第15話 王女ライフ、はじめます!
「そうか、お主がヴィクトリアの舎弟とやらのユアンか。娘が世話になっている、というより娘が世話をしているようだな!」
そう言ってから、パパは豪快にわはは、と笑った。
翌日の朝食の後、軽い昼食を兼ねたお茶の席でパパにユアンを引き合わせたのであった。
ここは王城にある、謁見の間の近くにあるベランダだった。政務の間、天気のいい日はここでお茶をいただくのが国王たるパパの習慣とのことだった。
そうして昨晩の晩餐のときと異なり、多くの警備の者や侍従がいる。あの晩餐はやはり特別で、朝食のときもやはり多くの者に囲まれた中でのものだった。
多くの人たちに見られて緊張している様子のヴィクトリアを見てか、パパは『周囲にいる者達は家具かなにかだと思えばいい』と言ったがとてもそんなふうには思えない。生まれつき、こういう生活をしている者とはやはり違う。
白い猫脚のテーブルを挟んで、向かいにパパが座り隣にユアンが座っていた。ユアンとこうして並んで座るのは初めてだったが、警備にしては存在感があるな、との印象だった。
「舎弟……と、ヴィクトリア……様が?」
ユアンは鋭い目つきでこちらを見てくる。ヴィクトリアは間髪入れずに頷いた。
「そうなの! 本当に私思いの舎弟なのよ! 王城なんて見知らぬところに私を行かせられないって、心配して付いてきたのよ。彼ってば、私のことをとても尊敬しているの。敬愛していると言ってもいいわ。そんな崇拝してやまない私をひとりで行かせるわけにはいかない、って!」
「おい……」
ユアンが怪訝な声を上げるが、ヴィクトリアはそんなものは無視して、テーブル越しに体を乗り出して更に続ける。
「いい、パパ? 舎弟と舎姉との絆は血の絆。切っても切り離せないものなの。下手をしたら本物の家族よりも強い絆を持つものなの!」
「本物の家族よりも、だと?」
パパの瞳がキラリと煌めいた。嫉妬めいた気配を感じるのは気のせいであろうか。
「下手をしたら、の話よ! 私とパパの絆が誰にも負けるはずがないじゃない!」
「おお、ヴィクトリアよ!」
「ええ、パパ!」
隣でユアンがすっかり呆れかえってものも言えない、勝手にやってくれといったような態度をしているのが目に入ったので、勝手にやることにした。
「実はユアンはかなりの手練れなのよ。昔、隣町の奴らが責めてきて、町で暴力の限りを尽くしたときに、ひとりで百人からの男達を倒した猛者なのよ! もちろん、それは私の命令でね!」
「おお! でかしたぞヴィクトリア! さすがは私の娘だ!」
周囲に侍従達がいる手前、パパは昨晩のような甘えん坊の話し方ではなく国王らしい威厳ある言葉遣いとなっており、そして自分のことは僕でなく私、と言う。
「パパが誇ってくれる勇敢な娘だけれど、不安なのよ」
ヴィクトリアは急に弱気な声を出して、テーブルの上に置かれていたパパの手を握った。
「そんな危険はないとは分かっているけれど、ユアンがいてくれると安心だわ。ほら、子供の頃から一緒にいるクマのぬいぐるみを側に置いておきたいような気持ちで!」
「ああ、よく分かるよヴィクトリア! 私は物わかりがいい父親だからね」
「それにユアンの方も私がいないと駄目なんですって。私と別れたらもう生きていけないって哀願されて!」
「おお、ヴィクトリアちゃんは頼りにされているんだな」
「そんなことで、私の舎弟のユアンを私の護衛として側に置いてもいいわよね?」
「もちろんだよヴィクトリア、お前の好きにすればいい」
「ありがとう、パパ!」
そうして勝ち誇ったような顔でユアンの方を見ると、彼は苦虫を噛み潰したような表情ながら、なにも言うことができない様子で、うんざりと頷いた。