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第48話 犯人は……?

 気が付くと見知らぬ部屋のソファに寝かされていて、目を開けたときに初めに目に入ったのはこちらを心配そうに覗き込む国王の姿だった。


「……よかった! 気が付いたんだね」


 それは先ほど大広間で見た威厳溢れる国王ではなく、ヴィクトリアが知っているいつものパパだった。なんとなくほっとして体を起こそうとすると、


「ダメだよ、もう少し休んでいなさい。貧血を起こしたんだ」


「貧血? こんなちょっとの出血で……」


 そう言いながら怪我をした手を見ると、そこにはぐるんぐるんに包帯が巻かれていて、まるで指が動かせない状態になっていた。


「……大袈裟だと思うんだけど」


「大袈裟なものか! 僕はね、もう死ぬかと思ったよ! 僕の大切なヴィクトリアちゃんが! せっかく会えたのに!」


 そうしておいおいと泣き出してしまった。先ほど、国王として尊敬できる立派な父だと思ったが、やっぱりパパはパパである。


 泣いているパパの背中を撫でつつ部屋の様子を確かめる。ここは恐らく大広間の近くにある控えの間であろう。小さな部屋であるが、そこに警備兵が五人と侍女が三人、侍従が三人いてぎゅうぎゅうである。

 ヴィクトリアは部屋の中央にあるソファに座っていた。とりあえずと倒れたヴィクトリアをここへ運び、そして手当をしたのだろう。


「ええっと、なにがあったのでしょう? そして晩餐会は?」


 近くにいた侍女頭のマーサに聞いた。

 口うるさく厳しい彼女だが、このような状況でも冷静に現状を理解し報告してくれると思ったからだ。


「晩餐会は中止です。それも無理はありません、その晩餐会で紹介され社交界に迎えられる予定でしたヴィクトリア様のお命が狙われたのですから」


「え? なにを言っているの? ただグラスが割れただけじゃない」


「お命を狙われたのです」


 もう一度、念を押すように言われてしまった。なにを言っているのかと思うと、警備兵のひとりがやって来て、懐から包みを取り出し、それをヴィクトリアに見せた。


「これが、割れたグラスから直線上の壁にめり込んでいるのが発見されました」


 それは、小指の先ほどの大きさの、銃弾だった。


「恐らくは、この銃弾によってグラスが割れたものと」


「そうだよ、ヴィクトリアちゃんは殺されかけたんだ! たままた銃弾が逸れてグラスに当たったから助かったけれど、もうちょっと銃弾が逸れていたら……逸れていたら……」


 パパが涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら言う。


「随分と下手な銃撃者ね、ここぞというところで外すなんて」


 ヴィクトリアが冷静に言うと、


「そうおっしゃらないでくださいヴィクトリア様。動いているものを狙うというのは思っている以上に難しいものなのですよ?」


 銃弾を見せてくれた警備兵が冷静に応える。この人とは気が合いそうだと直感した。


「そんなものなの? でも、こう言っちゃなんだけれど私、王女なのよ? そんな人を殺そうとするなんて、余程の腕利きを雇うはずでは?」


「晩餐会では多くの人が出席されていました。そんな中、僅かにヴィクトリア様へと銃弾を届かせただけで余程の腕利きかと存じますがね」


「と、いうことは……もしかして私を狙ったのではないという可能性も」


「ああ、なるほど。それはそうですね。ヴィクトリア様はとても聡くいらっしゃる」


「えへへ」


「……ということは、別の方向からも捜査を進めた方がよろしいですね。つまり……」


「そんなことはどうでもいいのだ!」


 パパがしゃくり上げながら、吠えるような声で言うので思わずびくりと肩を震わせてしまった。


「とにかく、ヴィクトリアちゃんに怪我を負わせたことが問題なのだ! その犯人はなんとしても捕らえなければならない! もしかしたらヴィクトリアちゃんを狙ったのではないという可能性もあるが、それは捕まえてみれば分かることだろう!」


「……承知いたしました」


 警備兵は余計なことを言ったと思ったのかしまったという顔をした後、敬礼をして、さっさと部屋を出て行ってしまった。

 パパはヴィクトリアの、怪我をしていない方の手をぎゅっと握って暑苦しいと感じるほどぎらぎらした瞳で見つめてきた。


「まさか、こんな怖い目に遭うなんてと嫌気が差して、ここでは暮らしていけないなんて考えたりしないよね?」


「そんな心配をしてくれなくとも……」


「よしっ! これからヴィクトリアちゃんの警備を倍に……いや、十倍にしよう! なにも怖いことがないようにね!」


「ちょ……っと、それは行き過ぎじゃないかしら? それに、今回のことも私を狙ったと決まったわけでは……」


「よし、決まった。聞いたな? 今すぐ手配をするように!」


 パパに言われた侍従は、神妙な面持ちをしてかしこまりましたとばかりに一礼して部屋を出て行った。

 ヴィクトリアは、自分が命を狙われたかもしれない、というよりも面倒くさいことになったなあ、という感想だった。


 たくさんの警備は鬱陶しいと想像できたので、なんとかユアンだけにしてくれないかと望み、しかしそれはそれでユアンは嫌な顔をしそうだな、ということばかり考えていた。

 ところが、そんな望みは叶うことがないと翌日の朝になって判明した。

 ヴィクトリア暗殺未遂の罪で、他でもないユアンが投獄されたという知らせを受け取ったからだ。

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