第三話 選ばれた七人
話というのはこれで終わりなのだろう。
慎也も黙り込んでしまい、沈黙が流れる。
「せっかくだから自己紹介でもしておくといい。しばらくここで生活するのは変わらないからな」
そんな沈黙を破ったのはやはり慎也だった。
慎也はそう言うと、近くの木箱のようなものに腰を下ろした。
暁はゆっくりと、慎也から共にこの地へ降りた残りの六人に視線をずらしていく。
「そう、ですね。じゃあ俺から自己紹介させてもらいます。新城暁と言います。年は二十歳で都内の大学に通っています。今年三年生になりました」
なるべく笑顔を浮かべ、第一印象を大事にして言ったのだが、この状況自体、笑えるような場所でないことを思い出し、ぎこちない苦笑いに変わる。案の定、凍るような空気は変わらずだった。
「そっちの子、弟さんだって言ってたよね?」
眼鏡をかけた白衣の男性は優しく促してくれたが、暁は慌てた様子で昴を見た。
昴は、先程と同じで口を結んでしまい、喋る様子は一切ない。
「はい、ええっと、こいつは新城昴って言って十八歳で、今年大学に入ったばかりなんです。ちょっと人と話すのが昔から苦手で、すみません……」
すっかり目を逸らしてしまった昴。無愛想な様子も感じられるが、その目には少し怯えた様子も感じられた。
昴にとっては初対面の人に囲まれるのは、拷問のようなものなのだ。例え、唯一会話のできる兄がその場にいたとしても。
「その年でそんだけの人見知りは大変そうやねぇ」
独特のなまりの入った話し方。髪をがっつり巻いてその髪を横で束ねている女性は、少し派手な上にマイペースそうな印象を受けた。
「ウチもかまへん?」
笑顔を浮かべた関西弁の派手な女性は、目を輝かせるようにして言う。
「嘉崎花。花のハナは簡単な方のお花やで。ウチ、漢字とか苦手やから。年は二十五で大阪のお店でキャバ嬢やっててな。普段は関西弁であまり喋らへんようにしとるんやけど」
そう言って一人笑う花は、やはりマイペースなところを感じる。
自分が漢字が苦手だからと、簡単な方の〝花〟だというのもまたおかしな話。親がつけるのだから本人の学力とは関係ないだろうと思うのだが、それが彼女なのだ。不思議と納得してしまうような。そんな雰囲気が彼女にはあった。
次に花が視線を合わせたのは、白衣を着た男。バトンタッチ、ということなのだろう。
輝いた瞳を向けられた白衣の男は、小さく笑みを浮かべると、わざとらしく咳払いをした。
「じゃあ俺も。堂坂仁っていいます。年は三十二歳で、小学校の保健教諭です」
敬語が苦しそうな仁。それは、かけている眼鏡がただの飾りに見えてきてしまうほどである。
「あとは……」
暁が視線を流していると唯一、学生服を着た女の子と目が合った。すると、その少女は背筋を張って丁寧に頭を下げた。
「桜庭由羽といいます。高校二年生で、ついこの前十七歳になりました。よろしくお願いします」
恐らく一番年下であろう少女。しかし、礼儀は一番正しい。
整った顔立ちに綺麗な制服。暁は少女の着ている制服に自然と目が向いた。
「その制服って、もしかしてK大付属高校の……?」
高校の正式名称までは、はっきりと覚えていなかったが、制服だけは覚えていた。日本でも三本の指に入る超エリートの有名私立大学付属高校の制服。
その高校は暁の通う大学とも割と距離が近く、電車で通う生徒の姿を何度も見たことがあったのだ。
「え?K大ってあのK大?」
仁も、その単語に反応を示した。
「あ、でも第一志望が国立なので外部受験を予定してるんですけど」
「K大ってウチでも知っとるわ。都内のめちゃめちゃ頭ええとこやろ?」
「K大付属で国立の外部受験って。狙いはT大とか?」
仁は珍しく、興奮気味で由羽に聞く。
「はい」
由羽の迷いのない返事。ほぼ全員が口を開けて、静止した。
花にいたっては神でも見るような目で、由羽をじぃっと見つめていた。
全員が唖然とし、感心の意を示している。
「それ、生き返れたらの話でしょ。なんで全員進行形で話進めてんの」
そんな中、その感動の空気を裂いたのはあのボブカットの女性だった。
確かに言われてみれば、その通りだ。生き返り、受験できる可能性などほとんどない。だが、だからと言ってそんな言い方は――。
「そんな言い方はあらへんのとちゃう?皆ナーバスになってしまうん嫌やから、そういう話してんやん」
暁が思ったことを、ちゃんと口にしたのは花だった。
由羽は戸惑ったように、ただ立っているだけ。そんな由羽にも花にも、態度の大きい女性にも声をかける人はいなかった。
「現実見たら?そこの慎也って奴が言ったじゃん。生き返れた奴はいないって。皆死んでんでしょ。だったら、あんまり希望とか抱かない方がいいんじゃないの」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえず君も自己紹介お願いしても良い?」
花の怒りを抑えるようにして、仁が間に割って入る。
女性は大きなため息をつくと面倒くさそうに、雑な自己紹介を始めた。
「箱田加奈恵。死ぬ前の職業は美容師。年は二十九」
「加奈恵ちゃん、ね。あまり俺達が仲悪くしちゃうのはいいことじゃないと思うんだ。こんなときだからこそ、さ。仲良くしようよ」
仁が優しそうで、しかしどこか嘘くさそうな笑顔を浮かべて、加奈恵に声をかけるが、想像していたような返答は返ってこない。
「慣れ慣れしく下の名前で呼ばないでくれる?馬鹿にしてるの?アタシ小学生じゃないんだけど」
確かに仁の言い方は少し子どもに向けたような言い方だったかもしれない。
それは小学校教諭だから、自然とそんな喋り方になってしまったのだろう。決して意図的ということはない。だが、加奈恵はあえてそこを指摘したのだ。
「仲良くする必要とかもなくない?だってこれ、チーム戦ってわけでもないんでしょ。勝手にここから抜け出して、勝手に生き返っていいわけでしょ」
「一人でそれができるならな」
慎也の声は先ほどと比べ、だいぶ低い声だった。
それは加奈恵の大きい態度のせいか。
それとも、自分の生きて来た世界を甘く見られたせいだからだろうか。
「何や、いちいち癇に障る奴やな」
「でも彼女の言う通りです。生き返るには、ここから出るには、自分の力で頑張るしかない」
暁は亀裂の入りつつある七人の仲を何とか保とうと、そんな発言をした。
その暁の言葉を最後にして、皆が黙り込んでしまった。
いきなり不安な空気になりつつある。
「あ、あの……」
どうしようかと、暁が悩んでいたとき。掠れた声が、その部屋の隅の方から聞こえた。静まり返っていた部屋ではそんな掠れた声もしっかりと耳に届く。
その場にいた全員が声のした方向に目を向けた。
「ぼ、僕も自己紹介を……しようかな、と……」
ぎこちない喋り方はきっとこの空気のせいではない。
彼もまた、昴と同じで人前で話すのが苦手なのだろうと暁は思った。
「ああ、すみません。ぜひ、お願いします」
少しでも話やすい雰囲気になればと思い、暁は笑顔で言ったのだが、彼は暁を見てはいなかった。
くせっ毛なのだろうか。彼の髪は様々な方向へはねている。手入れされていないように見えるその髪は左目を完全に隠してしまうほどに伸びていて、襟足も少し長かった。服装も小汚いTシャツに、膝丈のぶかぶかのズボン。良い暮らしをしているようには思えなかった。
「寺嶋颯介です……。二十七歳……。職業は……えっと……その」
言いにくい職業なのだろうか。またはあまり職については言いたくないのだろうか。颯介は口を動かすだけで、一向に何かを喋ろうとはしない。
生前の職など無理して話す必要がないと思った暁は、優しく〝大丈夫ですよ〟と一言告げる。すると颯介は〝すみません〟と小さく謝った。