第69話 それからのこと2
「ヴィクトリアも急で驚いただろう? アーロンのこと」
「え、ええ! そうね、なにも聞いていなかったし。でも、好きな事ができるのならばいいんじゃないかしら?」
ヴィクトリアは嘘をつくのが苦手で。
友人にはすぐに顔に出るから分かりやすい、でもそれがあんたの数少ないいいところよと言われた。数少ないとは心外だし、それに嘘が顔に出るなんてこちらにメリットがないじゃないかとそのときには思ったものだ。
「まあ、アーロンのことはいいか。ヴィクトリアにとってはたった二度か三度会っただけの従兄弟だからな」
「いや、よくはないですけど」
なにしろ命を狙ってきた相手である……とはもちろん言えないけれど。
「それより、怪我の具合はどうなんだ? グラスで手を切っただけだと聞いていたが、まだ包帯を巻いているんだな?」
ヒューバートが不審そうな瞳でヴィクトリアの手へと視線を投げる。
そう、ヴィクトリアの手にはまだ包帯が巻かれていたのだ。だいぶ腫れは引いてきたが、まだ完全ではない。重いものを持つのは難しい、この王女生活の中で重いものを持つなんて機会はないけれど。
「ええっと、パパが心配性で」
「ああ! なるほどな。伯父上はどうやら君に夢中のようだからな。それにしても、狙撃犯を釈放したのは驚いたが」
そう言ったノーラも、そしてヒューバートもこちらへと体を乗り出して、興味深そうな態度である。これが聞きたいがためにヴィクトリアの部屋へわざわざやって来たようにさえ思える。
「それは、ちょっとした誤解だったからで」
「その、ちょっとした誤解というのがなんだったのか知りたいのさ」
ノーラは鼻息が荒い。
よっぽど気になっていたらしい。先ほどのアーロンの話など、もののついでになんとなく話したのか、と思えるほどだった。
「ご存知かと思いますが、彼は私の『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』の副会長でして。ああ、ちなみにもちろん私は会長なんですけど」
「……それがどうかしたのか?」
ヒューバートは苦い顔である。こちらが話を誤魔化そうとしている雰囲気を察しているのだろうか、と思いつつも続ける。
「あの銃撃はその会長の座をかけた内部抗争だったのです!」
「「は?」」
「別に王女暗殺を目論んだわけではなく、『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』の会長に勝負を仕掛けたというだけなのです。あれは、その勝負を仕掛けるという合図で……本当は天井めがけて撃つはすが、狙いがはずれてたまたま私のグラスに」
「あんな晩餐会の最中に勝負を仕掛けてきただって?」
怪訝な表情をしているノーラの気持ちはよく分かる。だって、口から出任せなのだから。
「きっと、私が急に王女になって苛立たしかったんだと思います! 副会長としていつも私の隣にいたのに、晩餐会には参加すらさせてもらえず。悔しかったんでしょうね、悲しかったんでしょうね。だから、私は王女ではなく、『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』の会長であるのだぞと思い出させるためにあんな暴挙を!」
ヴィクトリアは拳を握り、それを掲げた。
演技派のお嬢さんだったら、ここでわっと泣き伏せたりすればいいのだろうが、ヴィクトリアにはそこまではできなかった。
「騒動になったことはお詫びします! しかし、彼は悪意を持ってしたことではなかったのです! 私と同様、下町育ちの彼にとっては晩餐会とはどのようなものか、分かっていなかったのです……! 町のお祭りぐらいに思っていたのだと」
「……そんな頭が悪そうにも見えなかったがね? ヴィクトリアの警護もかって出ていたあの彼だろう?」
「……嫉妬は人を狂わすんですよ」
「「は?」」
「嫉妬は人を狂わすんです! ユアンは大いに嫉妬していたのです! 私がどこか遠いところに行って自分になど見向きもしなくなるのではないかと……! それを畏れてあのようなことを。自分でも愚かなことをしたと反省しております。ここはどうか、許してあげて欲しいと思うのです」
懇願するように胸の前で手を組み合わせるが、ふたりは顔を見合わせて怪訝な表情をしている。まるで納得がいかないということだろう。
「正直なところ、パパもなかなかそれを信じてくれなく、困ったんです。ですが、辛抱強く説明を続けて分かってもらえました! 王城には王城のしきたりがあるが、下町には下町のしきたりがあるのです!」
「ああ、まあ……場所が変わればしきたりの差があるのは分からぬでもないが」
「まあ、いいじゃないか。それでヴィクトリアが納得しているならば! しかし、ヴィクトリアの話からすると、その『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』の中で内部抗争があって会は存続の危機にさらされているわけなのだね?」
「いえ、存続の危機……というわけでは……」
「よろしい! では『ヴィクトリア姉御とその舎弟たちの会』は『麗しきノーラ様とその側に咲く白百合の妹たちの会』に組み込むことにしよう。そうすれば無益な争いなど起きないだろう?」
「え? それってどういう理屈なのですか?」
「ずるいぞ、ノーラ。ならば私が主催する『ヒューバート兄貴とそれを敬愛する筋肉野郎たちの会』との合流も考えて欲しい」
「え……そんなものを主催していたの?」
もう、これは血なのであろうか。
そうなると、パパも叔父さんもなにかの会を主催していそうである。今度聞いてみることにしよう。
「ヴィクトリアをそんな汗臭い会に誘わないでいただきたい」
「そっちこそ、ヴィクトリアをそんな変態の会に誘わないで欲しいな」
「なにを言うか! そちらの方が変態度合いが高いではないか」
「ああ、兄者はなにも分かっていないな!」
兄妹間でそんな言い争いが始まり……ああ、アーロンも『兄姉に翻弄される弟たちの会』でも発足させたらああも思い詰めることもなかったかもな、などと考えてしまった。




