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第22話 招待状への返事

「この招待状、返事を書かなければいけないのかしら?」


「ええ、そうですわね」


「じゃあ、ユアンも同席しますが構いませんよね、と返事を書くわ」


 そうして侍女の向こうに立っていたユアンへと視線を向けると、彼はとっても嫌そうな顔をした。


「……俺を巻き込むのはやめろ」


「え? どうして? あなたは私の舎弟で警護であるわけで、一緒に参加するのは当然じゃない? それに、妹会と舎弟会、なにか可能性を探ろうって言っていたじゃない?」


「招待されていない者まで一緒に、というのは、失礼にあたるのではないのか?」


 ユアンの言葉を受けてか、侍女が一生懸命『そうですよ!』と言うように頷いていたが、


「姉御と舎弟は一心同体! 一緒じゃないと参加しませんって書くわ」


「一心同体。いつの間に俺とお前はそんな気持ち悪い関係になったんだ」


「とにかく返事を書くわ。こういう返事って、早いほうがいいんでしょう?」


「え、ええ……。では、急いで代筆の者を呼びましょう」


 そう言って部屋から出て行きかけた侍女だったが、


「いいわよ、代筆なんて。自分で書くから」


「えぇぇぇ?」


 侍女はまるで幻のモンスターでも見付けたような、奇声を上げた。


「字を書けるんですか? そういえば、招待状の字も読めたようですが?」


 とんだ侮辱だ、と思ったがそう思われても仕方がない。

 庶民は字を書けなくて、読めなくて普通なのだ。

 ただ、ヴィクトリアはどういうことか母が字を教えてくれて、八歳の頃には大人が読むような本が読めたし、手紙を書くにも不自由がないくらいのスペルを覚えていた。宿屋の仕事を得られたのも、宿泊客の代筆ができたということが大きいような気がする。


「ええ、母親の厳しいしつけのたまものですわ」


 ちょっと気取って言っておいた。この王城内でちょっとでも人に誇られることがあるとしたら、庶民育ちなのに字が書けるくらいしかないと自負があったから。


「羊皮紙とペンと用意してくださるかしら?」


「はい……、と、紙とペンは確かそちらの執務机の引き出しにあったはずです。庶民の王女には無駄なものかと思っていましたが役に立ちました……と、失礼いたしました」


 こんな思ったことを口にしてしまう粗忽者が侍女をしていて大丈夫かと思ったが、ヴィクトリア本人は全くそんなことは気にしない性質なので、まあ、いい。


(でも庶民の王女、なんて呼ばれているんだ。やっぱり王城ってそういう陰口が横行しているところなのね。まあ、王城に限らず、人が集まるところでは陰口なんて当然よね。逆にちょっと安心したわよ)


 そうして執務机の方にと移動して、ノーラへと返事をしたためた。

 そのうちに雨が降り出して、鋭い雨粒が窓を叩いた。


 ああ、ちょっと前までは雨の日を憂鬱に思っていたな、と思い出す。

 雨が降っていると出発する日にちを延期する、つまり延泊するお客がいて、その分宿屋は混雑するのだ。主人はかき入れ時だと喜んでいたが、下働きの者にとっては災難のように思っていた。だが、お客が少ないと給金ももらえないのでそんなことは言っていられないのだが。


(あ、そういえば今月のお給金もらってなかった! その怒りを急に思い出した!)


 あの主人め、と唇を噛みしめる。雇ってもらった恩はあるが、その分働いていたのだから給料はもらってしかるべきなのである。招待状の返事を書き終わったら、督促状をしたためて宿屋の主人に送りつけてやろうと決めた。


「字……」


「え?」


「お上手なんですね。まるで流れるような筆致で。これならば代筆を頼むよりもずっとよろしいかと」


「ああ、そうかしら? ありがとう」


 そうして書き上げた手紙を侍女に託した。

 侍女は一礼して部屋から出て行き、後には再びヴィクトリアとユアンのふたりになった。

 ヴィクトリアは窓を少しだけ開けて外の様子を見てみた。ヴィクトリアの部屋は三階にあり、中庭を見下ろすことができるのだが、太陽の光を受けて咲き誇っていた白や黄色の薔薇が、今は薄い靄の中にあった。


 今まで花に目をくれる暇もないくらいの暮らしをしていたが、そういうものに目が留まるということは心に余裕が出てきたということだろうかと少し考えた。

 雨はかなりの勢いがあり、今日の夜いっぱいは降りそうである。


「お前、娘達の集まりに俺を引っ張り出そうなんて本気か?」


 もうそういう内容で返事を書いてしまったというのに、ユアンはとても不服そうな声を上げる。確かに女だらけであろう会に男がひとりで参加するのは嫌だろうが、それを言ったらヴィクトリアだって同じだ。どうにも、女だけの集団というのには苦手意識がある。


「いいじゃない、ノーラ様は男装をしているから、男みたいなものだし」


「その、ノーラ様のハーレムに俺が立ち入るようなものなのだが」


「うーん、やっぱりそんな感じなのかしら?」


「そう思う」


 そうなると、ノーラの従姉妹であるヴィクトリアがどんな扱いをされるか不安である。従姉妹、だと持ち上げられるのか、それとも、急に現れて従姉妹面していると排除される方向に動くのか。


「あぁー、やっぱり断ろうかしら? お腹が痛くなったことにして」


「お前はなにかとお腹が痛くなることにしたがるな。お腹が痛いことが免罪符になるとでも思っているのか?」


「だって、お腹が痛くてすぐにトイレに行きたくなるんですよ、って言えば誰も無理強いはできないじゃない?」


「……。もういい」


 そうしてその日の晩餐で、パパに『ノーラのお茶会に参加することにしたんだって?』と嬉しそうに言われて、これは仮病を使うことはできないなと苦笑いを漏らした。

 パパはヴィクトリアが王城に馴染もうとしていることが嬉しいようだ。そんな無邪気な顔をされて、それを無下にすることなんてできないのであった。


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