第63話 対決4
「アーロンです」
「……は?」
「アーロンは、実はあなたのお子様だと聞きました。大切な息子のためならばなんでも言うことを聞くのではないですか? しかも、あなたはアーロンが自分の子だとはおおっぴらにしていない、つまり彼に対してあなたは弱みを持っている」
「きゅ、急になにを言い出すかと思ったら……」
平静を装ったようだが、動揺はその怯えたような表情からも明らかである。紅茶のカップを持つ手が震え、左手で持つソーサーと右手に持つ紅茶カップとかぶつかってカタカタと音を立てていた。
ヴィクトリアのグラスに毒を入れた、と言われてもさほどの動揺を見せなかったのに、子供のこととなると弱いようだ。
「そうです、あなたは王妃様です。あなたに毒を入れろなんて命じられる人はいないでしょう。でも、アーロンに頼まれたら、あなたはやってしまうんじゃないですか?」
「馬鹿馬鹿しいわ。私はそんなこと頼まれていません。だいたい、どんな証拠があるというの? なかなか面白い推理だとは思うけれど。私が毒を入れたとしたらそれを頼んだのはその隠し子に違いない、というあなたの予想だけではないの」
「証拠ならあります」
「それならば、その証拠を出してみなさい」
「証拠、というよりも証言ですが。私は王城に招かれるより前に暗殺されかけたことがあります」
「え……?」
「ご存じなかったんですか? その暗殺を目論んだ者が証言しました。依頼主はアーロン様だ、と。その依頼内容を記した文書……というか契約書もあります。筆跡を鑑定すれば明らかでしょう、これがアーロン様のものだと」
それはユアンの部屋を家捜ししてヴィクトリアが見つけたのだった。
彼は渋々ながら依頼人について話したが、その証拠となることはなにも言わなかった。
彼は逮捕されて牢にいる。
その隙に、と思ってヴィクトリアはユアンの部屋をあれこれ調べたのだった。逮捕された者の部屋だ、それより前に警備兵達による家捜しがされた痕跡があったが、それはあまり徹底的ではなかったようだ。それか、ユアンの方が一枚上手だったのだろうか。あるいは彼のことをよく知るヴィクトリアだからこそ発見できたのだろうか。
その契約書は彼が持っていた聖書の間に挟まれていた。挟まれた、というより、本の一部になっていた。聖書を一度バラして、契約書を挟み、また製本し直したのだろう。
聖書は、部屋に元からあっただろう本の間に、まるで最初からここにありました、というように置いてあった。隠してあったわけではないから、余計に発見しづらかったのだろう。ヴィクトリアは、かつて一度だけその聖書のことを見たことがあった。殺し屋なのに聖書、と不思議に思ったのを覚えている。しかし聖書ならば、いついかなる場所にあっ
てもおかしくない。それを見越して、彼は聖書に大切なものを隠してあったのだろう。
(別に専属で雇われている殺し屋ではないようだったし、そうなると口約束だけで暗殺を請け負うのはおかしいと思ったのよね。いざ標的を殺したとして、約束の金を寄越せと言ってもそんな約束していないって突っぱねられる可能性もあるし)
依頼金は、前金と、それと依頼をこなした後にもらうと言っていた。
恐らく、この契約書はその後金と引き替えなのだろう。そして、ユアンは依頼をこなしていないのでまだ金は受け取っていない。だからこそこの契約書が存在している。
「そうですね、ローズ様が私のグラスに毒を入れたところを見たという証言はありますが、その信憑性については疑われてしまうかもしれない。私が今持っているローズ様の指輪から毒の痕跡が見つかったとしても、ではいつそれを使ったかについては分からない。もしかして過去にローズ様が誰かを殺そうと仕組んだものが残っていたという可能性もある。しかし、です」
ヴィクトリアはもうひと息だとばかりに、ふぅっと息を吐いてから、気合いを入れるように拳を握りしめた。




