第60話 対決1
「……怪我の方はすっかりいいの? かなりの大怪我だったと聞いているけれど……」
ローズ王妃はベランダのゆったりとした椅子に腰掛け、ひとりでお茶の時間を楽しんでいるところだった。
そこへ突然ヴィクトリアが訪ねていって、お茶の時間が終わるまで待つとは言ったのだが、どうせならば一緒にいかがとローズ王妃が誘っていると侍女に言われ、お茶の時間を楽しむようなゆったりとした気分ではないのだけれどな、と思いながらもそれに応じて、ローズ王妃の向かいに座った。
「ええ、怪我はまだときどき痛みますが、大したことはありません。もうこんな大袈裟な包帯も取りたい気分ですが、侍医が念のためだとうるさくて」
「そうなの、それはよかったわ」
そうして、ヴィクトリアの分の紅茶も運ばれてきた。
出されたものは、たとえ飲み食いできる気分でなくとも手をつけることが礼儀だと思うが、今日のヴィクトリアはそんな礼儀などどうでもいいと思っていた。
今日はとてもよい天気で、空は一面の青でしかし日差しが眩しすぎるということもなく、そよ風が吹いては頬を優しく撫でていく、うたた寝でもしたいような陽気だった。
「でも、私が最も傷ついているのは手ではなく、心の方です」
「ああ、そうね。昔馴染みの方が犯人だったのだとか」
ローズ王妃は紅茶のカップを置いて、テーブル越しに手を伸ばしてヴィクトリアの手を取った。
「お気の毒ね、知っている方に裏切られるとは」
「ええ、そうですね。でも、裏切られたのは彼に、ではありません」
そして、ヴィクトリアは素早くローズ王妃の手首を掴んだ。
「なっ、なにをするの?」
「まさか、指輪の中に毒を入れるなんて古典的な手ですね」
そう、ローズ王妃は薔薇の文様が入った大きな指輪をしていて、そこから毒を入れたのだとユアンが教えてくれたのだ。
ローズ王妃が呆然としている間にヴィクトリアはその指輪を彼女の指から引き抜いた。
「たぶん、毒が入っていた痕跡が残っていると思います。こちら、お預かりしてもいいですか?」
「な、にを言っているの? 私があなたのグラスの中に毒を入れたとでも?」
「そう思います」
「なにを言うか! この小娘が!」
気色ばんだ声を上げたのはローズ王妃ではなくその侍女だった。かなり年嵩を増した侍女で、恐らくはずっとローズ王妃に仕えているのだろう。
「卑しい育ちの娘が王妃様に対してなんという口の利きよう! 今までローズ王妃がどれだけお主に……」
「やめなさい。ヴィクトリア様は育ちはともかく、今は王女様なのですよ? あなたこそ口を慎みなさい」
「しかし、ローズ様!」
「私の侍女が失礼な口を利いて申し訳ありません。ですが、私があなたのグラスに毒を入れたとは穏やかな話ではありません。なにか証拠が?」
さすがは王妃である。取り乱してもいい場面であるのにまるで動揺を見せない。
こんなふうに疑われて、無実だとしてもどうしてそんな疑いをかけるのかと憤るし、罪を犯していたとしたらうろたえるのが普通であろう。その、毅然とした態度に、王妃とはかくあるべきだという姿を見たような気がした。
「証拠、と言われると少し困りますが、見た人がいるのです」
「見た人、とはどなたのことでしょう?」
「ユアンです。私を銃撃したと逮捕されていた」
それを聞くなり、ローズ王妃はぷっと噴き出した。そして、それは高笑いになっていった。
それから周囲にいた侍女達もつられて笑い出した。笑いは大きな渦のようになり、まるでヴィクトリアを小馬鹿にしたようなものに聞こえてきた。
一通り笑い終えると、ローズ王妃は笑いすぎて目元に滲んだ涙を拭いながら言う。




