第18話 妹会への誘い
「そうか、君がヴィクトリアか。思っていたのとは違うな」
ヒューバートの鋭い視線に震え上がりそうになる。
今まで、宿屋に勤めていたときにいろんな客と接していて、誰を相手にしてもなんとかなるという自負があったのだが、なにしろ相手は国務大臣の子息である。しかも、次期国王になる可能性が高いと自分でも思い、周囲にも思われているだろう人である。
なにを言われるのだろう、と固唾を呑んで待ってしまう。そして、なにを言われても傷つかないように、と身構えていたのだが。
「……うむ、思っていたよりずっと可愛い」
「は……?」
「ずるいぞ兄上、それは私が先に言いたかったのに! そんなお堅そうな顔をしながら、女性に気安く可愛いとか言うのは反則だぞ!」
「可愛いと思ったから可愛いと言ったのだ。いや、庶民の間で育ったというからな、きっと苦労が多く娘らしさの欠片もないように育ってしまったかと危惧していたのだ」
「それはそうだな。世間の荒波に晒されてしまって、意地悪そうな娘になっていたらどうしようと思っていたが、そうではなかった」
ノーラはヴィクトリアにすっと手を差し出した。
「仲良くなれそうな娘で安心したよ」
「は、はあ」
そうして恐る恐るとノーラの手を取る。ノーラの手はひんやりとしていて気持ちがよくて、高貴な方の手だ、と思わず感動してしまった。
するとノーラはふっと微笑んで、もう一方の手をヴィクトリアの手に添えてきた。
「ヴィクトリアの手はとても小さくて温かいな。まるでどこかから迷い込んで来た妖精のようだ」
「よ、妖精? いえいえ! 私の手なんてかっさかさで固くて、いつも落ち着きがなくバタバタしているから体温が高いだけです」
「ああ、その素直な謙遜! おおよそこの王城では出くわさないものだ! いいね、とっても新鮮だよ。ヴィクトリア、私の妹分にならないか? そして私のことはお姉様と呼んで」
「離せ、変態」
ヒューバートがノーラの手をぺしりと叩いた。
「なにをする兄上、嫉妬か?」
そう言いつつ、やっと手を離してくれた。……いや、ヴィクトリアとしては別にずっと繋ぎっぱなしでもよかったのだが。
「その変態的なプレイにヴィクトリアを巻き込むのはよせ」
「変態的とはなんだ! ただ私は、王城にいるかわいらしい娘達と妹会を作っているだけではないか! ヴィクトリアにもぜひその会に入って欲しいと勧誘を……」
そんな説明はなかったが、今聞いたからいいかと思っていた。そして、申し訳ないがそんな会に参加するのはあまり嬉しくないなと思ってしまう。女同士できゃあきゃあやるのはちょっと苦手なのだ。
そうしてふたりは言い合いを初めてしまった。
仲が悪い……ということではなく、仲がいいからこそこうやって言い争いができるんだろうなと思い、兄弟がいるっていいなと思いながらそのやりとりを見つめてしまう。
「兄さんと姉さんはいつもこんなだから気にしないで。あ、僕はアーロン。よろしくね」
そう言って、アーロンはヴィクトリアに握手を求めて来たので、素直にそれに応じた。
「なんだか、やっとまともな姉さんができたみたいで嬉しいな。ノーラ姉さんは僕のこと『妹だったらよかったのにな』と言ってあんまり相手にしてくれないんだ。まあ、別に相手にしてくれなくても困ることはないんだけど」
「ええっと、姉さん……って?」
「従兄弟なんて、姉弟みたいなものじゃないの? 父上も、そういう気持ちで迎えなさいと言っていたし、僕としてもそれでいいかなって」
「その気持ちはとても嬉しいけれど」
それでいいのかな、と思わなくもない。どうやら彼らと従兄弟同士であることは間違いないが、育ちが違うのである。それなのに姉弟みたいに、と言われても無理があるように思える。
「そうだ、今日から我々は兄弟であることを誓おう」
ヒューバートは拳を握りつつやけに力強く言い切る。
「そうだな、私も本物の妹が欲しかったところなのだ! 願ったり叶ったりだ」
(いや、どうあがいても本当の妹ではないのだけれど)
三人とも笑顔で、心の底からヴィクトリアを歓迎しているように見えるが、それを素直に受け取っていいのだろうか? なにか狙いがあるのではと考えてしまうのは、ここが王城という場所だからであって、彼らが王族であるという事情だからであって、疑りすぎなのだろうか。
でも、そうなのだ、ここは王城であるのだ。そして、彼らは王族なのである。
素直に受け取れない、が、それを拒否するなんて許されない。心の奥底でどう思っていようと、ここは歓迎を素直に受け取るしかない。
(あー……なんだか面倒くさいな)
なんだか、いろいろと勘繰っている自分がばかばかしくなってきて、ヴィクトリアは座っていた椅子から立ち上がった。
「ええ、よろしくお願いします! 小さな頃から兄弟がいたらどんなにステキかって思っていました! 仲良くしてください」
「おおっ、そうか! ヴィクトリアも我々と同じ気持ちでいてくれたか!」
「よかった! 私はね、ヴィクトリアとは実の兄弟以上に仲良くなれる予感がしているんだ!」
「僕も嬉しいよ。最近王城の生活が退屈に思えてきたところだったから、新しい兄弟が増えたなんてわくわくするよ」
そんな楽しげな会話が続く中、こちらの様子を不穏な空気を振りまきながら見つめている者がいた。ユアンである。
そうして、今まで壁際に立ってじっとこちらの様子を見ているだけだったユアンが不意に声を上げた。
「ちょっと待ってもらおうか」
「え?」
ヴィクトリアは驚いて声を上げてユアンの方へと視線を向け、三人の従兄弟たちは弾かれたように振り返ってそちらへと視線を向けた。周囲にいた侍女、侍従たちも同様だ。
「今の話に異議がある」
涼しい顔で言うユアンに、誰もがあっけに取られた様子である。
「……あなたっ、ヴィクトリア様の故郷から付いてきた侍従かなにか知りませんが、慎みなさい……!」
キツい目つきをした侍女がそっとユアンの側に行って、小声で言うが、ユアンは彼女に目もくれない。
今はヴィクトリアと従兄弟達の対面の場である。
だというのにそれと関係ない者、侍女や警備の者が話に口を挟むなんてあり得ないこと……と、このような集まりに慣れないヴィクトリアでも分かる。当人だってそう言っていた。だというのに、ユアンはわざと口を挟んだのであろう。
(一体どういうつもりなの?)
せっかく従兄弟達との対面が上手くいって、このまま穏やかな雰囲気で終わりそうだったのに、とそわそわしてしまう。
「今、ヴィクトリアを妹にしたい、妹会とやらに入れるようなことを言っていたいたな?」
「あ、ああ。それがどうした?」
本来はユアンの言葉など無視してもいいのに、ノーラはそれに応じてくれる。それだけでもいい方だなと思ってしまうのが貴族界の不思議だ。
「それは許されない」