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第29話 女の争いの言い訳

「ええっと、私の悪口を言われていて、それでついカッとして、彼女の頬をぱんっと叩いてしまったのです。まったく、庶民育ちで申し訳ないです。王城ではそのようではないと知っていたはずなのですが。下町では文句がある同士、拳で決着をつけるのが常なので。いえ、でも、王城だからと手加減して拳じゃなくて張り手にしたんですよ? グーじゃなくて、パーです、パー。ああ、でも、彼女の頬に赤く跡が残ってしまったようで申し訳ないなって。え? ユアンですか? 彼は私が彼女を叩く前に、私がすごい勢いで言い返したので、それを止めてくれたんです。でも、そんなのに止められる私ではないわけです! 今考えれば、彼の言葉に従っておけばよかったですね。反省してます」


 えへ☆と笑うと、ヴィクトリアの向かいの椅子に座っていた警備兵長と警備兵は複雑な表情を浮かべた。

 ここは警備兵の詰め所になっている部屋で、ヴィクトリアとユアンはことの顛末について説明を求められていた。


「いや、そんなことではなく……」


 ユアンが余計な口を挟んで来ようとしたので、ヴィクトリアは彼の足を思いっきり踏んだ。

 かなり痛かったと思うが、さすが元殺し屋である。彼はいたそうな顔ひとつせず、ただ小さく舌打ちをした。それは、話をヴィクトリアに任せてくれたということだと判断した。


「いえ、しかし……ヴィクトリア様の悪口を言っていたと……」


 お髭の警備兵長は渋い声で言う。


「ええ」


「ここは王城内です。王城は国王陛下の住まいです。そこでヴィクトリア王女の悪口を言うなどと」


「まあ、若い娘にはありがちのことではないですかー?」


 軽く言うが、警備兵長の眉に寄った皺は消えない。


「国王陛下はこのようなことがないかと、あなた様がいらっしゃる前から大変危惧されていておりまして。突然現れた王女を快く思わずに王女のお心を傷つけるような発言をする者がいるんじゃないか、と」


 その様子が目に浮かぶ。

 『大切なヴィクトリアちゃんを傷つけるような人がいたら、僕ちん黙ってないからね!』とそんなところだろうか。


「ここは、他の者への見せしめのためにも厳しい罰を与えるべきかもしれません」


「は? なんですか、それ?」


「王城からの永久追放はもちろん、ひと晩くらい牢に入れたらいいかもしれませんな。その話が広まれば、もうヴィクトリア王女を悪く言うなんて者はいないでしょう」


 話には聞いていたが本当だった。

 王族の悪口を言っただけで牢に入れられるとは。これは、足を引っかけて転ばせようとしたのだと露見すれば、本当に処刑でもされかねない。一族は貴族の位を奪われ、王城から追放されそうだ。先ほどユアンが言っていた話は大袈裟でもなんでもなかったのだ。


「ええっと、では、その不届き者を私を拳で……いえ、平手ですが、頬を叩いて顔を腫らせた、ということで、喧嘩両成敗で許してください。騒ぎを起こしたことは謝ります」


「いえ、ヴィクトリア王女が謝ることではありません」


「ですが。……ほら、ちょっと私の悪口を言っただけで投獄されるなんてことになったら、みんな怖がって私の話題を避けるようになって、粗相があってはいけないと私に近付かなくなるかもしれなくて、私の存在を消されてしまうかもしれないですし!」


「まあ……そのようなこともなくはないかもしれませんが、しかしヴィクトリア様は将来女王陛下になられるかも知れないのですぞ? 周囲の者に侮られるようでは」


「そんな話は勘弁していただいわけで……って、それはとりあえず横に置いておいて……。えっと、えっと……女王になるかもしれない人ならば、なにより人々の信頼を集める存在であるべきでは? 今回のことは、丸く、穏やかに収める方向で」


「いや、しかしですな。国王陛下のご意向が」


 警備兵長は厳しい顔のままだ。

 本当に、どうやったら納得させられるのかと歯ぎしりしたい気持ちである。


「……では、こうしたらどうだ?」


 今までじっと押し黙っていたユアンが口を開いた。


「これは美談に仕立てるのはどうか?」


「は? 美談?」


「そうだ。恐れ多くも王女の陰口を叩く者がおり、本来ならば投獄されるほどの罪に問われるところだったが、王女はそれを大きな心で許したと」


「あーっ、それいい!」


 ヴィクトリアはすかさず声を上げた。


「そういうことにしましょう! そうなれば、私も優しい王女として認知されて、王城内でのあれこれもやりやすくなるわよ!」


 本当はそんな姑息なことを、と思うし思われるのもな、という気持ちなのだが、さほどの悪気がないあの令嬢を投獄するなんてとんでもない。それを回避するならばどんな理由をつけても、とユアンに乗っかることにした。


「いえ、しかしですね、他の者たちに示しが……」


「だって、私がそう望んでいるのよ? パパにもそう伝えて!」


 最後にはわがまま娘のようになってみた。警備兵たちは呆れた様子ではあったが、王女のたっての願いだとでも思ったのか、ではそのようにしましょう、と最後には納得してくれた。

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