第68話 それからのこと1
「まさかアーロンが留学することになるとは思っていなかった。……いや、彼が望んだことだから、もちろん応援するつもりだが」
それにしても急だった、とノーラはなんだか悔しそうだ。ただひとりの弟がなにを望んでいたのか気付いていなかった自分を悔やんでいるようだった。
「アーロンが船に興味があるなんてちっとも知らなかった。まさか造船業について勉強したいなんて」
「そうか? 俺は知っていたがな」
ヒューバートは優雅に脚を組み、紅茶カップをつまむように持って口に運んだ。
「アーロンの本棚には船に関する本がたくさん並んでいた。しかし、まあ」
苦笑いを浮かべ、まるでなにか不快なことを思い出したように首を振った。
「船が好きなのか、と聞いても『別に』という答えだったがね。せっかくの兄弟なのだからもっとあれこれ話して欲しかったのだが、アーロンが話すのは当たり障りのないことばかりで、心をまったく開いてくれなかった」
そうしてため息を吐き出す。
心を開いてくれないまま、遠方に行ってしまったことを残念に思っているようだった。
アーロンのことがあってから、五日が経っていた。
今日はヒューバートとノーラがどうしても話したい、とのことでヴィクトリアを呼び出し、こうして家族のことなど語らいながらお茶の時間を持っているのであった。
「それにしても水くさい! 留学するなら留学するでいいが、その前にひと言挨拶があってもいいんじゃないか!」
ノーラは突然アーロンがいなくなったことに苛立っている様子だった。
「まあ、アーロンは昔からそんな奴だ。そのうち、手紙でも寄越すんじゃないか?」
ヒューバートは大きく構えていて、アーロンのことを遠くから温かく見守ろうと決めたようだ。
こんなに優しい兄と姉がいるのに、どうしてあんなにひねくれてしまったのだろうと思う。ふたりに引け目があったのかなあ、などと思いながら紅茶を飲んでいると。
「もしかして私たちに引け目でも感じていたんじゃないか? 母親が違うとはいえ、同じ兄弟なのだからと何度も言っていたのにな」
「まあ……それならそれで、我々と離れた場所にいた方がのびのびできていいんじゃないか?」
「うーん、そうかなー」
ノーラはやはりどこか納得いっていない様子だった。
それはそうだろう。アーロンは造船業を学ぶために留学したのではなく、事態を重く見た国王によって、王城から追放されてしまったのだから。
あの後、やって来た国王に事情を話すとそれはそれは憤慨して、その場でアーロンを無礼打ちにしそうで怖いくらいだった。
あの、温厚なパパが。
今までパパと血のつながりなんて本当にあるのだろうかと懐疑的だったが、その迫力を見て自分はパパの血を引いているのだろうと思った。
ローズ王妃はその幇助罪として実家に戻されて今は謹慎している。……ローズ王妃に男の子を産んでもらってその子を将来の国王にして自分は責任のない立場に逃れる、という計画は霧散した。……いや、これを機会に別の王妃を探してその人にパパの子を産んでもらうべきだろうか。しかし今はそんな計画を考えるまでの心の整理ができていない。




