在が邪魔でユアンを雇い、そして母親を利用してヴィクトリアを亡き者にしようとしたが、それはヴィクトリアという人間が嫌いだったわけではない。それが救いであり、もっとゆっくりと分かり合える時間があったならば、もっと仲良くなってヴィクトリアを殺そうなんて気が起こらないようになる……と信じたい。


 今は遠くに行ってしまったが、そのうち王城に戻って来ることもあるように思える。そのときにはきっと、という期待を捨てたくはない。


「……っていうか、アーロンにいくらで雇われたの? 彼ってばまだ十三だし、強力な後ろ盾があるわけでもないようだから、そんなお金があるように思えなかったのだけれど」


「あいつはお前が思っているよりもずっと狡猾であくどい者だ。殺し屋を雇えるくらいのお金、どうとでもなる」


「そうなの?」


「かなりの額をもらった、なにも知らない町娘を殺してもいいと思えるほど。でも、そうだな」


 ユアンはふと瞳を伏せた。


「お前じゃなかったら依頼通りに殺していただろうな」


「え? それって私に一目惚れってこと?」


「……っ! そんなことは言っていない!」


「えええー、残念」


 わざとらしく唇を尖らすと、ユアンはヴィクトリアの額を小突いた。


「お前の殺しを請け負ったのは、金のためだけではない」


「え? 他にどんな理由が?」


「……。個人的な理由だ」


「その個人的な理由を聞きたいんだけど? それに、私たち個人的なことではない話なんてしたことあった?」


 どうなのよ、と迫るとユアンはかなり渋々、といったふうに語り出した。


「身寄りのない町娘が女王に……なんて妬ましかったんだ。俺は逆だったから」


「逆……?」


「そこまで言えばいいだろう?」


 ユアンは部屋から逃げるようにして出て行ってしまった。

 ヴィクトリアはそれを追いかけることはせずに、引き続きソファに座って今の言葉の意味を考えていた。

 逆。


 最近、誰かの口からそんな言葉を聞いたような気がする。しかし、誰から、と考えて思いついた。

 思いついたらそれを確かめられずにはいられず……ヴィクトリアは侍女も呼ばずにひとりで中庭へと向かった。

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