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第10話 父との晩餐

「いや、せっかく迎えに行ったはいいけれど、ヴィクトリアちゃんはもしかして来てくれないのではないかと心配していたんだ」


(え? 拒否権あったの? とてもそんな雰囲気じゃなかったけれど!)


 晩餐の席である。

 意外なことにこの場にはヴィクトリアと、父である国王しかいない。親子水入らずで話したいからと人払いがされたのだ。


 これならば聞きたいことはなんでも聞けるし、なにか惚けられたり話を誤魔化そうとしたら鋭く突っ込んでやると意気込んでいた。


 それにしても、想像していたのとは全く違った。国王の顔は、肖像画では見たことがあったが、もっとシュッとしていて頑固そうな印象だった。今は初孫ができてでれでれになっているおじいちゃんのようだ。彼はそんな年ではないけれども。


「一度は会いたいと思っていたので」


「え? そうだったの?」


「会って一発殴りたい、と思っていました。身重の母を捨てるなんてどういうことかと。でも……」


 さすがに国王を殴るわけにはいかないので、と続けようとしたのだが、


「……分かった!」


「え?」


「親にも殴られたことがないけれど、ヴィクトリアちゃんがそう望むなら……!」


 そうして目をぎゅっと瞑って、顔をそっとこちらへと突き出すのだ。


「いやいやいやいや! 無理ですって! 国王を殴るなんて」


「国王である前にヴィクトリアちゃんの父親だよ? ささ、遠慮せずに」


「いやいや! 父親というのも……そう、別の感じを想像してたから。きっとあちこちの町で女を作ってとっかえひっかえをしているような、ろくでもない父親なのだと思っていたので!」


「どんな父親だろうと、今までヴィクトリアちゃんを放っておいたことに変わりがない」


「ええ?」


「ささ、思いっきり、ヴィクトリアちゃんが気が済むように。それで今までの罪が少しなりとも許されるならば」


「ええっと……」


 そう言いつつ、ヴィクトリアは拳を握った。


「歯を思いっきり食いしばってください。殴られ慣れていないとそれで口の中を切るんで」


「んー、世の中には殴られ慣れているなんて人がいるんだね? 想像もつかないけれど。でも、ヴィクトリアちゃんは僕の意気地がないせいで、そんな人の間で暮らすようになったんだ」


「僕……んー、まあ、そうですね」


「だったら、ヴィクトリアちゃんの気持ちを理解するためにも、さあ! 早く!」


「それでは、遠慮なく」


 そうして立ち上がり、握った拳を振り上げて……振り下ろそうとして、少し悩んでから手を引っ込めた。


「ええっと、やっぱりやめておきます」


「なぜ?」


 国王は恐る恐ると目を開けた。


「その、殴られると分かっている人を殴るのは気が引かれるというか……なんだか弱い者いじめをしているようで、気分がよくないというか」


「そうか、ヴィクトリアちゃんは優しい子なんだね」


 そう言って、キラキラと目を輝かせるが、父親を殴ってやろうなんて言っている者が優しいとはとても思えない。どちらかといえば凶暴だとか野蛮だとか、そちらの言葉の方がしっくりとくる。


「でも、これからの話によってはこれからまた殴りたくなるかもしれませんが」


「え、そうなのかい?」


「ええ。……母さんのこと、話してくれますか?」


 そうしてヴィクトリアは慣れない裾の長いドレスをさばきながら、椅子に腰掛けた。

 そして目前に並んだ、見たこともない豪勢な食事を食べて、いちいち『なにこれ、美味しい』と言いたいのをぐっと我慢しつつ、国王の話に耳を傾けた。

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