第38話 王妃の子供2
「今までは……私の母さんに遠慮して他の女性には手を出さないようにしていた、とパパは言っていました」
「それはただの言い訳では? いいのですよ、もうあり得ない夢想をするのはやめたのです」
「で、でもですね……」
「それより、私はリアの教育係となったわけです。教育係として進言しますが、夫婦間の込み入った事情にはあまり立ち入らない方がよろしいかと。それが、この王城内で上手く立ち回るコツかと思いますよ」
「ああ、ええ……そう、ですよね」
「こういった場面での無難な話題選びを学んだ方がよろしいですわね? リアはこれから王城内のいろんな方とお話しすることになるでしょう。来週の晩餐会にはもちろん出席される予定ですわよね?」
「晩餐会の予定すら知りませんでしたけれど」
ちらりとマーサの方を見ると、私は話しましたけれど異議でも? という顔をしていたので、話してもらっていたのかもしれない。ただ、そんな予定など覚えていられないほど、ここに来てからいろいろとありすぎた。
「ヴィクトリア様を正式に王女様として皆様に紹介する予定と聞きました。それまでに、王城ないの作法についてわたくしと一緒に学びましょう。先ほどからお話をしていて、リアはとても聡い方だと分かりました。ですから、わたくしの教えることなど難なく理解できるでしょう」
「そうでしょうかねぇ」
そんな自信はまったくない。
十五年間庶民の子として育ってきて、今更なにをどうできるとも思えない。
美しいドレスを着て、高価な装飾品を身につけて、それで見た目にはなんとかなったので、ただ黙って座っていれば周りがなんとかフォローしてくれて、なんとか王女らしく見えるようにはできないのだろうか。貴族たちの関心を引けるような話題選びなんて頭が痛い。
「なんとか恥をかかないような作法とかを教えていただければ……」
「そんな消極的なことでどうします? リアには晩餐会で話題の中心になるような話術を身につけていただかなければ! なにしろ、将来女王様になる可能性だってあるのですから!」
「いえいえいえいえ! 確かに血筋からはそうかもしれませんけど、周りが許さないでしょう?」
「では、周りも次期国王はヴィクトリア様でないといけない、と思うような会話術や所作を身につけましょう!」
「そ、そんな!」
どうやら、厳しい指導が始まりそうだった。
話を聞いていくと、どうやら自分から教育係をやると申し出てくれたようだった。王妃の後ろ盾があるなんて、恐らくは王城内であれこれとやりやすくなるのだろう。ありがたいことである。
「私、リアのことをまるで自分の子供のように思っているのよ」
「え……? さっき会ったばかりなのに、それは少々性急ではないでしょうか?」
「こういうのは直感じゃない? それに噂はあれこれ聞いていたもの。仲良くなれそうだなと思っていたけれど、実際に会ってみたらとても気が合いそうだと思って」
「はあ、そうですか……」
しかしヴィクトリアの方も、会ってみて悪い感じはしない人だなという印象だった。王妃なんて聞くと、どんなに気位の高い人かと思ったがそんな雰囲気はまるでないし、庶民育ちだとこちらを侮るような気配はまるで感じない。ヴィクトリアと仲良くしたい、という気持ちが言葉の端々からにじみ出ていて、そう思ってくれていることが嬉しく感じるのだ。
「これから毎日、朝食をとられた後にはこちらにいらしてください。さっそく明日から始めたいと思いますが、他になにかご予定が入っていますか?」
「いえ……大丈夫、かと思います」
念のためにマーサの方を見ると大きく頷いていたので、予定は入っていないのだろう。
「よろしい。では明日から本格的に始めましょう。今日はもう少しリア自身のことを聞きたいわ。育った町はどんなところだったの? お仕事をしていたと聞いたけれど」
聞かれるままに今までどんな暮らしをしていたか話していった。王妃は庶民の暮らしなどまったく知らないようで、まず身の回りの世話をしてくれる者がいないというところで驚いていた。むしろ、自分が誰かの身の回りの世話をする側だったのだけれどと話すと、大変な暮らしをしてきたのね、と同情を寄せられた。
(生まれついてのお嬢様だから仕方がないのだろうけれど……ああ、これからそういう人達と渡り合っていかないといけないのか)
少々うんざりしつつ、でも驚きつつも軽蔑するような態度は決して取らないローズ王妃についつい調子に乗りすぎてあれこれ話してしまい、侍女に『王妃が知らなくていいことまで……!』と声を荒らげられる始末であった。




