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第2話 出自の問題

「……ちょっ、ちょっと待ってよ!」


「命乞いか? 申し訳ないがそれは受けられない」


「私、本当に金持ちの人の落とし子だったの?」


「金持ち……まあ、そう思ってもいいか」


「……じゃあ、もうすぐ私にはお迎えが来て、大金持ちの家に娘として迎え入れられるってこと? もう宿屋の下働きで、水仕事で手があかぎれになってどんなに軟膏を塗り込んでも治らなくて、毎朝悲鳴を上げそうな思いをするなんてことがなく、鶏小屋で鶏のフンだらけになりながら玉子を集めるなんてことをすることなく、息も凍るような部屋で鶏よりも早起きしなければならないなんてこともない。暖炉が赤々とした部屋で寝起きする、使用人が食事の支度も服の着せ替えまでしてくれるような贅沢な生活ができるってこと?」


「まあ、そうだな」


「でも、それを知らずに殺されるってこと?」


「気の毒だが、そういうことだ」


 そうして男が振り上げた剣を振り下ろそうとしたとき、


「ちょっと待って!」


 ヴィクトリアは男に向けて右手を広げて、静止を促すような仕草をした。


「ここは取り引きと行きましょう!」


「取り引き?」


 男の瞳が不機嫌そうに歪められた。


「そうよ! あなたの話によると私はこれからお金持ちになる予定なんでしょう?」


「それをよく思わない者がいる」


「その、あなたの依頼人が誰だか知らないけれど、きっと私がその家に行ったらその人が損するってことでしょう? ということは、私の方にお金が入ってくるってことよね?」


「それは少々語弊があるが」


「あなた、いくらで雇われているの? お金のためにこんないたいけな娘を殺しても良心の呵責を補えるくらいのお金をもらっているの? それとも忠義心? 私を殺せと命じた人になにか恩義でもあるの?」


「恩義はないが」


「だったらよかった! あなたが忠義心から殺しを請け負うほどの決意をさせるほど者が依頼主で、私がその依頼主よりもあなたの信頼を受けられるほどの人物になれるとは思わないけれど、お金の問題だったらなんとかなるわ。私が大金持ちの娘であるというあなたの話が本当だったら!」


 今度は胸の前で手を組んで、ヴィクトリアはじっとりとした視線を男に向けた。

 これから物語の中にあるような華やかな生活が待っているというのに、こんなところで殺されてなるものですか。


 ヴィクトリアは必死だった。

 ここから人生一発大逆転が待っているのである。

 もう身寄りがないからと誰に馬鹿にされることもない、泣きそうな空腹に耐えることもない、一生衣食住に困ることがない生活を手に入れることができるかもしれないのだ。


「別に金に惹かれたわけではないが」


 男は振り上げていた剣を静かに下ろした。


「お前、面白い奴だな。普通だったらこんなふうに剣を向けられたら、怯えて身を縮めて、暗殺者と交渉なんてしないだろう」


「ふふん、私をそんじょそこらの娘と一緒にしてもらっちゃあ困るわ」


 男が剣を下げ、こちらの話に耳を傾けてきたのをいいことにヴィクトリアは立ち上がり、腰に手を当てて大きく胸を張った。


「だいたい、誰が私を殺そうとしているのか知らないけれど、あなたのような者を差し向けてくるなんて気に入らないわ! 来るなら自分で来なさいって話よ! タイマンで勝負つけてやるから!」


「タイマン……」


「タイマンなら負けないわよ! これでも同じ年の子には負けたことがないわ、もちろん男を含めて! 近所の子供達からは姉御って呼ばれて慕われているんだから!」


「姉御……」


 男は沈痛な面持ちで……といってもヴィクトリアにはその表情が分からなかったが、恐らくはそんな表情を浮かべて額に手をやってやれやれと首を振った。


「想像していた娘と違う。金のためとはいえ、なにも知らない無垢な娘を殺らなければならないのかと、朝から気が重かったというのに」


「え? 無垢な娘じゃない? 純真無垢でいたいけな十五の娘よ?」


 男はヴィクトリアの爪の先から頭の先までを見て、小馬鹿にするようにふん、と鼻をならした。


「……すっかり気がそがれた」


 男は手にしていた剣を腰に下げていた剣鞘に戻した。


「とりあえず、お前を殺すのはやめておく。お前は俺のこの剣を汚すのに値しない娘だということが分かった」


「まあっ、それってどういうこと? 失礼しちゃうわ! だいたい、あんたも甘いのよ? 暗殺を目論んでいるんだったら余計な話をしていないでさっさと殺せばよかったのに! おしゃべりは殺し屋に向いていないわよ」


「俺は別におしゃべりではない。どちらかといえば無口な方だ」


「そうかしら?」


 そんな言い合いがしばらく続いた。

 まさか殺し屋とこんな言い合いをすることになるとは、人生とは分からないものだ。


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