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0-2 丘の上の花

「きらきらした音だね。楽器も立派だ」


 思ったままを口にしたら、娘の警戒心を倍増させてしまった。


 ――楽器泥棒とでも思われた?


 尻をついたままの娘は、草を蹴るようにして後ろに下がった。だが、リュートを庇う両腕は、弦を押し潰さないようそこだけ僅かに浮かせている。

 僕は、その姿にも好感を抱いた。 

 リュートは高価な楽器だ。動物の内臓から作られる弦が金を食うから、本体はもちろんのこと維持費がかかる。

 街に笛の音ばかり響いていたのは金銭的な問題で、ロンバルトの民族音楽イコール横笛というわけではない。時折リュートを弾く輩も見かけたが、そういう連中は一様に金を持っていそうな身なりだった。

 ということは、この娘も裕福な家の子なのである。しかも相当に。

 楽器が狙いではないと分からせるため、ことさら無邪気に笑いかけたにもかかわらず娘は更に後退した。


「今のは、ここの、この丘の風景を弾いたの? 派手派手しい曲だと思ってたけど、可愛らしい感じもいいね。知らなかった。とても素敵だったよ」


 曲を知っていると仄めかせば、娘の顔から僅かに強張りが解けた。

 そこら中で音が垂れ流される街にいながら、人気のない丘の上でひっそりと練習に励む娘。何か理由があるのだろうと思えば、高い警戒心に納得もできる。

 こんな明るい曲、この街では受け入れられまい。


「もう一度聴きたいな」


 駄目押しが効いたのか、おずおずとではあるが、娘は素直にリュートを構えた。


 ――何度見てもおかしな格好だけど……。


 僕は、うっとりと目を閉じる。

 すると、短い曲なのですぐに例の難所が訪れた。毎度のことなので途切れるだろうと予想していたのだが、なんと娘はテンポを上げ、弾けた風な振りを装って切り抜けてしまったのだ。

 まるで、帳尻合わせのように。

 思わずむっとした。

 聴衆を前にいかに誤魔化すかもテクニックだけれど、僕は好きではない。せっかく弾けている部分まで誤魔化されたようで不愉快だ。


「弾けない所は弾けないでいいんじゃない? そつなくまとめようとすると、君の良さが消えてしまう」

 

 さあもう一度と催促すれば、怪訝な表情ながら娘は再びポジションに指を置く。

 そうして。

 途中、弾けなくなる直前で堂々と旋律をぶった切り、一小節飛ばしてしれっと再開した。


 ――そうきたか!


 初めから別々の曲を弾いたと言わんばかりのふてぶてしい顔。原曲を知らない聴衆ならば誤解してしまうところだろう。

 音楽とは、神を慰め魔を鎮めるために生まれたものだ。単に指が回れば良いのではなく、一音一音の正確性と表現力の両方が備わっていなければならない。

 音を誤魔化せばどちらの要素も失われる。

 では、曲を分断するのはどうかと言えば、これも素直に認められるものではないのだが。


 ――僅差でまし、なのかな……?


 その点を除けば、やはり、正確性も表現力も文句のつけようがなかった。

 僕は、心からの拍手を送る。


「ありがとう。君は……ええっと、ごめん、君の名前を聞いてもいい?」


 同じような年齢で君呼ばわりも妙な気がして、答えないだろうと思いながら不躾ついでに尋ねてみた。

 すると、意外にもちゃんと返してくれたのだが、小さすぎる声に僕は聞き返す羽目となった。


「え、レーア?」

「違うわ、レイアじゃなくてリエナ! リ、エ、ナ!」


 そして、怒鳴り返された。

 この国では、女性の名前は総じて「ア」で終わる。だから当たりをつけただけなのに、何が気に食わなかったんだろうか。

 むっとして黙り込むと、気まずそうに娘は言う。


「リイ、でいいよ。あなたなら許してあげる」


 ――え、まさかの上から目線?


 別の意味で黙っていると、リイと名乗る娘はぼそぼそと続けた。


「父様も母様もそう呼んでいたの。あなたは、素敵って言ってくれたから……」

「その腕前なら誉められて当然でしょ?」

「上手いと素敵は違うわ」


 誉められることは否定せず、でも微妙に、誉められ方が嬉しくないのだと主張する。

 なるほど。

 人前で弾き慣れているから、初対面の僕にも少しの躊躇いだけで弾いてみせたのだ。道理で誤魔化し方も上手いはずである。

 僕は、過去形にされた両親の話には触れず、聞いたばかりの名前を口に乗せた。


「リエナ」

「リイ、だよ。あなたは? 見ない顔だけど?」


 娘は、けろっとした顔で尋ねた。

 大声を出したら吹っ切れたのだろう。僕としても不審者と思われるよりはずっと良い。

 そうして二言、三言交わした後で、僕はまた曲をねだる。




『いつも、基礎学校が終わるこの時間にはここにいるから』


 その、分かりにくい誘い文句に僕は飛びついた。

 リイは基礎学校の一年生だと言う。それが本当なら少なくとも十年は生きている計算になるが、本人の弁を疑ってしまうほど体つきが小さい。

 賢明な僕は、また怒られても嫌なので下手な感想を胸の内に留めた。


 次の日から、僕は毎日丘に上った。

 十日も過ぎれば、奏でる音楽も僕に対する態度もごく自然なものに変化する。

 何度聴いても飽きることのないリイの音色は、特筆すべき目的のない僕の日常になくてはならないものとなった。

 しかし。

 ロンバルトの短い春が盛りを越え、丘を埋め尽くす緑がより鮮やかな青に覆われる頃、僕は、日が沈むまでリイの訪れを待つことになる。

 待って待って、ずっと待っていたのだけれど。


 リイは、ぱったりと来なくなった。

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