第16話 いとこたちに会うためのお支度
「お前なぁ~~~~!」
軽い昼食とお茶を終えて部屋に戻るなり、ユアンはヴィクトリアのコメカミを両方の拳で挟むようにして、ぐりぐりと締め付けた。
「いいじゃない! 最初から舎弟ってことにする計画だったはずよ!」
「そんな計画を了承した覚えはない。だいたいなんだ? 百人からの男を倒したって」
「ちょっとした演出ってやつ? そんな舎弟を持てたらいいなって常々思っていたのよ」
「……ったく」
ユアンはヴィクトリアのコメカミから拳を離した。ヴィクトリアは痛むコメカミに自分の両手をあててさすった。痛みはあったが、元殺し屋さんにはしては手加減してくれた方だろう。
「とにかく、これで思う存分私の警護として働いてもらえることになったわ」
「そんな、『私よくやった』的に言われても騙されないからな」
「これでちょっと安心だわ。実は午後から従兄弟たちに会うことになっているの。従兄弟とはいえ、全く知らない人たちだし、元庶民の私に比べて貴族中の貴族なわけでしょう? なにを話していいか分からないわ。なにかあったらユアン、もちろんフォローしてくれるわよね?」
懇願するように胸の前で手を組み合わせるがユアンはそれをせせら笑った。
「なにを言う? 俺はお前の警護なんだぞ?」
「うん、そうよね? だったら私を助けて……」
「警護の人間が畏れ多くも貴族様たちの会話になんて入っていけるものか」
「ええ、そんなぁ……。あなた、王城のことに詳しいみたいだから隣にいてくれたら安心だと思ったのに!」
「残念だったな」
いやしかし、なんとかフォローしてくれないかと頼もうとしたとき、ノックの音が響き渡り、侍女達が大挙してやって来た。
「これから大切な従兄弟様たちとのご面会です。お着替えをしましょう」
そうして、さあさああなたは出て行ってくださいなとユアンを追い出してしまったのだ。
「えぇ? 着替えなんて……別にただ会うだけでしょう? このドレスでいいんじゃない?」
「なにをおっしゃいます!」
そうして侍女のひとりが持っていたブラシを握りつつ、熱弁を始める。
「せっかくヒューバート様にお会いするのに朝着たのと同じドレスを着ていくなど、失礼千万! あなた様はご存じないかもしれませんが、ヒューバート様と直接お会いしてお話しするとは、国中の誰しもが願ってやまないのですよ!」
「私もサイカ王国の国民のひとりなわけだけれど、私の周りではそんなことを言う人は誰もいなかったわ」
大袈裟な侍女だなあ、と思いながら言うと、思いっきり睨まれてしまった。
「それにノーラ様も同席されると言うではありませんか! ならば流行の、肩と背中に大きなリボンがついたドレスを着なければなりません!」
「えー……流行の、ドレス? そんなドレスに厳しい人なの……?」
一気に気持ちが重くなってきた。ただでさえできれば仮病を使って対面を断りたいくらいなのに。しかも、最初はパパも一緒に来てくれる予定だったのが急に用事が入ってひとりで会う羽目になったのだ。ならばキャンセルしたいと言ったのに、せっかく先方が準備をしてくれているので後日改めてということは難しいと言われた。
ということは、国王も気を遣う相手たちということではないか。会いたくない。
「しかもアーロン様も一緒とのことではないですか!」
「あのお三人がおそろいになることなんて滅多にないんです! それもあなた様のために!」
「充分な準備をして行かなければなりません!」
「そうしないと、向こうの侍女達に私達がなにを言われるか分かりません!」
なんだ、それが本音なのかと少々呆れたが、昨日王城に着たばかりの王女を気遣うなんて、そりゃできないよな納得できたのでよしとした。
「さあ、ゆっくりしている暇はありません!」
「さっさとそのドレスを脱いでいただきます!」
そうしてざっと侍女達がヴィクトリアの周りを取り巻いた。
その迫力に押されて、ヴィクトリアはなすがままになるしかなかった。
(ああ……長男のヒューバートは急に現れた私を快く思っていないんでしょうね。パパもいてくれないし、きっと高度な嫌みを言われるに決まっているわ。長女のノーラには、張り合われたりしたらどうしよう? いえ、生まれながらに貴族の令嬢である彼女と私とを比べるなんてとんでもないことだけれど、同性ってこともあってきっと厳しい目を向けてくるわね。侍女たちが流行のドレスを着せてくれるっていうけれど、着こなしがなっていないわ、とか言われそう。次男のアーロンは、私よりも年下だけれど、私が想像するような弟っぽいかわいらしい子ではないんだろうな)
そんなことを考えているうちに支度が調い、ヴィクトリアは従兄弟たちと対面する予定の向かうことになった。