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第4話 待っていたお迎え

「サイカ王国国王、ブラッド陛下の命のより参りました。ヴィクトリア様、あなた様をサイカ王国王女として我が城へと連れ帰るように、と」


「は、はあ……?」


 知っていたはずだった。

 今日にはヴィクトリアの父親が迎えを寄越すのだと知っていたはずだった。

 だけれど、こんなことは聞いていない。

 まさか自分が国王の娘だったなんて。


「ちょっと……! ヴィクトリアちゃん、これは一体どういうことだい? 国王って……」


 ヴィクトリアの隣に立っていた宿屋の女将が、ヴィクトリアの右の二の腕を盛んに叩いてくる、痛い。

 そんなこと、聞かれたところで自分にだって分かるはずがない。

 昼前にやって来たやけに豪奢な馬車の一行は、ヴィクトリアが働く宿屋の前で馬車から降りてくると、まずは宿屋の主人夫婦を呼んだ。そうして少し話をしてから次にヴィクトリアが呼ばれた。


 いや、これは自分を迎えに来たのだろうなとは思っていたが、まさかこんな金ピカの馬車で迎えに来るとは、と他の宿屋の従業員と共に馬車をぽかんと見つめていたら、そのうちその馬車に王家の紋章が入っていると誰かが言い出した。もしかして、王族の誰かが自分の父親なの? と呆然としているうちに小部屋に来るようにと言われて……そうしてこれである。


「ええっと、なにかの間違いでは?」


 迎えが来たら否定の言葉などなにも口にせず『遅かったわね、さあ行くわよ!』と颯爽と迎えの馬車に乗り込もうと思っていたのに。いくらなんでもこの状況には戸惑って、用意していたはずの言葉なんて吹っ飛んだ。


「驚かれるのは無理もないことですが、これは間違いがないことです。密かにこちらで調べさせていただきました」


 そうして、国王の使いだというその男は、ヴィクトリアの母親が以前王城で侍女をしていたこと、その際に当時の王子であるサイカ王国国王の寵愛を受けて子を身ごもったことを語った。


「あのぅ、お城で侍女をしていたってことは、母はそれなりの身分にあった人なのでは?」


 母にはまったくそんな気配はなかった。

 着るものもケチる、食べるものもケチる、生まれながらの庶民に間違いないように思っていた。


「ええ、子爵家のご令嬢でした」


「はあ? だったらどうしてあんな貧乏暮らしを? いくらでも実家に頼ればよかったじゃない」


「身分を明かせない方の子供を身籠もったのですから、ご実家には帰れなかったのではないでしょうか」


「だったら……」


 そこまで言いかけてヴィクトリアは言葉を飲み込んだ。

 ならば余計に父親である国王がなんとかするべきじゃなかったのか、と。いくらなんでも国王に向かってそんなことを言うのは不遜であると町娘であるヴィクトリアにも分かる。国王をはじめ、王族の悪口でも言おうものならば不敬罪で牢に入れられてもおかしくない世の中なのだ。


「いろいろとご事情があるのです、お察しください」


 それは、多くの人の目があるこの場では口にできないということだろうか。ならば余計に気になる。なんとしてもこちらが納得できるような事情を話してもらいたい。直接会ったときに聞き出したいと思うのだが。


(いえ、でも国王でしょ? 聞けるかしらね、そんなこと……)


 すっかり弱気になってしまった。昨日は正拳突きをしてやると思っていたのに。

 それから、使者はヴィクトリアを国王の子だと認定した経緯を語っていった。どうやら半年ほど前からあれこれ調べられていたらしい。万が一にも間違いがないように、と慎重に事を進めていった、ということだ。


「と、言うことは、私が国王陛下の娘であることは間違いがないということですね?」


「ええ、間違いなくあなた様は国王陛下のご息女であります」


 そう言われてもまるでピンと来なかった。

 国王なんて雲の上の存在で、実在するかどうか怪しいくらいの存在である。しかもこの町は王城がある王都クルスから遠く離れた辺境の町で、王都へ行ったことがあるという人すら探すのが難しいくらいなのだ。


「おー、そうでしたか!」


 今までぽかんと口を開けて突っ立ていた宿屋の主人が急に大きな声を上げた。


「いやあ、うちのヴィクトリアはね、やはりどこか気品が漂う娘様だと思っておったんです」


「嘘をつくな主人よ、お前のような跳ねっ返り、嫁のもらい手もないから一生うちで下働きだな、がははと語っていたではないか?」


「な、なにを言うんですかい、ヴィクトリア様?」


「ええい、気安く我が名を呼ぶでない」


 早速日和ってきた主人に牽制するような視線を向けて、手を振って周囲のものをなぎ払うような仕草をした。ちょっと気分がいい。


「……冗談はさておきだ、ヴィクトリア」


 宿屋の主人はひげ面で小太りの暑苦しい顔をヴィクトリアに近づけてきた。


「お前、この話を知っていたのか? つまり、自分はどこか高貴な人の落とし子だと母親から聞いていただとか」


「母さんは父さんのことまるで話してくれなかったし。知っていたらお金貯めて王都にまで行って、私の養育費と母さんへの慰謝料ぶんどっているわよ」


「ぶんどる……?」


 使者が不審そうに眉を吊り上げたので、いけないいけないと思って、作り笑みを浮かべつつ、続ける。


「ぶ、……えっと、ぶつける? ええっと、私と母さんがどんな辛い思いをしていたのか、その思いをぶつけて、分かってもらえるまで話し合う? とか……」


「ああ、まあそうだよな」


 宿屋の主人は大きく頷きながら腕を組む。


「子まで孕ませた女を放っておくなんてないよな? ここはひと言……いや、ふた言でもみ言でも言いたい気分だよな」


「それにはいろいろと事情があるのだ、ご主人」


「……いや、俺も一緒に行ってあれこれ言ってやりたいことがあるぞ! 頼る人もいないようなこの町で、ヴィクトリアが母親を亡くしてどんな苦労をしたのか分からせてやらなければならぬ!」


「そうですね、宿屋で安い給料でどれだけこき使われたか、ちゃんとお話ししないといけませんからね」


「えぇい、もうよい」


 使者は苛立たしげな声を上げてふたりの言葉を遮った。どうやら気が短い人らしい。


「とにかく、そのような事情であるのでヴィクトリア様には王城に来ていただきたい。陛下がお待ちである」


「でも、そんな急に言われても」


 生き別れの父親に会いに行く心の準備は少しできていたが、王城へ行く心の準備も、国王に会う心の準備もできていない。というか、自分がそんな大それた血筋の者だったことがとても受け止められない。彼らは間違いがないように調べた、と言って一応納得はしたはずだが、それでも、と思ってしまう。


「とにかく、私どもと一緒に来てください。外が騒がしくなって参りました。早くこちらを発った方がよろしいかと」


「いや、少々待たれよ」


 ふと見ると、小部屋の入り口に何者かが立っていた。話に夢中になっていたからか、いつ入って来たのかまるで気付かなかった。


「急にそんなことを言われても信用なるものか。お前達が本当に国王の使いだという証拠などないではないか」


 確かに言われる通りである。

 だが、その言葉の内容よりももっと気になることがある。やけに颯爽と言い放ったがこの者が一体誰であるかという点である。


 年の頃は二十歳そこそこといったところであろうか。背が高く黒髪に澄んだ蒼色の瞳をしていて、整った顔立ちが人の目を惹く。宿屋で働いているという事情もあり、一度会った人であってもそこそこ覚えている方だが、彼には見覚えがない。


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