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第7話 王城への不安

 ヴィクトリアたち一行が泊まることになった宿屋は、ヴィクトリアが働いていた宿屋とは比べものにならないほど大きく、そして泊まり客が少ない宿屋だった。


(きっと一泊あたりの料金を高く設定して、その分少ない人で寛げる宿ということを売りにしているんでしょうね)


 元宿屋の使用人だったヴィクトリアは、ついついそんなことを考えてしまう。

 そうして目がいってしまうのは棚や床の埃の溜まり具合だとかそんなことだ。ちなみにキレイに拭かれていて、文句のつけようがない。


「夕食のお時間までゆっくりとお過ごしください」


 ヴィクトリアを着替えさせてくれた女性がそう言って仰々しいお辞儀をしてから部屋を出て行った。

 そう、ヴィクトリアは着替えさせられてしまった。フレデリックいわく、貧乏くさい庶民の服から、貴族の娘のようなリボンとかフリルとかがついたドレスである。


 悪くないわね、と鏡に映った自分を見て思った。髪もキレイに結い上げてもらっていて、これだったら事情を知らない人が見れば、貴族の子女だと言ってもさほど疑われずに済むだろう。いつかの宿屋の客が言っていたが、所詮人は見た目が全てなのである。


「だって中身なんて、外から見ることはできないものねー」


「なにを言っているんだ? 独り言か? 気持ち悪いな」


 見るといつの間にか部屋の中に殺し屋さんの姿があった。勝手に人の部屋に入ってきて、勝手に人の独り言を聞いておきながら、なんて言い草だ。


「ちょっと急に人の部屋に入ってきてなによ? 淑女の部屋よ?」


「なにが淑女か?」


「確かに、自分で言っておいてちょっと自分が寒いと思った。で? なにか用?」


「今後のことなんだが」


 そう言いながら殺し屋さんは暖炉の近くにあった椅子に腰掛け、脚を組んだ。思わず見とれてしまうほどの長い脚で、彼は王城とか貴族の邸宅とかに相応しい姿をしているな、とついつい思ってしまった。


「俺はお前から金をせしめられればそれでいいわけだが」


「ええ、そういう約束だものね」


 ヴィクトリアも暖炉の近くに椅子に腰掛けた。この部屋は広く、とてもひと晩を過ごすための宿とは思えない。暖炉にソファにローテーブルに姿見に、それからどこかの工房で職人が微細な細工をほどこしただろう高そうな椅子があちこちに置いてある。しかも寝台は続き間になっている隣の部屋にあるのだ。


「その前にお前に死なれては困るわけで」


「あの……ちょっとずつ気付いてはきたけれど、私ってそんなに危うい立場なの? あなた以外の人にも命を狙われる可能性が?」


「まあ、その可能性はあるだろうな。俺がやり損なったから、別の奴を雇う可能性もある」


「そうなんでしょうね……」


 さすがのヴィクトリアも重苦しい気持ちになってきた。

 なにしろ、王女なのである。


 父は国王である。普通の親子関係など望むべくもないだろう。恐らくは会いたい、と思っても簡単には会えない。先ほど使者のフレデリックは、父親に会うことを『謁見』と言った。つまりそういう堅苦しいことなのだ。親子二人きりで話すなんて事はできなだろう。きっと周囲には大臣とか従者とかがいて、ヴィクトリアが変なことを言わないかと目を光らせている。そんな状況で、どうして母さんを見捨てたのかなんて聞き出せないだろう。聞いたところで『事情があったのだ』と言葉を濁して終わる気がする。


 そして、兄弟はいないが、従兄弟はいる。だが、彼らはヴィクトリアの存在を煙たがるだろう。祖父母も……確か祖父である先王は他界しているが祖母は存命であるはずだが、そんな身分の高くない母の娘であるヴィクトリアになんて会いたくもないとか言いそうだ。

 今、ヴィクトリアの頭の中にあるのは、少しでも油断したら後ろから斬られそうな、油断ならない貴族社会の構図だった。


 そんな世界に身を投じることになるとは……と考えるとだんだん気持ち悪くなってきた。なんとか逃げることはできないだろうか。


「まあ、安心しろ。お前の危険にさらされた時には俺がなんとかしてやる。なぜならお前は大切な金づるだから」


「それは心強いわ。ねぇ、ところで私を殺せってあなたに命じたのは誰なの? やっぱり従兄弟の誰かなのかしら?」


「それは言えない」


「なんでよ?」


「依頼人の秘密は守る主義だ。なにがあってもそれは明かせない」


「その依頼人を裏切って私を救ったくせに」


「前金はもらっているからな」


「お金の問題なのね」


 少しだけがっかりしたが人のことは言えない。なにしろついさっき、今月分の給料を払えと宿屋の主人に迫ったのは自分だから。

 でも仕方がない。お金がなければ生きていけないのだから。


 特に身寄りのないヴィクトリアにとってはそうだ。食べていくだけのお金と、いざという時のお金は取っておかないといけない。病気や怪我になったとき、治療費が払えなくて命を落とすなんてこと庶民なら普通にあることなのだ。

 そして命を落とさないまでも、働けない間の収入が得られず金が尽きれば飢え死にだ。そんな厳しい状況なので、お金に厳しくなるのは当然といえよう。


 そして、そんな性格はなかなか変えられない。

 いくら『今日からあなたは王女です。お金の心配なんてちっともしなくていいのです』と言われてもお金に対する執着はとても捨てられない。こんな立派なドレスを着ているとしても、である。


「あなたは王城へ行ったことはあるの?」


「ああ、まあな」


「どんなところ?」


「どんなところと言われてもなあ。俺にとってはあまり愉快なところではない。身分差とかにうるさいしな」


「そうなのね」


「でも、お前は王女なわけだし、他の者に威張り散らせるからいいんじゃないか?」


「そんなものかしらねぇ」


 ともかく、王城での人間関係なんて想像もつかないのでなんとも言えない。

 下町で鍛えた根性で、腕力には自信があるが貴族社会ではそんなものは通じないだろう。貴族の間の争いは陰険で、気に入らない相手がいたら直接対決するのではなく金で人を雇って襲わせたり、毒を盛ったりするのだろう。そんなところで生き抜く自信はあまりない。


「お前、もっと喜んでもいいんだぞ? 惨めな貧乏生活から抜け出してきらびやかな王城での暮らしが待っているんだぞ?」


「うぅーん、でもさっそく命を狙われたわけだし。父親って人には会いたいなって思っていたし、金持ちだったらいいなって思っていたけれど、それに付随するものが大きすぎてね……。王女になんてなりたくないし、こう、王城で割のいい仕事を紹介してもらうことで手打ちってことにはできないのかしら?」


「なんだ、それは」


「王城ってたくさんの人が働いていて、王様の髭を剃るだけだとか、服を着替えさせるだけだとか、暖炉の灰をかくだけの人とか、洗濯を干すだけの人とかいるらしいじゃない? そういう楽な仕事に回してもらって給金を貰うとかできないかしら? ほら、国王の子供ってことで」


「俺はお前がなにを言っているのか理解が出来ない」


「つまり、煩わしい身分なんて欲しくないから、楽にお金を稼げる仕事が欲しいって言っているわ」


「自分の子供にそんなことをさせるなんて、あの国王が許すはずがないと思うが」


「そうなのねぇ」


 ヴィクトリアは椅子の背に大きくもたれかかり、脚をいっぱいに伸ばした。

 ずっと馬車に座りっぱなしで身体ががちがちである。あと三日はこのまま馬車で行かなければならないという。ヴィクトリアが住んでいたチュリシェ町と王都クルスとではかなりの距離なのだ。こんな苦労して父親に会いに行く価値があるだろうかとそんなことまで考える始末だ。

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