第6話 王城へ出発!
「ええっと、私の記憶が定かならば、国王陛下にはお子様がいらっしゃらなかったように思うのですが?」
馬車に乗り込みしばらくしてから、沈黙に耐えきれずにヴィクトリアの方から聞いた。
使者の名前はフレデリックというそうで、申し遅れましたが、とそう名乗った後はまるでなにも話してくれなかった。
馬車は四人乗りで、ヴィクトリアの向かいにフレデリック、そしてその隣に殺し屋さんが座っていた。
そういえば殺し屋さんの名前も知らない。
後で聞いておこうと思って、とりあえず使者の方に話を振ったのだ。
「ええ、そうですな。しかし詳しい話は王城に着いてから」
「確か、国王の弟君にはお子様がいらっしゃいましたよね? その方達の誰かが次の国王になるのではとの噂でしたが……って、まさかもしかして……」
「そのような話も、王城に着いてから」
フレデリックは話に応じてくれる気がないようで、ヴィクトリアの不安が募っていった。
そうなのだ、国王には子供がいないはずなのだ。まだ三十そこそこの若い王とはいえ、王族は若年結婚が普通であり、そこで子供がいないとは不安材料だった。王は子をもうけられないのではないか、と。ならば、次期国王は国王の弟の子供の中から選ばれるのではないか、と。
しかし、そこにヴィクトリアが現れるのである。
国王の子、としてである。ちなみに、この国では女性でも国王になれる。男の子供がいる場合にはそちらが優先されるが、いない場合には女性が選ばれることもかつてあった。つまり、ヴィクトリアは次期国王候補の最有力なのである。
「まさか私、女王になるの? そんなっ、まさか!」
よくよく考えればそうなのだ。
驚きのあまり馬車の中で立ち上がってしまい、天井に思いっきり頭をぶつけてしまった。衝撃に目の前がちかちかとなりながら頭を抑えて元の席に座り、しばらく動けなかった。
「まあ、そのようなこともあるでしょうな」
フレデリックは静かに言う。
「ですが、それまだ決まったことではありませんし、とりあえず国王陛下との謁見のことをお考えになっては?」
「謁見! そうだわ、私、陛下に会うのよね? なに着ていけばいいかしら?」
「まずは着るものから考えるとは、やはり女性なのですね。先ほどからのやりとりをずっと見ていて、よもや別の生物かと思っておりましたが」
「別の生物?」
「いえ、失礼しました」
フレデリックはこほん、とひとつ咳払いをする。ものすごい侮辱を受けたような気がするが、気のせいだろうか。
「もちろん、陛下とお会いするのに失礼のない服に着替えていただきます。そのような貧乏くさい服ではなく」
「くたびれた、とか、みずぼらしい、とか、他に言いようがあるだろうに貧乏くさいというその言葉の選び方、嫌いじゃないわ」
「それから、言葉遣いも少々変えた方がよろしいかと。王城に着きましたら、教育係を付けましょう」
「教育係? なんだかあまり嬉しくない響きだけれど」
「いいですか? あなた様はこれから王族の一員となられるのですぞ。それなりの教養が必要です。王城の令嬢たちに、元町娘の野蛮人扱いされてもよいのですか?」
「野蛮人は嬉しくないけれど、そもそも町娘なのだからある程度は仕方がないのかと」
「そんなことですと、社交界で相手にされなくなりますぞ」
「社交界? なにそれってってな気持ちだから、焦りも悔しさもなにもないのだけれど……。そうか、国王の娘って思っている以上に面倒くさいわね。というか、本当に私は国王の娘なの? 信じられない!」
話はどうしてもそこに戻る。
母が王城で働いていたなんて知らなかったし、そのときに国王、当時の王子とロマンスがあったなんて、そんなことまるで想像がつかなかった。
「我々が調べたことなので、間違いありません」
これは万が一間違いだったとしても、決して間違いを認めないような自信に満ちている。国王の使者とはいえ、こんな立派な格好をした貴族様と話すのは初めてなのだが、貴族とはみんなこんなふうなのであろうか。
「それから、そちらの幼馴染み殿は……」
そうしてフレデリックは殺し屋さんに鋭い視線を送る。
「ヴィクトリア様を心配される気持ちは分かるが、本来は同行は断るところだ。王城に着いたら、ただちに立ち去っていただきたい」
「それはお前に決められることではない」
「……なにを?」
「お前のことなど信用していないと言っている。それにヴィクトリアだって、今は父親に呼ばれたというから仕方なく貴殿に同行することにしたが、王城には馴染めない可能性だってある。そのときには責任を持ってチェリシュの町まで送り届けねばらない」
「……いいか? 本来ならばお前など、ヴィクトリア様はもちろん、私とも対等の口を利くなど許されない立場の者なのだぞ? ヴィクトリア様がどうしてもおっしゃるから同行を許した、つまり情けをかけられている立場だということは忘れられては困る」
厳しい口調に、これから自分はそんな大それた身分になるのかと、ここまできてもまだ自覚がない。殺し屋さんはそんなことまるで承知しているというに大きく頷く。
「私はただ、ヴィクトリアが不利なことにならないかと心配なだけだ。問題ないと分かればすぐに立ち去ろう」
(お金さえ受け取れれば帰るということね)
「私はそんなに暇ではないのだ」
(他にも暗殺の依頼が来ているのかしらね? 私もそんなずっといてもらうと鬱陶しい……いえいえ、彼は殺し屋なんだから、どこにどう転んでも殺し屋なんだから、あまり側に居られると不安だわ。やっぱり気が変わったとざっくりされる可能性もあるわけだし)
そのために、自分は一刻も早くまとまったお金を手に入れる必要がある。なんとしても早く金目の貴金属を手に入れられるように努めよう。
「いや、しかし……やはり好ましいことではない。ヴィクトリア様に懸想する者を連れてきてしまったなど、陛下にどう言えばいいのか分からぬ」
「だからっ! そういうことではない!」
そこは力強く否定する殺し屋さんである。
いやいや、それは無理があるだろうとヴィクトリアは思うのである。幼馴染み、心配で付いてきた。そこに愛がないと誰が思うのであろうか。
「要はこちらの身分が証明できればよいのであろう? 王城へ行かなくとも、どこかの領主にでも身分を証明してもらえれば」
「いいえ! 王城まで来てもらいたいです! ひとりで行くなんて不安だもの」
そこまでに金目のものを手に入れる自信がないので、とりあえず殺し屋さんには王城までは来て欲しい。
「いや、しかし」
「それに、王城なんて行ったこともないところ、どんな危険があるか不安だもの! 実は彼は警護の仕事をしているの! 私の護衛にぴったりだわ! だって、王城には危険なことだっていっぱいあるでしょう?」
「危険なことなどないように、あなた様のことを守る騎士団も付けますが」
「え……? 騎士団?」
なんだそのきらきらとした響きは。
なんだか気持ちが盛り上がってきた。王女とはどんな者か、とイマイチ想像がつかなかったが、そうか、きらびやかな騎士団に守られる存在なのだ。それはきっと気持ちがいい。
そんなヴィクトリアを、殺し屋さんはとげとげしい瞳で見ていた。浮かれているんじゃない、とでも思われている気がするが、騎士団が自分を守る、と言われて浮かれない人がいるだろうか。
「とにかく、王城までは付いていく。なぜならばお前達が信用ならないからだ」
「……国王陛下の使いたる我々が信用ならないだと?」
「護衛として長年働いてきた俺の勘がそう言っている」
本当は殺し屋なのに、よく話に乗る人だなあと生暖かい視線を送っておいた。
そうして夕方まで馬車で行き、今日は大きな街にある宿屋で一泊することになった。