第11話 ずっと聞きたかったこと
「マーガレットと会ったのは、まだ僕が王子で、マーガレットが侍女としてこの城で働いていた頃のことなんだ。その当時はまだ僕の兄が皇太子をしていてね、言うなれば今よりもずっと自由な身分だったんだよ」
母のことを語るとき、少々懐かしげに目が細められているのは母のことをそれなりに思ってのことなのだろうか。
皇太子ではなくとも、王子である。周りの女性が放っておかなかっただろう。高貴な身分にある者と結婚することを王城中の若い女性は望んでおり、王子という身分は標的にされただろうから。
「マーガレットは慎み深い女性で、自分のような身分の者が僕と、と言って最初は拒んでいたんだけれど」
「あ、それ。慎み深いんじゃなくてたぶんタイプじゃなかったんだと思いますよ! あの母はこうと思い込んだら猪突猛進だったので、遠慮なんてする人じゃないと思います」
「え? そうだったのかい?」
「ええ!」
「そうかー、それは残念だなあ。僕たちは最初から通じ合っていたと思っていたのに」
そう言って口をすぼめるのを見るに、彼は本当に国王なのかと疑いたくなった。そんな姿を見せたくないからこそ、人払いをしたのではないかという疑いが生じる。
「まあ、それはいいよ。とにかく僕とマーガレットは恋仲になって、ヴィクトリアちゃんができたわけだけれど」
「さらっと言いましたが、やっぱり私を身籠もったことを分かっていて母さんを見捨てたんですね? もしかしてそれと気付かないうちに母さんが身を引いただとか、その前に別れただとかいう可能性もちょっと考えていたんですけど」
「いや。今更こんな言い訳をしても信じてもらえないと思うけれど、その話は後からマーガレットの友人から聞いたんだ。母は知っていたようなのだが」
彼が言う母、とはつまりヴィクトリアの祖母であり、皇太后ということだ。さっそく敵が現れたな、とヴィクトリアは心に刻んだ。もしかしたら、その皇太后がヴィクトリアの命を狙った可能性もある。
「でも、母さんが身籠もっていたと分かったら、その時点でなんとかしようとしません? 援助を申し出るだとか」
「そうしたかったのは山々だったのだが、それはことごとく父に潰された。更に兄が急死し、僕が皇太子になることになると周囲の締め付けはそれまで以上に厳しいものになった。皇太子に身分の低い者との子供がいるなど、隠したいことだったのだ」
「なるほど」
そのせいで母は病で死に、自分は身寄りがないからと拾ってやった恩を忘れるなとばかりに安給料でこき使われた。
(そういえば結局給料もらえなかったー。あの主人め! 本当にケチなんだからっ)
今までは働かせてもらえているだけでも充分だと思っていたが、しかし給料はきっちりと払って欲しい。後で督促状を書いて送っておこうと決めた。
「でも、僕も抵抗したんだよ?」
「抵抗、ですか……」
「そう! 親が決めた結婚相手にも、他のどんな女性にもいっさい手をつけなかった!」
「は……?」
得意げに語る国王に対して、ヴィクトリアは目が点だった。
庶民にはよく分からないが……国王にとって世継ぎを作ることは、なにより大切なことではなかったのか?
「そう、僕はマーガレットに純愛を誓ったんだ! 他の女性など目もくれなかった!」
「あの、その気持ちは分かりますが、陛下はお世継ぎは作った方がいいんじゃないですかね?」
「陛下だなんて! そんな他人行儀に呼ぶのはやめてくれ!」
「え? そこですか? でも、急に父さんなんて呼ぶのも慣れないし、恐れ多いし……」
「恐れ多いなんて! 僕とヴィクトリアちゃんの仲なのに!」
「ついさっき会ったばかりですよね?」
どうにも調子が狂う。
ヴィクトリアが想像していた、どの父親像とも、そして国王像とも違う。……よくよく考えたらお互い様だと思うが。いきなり『会ったら殴ろうと思っていた』なんて言う娘が現れるとは想像だにしていなかっただろうし。
「じゃあ……」
ヴィクトリアは国王の顔をじっと見つめた。
なんだか小動物みたいな顔をしている。目がくりくりとしていて、なんだかかわいらしい。偉そうなところはひとつもないし、とても人懐っこくて話しやすいという印象である。なんだか、父親というのもなんだか違う気がしたので。
「じゃあ、パパで」
ヴィクトリアは失礼を承知で、拒否されるかなと思ってそう言ったのだが、
「うん! それがいいね!」
パパは笑顔で親指を突き出してきた。
だってもう、いかにもパパという表現がぴったりなのだ。おねだりしたらなんでも買ってくれちゃいそう。




