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1-3 魔王様はどんな人

 温かい紅茶を手に戻ってきたリイは、僕の向かいに腰を下ろした。


「おかえり、お疲れさま」

「彼女、とても上達が早いのよ。夏が来る頃にはもっともっと弾けてるわ。はあ、聴けないのが本当に残念」

「へえ」


 ――現実を見てみなよ。


「私がなかなか弾けなかったフレーズも簡単に弾けるんだもの」

 

 ――手のサイズの問題じゃない?


「惜しいわよね、もっと早くから始めていれば……」


 ――関係ないと思うけど?


「ねえ、聞いてる?」

「もちろんだよ」


 身を乗り出して迫られて、僕はへらりと笑いかけた。それで納得するのだからリイは楽だ。

 何事も深く考えない。

 長所であり短所であり……今回ばかりは短所だった。

 「魔王の花嫁」が意味するところを、リイはちゃんと考えるべきなのだ。


 僕はとにかく苛立っていた。真相を暴いた時からずっと。

 リュートを聞いて収まるかと思えたそれが、本人を前にして再び主張を始める。


「ところで、「魔王の花嫁」になるってこの間言ってたけど。いつの予定なの?」

「ああ、あれ? はっきりした日取りは分からないんだけど、一か月後くらいじゃないかしら。魔王様は春に結婚する習わしなんですって。輿に飾るお花を用意するためかしらね」


 魔王の結婚が季節限定なのはともかく、それ以外のことは尋ねるまでもなく知っていた。

 「魔王の花嫁」という名の生贄は春の良き日に捧げられる。

 なぜなら、冬が特に荒れた年に限って行われる儀式だからだ。


 人の命を奪うほど長く厳しい冬は魔の仕業。

 怒れる魔を鎮め、魔の無聊を慰めなければ更なる悲劇が起こる。


 そう考えた黴臭い街の黴が生えた住民は、大昔から、何人もの若い娘を犠牲に捧げてきた。

 つまりは人柱だ。

 伝統的に色素が薄いロンバルトの民にとって黒は不吉な色。

 黒い髪や黒い瞳は、魔王が花嫁にすべくこの世に送り出した証なのだと根拠もなく正当化して、自分たちの平穏を繋いできたのである。


 百年に一度というのは、そのくらいのサイクルで自然現象が繰り返されるからだ。

 前回の儀式から過ぎることほぼ百年、激しい吹雪がひと月以上も続いたこの冬、街のあちこちでか細い命の灯火が消えた。

 リイの髪や瞳は黒い。

 記録的な大寒波を生き延びた年寄り連中が、ぬばたまのような黒を持つリイに悪しき慣習を押し付けたのは自然な流れだった。

 

 ――まあ、神をも畏れぬ屁理屈だけど。


 神の存在意義を否定されても沈黙を貫く教会は、弱みを握られているか無能の集まりに違いない。

 

「リイ、冷静に考えて。相手は魔王なんだよ、怖くないの?」

「そりゃあ、腕が六本で目が十個もあれば怖いわ。でも、血の色が違うくらいなら平気。どうせ見えないんだもの」

「見た目が人間と変わらないってどうして分かるの?」

「叔父様も、ご領主様もそうおっしゃっていたわよ」


 ご領主様に聞いていないのかと、リイは不思議そうに続けた。

 昨日、叔父と共に領主館に招かれたリイは、そこで更に上手いこと丸め込まれたのだ。七年前のあの日からロンバルト侯爵家に居候している僕は、その様子を遠目に見ていた。


「でも、大切なリュートを持って行けないんでしょ? 街を出るってことは僕とも二度と会えなくなるんだよ? そのあたり、本当に分かってる?」


 卑小な人間の作り物は魔王が嫌うとか何とかで、その実は未練を断ち切らせるため、「魔王の花嫁」は身一つで城壁を追い出される。

 造作物が駄目なら人間本体はもっと駄目だろうと、是非とも気付いてほしい。

 ところが、僕に会えなくなるという指摘さえ華麗に流したリイは、小刻みに首を横に振った。


「問題はそこじゃないのよ」

「……ふーん?」


 言い切られ、僕の声はオクターブ下がる。


「今日ね、お客様から聞いたんだけど。ここだけの話、どうも魔王様は何人もいらっしゃるみたいなのよ」


 ひそひそ話に耳を寄せれば、リイは心底困ったと眉尻を下げた。


 ――何がここだけの話だよ、阿呆らしい。


 リイの家には出身地を問わず幅広い人間が出入りする。今日の午前中は島の最南端から客があり、聞いたばかりの魔王像とは全く異なる魔王様の話を聞かされたそうだ。

 曰く、腕が六本で目が十個。

 他にも、別の地域で伝えられる特徴を色々と教わったリイは、魔王が複数存在していると結論付けた。

 所詮、伝承の中の話だ。地方ごとに都合良く脚色されていて不思議はない。


「リイは、魔物の存在を信じているんだね」


 十七年の人生で一度も遭遇したことがない存在を、人に言われて易々と信じられるのか。

 「魔王の花嫁」なんて言葉に突拍子がなさすぎて、リイの頭が信じられないほどに残念ですっ飛ばしてしまったが、今さらすぎる根本的な疑問である。きっと、最初に尋ねておくべきことだった。

 しかしリイは、前後した質問など意にも介さず、この街では異質にも取れる答えを当たり前に告げた。


「だって、そのために国王陛下がいらっしゃるんでしょう?」

「まあ、それはそうなんだけど……」

「魔物を見なくて済んでいるのは国王陛下のご尽力のおかげだもの。ありがたいことだわ」


 ――じゃあ何で君は魔王に捧げられるの? おかしいでしょ? 矛盾してるでしょ?


 リイが選ばれたことは、ここの女将も、リュートを教わる娘も、手を叩いた馴染みの客も、この街の人間なら誰でも知っている。

 みんな、知っていて何も言わない。

 それどころか、笑顔でリイに死を求める。

 僕は、少し意地の悪い気分になった。


「リイ、綺麗事は止めようよ。魔王が人間なんかを嫁にするわけがないでしょ。城壁の外に一人だけ放り出されて、魔物に襲われるにしろ熊に食われるにしろ、一日と生きていられないって分かってるでしょ?」


 嘲るようにそうぶつけると、リイははっきり首を振った。


「いいの、それで」

「……え?」

「心配してくれてありがとう」

「は?」


 そうして。

 何だかさっぱり分からないままに、この話は強制終了されてしまった。

 僕は全然良くないのだが、リイの方は自分にとっての大問題とやらを巻き戻してうんうんと唸っている。


 ――天才と何とかは紙一重って言うから、リイもそれなんだな。


 椅子の背にどっさりともたれかかった僕に、目の前の何とかは懲りもせず問いかけてきた。


「ねえ、私をお嫁さんにしてくれる魔王様はどんな魔王様だと思う?」


 ――魔王は魔王でしょ。


 僕は暇だが、馬鹿に付き合ってもらわねば困るほど暇なわけではない。

 そう思うのに、七年の歳月で染み付いた親切心が口をこじ開けた。


「優しい魔王様だといいね……」

「そうなのよね。こればっかりは会ってみないとね」


 ――優しい魔王様って! しっかりしろ自分!


 魔王が優しければ城壁はいらない。

 内心うんざりの僕に、リイはとどめを刺した。


「嫌だわ、私、もしかして思い違いをしていたのかも……」

「……次はなに?」

「私、どこの魔王様がお相手とは言われていないのよ。ということは、全ての魔王様が私の旦那様になるんじゃないかしら?」


 まさかの多夫一妻制かと、悲壮な顔で訴えるのだ。

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