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第12話 王女としての決意……なんてしたくない

「ああっ、今日はとても嬉しいなあ。まさかマーガレットと僕の愛の結晶にこうして会えるとは夢にも思わなかった。しかも、ヴィクトリアちゃんはこんなにかわいらしく育って! マーガレットにうり二つだよ」


 本当に嬉しそうに言うので、なんだかこちらまで嬉しくなってしまう……のだが、ちょっと引っかかりを感じてしまうのはやはり彼が国王という身分だからだろう。それがなければ楽しく暮らしていけそうだなあと思うのだが。


 それから、パパはどんな苦労をしてヴィクトリアを探したのか話していった。先に殺し屋さん……仮名ロジェが言っていたように、彼の叔父である宰相が亡くなってから自由に動けるようになり、ヴィクトリアの情報も得られたのだという。

 国王なんて国で一番偉いのだからどんなことでも如何様にもできるように思っていたが、どうやらそうでもないらしい。ヴィクトリアを迎えるにもかなり反対はあっただろうが、その辺りは語らなかった。


「ええっと……やはり私、ここで暮らさないといけないですかね?」


「え? パパと一緒には暮らせないと言うのかい?」


 自分のことパパって。

 ノリノリだな、と思いつつそれが似合ってしまうのが彼のいいところなのか悪いところなのか。国王としてはあまり好ましくありませんぞ、と先ほど謁見の間にいた大臣たちなら言いそうだ。


「ええっと、パパ本人っていうより周りの状況が少し。私、まさか自分が王女だとは思ってもいなかったので」


「急な環境の変化に戸惑っているわけだね」


「ええ。しかも王女なんて肩の凝りそうな立場はごめんだ、と思っています」


「うぅん、そうだねぇ。僕も国王なんて立場はごめんなんだよ」


「それなのに、国王に?」


「僕よりも弟の方が向いていると思うんだけどねぇ。そういうものじゃない、って叔父さんに怒られたよ」


 まあ、そういうものではないのだろう。

 庶民の間で育ってきたヴィクトリアにしてみたら、王族の中で一番王様に向いている人がなればいいじゃない、と思うが、生まれた順番や母親の出自など、いろいろとあるのだろう。


「そうだよね、ヴィクトリアちゃんも王女になるなんて嫌だよね? 僕もそう言ったんだけど、どこの貴族の女性に聞いても、侍女たちに聞いても、庶民の娘だと思っていたいたのにそれが王女になるなんてステキ! まるで子供の頃に憧れた絵本の中のお話みたいってうっとりしてね」


「あー……そういう娘ではなくて申し訳なかったです」


 ヴィクトリアは苦笑いを漏らしてしまう。

 ヴィクトリアが今着ているドレスも、身につけている大きな紅玉が象眼されている髪飾りも金剛石がちりばめられたネックレスも、年頃の娘ならばいつか身につけてみたいと憧れるものだろうが、あまり興味がないし、興味があるとしたら『売りさばけばいくらに……』ということだ。


 どちらかといえば今食べている料理の方に興味がある。先ほど子羊のステーキです、と言われた肉など噛み切る必要がないほど柔らかくていくらでも食べられる。だが、出されているのが子羊か他の肉か、言われないと分からず、ただ『美味い、美味い』と言って頬ばるしかできないところは、庶民の悲しさよ、とは思う。


「まあ、でもね、聞くところによるとヴィクトリアちゃんは僕の娘なのに下働きの者のように昼夜を問わずに働いていたというじゃないか」


「そうですね」


「王女となったらもう働かなくていいよ。それはいいことなんじゃないかな?」


「ああ! それはステキですね!」


「そうだよぅ! 貴族の娘達とゆったりとお茶会をしたりして過ごせばいいんだよぅ」


「それは気が重いです」


 貴族の娘。


 未知の生物だ、なにを話していいのかまったく分からない。オレンジの皮で食器を洗うとよく落ちるとか生活の知恵的なことを話してもぽかんとされそうだし、市場でじゃがいもが安かったから買いだめしたとかいう特売情報にも興味がなさそうだ。そして、下手なことを言えば嘲笑されるであろう。


「だったら、仲良しを作ればいいんじゃないかな! その子と一緒ならお茶会も楽しいだろう?」


「私と仲良くなってくれるなんて人、いるでしょうか?」


「うん、そうだなあ……。従姉妹のノーラちゃんは……いい子だけどちょっと難しいかなあ」


 ヴィクトリアはやっぱり、という思いだった。きっと高慢ちきな娘なのだろう。庶民として育った従姉妹なんて、従姉妹とは認めませんわ、と言って口も利いてくれなさそうだ。


「はとこのミザリーちゃんはあまりおしゃべりが得意じゃないし、その妹のマリーちゃんは明るくて社交的だけれど、まだ八歳だからな。それから……」


「ああ、もういいです。友達になれそうな庶民的な貴族の子を自分で探してみます」


 庶民的な貴族の子、というところで大きな矛盾を抱えているような気がするが中にはそんな子もいるかもしれない、と期待しよう。


「じゃあ、とりあえず晩餐会を開いてみようか。ヴィクトリアちゃんを歓迎するための。若い娘達を呼んで。その中から仲良くなれそうな子を探したらいいよ」


「はあ……そんな娘さんがいたらいいですけどねぇ」


 投げやりに言うと、パパは大袈裟に首を横に振った。


「きっといるよ。どんなときでも希望を失っては駄目だ」


「希望……そんな大袈裟なことではないですけど」


「僕だって、もうヴィクトリアちゃんに会うのは無理だって何度も思ったけれど、こうして一緒に暮らせることになっただろう?」


 そうキラキラと瞳を輝かせたパパに向かって、でも馴染めなかったらチュリシェ町に戻るかも、なんてことは言えなかった。

 そうして予想に反して初めて対面する父と娘らしい会話を続けていき、その日の想定していたよりもずっと長い晩餐は終わった。


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