第36話 ヴィクトリアの教育係
「僭越ながら、ヴィクトリア様の教育係を務めさせていただくことになりました。気軽にローズ、と呼んでくださいね」
畏れ多くも王妃様を気軽にローズ、などと呼べるだろうか。
挨拶の時から既に教育係としてヴィクトリアに試験でも仕掛けてきたのではないかと思わされた。
そう、翌日早速、とその教育係の部屋まで案内しますと侍女頭のマーサに言われて、連れて行かれたのが王城の東棟にある王妃の部屋だったのだ。
ちなみに、ユアンも一緒に言ったのだが、それは遠慮して欲しいと断られた。向こうは厳重な警備体制が敷かれているから大丈夫だと言うのだ。
そのこともおかしいと思ったし、案内いたします、とのことも少しおかしいなとは思っていたのだ。
ヴィクトリアは仮にも王女である。
教育係は、王女の部屋までやって来てあれこれ手ほどきをするのが普通ではないのだろうか、と思ったのだ。いやしかし、自分は貴族社会のことはないも知らないし、王女といえどもその教育係には礼儀を尽くさなくてはならないのかもしれない、とあまり深く考えなかったのだ。
粗相のないように、派手すぎず地味すぎず、それでいて娘らしい若若さを感じさせるドレスにしましょう、と若草色に胸元にフリルの飾りがついたものを着て、やけに遠い部屋までやって来て、部屋に入った途端にやけに美しい女性を見付けて、ああ、ここに来てはいけなかったと思ったのだが、もう今更引けなかった。
「で、では……私のことは気軽にヴィクトリア皇女殿下とでも呼んでください」
するとローズはきょとんと目を瞠り、それからほほほ、と笑い出した。
「聞いていた通り、面白い方ね。気に入ったわ」
「嘘ですよ? 気軽にリアとでも呼んでください」
「まあ、そちらの方が素敵ね。親しい方はみなさんあなたをリアと呼ぶの?」
「友人はヴィク、の発音が舌を噛みそうだし名前が長くて面倒くさいので、リアでいい? と言って」
「でしたら、リアと呼ぶことにしようかしら」
「気に入ったのなら、どうぞその呼び方で」
「では、リア。今日は堅苦しいことはなしにして、お互いについて話しましょう」
そうして窓際の椅子に腰掛けていたふたりの元に紅茶が運ばれてきた。
窓は開け放たれていて薄いレースのカーテンが風に揺れていた。中庭で咲き誇っている薔薇の香りが、こちらにまで届いてくるようだった。
心地よく過ごせるように配慮された部屋だと感じた。
窓は大きく、光をふんだんに取り入れている。家具は歴史のあるどっしりとしたものが多かったが、古くさくは感じなかった。
国王の寵愛を受けない王妃、とはどんな寂しい生活をしているのかと考えたこともあったが、そんな気配はまるでなかった。ここでまず、ヴィクトリアの懸案はひとつ消えた。
「驚いたんじゃないですか? 今まで国王には子供はないと思っていたのに、急に王女が現れて」
回りくどいことは苦手である。ヴィクトリアは躊躇うこともなく単刀直入に聞いた。
「ええ……まあそうね」




